元公爵令嬢の記録 第十六話
リーファは部屋で眠っています。ディーネが見ていてくれるので私は食事の支度をしています。
突然リオが帰ってきて私を背中に庇いました。扉が開きステラが飛び込んで来ました。
私の前に立つリオの背中から抜け出します。
「レティシア様!!ご無事ですか!?」
ステラが真剣な顔で覗いてきます。
「ステラ、どうしました?」
「レティシア様、私、またお役に立てずに」
泣き出したステラに戸惑います。
「ステラ、何があったんですか?」
ステラが取り乱すなら非常事態かもしれません。
私が行くよりリオの風魔法で飛んだ方が早いです。
「リオ、申し訳ないんですが、エステル達の無事を確認してきてくださいませんか?何かあればエディに頼ります」
リオが戸惑った顔をしています。
「シア?」
「ステラの様子が…。急がなくては、グランド様も危険かもしれません」
「あいつはそう簡単に死なないだろ」
あっけらかんとしてます。グランド様を信頼しているのはわかりますが私は心配です。
「リオ、私が行くので、二人をお願いできますか?」
「わかった。俺が行く。結界で囲うから俺が帰るまで絶対に出るなよ」
「わかりました。リオも気をつけてください」
「シアはここで待ってて。すぐ戻るから心配するな」
リオに任せれば問題ありません。リオが結界で家を覆い、颯爽と出て行きました。リオは最近ますます心配性になりました。
泣きじゃくるステラの背中をゆっくり撫でます。
どうすればいいかわかりません。事情がわかるまで眠っていただきますか?
怖い思いをしたのなら、グランド様が来るまで、眠ったほうがいいですね。私も怖い時はリオの腕の中に飛び込むのが一番ですもの。私は無詠唱で魔法を使ってステラを眠らせ、ステラの体から力が抜けたので、魔法で客室のベットまで運びます。
ステラなら私も運べるんですがリオにリーファより重たいものは持つなと言われています。
私は食事の用意の続きをしましょう。
一応、ステラ達の分も作りましょう。料理を終えるとリオが帰ってきました。
リオは怪我も汚れもありません。穏やかなお顔なので杞憂だったようです。
「リオ、お帰りなさい。エステル達は?」
「無事だよ。単なる夫婦喧嘩だ。彼女は?」
「ありがとうございます。ステラには眠っていただきました。不安なステラを慰められるのは私ではありません。喧嘩して泣き崩れるなんて、仲が良いですわね。グランド様は?」
「事情を聞いて、無事を確認したから帰ってきた。今はシアを一人にはできないから」
リオに抱き寄せられお腹に手を当てられました。
お腹には小さい命が宿ってます。ルーンの子を産まねばなりません。ルーンの血を絶やすわけにはいきません。エディがお嫁さんをもらってくれないんです。どんなにお話しても、僕には荷が重いって言うんです。エディは実は女性が苦手です。社交は我慢しているみたいです。きっとエディの女性嫌いは私のせいなんです。あの子は私が令嬢達に嫌味を言われるのを幼い頃から近くで見ていました。こんなことになるなら、徹底交戦すれば良かったです。エディを女性嫌いにするなんて・・。生前のエディは女性嫌いではありませんでした。
「私のせいですよね…」
「シア?」
リオに心配そうな顔で覗きこまれて、慌てて笑顔を作ります。
「ごめんなさい。なんでもありません」
リオに抱き上げられ、ソファの上で抱っこされましたが、降りようとしても手がきつくて離れません。
「どうした?」
これは話すまで逃げられません。リオは私が一人で旅に出てから、秘密や内緒を許してくれなくなりました。手段を選ばず、問いただします。リオの様子にため息を零します。
「私のせいで、エディが女性嫌いになってしまいました」
リオがきょとんとした顔をしてます。この顔は珍しいです。
「は?」
リオなら話しても大丈夫でしょう。エディとリオは仲良しです。
「内緒ですよ。お父様に頼まれてエディに結婚の話を聞いたんです。エディは社交は努力して耐えてるけど、身内以外の女性は苦手なんですって。私、全然気づかなくて。エディが女性嫌いになったのは私の周りにセリアと意地悪なご令嬢達しかいなかったからですわ。こんなことなら社交にも神殿にも連れていかなければ良かった。そもそも私が自分のために我儘を通したから」
自分本位に魔力を隠した所為で、エディが被害を受けました。考えが足りませんでした。エディのことを考えず、あの頃の私は自分のことばかり。私の我儘がエディにここまで傷を与えるなんて。生前のあの子は凛としたしっかりした子でした。今世のエディより甘えてきませんが・・。どんなこともそつなくこなす優秀な跡取りでした。婚約者はまだ幼かったのでいませんでしたが…。
「それなら俺も同罪だな」
リオの言葉に思考の海から呼び戻されました。
「はい?」
リオの優しい瞳に見つめられます。
「シアの隠し事を止めなかった。あの時、俺は止められた。シアの計画にのったのもフウタに命じたのも俺だ」
相変わらず優しいのはかわりません。幼いリオを利用したのは私です。
「リオは私に騙されただけです」
「違うよ。シアの秘密は俺にとっては好都合だったんだ」
「はい?」
「あの頃から俺はシアが好きだった。シアに魔力がなければ公爵令嬢としての価値は下がる。魔力なしの公爵令嬢。殿下をはじめ、有力貴族の婚約者候補からも外れるのは好都合だった。魔力がなければ家の利が少なく三男の俺でもシアを手に入れられると思った。ごめん。だからシアに覚悟があるなら止めなかった。シアがエドワードや叔母上への罪悪感で苦しんでるのに、俺は喜んでたんだ」
リオの顔を見ると嘘をついてる様子はありません。
あんな幼い頃から想っていてくれたんですか。お父様達には申しわけないですが胸が温かくなります。
「殿下の婚約者に選ばれたら、国外逃亡させる気だった。たぶん、俺はシアを手に入れるためなら手段を選ばなかった。俺は自分以外がシアを手に入れるなんて許せなかった」
申しわけなさそうな顔をするリオに笑ってしまいます。
「そんなに想ってもらえていたなんて。私は幼い頃から愛されてたんですね。お父様達には内緒ですが嬉しいです」
リオに軽く口づけられました。いつになってもリオは素敵です。愛しい顔で見つめられるのは幸せですが照れてしまいます。
「俺にはシアが一番だったから。シアを手に入れるためなら、何でもした。俺はシアの秘密のおかげで今があると思ってる。それにエドワードの女嫌いはシアの所為ではない」
「どうしてですか?」
「俺はエドワードの成長をずっと見てきた。男には男にしかわからないことがあるんだよ。シアが責任を感じることはなにもない」
確かにリオにエディのことは頼んでました。私はエディの行く殿方ばかりのところには行けません。エディがお父様と出かけても様子を聞くしかできません。
それでも私は酷いことをしていたんです。
「私はエディが女性嫌いって気づかず、将来人気者ねって誇らしげに言ったり、令嬢とダンスを勧めたりしました」
リオが声をあげて笑いました。
「エドワードはシアに褒められることや認められるのが好きだったよ。シアの前のエドワードは嘘をついて、無理してるように見えた?」
「見えません」
「それが答えだ。それにエドワードは麗しのレティシアの弟と言われていた。幼い頃は出来そこないの姉をって言われたけど、成長したエドワードにそんなこという奴はいない」
「それはリオが知らないだけです。私は嫌われ者でした」
「せっかくだから答え合わせしようか。丁度いい客人がいる」
リオが指をパチンとならして、しばらくするとステラが起きてきました。慌ててリオの膝の上から降ります。
「グレイ嬢、今日は泊まっていいからシアの話を聞かせてくれないか?嫌われ者のルーン公爵令嬢の話を」
ぼんやりと起きてきたステラがリオを睨みつけました。
「恐れながら嫌われ者のルーン公爵令嬢の話はありません。レティシア様は令嬢の憧れ。学園でも社交界でも素晴らしい方でした。失礼を承知で訂正を求めます」
「俺の妻が出来底ないの姉を持つエドワードが可哀想と言うんだよ。俺は社交界から姿を消していたから訂正してやれないんだ」
ステラが誇らしげに笑いました。さっき泣き崩れたのが嘘のようです。
「それならお任せください。資料がないのが残念です。ですが私はきちんと覚えてますのでご安心ください」
ステラの目がやる気に満ちています。夫婦喧嘩はもういいんですか?元気になったなら良かったですが…。グランド様、心配してませんか?でも迎えにこないなら、まだ気まずいんでしょうか…。
「頼もしい。聞かせてくれ」
リオがステラを泊まらせる提案をするならなにか事情があるのかもしれません。リオとグランド様には二人にしかわからない世界があります。
いつの間にかフウタ様が侍従姿になって、食事の用意をしてくれてます。
食事をしながら話を聞くことにしました。目覚めたリーファもフウタ様が面倒を見てくれています。
「レオ様の卒業の代から卒業生を対象に人気投票が始まりましたの。私達の代の一番人気はどなただと思いますか?」
私の学年で一番人気なのは、綺麗で優秀で自慢の親友が浮かびました。
「セリア」
「レティシア様です。総選挙、令嬢、理想の恋人、理想のお姉様、お仕えしたい主、カップル等、理想の殿方部門以外はコンプリートでしたわ。記念画集は一気に売れてなくなりました」
楽しそうに語るステラは可愛いです。ただ内容がおかしいです。私はその頃には学園にいません。記念画集ってなんですか!?
「ステラ、具合が悪いわけではありませんよね?」
「理想の殿方はカーチス様でした」
私の言葉はステラには届きませんでした。でもクラム様が一番なのは納得できます。
「クラム様は明るく素敵ですよね。ルーン公爵家が手を回したりしてませんか?」
「ありえません。アイアン商会とエイミー様がスポンサーです。レオ様と婚姻されたエイミー様に手を出せる方はいません。レティシア様は社交界で顔が広かったので、後輩達にも憧れでした。それにエドワード様がレティシア様の素晴らしさをお話されるので、レティシア様が姿を消しても有名でしたよ」
私は社交界でご令嬢と仲良くした記憶はありません。お父様に命じられた方とばかりお話してました。慣れない令嬢のフォローはしましたが、名前を覚えられるほどではありません。
聞き流してはいけない単語があったような…。
「エディ!?」
「エドワード様は2年生から生徒会長を務めてました。姉様の教えを守り品行方正で誇りある行動と差別のない学園生活をと挨拶のたびに説いてました」
エディはなんと優秀なんでしょう。王族を除けば歴代最年少の生徒会長です。
ただエディの教えに全然覚えがありません。誇りある行動なんて私はできてません。あまりにも、無礼な令嬢には声をかけましたが。平民や弱い立場の者へ無礼を働く貴族はルーン公爵令嬢として見過ごすわけにはいきませんでしたので…。
ステラの話が止まりません。
私の質問には3回に1回しか返事がありません。
気づくとエディとお母様もいらっしゃいました。ステラのことは信じてますが、いささかそのお話は信用できません。
エディとステラが思い出話を語り盛り上がっていますがお話のレティシアは別人だと思いますよ。お母様は微笑まし気に見ています。ステラはお母様の弟子です。まさかお母様の指導を受けているなんて思いませんでした。
「リオ、ステラはグランド様と喧嘩しておかしくなったのでしょうか?」
「彼女はいつもこんな感じだ」
私の前ではもっと穏やかですが。時々暴走しますが。
エディが女性と話す様子を見ても、苦手なようにはみえません。
エディとステラがどんどん盛り上がってます。同じ学生時代を共にしたならつもる話もあるでしょう。ニコル様とクラム様が懐かしいです。優しくて面倒見のいい二人には学生時代に大変お世話になりました。
「エディ、本当に女性嫌いですか?ステラが相手だからですか?」
リオに聞くと、エディが私のほうを見ました。
「姉様、僕は理想の女性に出逢っています。ただその方とは結ばれることはできません」
エディが悲しそうな顔をしています。
「エディ、そんな」
「すでにその方は婚姻され、子供もいます。僕には見守るしかできませんがその方以外考えられないんです。だから姉様が側にいてくれませんか?」
エディがそんな切ない恋をしていたなんて知りませんでした。
ティアと一緒ですね。手を伸ばしてエディの頭を撫でます。
失恋はつらいんです。恋が叶うことは奇跡かもしれません。利のために婚姻しないといけない公爵令嬢の私と嫡男のエディは立場が違います。エディは共に支え合える方を見つけないといけないんです。ルーン公爵の妻に子供がいる未亡人など許されません。
私は悲しい気持ちを我慢して優しい笑みを作ります。
「エディ、姉様はエディのためなら頑張るからなんでも言ってくださいね」
「僕は姉様が側にいてくれればいいのです。他の女性は苦手です」
私を心配させないように微笑む弟の顔に切なくなります。
「もしもエディの傷が癒えて新しい恋が訪れる時は教えてね。全力で応援します」
「僕は姉様が側にいてくれるだけでいいんです。ルーン公爵なのに、頼りなくごめんなさい」
エディが健気で目頭が熱くなります。エディを甘やかすのは私のお役目です。
エディを選ばなかった令嬢はとても趣味が悪いんだと思います。エディは優秀なルーン公爵になるでしょう。私はエディの努力を知っています。ただ、エディがどうしても苦手ならそれを補うのは私のお役目です。姉としてルーンに生を受けた者として。
「エディ、姉様がちゃんと跡取りを育てます。無理しないで」
「姉様、ずっとここにいてくれますか?」
「シア、待て!」
「エディが望むなら。私は姉として弟を守るためなら頑張りますわ」
エディがまだこんなに甘えん坊だったとは知りませんでした。大きくなって頼もしくなったけど、無理してたんですね。
エディの傷が癒えるまで側にいましょう。エディが嬉しそうに笑いました。
エディとリオは見つめ合い相変わらず仲良しです。
気づくと朝を迎え、ステラが帰っていきました。
エディに本邸に移らないかと誘われましたがお断りしました。そのかわり、住んでいる別邸にエディの部屋を作りました。時々仕事をここでするので、お茶を入れてほしいと言うので了承しました。そんな些細なことで喜ぶ弟を見て、大人になっても可愛い弟に笑みがこぼれます。




