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追憶令嬢の徒然日記  作者: 夕鈴
番外編 冒険の記録

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155/207

冒険者の記録 八話

こんにちは。

砂の国の冒険者ルリこと元レティシア・ルーンですわ。

19歳になりました。


私はリオの願いで結婚をすることにしました。

結婚は家と家の結束を高めたり、利益を得るためのもの。家名も権力もない私との結婚に利はありません。

私にはリオが結婚を望む理由も喜んでいる理由もわかりません。

嬉しそうなリオを見てれば、どんな願いも叶えてさしあげたい。リオが喜んでくださることが私にできるのは嬉しいこと。

結婚の必要性はわからなくてもリオが喜ぶなら私に異存はありません。

これが惚れた弱みというものですわね。


「シア?」

「なんでもありませんわ」


上機嫌なリオと一緒に砂の国の辺境の教会を目指しています。

最初は整備されていない道でしたが、だんだん歩きやすい道に変わっていきました。

目的の教会の場所を丁寧に案内している掲示板。

教会は象徴する印があります。教本にも、建物にも、信仰するものを現す印が刻まれていますがこの掲示板にはありません。


「あら?これは、」

「砂の国の王家はそこまで力がないだろう?冒険者が発達するのは国力の強い国か弱い国のどちらかだ。王家が冒険者を支援し友好関係を築くか、王家が頼りにならないから冒険者が民を助け力をつけていく。砂の国は後者。そして冒険者を支持する国の多くで許されていることはわかる?」

「多神教」

「宗教教育に力を入れていないからじゃなく、移民が多いから宗教を自由にしたほうが都合がいいんだ。そして移住者が多い国は訳ありに寛大だ。だから結婚の届け出の義務を見逃す教会の存在も国が許せるんだ」


基本的には教会や神殿では身分証明をしてから、結婚証明書にサインをします。婚儀が全て終わった後に神官様が国に提出します。

儀式を終え、国に受理され正式に結婚が成立します。

ですが私達の目指す教会は申請と寄付金さえあれば極秘で結婚の儀式をしてくださるみたいです。

身分証明もいらないので戸籍がない私にはありがたいです。

さらにありがたいのはこの教会だけは結婚証明書を望めばいただけ、国への提出は希望がなければされません。


「ここが教会ですか?」

「驚くよな」


立派な門に広大な庭園、後ろには立派な邸があります。

砂の国で見たことのないほど豪華なものばかり。


「うちには及ばないけどな。教会は伯爵邸くらいの広さかな。客室も整えられているから三日ほど泊まるよ。お金の心配はいらないから受け取らないよ。ここは俺を立てて、俺に全部任せて。入ろうか」


リオは私のお金をあまり使わせてくれません。

門番の方に寄付金と書類を渡したリオに手を引かれて入ると砂の国では見ることのない花がたくさん咲いていました。


「自然の力に恵まれた王国に咲く花には及ばないけどな」

「輸入した花を魔法の力で手入れされてますね。魔法を使い本来の美以上のものを作り出す使い手は希少ですもの。でも適さない環境でも力強く咲き誇る花も美しいですわ」


フラン王国の花は美しく、国外からのお客様にも高評価でした。

でも花の美しさを比べるのは無粋ですわ。どんな花であっても、それぞれの持つ美しさを見出だし愛でるのも貴族令嬢の嗜み。まぁ貴族でなくても花を愛でるのは大事なことと思いますが、それは人それぞれ。

きちんと整備されているこの庭園を維持する労力を想像すれば感嘆させられますわ。丁寧に手入れされているたくみな技術を持つ庭師は、庭師?教会に?


「婚儀を行い結婚証明書を国に提出すれば手続きは終わり。でもさ、結婚を世間に知られたくない訳ありも多い。反対されれば反発したくなるのは人の心理だろう?」

「反発?」

「シアが気づいてない感情なら知らないままでいいよ。そういう人も多いんだよ。世間に認められなくても形だけでもってさ。ここの教会は守秘義務契約を結んでいるから婚儀を終えた夫婦の事情を外部に絶対漏らさない。教会から王家に多額の金を流しているから国も干渉しない。なにかあってもここに恩義を感じている富豪達が守ってくれるから、そうそう手を出せない場所だ」



この教会に救われた方も多く、寄付金が多いということでしょう。だから庭師を雇う余裕もあるんですね。

一般的な教会は神官様が全ての教会業務を担ってますので、庭師はいません。

よく見ると庭園を散策している男女の服は煌びやかなものも。参拝ではなくデートのような雰囲気ですわね。


「週の半分は参拝者に開放しているが、残りは貸し切れる。参拝日でも交渉すれば融通をきかせてくれるから、運試しとして訪ねる者もいるらしい」


参拝者が運試し?

儀式優先の教会の仕様に違和感がありますが、地域や信仰する神によって違いがあるのは当然ですわね。


「は?」


庭園を散策しているとリオが立ち止まりました。珍しく驚いた顔をしています。

リオの視線の先には美しい黒髪の女性がいますが知り合いでしょうか?

振り返った女性の赤い瞳に懐かしさを覚え、もっと近くで見たいのになぜか足が動きません。


「本当にもう。心配したわ。無事でよかった」


綺麗に笑うセリアが近づいてきて、抱きしめてくれた胸に体を預けます。懐かしい香りと雰囲気に動かなかった体が嘘のように力が抜けていきます。


「どうして?」

「内緒」


セリアの腕が解かれ、手を繋がれました。強引に手を引かれていますが、どうして?

迷いのない足取りで進むセリアに引っ張られ、大きな邸の中に入りました。

豪華な扉の前でセリアの足が止まり、手が解かれました。セリアに引っ張られ、景色を楽しむ余裕はありませんでした。


「開けて」


成長してもセリアは変わりません。

私に説明することなく、言い出したらきかないセリアには私が折れるしかありません。

賢いセリアの考えなど聞いても理解できないでしょうし聞くだけ無駄ですわね。

扉を開けると中の光景に目を疑いました。

ぼやけていく視界に映るのは私が捨てたもの。


「シア、大丈夫だから」

「余計なこと言わないでリオ様。レティが大好きなのは今も昔も変わらないわ」


リオに抱き寄せられ、セリアに頭を撫でられとうとう涙がこぼれてしまいました。


ぼやけた視界に映っていたのはエドワードとレオ様にニコル様、クラム様、ステラ、ロダ様、ロキ、ナギ、グランド様。



「相変わらず泣き虫だな」


クラム様の明るく懐かしい声。


「元気そうでよかったよ。二人なら大丈夫だと思ってたよ」


中性的で優しい声のニコル様。


「レティシア様」


心配そうな声で呼ぶステラ。このままではいけません。抱きしめてくれているリオの胸を押す。


「無理しないでいいよ」


優しく涙の跡を指で拭ってくれたリオに首を横に振ると腕が解かれました。深呼吸して背筋を伸ばす。

皆に向かい合い覚悟を決めて口を開く。


「ごめんなさい。私」

「姉様、お会いできて嬉しいです。誰も姉様を責めたりしませんよ」


青い瞳を細めて嬉しそうに笑う顔は記憶にあるものと同じ。


「エディ。立派になりましたね。もうエディじゃ駄目ね。エドワード」


近付いてきたエディに抱きしめられました。もう身長も追い越されてしまい、もう可愛いエディではないんですね。


「お元気そうでよかったです。エディがいいです。姉様お会いしたかったです」


大きくなっても甘えん坊かもしれません。懐かしく頭を撫でてしまいましたが、大きくなったエディは嫌がることはありませんでした。


「心配かけてごめんね。エディに全部押し付けてごめんなさい。ルーン公爵家を守ってくれてありがとう。私はエディがいたから安心だったわ。幼い貴方を守ってあげられない駄目な姉様」

「僕の姉様は駄目じゃないです。この世界で一番すばらしい方です。僕はもう子供ではありません。なにがあっても姉様を守るので一緒に帰りましょう」


迷いのないエディの言葉。私の立場はわかってます。

人の記憶は薄れるもの。でも私の前にいる方々をみれば時が足りない。ルーンのために私にできる最善は一つだけ。


「私は重荷になりたくありません」

「ご安心ください。僕はあの頃の僕じゃありません。ルーン公爵となる僕を支えてくれませんか?ルーン公爵家の令嬢ではなく姉様として傍にいていただけるだけで構いません」


エディ、立派になって。

堂々とした頼もしく聞こえる言葉に感動したかったのですが、残念ながらまだ子供でしたわ。


「未来のルーン公爵夫人が困ります」

「僕の邪魔をするような夫人なんていりません。体裁が必要ならナギにお願いします。ナギは姉様に仕えたいって言ってますから形だけ」

「そんな理由でナギを娶るなんて許しません。形だけって未来のルーン公爵の義務を」

「養子という手もあります。僕は姉様が産んでくださっても構いませんが」


私の言葉を遮り話すエディの言葉に頭が痛くなりそうです。幼いエディに負担をかけすぎたからおかしくなってしまったのですか!?


「エドワード、いい加減にしろ。久しぶりだと思って譲ってやったのに。シアを返せ。もちろんシアとの子供は俺が育てるから戯言はやめろ」

「僕は姉様の結婚は認めてないんですけど?」

「なんで知ってるんだよ!?」

「アルクからの定期報告。あと殿下も教えてくださいました」

「あいつら」


エディの腕を抜け出します。リオとエディはこうなったら止まりません。

エディにリオの言葉なら届くかもしれません。どちらが優勢かわかりませんが、フラン王国上位貴族、ルーン公爵家嫡男としての常識をきちんとリオが教えてくれることを祈りましょう。

リオ、頑張ってくださいませ。


腰に衝撃を受けてよろけるとナギに抱きつかれました。


「お嬢様!!」

「ナギは大きくなりましたね。もうお嬢様じゃないわ」


明るく元気に育っているのは嬉しいのですが、レティ様がどうしてお嬢様に呼び方が戻りましたの?

自分より年上の女性をお嬢様とは呼びませんよ。それに伯爵令嬢なら尚更いけません。


「私にとってはお嬢様です。成人したらお傍にいきますので待っててください」

「私も忘れないでください。ナギもしっかり教育しますのでご安心ください」


私の前で礼をするロキ。前に会った頃より身長が伸びてますわ。成長を喜びたいのにロキの言葉に不安のが勝っております。


「ロダ様?」


責めるべきはロキでもナギでもありません。

ロダ様を睨みながら、腰にしがみつくナギを引き剥がしロダ様に渡します。


「レティシア嬢、色々すまなかった。私のせいで君が」

「頭を上げてください。ロダ様、違いますわ。貴方の所為ではありません。もしも責があるなら陛下と殿下が裁かれます。私はナギとロキを説得して、きちんと教育していただけると助かります」


頭を下げているロダ様。

今の私に二人の教育を命じることはできませんが、お願いはさせていただきます。


「私は好きにさせていいかと思っているよ。伯爵家といっても名ばかりだしね。ナギとロキが行くなら母上と私も行こうかな」

「貴族として殿下を支えていただきたいのですが」

「本人達の意思は固いし私も王国にこだわりないしね」


海の皇国出身の皇子なのにローナ様のために亡命してきたロダ様。

ロダ様を信頼してロキ達を任せたけど間違えだったかもしれません。常識人に見える自由人ですわ。

今更気付いても遅いですが…。もう遅いなら知りたくありませんでしたわ。


「レティシア様、私もお傍においてください!!」

「ステラ、会えて嬉しいわ。でも過酷な生活よ」

「鍛えてもらってるので大丈夫です。最近は魔法なしならサイラス様に勝てますわ」

「すごいですわね。でも伯爵家のご令嬢ですから縁談あるでしょ?」

「もう嫁いだので問題ありませんわ。グレイ伯爵家に迷惑をかけることはありません。次、お会いしたらレティシア様と離れないって決めたんです」


なんでそんな決意してますの!?

伯爵令嬢としてはそれはいけません。嫁いだのなら尚更ですわ。


「ステラ、落ち着いて。気持ちは嬉しいですが、嫁いだ?ど地らに?」

「サイラス様です」


まさか…。

グランド様を睨みます。


「グランド様、学園でステラを送った時に手を出したんですか?」

「手は出してない。これには事情が」


グランド様のお顔をじっと見つめますが嘘はついている様子はありません。


「レティシア様の傍にいた殿方の中で一番可能性があったのがサイラス様です。サイラス様ならいつかマール様を見つけてくださると信じていました。マール様とサイラス様が仲を深めている間に私はレティシア様と……。マール様、私とサイラス様は清い仲なので安心してくださいね」


ステラがリオに笑顔で話しかけてますが、今のリオはエディと話すので忙しいから聞こえてないと思いますわ。

リオは笑顔でエディと話しており、決して振り向かず二人の世界ですわ。


「ステラ、その妄想はやめて。リオとは友人だから。本当に」

「私のことは気にしないでください。もちろんカモフラージュに使ってくださって結構ですわ」

「俺、ここにはずっといられないんだけど」

「マール様と一緒に王国に帰ってくださっても構いませんわ。レティシア様は私がしっかりお守りするので安心してください」

「ステラ、俺と一緒に帰ろう。な?グレイ伯爵も心配するしアリスも待ってる」

「アリス様には家の心配はいらないから、レティシア様をお願いしますと言われてます」

「本気なの?」

「勿論です」


笑顔のステラと困惑している顔のグランド様。

グランド様の困惑されているお顔は初めて見ましたわ。会話の内容が意味のわからないことばかりです。

とはいえ余裕のある態度のステラのほうが優勢に感じてしまい、もしかしてグランド様より立場が強いんでしょうか…。身分的にはグランド様のほうがステラよりも高いはずなんですが。


「グランド様、ステラとの関係は?」

「外堀を埋められまくった政略結婚」

「レティシア様ご安心ください。私とサイラス様はお互いに大切にしたい方とは決して結ばれないので利害の一致で手を組みましたの」

「貴族のさだめ。気持ちだけではうまくいきませんものね。私はお二人の幸せを祈ってますわ」

「でしたらお傍に置いてください。私はレティシア様がいれば幸せですわ。それにサイラス様もマール様といれば幸せです」


曇りのない笑顔のステラからのお願い。

ステラと一緒に冒険者生活?

確かにリオにはグランド様が必要かしら…。


「シア、やめて。それ以上考えなくていい。俺に必要なのはシアだけだから。サイラスなんていなくていいから」


清々しい笑顔のリオ。いつの間にかエディがいないんですが。


「エディは?」

「疲れたのか寝てる。まだ子供なんだな。慣れない旅行で興奮しすぎたのかもな。安全な部屋で休ませてるから安心して」

「エディもまだ子供ですのね。安心しましたわ。ありがとうございます」


エディの言葉がおかしかったのは疲労の所為でしたのね。

エディのことは一安心ですが、先ほどから視線が突き刺さって痛いです。

グランド様からの視線がものすごく痛いんですがリオと話したいってことでしょうか。

私を睨まず、口に出してくださればいいのに。


「リオ、久しぶりだな。相変わらずで安心したよ」

「ああ。俺の幸せを思うなら放っておいてほしかった」

「充分独占しただろう?そろそろいいんじゃないか」


「ほら、レティシア様、お二人の世界で幸せそうでしょ。お二人とも素直じゃないから」

「どうでしょうか。空気が冷たい気がしますわ」


愛らしいステラの笑顔に反してリオから冷たい空気が…。これに爽やかな笑みを浮かべ出したら本格的なお説教が始まりますわ。


「サイラス、結婚おめでとう。責任もって連れて帰れ」

「無理かもしれない。ステラの外堀埋める能力高すぎて俺には手におえない。武術は確かだから護衛にどう?」

「シアの護衛は俺一人で充分だよ」

「俺には手におえないから一緒に帰らないか?」

「やっとシアと結婚できるのになんでこんなに邪魔が入るんだよ」

「ルーン嬢の人徳だろ」

「グランド様、今のところリオの独占権は私にありますが、多少なら譲歩しますわ」

「いらないから。ステラだけでも手に余るのにルーン嬢まで暴走しないで」

「多少の譲歩じゃ嫌ですか。困りました。リオ、どうしましょう?」

「俺はシアのものだから。諦めてもらうしかないよ」

「でも…」

「シア、サイラスのことは気にしないでいいよ。俺はシアと離れるなんて耐えられないから」

「でも私がいたらお邪魔でしょ?」

「俺をだしにいちゃつくなよ」

「サイラス様、マール様は素直になれないだけですわ。元気を出してください」

「貴族には貴族の役目があるだろ。思いだけじゃダメなんだよ。シアは俺と一緒にサイラスとグレイ嬢の幸せを祈ろう。政略結婚でもうまくいくように。な?」

「わかりましたわ」

「相変わらずルーン嬢の操縦うまいよな。その変わらない所に安心するよ」


リオの冷たい空気が消えました。いつの間にか仲良く話しているリオとグランド様。

また覚えのある視線に笑みが零れます。

感じる視線の主はやっぱりレオ様でした。

リオはグランド様に貸してあげましょう。


「レティシア、これ」


レオ様に箱を渡されました。セリアに開けてと言われ、開けるとヴェール?


「レオ様、お元気そうでよかったです。これは?」

「エイミーから預かった。自分は行けないから幸せを祈るって。あとこれは母上から」


もう一つの箱はドレス。最高級の生地に繊細な刺繍。サラ様の手作りでしょうか…。


「サイズは調整できるけど、たぶんピッタリよって微笑んでた」


サラ様達の話を嬉しそうな顔でされるレオ様。


「レオ様、今、幸せですか?」

「ああ。幸せだよ。母上とエイミーと一緒だ。もうすぐ子供も産まれる」


よかった。

レオ様の明るい笑顔にまた視界が歪んでいく。

せっかく涙を止めたのに。

恨まれてると覚悟を決めて向き合ったのに、いただく言葉はあたたかいものばかり。

それに、あのレオ様はきちんと成長されて幸せを掴んだ。

昔のレオ様とは違う。

私のことも大事に想ってくれるのが伝わってくる。


ヴェールに魔力を感じるからこれも手作りでしょう。ふんわりとした可愛らしい笑顔のエイミー様のことが思い浮かびます。


「レティシア?」


レオ様が心配そうに見つめてる。


「ごめんなさい。嬉しくて、涙がとまらない」


視界が歪み、どんどん涙が落ちていく。

頭にあたたかく大きな手が乗せられ、少しだけ乱暴に撫でる仕草が懐かしく、さらに涙が落ちていく。

なんでも許して、甘やかせてくれるリオの手とは違う。

前を向く力をくれて、明るさで心を軽くして笑顔をくれる人。


「クラム様?」

「泣くのもいいけど、笑ってよ。久々だろ」


クラム様の明るい笑顔は元気をくれます。体は大きくなっても裏表のない性格は変わらないようです。


「相変わらずですわ」

「レティシアは笑顔が一番。このドレス着て笑ってよ。絶対似合うから」

「クラム、それだと口説いてるみたいだよ」

「誤解だ」

「わかってますわ」


ニコル様の冗談に慌てるクラム様。

二人の懐かしいやり取りに涙が止まり、笑みが溢れてしまいます。やっぱり大好きですわ。


「そろそろいいかしらね。レティ、見せたいものがあるのよ」

「セリア?」

「私の発明品。自信作よ」


ウインクするセリアの手の上には魔石。

セリアが魔力を注ぐと魔石が光りました。

光の中に人影?

しばらくして人影の姿が見覚えのあるものに。

お父様とお母様の姿が映りました。


「レティシア、元気にしているか?お前は私達の自慢の娘だ。家のことは気にしなくていい。幸せを祈っている。いつでも帰ってきなさい」

「貴方なら大丈夫だと信じてるわ。貴方は自慢の娘だもの。いつでも帰ってきなさい。お母様は強いから心配しないで。幸せにね」



怒っているお顔ではなく、いつも通りのお父様とお母様。

ルーンに害のある私にかける言葉に嘘の色はない。

含みもなくわかりやすい言葉。

ごめんなさい。やっぱり大事にされていた。

伯母様の言う通り。

ルーン公爵令嬢として役に立たない。悪い選択ばかりした私への気遣いの言葉。

嬉しいのに、苦しい。胸が痛くて痛くて体が冷たくなっていく。突然優しい風に包まれて、背中に温もりを感じる。


「落ち着いて。ゆっくり息を吐く、そう。上出来」


背中から抱きしめるリオの囁きに合わせると胸の痛みが和らぐ。リオの温もりに体が熱を取り戻していく。

リオの魔力が体に流れているのに気付きました。


「俺に委ねて」


力を抜いて耳元で囁くリオに魔力のコントロールを委ねる。動揺しすぎて魔力を暴走させるところでした。動揺すると魔力が体から滲み出てしまうのは魔力を持つ者にはよくあること。


「リオ様にはこれ。自分で魔力流してください」


リオは私の魔力が落ち着いても背中から私を抱きしめたまま。セリアから魔石を受け取り、魔力を流しました。

映されるのは伯母様と伯父様。懐かしいですわ。


「元気にしているかい。二人は一緒にいると信じてるよ。

レティは綺麗になってるだろうね。リオ、ちゃんと守ってるだろうな?お前は自慢の息子だよ。レティを幸せにしろよ。レティ、いつでも帰ってきなさい。リオが嫌なら一人で帰ってきてもいいから。レティも私の娘だから大歓迎だよ。いつか会えると信じているよ」

「体は大丈夫?二人とも無茶するから心配だわ。ちゃんと二人で相談してね。お互い勝手に考えて一人で行動してはいけませんよ。レティ、ルーン公爵家とマール公爵家のことは心配しないで。両家とも優秀な跡取りがいるから大丈夫よ。体に気をつけて、いつでも帰ってきてね。二人の幸せを祈ってるわ」


伯父様、伯母様…。

リオが笑ってます。

魔力は落ちついたのに、涙がどんどん流れてきて止まりません。


「俺の親なのにシアのことばかりでひどいよな。昔から二人共シアに甘かったもんな」

「焼きもち?」

「まさか」


リオに涙を舐められます。

くすぐったいですが涙は止まりました。

自分の立場はわかってます。

皆の優しさに背けていた、望んではいけないと思っていたものが大きくなってしまいました。

自然豊かな美しいものに溢れる母国。


「リオ、いつか帰りたいな。ちょっと立ち寄るだけならいいかな」

「シアが望むなら叶えるよ。もう少し冒険したら帰って辺境地あたりに家を買うか」


私の危険な願いに優しい瞳で頷いてくれるリオ。

そういえばフラン王国は砂の国とは比べものにならないほど物価が高い。


「お金いっぱい稼がないとだね」

「お金の心配はいらないよ」

「リオの金銭感覚は信用できません」


「二人の世界は後にしてもらっていいかしら?」


視線が集まっていることに気付きました。

恥ずかしい。

リオの腕を振り払って、セリアに抱きつきます。


「セリア、ありがとう。すごい!やっぱりセリアは天才ですわ」

「レティの笑顔が見たくて頑張ったわ。また作品が増えたからあとで渡すわね」

「物騒な物はいりません」

「一番物騒なのが傍にいて平気なんだから、私の作品なんて可愛い物よ」

「物騒なの?」

「相変わらずね。やっぱりリオ様には任せられないかしら。ロキとニコル様は、まだ相手がいないからどう?」

「どうとは?」

「レティの嫁ぎ先よ」

「二人にはちゃんとしたご令嬢と幸せになってほしい。ロキに手を出したら犯罪」

「今は駄目でも数年後なら問題ないわ。中々有能で見込みがあると思うわ」


セリアが人の評価をするのは珍しい。

久しぶりのセリアの冗談に不安よりも懐かしさが勝る。


「クラム様は?」

「クラム様はレティの暴走を抑えられないから駄目。やっぱりビアード様がいい?」


暴走ってなんですか?懐かしい名前に首を傾げる。


「なんでエイベル?」

「セリア、余計な事を言うな。シアを返せ。シアと結婚するのは俺だ」

「リオ様も信用できないのよね。レティ、幸せ?」


真顔のセリアの真剣な質問への答えは簡単。


「うん。幸せ」

「わかったわ。リオ様が嫌になったり泣かされたら言うのよ」


リオに腰を引っ張られ、強い力で抱きしめられました。


「そんな日は来ないから。シア、結婚しよう。あのドレス着て見せて」

「うん。着たい」


その後、目を醒ましたエディとロキを説得して翌日に結婚式をあげました。

ドレスのサイズは本当にピッタリで驚きました。

皆に祝福していただきました。

一部、おかしくなった方もいますが気にするのはやめましょう。

リオと口づけをしたら、エディが魔法でリオを攻撃するのは予想外です。

エディは優秀だと思ってたのに心配です。

気付いたディーネが魔法を相殺してくれてよかったです。絢爛豪華な教会を壊したら損害費が恐ろしい…。

結婚証明書にはレティシアとリオの名前でサインをしました。

これは宝物としてとっておこうと思います。

私はリオと家族になりました。

ずっと一緒にいるのに変な感じです。

結婚式を終え、ここを発つ最後の日も大変でした。

エディは一緒に国に帰ろうと言いますし、ステラは一緒に行くと。

エディもわかってるのに頑固ですわ。

ステラ、グランド伯爵夫人がそんなこと許されません。グランド様は苦笑するだけで止めてくれません。

リオと話して、手紙を残して姿を消しました。

面倒になった訳ではありませんわ。

ニコル様がいるのでうまく場をおさめてくれると信じてます。

まさかまともで頼りになるのがニコル様だけなんて…。

私、グランド様も信頼していたのにひどいですわ。

ニコル様申しわけありませんがまた迷惑をかけてごめんなさい。

いつかお詫びの品を贈りますわ。


リオと話して砂の国を出て、次は水の国を目指します。

水の国にもギルドがあるので、仕事には困りません。

砂の国の家は魔法をかけてきたので大丈夫だと思います。

それに私がいない方がアルク達がうまくいくので新婚生活を邪魔しないように当分は離れるつもりでしたので予定通り。

今度再会するときは新たに家族が増えてるかもしれませんわ。

楽しみですわ。



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