冒険者の記録 五話 前編
こんにちは。砂の国のAランク冒険者ルリこと元レティシア・ルーンですわ。
一緒に暮らしているリオはSランクの冒険者です。
優秀な冒険者のリオは数か月に1度、首都の依頼に出かけなければいけません。
「ランク落とすかな」
「私が養ってあげますわ」
リオは首都にある大きなギルドからの依頼を嫌がってランクを落とそうかと本気で考えてますが、ギルドの冒険者ランクは自分で操作できません。
それでも依頼を選ぶことはできます。リオの手が私の頭に置かれ優しく撫でました。
「シアに養われるのはちょっと。シアを一人で仕事に行かせるくらいならSランクのまま続けるよ」
私はリオほど優秀な冒険者ではありませんが、はい?
近付いてくるリオの顔。銀の瞳に見つめられ微笑みかけられ思考が止まります。
口づけられて、体の熱が上がり何も考えられなくなりました。
抱きしめるリオの腕に甘えてそのまま目を閉じました。
***
朝からうたた寝をしてしまいました。
昼過ぎにギルドに行くとギルド長がリオに声を掛けました。
ギルド長がリオを呼ぶのはリオに仕事を頼むときです。私はまたお留守番でしょう。
「いい加減にしてください。俺はシアと離れる依頼は受けません」
リオがギルド長が差し出す依頼書を受け取らずに嫌そうな声で断りました。
「今回の依頼はルリを連れていってもいいが、他のギルドからの参加者も多い。可愛いルリを連れてって平気か?」
ギルド長の言葉に驚き、リオが手を伸ばさない依頼書を受け取ります。
Aランク以上の魔導士求む。
報酬と場所と期間しか書かれていません。
依頼人の都合で詳細は現地説明という依頼も多いです。
首都ギルドからの依頼なので、何があってもきちんと報酬は支払われるでしょう。依頼人が報酬を支払わないというトラブルも稀にあるそうですが私は遭遇したことはありません。
このギルドに魔導士は少なくAランク以上の魔導士は私とリオとアルクだけです。
砂の国は魔法が盛んではないので、魔法が使えるのは他国出身の者だけです。依頼内容はよくわかりませんが私も一緒に行けるのは嬉しいです。
「私も行きたいです!!二人で行けば報酬2倍ですか?」
「額を同ギルドの冒険者で割るから、リオ一人で行ってもルリと二人で行っても金額は変わらない」
ギルドとしては誰かが行けばいいのでしょう。報酬も変わらないなら依頼を嫌がるリオを行かせる必要はありませんわ。
「私が行ってきますわ。私もAランクだから大丈夫です!!」
「シアは俺と離れたくないんじゃ」
「寂しいですが、お仕事だから仕方ありません。それに誰かが受けないとギルドが困りますもの。この依頼、適任者が少ないですから」
冒険者としては実力の劣る私の志願に心配そうな眼差しで見るリオの不安を拭えるように優雅に微笑みます。ずっと一緒にいたくてもリオに甘えてばかりはいられません。きっと前に依頼から帰ってきたばかりのリオの腕の中で泣いてしまったからさらに心配しているんでしょう。
それにルーン公爵令嬢の時ほどではありませんが、冒険者にも規則や背負うべきものがありますから。
「ルリは私と待ってましょう。ルリが行けば私は一人でお留守番、寂しいわ」
「レラ、俺は行くって言ってない」
「この報酬は魅力的だわ。それにギルドの面目のためにも。私が継ぐギルドのためよ。アルクは私のためにがんばってくれないのね」
レラ姉様が悲しそうな顔でアルクを見つめてますわ。
レラ姉様はギルド長の後を継ぐと決めてから姿勢が変わりました。
実質は冒険者ではないレラ姉様はギルド長にはなれないのでお婿さんが後継でしょうが。
「レラ姉様、私に任せてください。アルクは置いていくので寂しがらないでください。リオも嫌がっているのでお留守番です。私は力はありませんが魔導士としては自信がありますので任せてください」
昔のセリアの真似をしてレラ姉様にパチンとウインクをしてみました。
「ルリが格好いいわ。ルリを婿にできればうちのギルドは安泰。ギルド長、やっぱりルリを養女にして私と二人でギルドを継ぐのはどう?いずれSランクになってもらえば問題ないわよね」
「名案だな。俺が責任を持って後継に育てよう。ルリは素質があるからな、お父様って呼んでいいからな」
真剣な顔でギルド長とレラ姉様が話しています。
変な単語が聞こえた気がしますが気の所為ですわね。ギルド長はお父様と呼んでほしいとよく言います。冒険者は冗談の言い合いをよくするので、冒険者らしく軽く流すのが一番です。契約はきちんと、冗談はさらりと流すのが冒険者の鉄則ですわ。
「シアに危ないことは許しません。後継はアルクを鍛えてください」
「わかったよ。俺が行くからレラ、考え直して。レラとギルドを守るのは俺。ルリには譲らない」
「シアを巻き込んだら覚悟しとけよ。シア、依頼はアルクが行くから俺と留守番してよう」
心配性のリオ。ですがリオはわかっていませんわ。
アルクは冒険者としては優秀ですが魔導士としてはポンコツです。詳細のわからない魔法関係の依頼に適応するのは難しいですわ。アルクは学園で習う簡単な魔法も使えませんから。久しぶりの大仕事かもしれないのできちんとした準備が必要ですわね。冒険には備えが必要ですから。
「駄目です。アルクに何かあったらレラ姉様が悲しみます。アルクの魔法の腕は信頼できませんから一緒に行きます。依頼が終わったら、名物のお菓子を買って、ご褒美にレラ姉様にご飯作ってもらいますわ」
「なんでレラさんに胃袋捕まれてんの。今度レラさんに料理教わるかな」
「リオには教えないわよ。武器を敵に渡すわけないでしょ?」
「やり方が汚いですよ。こないだシアと首都の名物の記事を見てた時から狙ってましたね?」
「気の所為よ。リオがさっさと引き受けてくれれば、こんな事しなかったわ」
「アルク、本当にいいのか?この人お前の手に余るだろ?」
「ルリみたいな暴れ馬とは比べないでほしい」
「お前……。シアに恩があるよな?誰のおかげで同棲できたと思ってんの?」
「ルリを懐かせた俺の人徳」
「くだらない言い争いは後にして。どうするの?放っておくとルリ行っちゃうわよ」
「シア、待って。俺が行く。土産も買ってくるよ」
手持ちのマジック袋の中身を確認しているとリオに肩を掴まれました。
「嫌なんでしょ?たまには私が行きます。せっかくですしゆっくり休んでくださいな」
「仕事が嫌なわけじゃないから。レラさんが寂しがるから一緒に留守番してあげて。アルクは俺が責任を持って連れて帰ってくるから」
確かに私はアルクを背負えません。
レラ姉様はアルクにもこの仕事を受けて欲しいようです。もしもアルクがギルド長の後継者になるなら大きな依頼を受けて名前を売るのは必要なことですわ。何かのトップに立つならどんな世界でも顔を広めることが大事なのは共通ですわ。アルクのサポートでしたらなおリオの方が適任ですね。
残念ながらリオの方が私より強く万能ですわ。
「わかりました。無事に帰ってきてください」
「勿論。シアは俺との約束守ってな」
「心配症ですわね。リオが仕事に集中できるように大人しくしてますわ。確認しなくてもきちんと覚えてますわ」
リオが頬に口づけをして私が持つ依頼書を取り上げて手続きにいきました。
今日はリオの準備を手伝って二人でゆっくりしましょう。
翌朝青空の下でリオが旅立って行きました。寂しくなりますわね。
一緒に行きたかったけど、レラ姉様を一人にするわけには行きませんから。
それにギルドに魔導士がいない状況も避けなければいけません。
不思議なことがあります。
リオが旅立つとクロが帰ってきます。
クロと会うのはいつも祠です。
クロが祠に祈っている姿を見つけるのはよくあることです。
クロが何も言わないので事情は聞きません。訳ありが集まるのもギルドですから。
私も訳ありですし、素性を話すつもりはありません。
そういえばリオとクロはどちらが強いのでしょうか?
クロは仕事の合間の息抜きに帰っているそうです。
クロに会うと一緒に薬草採集をします。クロがいるといつもより早くたくさん見つかるので不思議ですわね。
ベンとダンは元気でしょうか……。
今の時期のルーン公爵邸は美しい青い花が咲き誇っているでしょう。
クロは容姿端麗ですがローブで顔を隠してるので村の女性は寄ってきません。
村人は見慣れない冒険者は警戒しますからね。クロと一緒にいても村の女性に嫌われないのは助かります。
女性に嫌われるのは勘弁してほしいですわ。
リオと一緒に暮らしはじめてからは村の女性から意地悪されなくなりました。
やっぱり嫌われていたのはシオンの所為でしょうか?
「おかえりなさい」
「ただいま。元気だった?」
「はい。クロはいかがですか?」
笑顔のクロの腕が伸びそっと抱きしめられました。最初は驚きましたがもう慣れました。
クロにとっては親愛をこめた挨拶の慣習だそうですわ。
「お蔭様で癒されるよ。ずっと傍にいれたらいいのに」
「お疲れ様です。今回はどれくらいいられるんですの?」
「顔が見たかっただけだから。すぐに帰るよ。周りには曲者しかいないから、ルリが恋しかっただけ」
「クロは口が上手いですね。また時間があるとき手合わせしてくださいね」
「体を動かしたいから、今からする?」
「疲れているのでは?」
「疲れてるのは心だからね。鍛えているからルリとの訓練くらいじゃ疲れないよ」
笑いながら失礼なことを言うクロ。
でもクロは強いので事実でしょう。せっかくなのでクロに甘えて手合わせをお願いしました。リオがいないと訓練できないので助かります。
私が剣で攻撃してもさらっと躱されます。クロと剣を合せているとグランド様の指導や一度も勝てなかったエイベルとの手合わせが時々頭をよぎります。クロの剣筋になぜか懐かしさを感じるのはなぜでしょうか。
「ルリ、剣を握っているならどんな時も集中しないと駄目だよ。油断は身を滅ぼすよ」
クロの剣を受け止めきれずに手から剣が滑り落ちると風魔法の気配がしました。
「ディーネ」
クロに向かう風の刃は私の魔法では防げないのでディーネに頼みます。
ディーネがクロに向かう風の刃を水で沈めて消しました。
「シア!!」
目の前には濃紺の髪と見慣れた背中。
予定より3日も帰りが早いですが嬉しい予想外ですわ。
「お帰りなさい」
「ただいま。無事でよかった。後は俺が引き受けるよ」
私の周りに厳重な風の結界が構築されましたが、この感じはまずいですわ。
戦闘するつもりですわ。
リオは絶対に勘違いしてます。
「待ってください!!手合わせをしているだけです。お友達です」
「俺、知らないけど」
「彼は大丈夫です。攻撃しないでください。お願いします」
リオの結界が解かれ肩を抱かれ抱き寄せられます。
両手ではなく片手でがっしりと抱きしめられていますから、リオは警戒したままです。
利き手は剣にあり、いつでも鞘から抜ける状態ですわ……。
「彼女には絶対に危害を加えないから安心して」
クロはリオの警戒など気にせず、いつもの調子で話しかけます。記憶喪失でも動揺しない度胸の据わっているクロは今日も調子は同じですわ。臨戦態勢を解かないリオに嫌な予感に襲われ始めた私はクロの度胸が羨ましいですわ。
「嘘だろ?」
リオがクロを凝視して固まりました。
剣から手を放し髪を掻きあげたリオが一瞬だけ、嫌そうな顔をしましたが、もしかして知り合いですか?
「本当にシアの友達?誰?」
真剣な顔で私を見るリオ。
「Dランク冒険者のクロです。ギルドで手合わせをして負けてから時々手合わせをお願いしていました」
「いつから?」
「いつでしょう?リオがいない時、」
リオの目が据わっていき言葉を飲みました。なんでですの?
よくわかりませんが嫌な予感が確信に変わり、お説教される予感がしますわ。
「もう絶対引き受けない。油断してた」
リオがブツブツ言いながら私を抱く手を解き、クロと私の間、いえ私の前に立ちました。
「お戯れがすぎると思いますが。護衛はどうされました?」
護衛?
やっぱり知り合いですの?
「久しぶりだな。元気そうでよかったよ。ロキから報告は聞いていたけど息災で良かった。場所を変えないか?」
ロキ?
巡回使時代の知り合いですか?
「クロ、時間はありますの?」
「うん。夕方までなら」
「場所はどうしましょうか」
「家」
リオの聞いたことがないほど冷たい声。
気の所為かと思いたかったですが、やっぱりリオは怒っていました。リオの背中にギュっと抱きついて体力と魔力回復の魔法をかけます。
リオの体に疲労はたまってませんし、怪我もありません。良かったですわ。
って違いますわ!!
全くリオが反応しません。いつもなら、なんだか寒気がしてきましたわ。こんなに怒ってるリオは記憶にありませんわ。グランド様、助けてくださいませ!!
無言のリオに手を引かれ、後を歩くクロと一緒に家に向かって歩いてます。
リオの知らない間にお友達との時間をもらっていたから怒ってますの?
逃げたいですわ。
どうか巻き込まないでくださいませ。私は二人の関係を知りませんでしたわ。




