元公爵令嬢の記録 第十七話
こんにちは、レティシアです。
最近、クロード殿下がお忍びで現れます。リアム達に会いにくるときは変装しますが、いないときはそのままのお姿で現れます。
もう否定することもできなくなりました。殿下は生前の記憶があります。どうしてかは怖くて聞けません。殿下には敵いません。
突然庭に現れても驚くのをやめました。王家の秘術にはうちの結界は効かないそうです。王族の大事な御身を守るためなら当然なのでしょうか…。
エイベル、しっかりしてください。殿下を捕まえるのは貴方の役目ですよ。
生前から殿下はお忍び好きでした。私の言葉で控えてくださるような方ではありません。誘われても一緒にお忍びはいきません。毎回礼はいらないと言われるので最近は礼をしてません。
「レティ」
「ごきげんよう。殿下」
「息抜きだから。しばらくしたらまた帰るよ」
知ってます。殿下が私の言葉ですぐには帰ってくださらないのも。エイベルは何をしてますのよ。
殿下にお伝えする言葉はいつも同じです。
「大事な御身ですから、御自愛ください」
この穏やかなお顔は私の言葉は聞こえてないようです。
「顔色が良くないな」
「お気になさらず。」
「昔から、体が弱かったね。無理しないで」
「殿下は変わりませんのね」
殿下は私が聞かなかったことにした昔のことを自然に話しかけてきます。
こないだもあまりに自然すぎて素直に答えてしまい満足そうに笑った顔を見て諦めました。私は腹黒な殿下に敵いませんもの。
「どうだろうね。私は、複雑だよ」
「殿下にも思い通りにならないことがありますの?」
「思い通りにならないことだらけだよ。でも、昔どうしても欲しかったものが手に入った。全ては手に入らなかったけど」
殿下が見たことのない切ない顔をしています。今世は殿下の見たことないお顔ばかりです。もしかして、生前の私は殿下のことを知ったつもりでいたのは勘違いかもしれません。
私のために王になるか・・。いささか信じられません。でも残念ながら殿下は嘘はつかないんです。
腕の中のリーファは殿下の隣にいたら出会えなかった命です。私にはリオやこの子達がいます。ルーンの名がなくなっても、あたたかく受け入れてくれた人達も。
私の世界がクロード殿下でいっぱいだった遠い記憶を思い浮かべます。
そういえばよく殿下にお願いされていたことがありました。もう公爵令嬢でも婚約者でもありません。平等の学園なら立場は同じ。私はいつも不敬と断っていましたわ。
「クロード様でも思い通りにならないことがと思いましたが、私達は振り回されてばかりでしたわ」
「あんなに頼んだのに、まさか呼んでもらえるなんて。今更願いが叶うなんて。レティにとって王宮は・・」
嬉しそうに笑うお顔に笑いがこみあげてきました。願いなんておおげさです。そんなに嬉しそうなお顔をするなら命令すれば良かったのに。殿下は昔から私に命令しませんでした。今はルーン公爵令嬢でも婚約者ではないなら、多少は親しみを持って接しても許されるでしょう。
当時のレオ殿下達に振り回されていた頃が懐かしいです。アリア様の思い付きも大変でしたわ・・。
もう勘弁していただきたいですが・・。なんとか耐えたのは一番振り回されていた殿下のおかげだと思います。殿下と比べれば私なんて軽いものでしたわ。正直に言えないので言葉を濁しましょう。
「大げさです。クロード様、厳しい王宮での日々を耐えられたのは誰よりも努力していた貴方を見ていたからです。貴方がお忍びから帰って、愛しそうに民の話をしてくださる時間が好きでしたわ。私は民と貴方に恥じない存在であろうと必死に努力しましたのよ。頭が良くないので大変でしたが…。」
「レティは苦手分野があったね」
「いつも教えてくださりありがとうございました。わからない、できないを許されない王宮で私をいつも助けてくれたのはクロード様です」
「私は君に助けてもらってばかりで、助けた記憶なんてないんだけど」
「お役にたてていたなら光栄です。クロード様は本当は鈍い方でしたのね」
「レティには言われたくない」
「酷いですわ。クロード様公式な場では言えません。ただかつて貴方の隣にいた私も今の私もクロード様の即位に心からお祝い申し上げます。」
今は殿下の即位の準備で忙しいことは知っています。私の所に来たのは息抜きでしょう。残念ながらお目当てのリオはいませんが。
「敵わないな」
「御冗談を。私のほうがクロード様には敵いません。でも、誰にも言えない記憶をかかえる仲間として、昔話にお付き合いしますわ」
「私が王位を継ぎたくなくて、レオに譲りたいと思ってたら?」
「どちらとして答えればいいんですか?」
「両方。」
レオ様には継承権はありませんが、もしものお話に付き合いましょう。
目を瞑って意識を切り替えます。生前のルーン公爵令嬢で殿下の婚約者の私だったら、
「誰よりもふさわしいのは殿下です。お戯れはおやめください。でも私は殿下のものですので、最後まで貴方の決断に従います。命尽きる時まで殿下のお傍に」
「私のレティだ」
嬉しそうに笑うお顔、昔はこのお顔が見れた時はほっとしましたわ。あの頃の私は殿下とルーン公爵家のためだけに生きてました。狭い世界で格式ばった考えに囚われて・・。
でも今の私は違います。
「昔の私なら絶対に言えません。でも今は務めや運命から逃げたい気持ちもわかります。妃殿下にも臣下にも話せない弱音は私が聞きます。公爵家から逃げた存在として」
「レティも逃げたかった?」
「今世は逃げることばかり考えてました。私の人生の目標は監禁回避でしたから」
「監禁なんてさせなかったよ」
「人生なにがあるかわかりませんもの。監禁は私の手落ちなので忘れてください。レオ様のブラコンのために殺されたくはなかったんです。今のレオ様なら心配ありませんが」
「レオに振り回された人生だったのか・・」
「クロード様を振り回せるのはレオ様だけです」
昔はよくレオ様が問題を起こして呼び出されて飛び出していきましたものね。今世は自分勝手な子供時代を送った私と比べればお可哀想な少年時代を過ごしていたんでしょう。
「もう一人いるんだけどな」
「カトリーヌお姉様には敵いませんね。私、学生の頃よりお二人はお似合いだと思ってましたわ」
「やめてくれないか。レティは私の後ろを歩くタイプだったけど、カトリーヌは率先して進んでいくから。時々無性にレティといた頃が恋しくなる」
「私よりもカトリーヌお姉様のほうが優秀です。美人で聡明な妃殿下」
「レティも美人で聡明だっただろ?麗しの婚約者殿」
聞きなれた社交辞令です。私の手を取る殿下の様子も慣れたものです。
「私は平凡です。皆様王太子の婚約者のルーン公爵令嬢に気を遣っていただけです」
「私にとっては誰よりも美しく必要な婚約者だったよ。即位しても、かわらず過ごしてくれるかい?」
「お戯れを。お断りしたら、どうされますの?」
「時間をおいてまた来るかな」
相変わらずクロード様は強引で勝手です。
「質問の意味がありません。御身にお気をつけください。カトリーヌお姉様のお許しがあるなら、お付き合いしますわ」
「またクロードとして来るよ。懐かしいレティに会いに」
「お気をつけてお帰りください」
「昔みたいに言ってくれないか?」
「いってらっしゃいませ」
「行ってくるよ。無理しないで」
クロード様が嬉しそうに笑い消えていきました。転移魔法の使い手はさすがです。
私は殿下のためにできることはありません。ただ昔の記憶を持つもの同士の思い出話にはお付き合いしましょう。昔の殿下の傍にはリオがいました。私はリオをとってしまいました。罪滅ぼしになるかはわかりません。ただできることはしたいと思います。殿下とカトリーヌ様の治世はきっとすばらしいものになると思います。でも昔の記憶を懐かしんでも過去は変えられません。それに戻れませんし、戻りたくありません。
クロード様は聡明な妃を、私は幸せを手に入れました。私は幸せなのでクロード様の幸せを祈りましょう。
私は庭でうたた寝をしてしまったようで起きると寝室で怖いリオの笑顔が・・。久々にリオの長いお説教を受けました。庭なら安全なのに心配性です。殿下とのことは知られてないはずです。殿下と親しいリオに嫉妬されたらたまりません。




