冒険者の記録 一話 後編
俺はアルク。砂の国のAランクの冒険者だ。
レラとの幸せな生活を目指して日々精進している。
ルリが村に住み始め1年経つとようやく村の生活に慣れたようだ。
俺とレラとギルド長の努力の成果だと思う。ここまで色々教えるのは大変だった。
今までディーネと二人で生きてこれたのが不思議でたまらない。
これなら嫁に出しても問題はないはずだ。
「ルリ、求婚されたらどうする?」
「結婚はしません。お断りできないなら逃げます。そんなお話あるんですか?」
「ないわ。ルリを嫁に出さないからここにいればいいわ。ルリのお菓子は絶品ね」
「レラさんの料理が一番」
レラは俺に抗議の視線を向けルリに笑顔を向けて話を変えた。
そういえばルリを養女や嫁にという話をギルド長が握りつぶしていた。
ルリは俺の質問に一切興味を示さずにレラの作った料理を笑顔で食べている。いざとなれば俺とレラで引き取ってやればいいか。ルリの協力でギルド長からレラと付き合う許しが出た。結婚の許可はまだだが一歩前進だ。
ルリの嫁取りも苦労するだろうな。頑張れよ。シオン。相変わらず避けられてるみたいだけどな。
シオンは近くにいた女を全員切ったのに全く信用されていない。
長期の依頼に出て久しぶりにギルドに顔を出すとシオンがルリと出かけたと騒がれていた。
無言で俺の横に座ったシオンがポツリと零す言葉は聞き取れなかった。
「ルリに嫌われた」
「は?」
「振られた男なんて忘れろって言ったら泣かせた」
必死にこぎつけたデートも失敗したのか。いつも明るく前向きなのに本気で落ち込んでるシオンに酒を奢って話を聞く。
過去の話をしないルリから聞き出せたなら希望はあると思う。ディーネの攻略にも成功してるのは大きい。一度振られて諦めるならその程度。早く切り替えた方がいい。
「俺ならずっと側にいるのに。なんで酷い男なんて」
もともと相手にされてなかったから、お付き合いはまだ早いだろう。ルリに恋する情緒があったのか。夫探しに積極的な村の女とタイプが違うからな。欲しいなら足掻くしかない。諦めたら終わり。ルリを泣かせたと言って落ち込んでるけど、どうするかな。泣いてるルリは見たことはない。愛想笑いばかりのルリがそこまで感情を見せるなら……。
酒に潰れたシオンを眺める。起きたらこの話を聞いていたやつらに鍛え上げられるだろう。ルリを泣かせたという理由で。コップに残る酒を飲み干すと辺りは明るくなっていた。シオンは当分起きないよな。
朝を迎えギルドには依頼に向かうために手続きしている冒険者が増えだした。掲示板を見ている銀髪に近づく。
「ルリ、出かけるのか?」
「これ行きたい。。まだ残っていたので運が良いです」
「荷物見せて。手続きしている間に確認する」
「準備バッチリですよ」
ルリは依頼書を持ってディーネと楽しそうに笑いながらレラの所に手続きに行った。荷物の確認をしたらきちんとできていた。落ち込んでいるシオンとは大違いな元気なルリを送り出した。寝ているシオンの存在はルリには見えないらしい。
ランクアップしてからも単独の依頼しか受けない所は変わらない。
シオンが立ち直った時はタイミングが悪くルリは遠方に採集に出かけていた。シオンはチームを組んでいるからチームメイトに誘われて依頼に出かけた。ルリはシオンを気にしていないがすれ違いが起こっている。マイペースなルリはシオンを見かけないことに気付いていない。
ルリを連れて狩りに出かけた。
「ルリ、切ってやるよ。その髪は」
ルリは髪が肩まで伸びると短剣で無造作に切り落とす。あまりにも毛先がズタズタだから森に連れ出して切り株に座らせて鋏を使って整える。
「ルリ、年頃なんだから」
「お金の無駄。それに生活に支障ないもの。ありがとうございます」
ルリが切り落ちた髪を水魔法で纏めたのでローブのフードを被せる。髪を纏めた水球がパンと弾けると冷たい魔力が周囲を覆う。空からポツリポツリと雨が降る。強い魔力の持ち主の髪には魔力が宿る。ルリの髪を売れば高額で取引されるだろうにルリは売らない。髪の処理を魔法でするから人目につかない場所に連れ出して切る。ローブのフードを脱いだルリが空を見上げて雨に打たれている。風邪を引かせる前に連れて帰るか。雨が好きなルリは放っておくとよく濡れている。嫌がるルリの腕を引いてギルドに帰るとレラが濡れたルリをタオルで拭いて温かいスープを渡す。レラがルリしか見えてないのは仕方がないか。今日はルリの家でレラの料理を楽しむことになるだろう。二人で狩りに行ったあとの定番だ。
ギルドで報告書を仕上げているとギルド長が降りてきた。
「ルリが狙われている」
ギルド長の呟きを拾う。俺と同じで反応した奴らもギルド長に視線を向けた。
「ルリは訳ありだ。貴族に手籠めにされそうになり逃げてここまで辿り着いた。近隣の村に銀髪の少女を探した巡回使が訪ねている」
初めて話されるルリの事情に冒険者達が集まってきた。
「ルリの存在を隠せばいいのか」
「村人の口封じか」
「ギルド長、ルリは!?」
「幻の花の採取に向かった。あそこなら村から」
飛び出そうとするシオンの腕を掴む。
「シオン、追いかけるな。ルリの邪魔になる」
「兄貴、ルリが」
「要請もなく依頼に介入するのは冒険者のプライドを踏みにじる」
焦った顔のシオンが頷いたので手を放す。魔法が使えることを隠しているルリは一人の方がいい。戦闘能力の高いルリなら心配はいらない。
身内に甘い、特にルリに骨抜きにされてる冒険者を中心にルリを隠すための対策が話し合われる。巡回使の対応は全て冒険者で行い丁重に帰らせるか。巡回使がどこの国の出身者かわからないので外国語に一番精通している俺が迎えを任された。
村人に接触させないように村の入り口で待ち伏せしていると馬に乗った見たことのない紋章をつけた顔立ちが整った二人組が近づいてきた。
流暢な砂の国の言葉で挨拶する役者顔負けの爽やかな顔で笑みを浮かべる若い青年。連れているのは成長途中だが将来有望な顔立ちをしているルリよりも小さい少年。二人の顔を見て頬を染めた村の女達が近づいてくるので、話し掛けられる前にギルドに連れて行くか。
「ギルドまでご案内しますよ」
巡回使を見つけたら逆らわず丁重に扱うのが万国共通のルールである。この田舎村に巡回使が訪問したのは俺が来てから初めてだが。ギルドに行くとレラとギルド長が笑顔で出迎えた。
「ようこそお越しくださいました。どういったご用件で?」
「調査のための訪問なので接待はいりません。同胞を探しているのですが銀髪の少女をご存知ありませんか?」
「心当たりはありません。力になれず申し訳ない」
笑みを浮かべていた少年が一瞬だけ落胆の顔をした。爽やかな笑みを浮かべた青年の表情は変わらない。
「ありがとうございます。雨乞いの行われた村を探しています。ここで間違えありませんか?」
「巡礼の旅の道中に巫女姫様が雨乞いをしてくださったがしばらく前の話です。田舎の村では不便もあるだろう。案内人をつけよう。何かあればいつでもお立ち寄りください」
「心遣い感謝致します。それでは私達はこれで」
爽やかな笑みを浮かべた青年が少年を連れて出て行くので案内役が追いかけた。
銀髪の少女に雨乞い。巡回使の青年の容姿はルリと同じ系統だから同郷の可能性も高い。
しばらくして案内役が帰ってくると雨乞いについて少年に細かく聞かれたと話していた。青年は宿に帰り少年には広場と祠を案内して回ったか。
金を渡してある案内した宿屋には一週間分の滞在費がすでに支払われている。
しばらく警戒する日が続くが妹分のためだから仕方がない。二人には見張りがついているから何かあれば報告が入るだろう。俺が動かなくても他のやつらが動くけど。すでに村を見て回っていた金髪の美少年の噂が出回っているから村の女が一番要注意だな。
翌日の夜にルリが帰ってきた。あまりの早い帰りに動揺している奴らばかり。しかもルリの後には宿で休んでいるはずの青年の巡回使がいる。
詰め寄る冒険者達を見てルリは苦笑している。後にいる爽やかな笑みを浮かべる青年に警戒している様子は一切なく時々しか見せない無防備な笑顔を浮かべた。レラさえもニコリと笑いいつもより丁寧な言葉で話すルリを見て驚いてる。
シオンがルリに詰め寄ってるけど、俺は弟分の失恋を確信した。たぶんルリの想い人だよ。シオンの手をサッと叩き落してルリを抱き寄せた男が額に口づけると首を傾げる無防備な顔は見たことがない。警戒心の強いルリがされるがままな理由なんて一つだけ。
ルリに手を出したと殺気を向けている冒険者達。青年は気にせずルリを抱いている。野暮な奴らだ。青年の腕の中で顔を染めているルリは幸せそうだから見守ってやれよ。
お前ら人の恋路の邪魔をしすぎなんだよ。本当に。俺とレラのことも放っておいてくれ。
殺気を出すやつらのことは気にせずにルリを抱きしめて髪を梳いている青年。見つめ合い二人の世界のルリ達と騒がしくなり武器を手に欠ける野暮な男達。その男は華奢な外見だけどルリの同郷なら絶対に強いから手を出さないほうがいい。
ギルド長が降りてくると殺気は止んだ。これで静かになるかと思った俺はルリのバカに頭を抱えた。
Cランクになりしばらく経つし成長したからもう大丈夫かと思ったのは甘かった。
空気に触れると枯れる幻の花の入手の必須アイテムの瓶を待たずに行ったルリ。魔法も使わず幻の花をどうやって持ち帰る気だった?
魔法使うの隠したいってわりに詰めが甘すぎる。後で説教だ。レラもため息をついてるよ。
お前の迂闊さと危なっかしさはなんなの。どうしたらこんな風に育つの?
後に俺はルリの危機感のなさや迂闊さはルリと手を繋ぐ男の所為だと知る。
ルリの出来の悪さに頭を抱えているとギルドの扉が開き、駆け寄ってきたのは金髪の少年。
見張りは?
少年はルリに抱きついている。
そしてルリが騒ぎ出した。
素性を隠したいのにここで騒いだら駄目だろう。なんで誰も何も言わないの?
周りを見渡すと面白そうに眺める奴と見惚れてる奴ばかり。
確かに今のルリは可愛い。笑ったり泣きそうになったり怒ったり見たことないほど表情豊か。
伯爵家ってこいつら貴族かよ。伯爵家の少年がお嬢様って呼ぶならルリはさらに身分が高いんだよな。世間知らずなところは納得できたが、ルリが貴族ってその国、どうなの?
気付くと少年を誰が国に送り届けるかで揉め始めた。
珍しく本気で困ってるルリが暴走しないといいんだけど。
見かねたギルド長が護衛依頼を提案して助けた。
護衛依頼ならよくある。どこの国だかわからないが金貨5枚くらいだろう。ギルド長が金貨10枚を提示したから内容的にはBランクか以上か。高額な報酬に目が変わる冒険者。そんな空気を気にせずルリが口を挟んだ。
ルリ、指名の依頼にすんの?
金貨20枚って価値わかってる?お前、荒稼ぎする気じゃないだろうな・・。ルリの想い人が金貨25枚を提示してきた。お前ら金銭感覚おかしいよ。依頼料が安いと笑っているけど金貨25枚なんて依頼このギルドで見た事ない。
金額とルリのために立候補が殺到しているが嫌な予感がする。
「アルク、来い。ルリと巡回使の二人も」
やっぱり俺だよな。周りの視線が痛い。俺この依頼受けたくないんだけど。厄介事の匂いがするし。ギルド長が睨むから行くしかないか。
ギルド長の執務室では、ギルド長の隣に俺、向かいにルリを挟んで巡回使の二人が座っている。
護衛任務だから行き先がわからないと困る。行き先を聞いた途端にルリが唇を結んで黙り込んだ。
「ルリ、彼を送るために情報が必要だ。他言はしない。アルクのことは信用してるだろ?こいつが裏切ったら俺が息の根を止めるから安心しろ」
ギルド長が見たことのない優しい顔で物騒なことを言った。ギルド長の優しそうな顔に鳥肌がたつ。
何も言わないルリを隣に座る青年が肩を抱いた。空いている手でルリの手を包み、青年にピタリと体を預けたルリの頭を撫でている。
お前ら人前で距離が近すぎない!?この緊迫した空気でよくも。
俺、レラとそんなに…思い出したら虚しくなるからやめよう。
「シア、大丈夫だ。もし追手が来たら逃げればいい。逃げきれないなら俺が処理するよ。シアの憂いは俺が払うから。今の最優先はロキを無事に帰すことだろう?」
優しい声だけど物騒なこと言ってないか?
「お嬢様、一人で大丈夫です。リオ様にも鍛えていただきました」
「絶対だめ。でも……」
笑顔の少年の言葉を遮り首を横に振るルリ。
「俺が話すよ。ディーネ、いいか?」
「見込み違いなら私が沈めるわ」
「この地域で水攻めは貴重な体験だよな。微力ながら俺も」
子猫と青年の笑顔の会話が怖い。青年の手はずっとルリの頭を撫でている。
ルリの周りは物騒なやつしかいないのか……。
ギルド長にディーネの声が聞こえないのが羨ましい。
レラに悪影響がでないことを祈るしかない。
「危険です。リオ、お願いします」
「シアも一緒に行く?」
「だめ。迷惑かけたくありません。これ以上は、ただでさえたくさん迷惑かけたのに」
「お嬢様は迷惑など一度もかけられてませんよ。家の心配はいりません。僕とエドワード様でお守りしますから一緒に帰りましょう」
「ロキ、気持ちだけありがたくいただきますわ。私のことより陛下のことを考えてください」
青年はルリと一緒にいたい。少年はルリと一緒に帰りたいけどルリの気持ちを優先。
ルリは帰れないけど少年を安全に帰したい。
このまま押し問答が続けばルリが自分で送るって言い出すかな。
ルリを帰したくないギルド長に睨まれる。
「ルリがいなくなればレラが悲しむ。好きな女を悲しませるとは不甲斐ない男だ」
「無事に送り届ければレラとの結婚を認めてもらえます?」
「別問題だ。困っている妹分を放っておく男をどう思うか。レラはルリを可愛がっているからな」
「俺が傍を離れたらレラは悲しみます」
「レラには俺とルリがいれば十分だ」
この狸爺。
ギルドに仲介料を取られても報酬は金貨20枚。これだけあれば当分は仕事は必要ない。帰ってきたらレラと一緒に旅行に行くか。ルリと一緒がいいって言われたら3人でもいいか。
目の前の止まらない押し問答の様子だと一番穏便な方法は俺が引き受けることだよな。
「わかりました。ルリ、俺が引き受けるよ。大事な妹分のためだ」
「アルク、でも」
「ここは甘えろ」
「凄く遠く、」
こんなにわかりやすく困惑した顔で言いよどむルリは初めてだ。
これもルリを抱いている想い人のおかげか。
誰も自分の領域にいれない俺の妹分が素直に甘えられる相手がようやく現れた。当分は甘やかされていればいい。手のかかる妹分の願いを叶えてやるか。
「俺より幼いお前が辿り着いた。俺が旅が得意なのはルリも知ってるだろ?お前に色々教えたのは俺だ」
「レラさん、寂しがります」
「それは…。帰国したら俺がレラを独占するのに協力して」
「私にできることなら。たまには私も構ってくださいませ」
「初めてだな。その殺気はやめてくれないか。俺に少女趣味ないから。恋人もいる。牽制する相手間違ってる」
肌がピリピリと刺激される。ルリに気づかれないように殺気を送る青年に弁解すると殺気が消える。恋人が親しい男は警戒するよな。ルリに甘い笑みを浮かべながらも俺達のこと観察してるし。こいつと協力したら害虫駆除が楽になるかな。ルリの分を引き受けるのは面倒だからやめよう。
俺でこの殺気ならルリの人気を知ったらどうなるんだろうか。
「事情を教えてくれ。俺はAランク冒険者のアルクだ。冒険者としてのプライドがあるから守秘義務は守る」
青年が頷くと少年が地図を広げた。
「フラン王国巡回使、ルリの婚約者のリオと申します。彼はロキ。お察しの通り伯爵家の出身で俺とルリは公爵家に連なります。三年前に他国の貴族が魔法で暴走を起こしルリが鎮めました。そして誰にも告げずに姿を消しました。俺達は極秘でルリを探してようやく見つけました。これは機密にあたりますので、公言する場合はお覚悟を」
爽やかな笑みを浮かべている青年の話は信じられないものだった。
貴族のお嬢様がたった15歳で飛び出した?
誰にも告げずに。
二年も旅をしてたって、無事だったのは奇跡じゃないか…。
この危なっかしいルリが…。
「ルリ、バカなの?無謀すぎるだろ」
「あれが最善で一番穏便な方法です」
呆れる俺の声にルリは自信満々な顔で笑っている。ルリの頭を撫でていた手が止まり腰に回っている。
「俺も自分で話してて腹が立ってきた。シア、ゆっくり話さないといけないな」
笑っていたルリの顔が青くなり、リオから距離を取ろうとしてがっちりと腰に回っている手に目を見張った。
「過去を振り返っても仕方ありませんわ。ね?」
首を傾げながら手を解こうとしているルリを見つめるリオの瞳に甘さはない。据わった目でガッチリとルリの腰に手を回し、ルリの手を握っていた手を血の気のないルリの頬に添えて微笑む顔に寒気がした。
「同じ状況ならまた同じことするだろ?あれを最善といまだに思っていたのか。シア、俺は散々いつも言っていたよな」
「ディーネ、ここは危険です。逃げましょう。助けてください」
「無駄よ」
いつもルリの味方のギルド長さえも憐れみの視線を向けている。たった一人で国を飛び出したお嬢様を保護者が叱るのは当然だ。
目的地はわかったし準備をするか。フラン王国まで着くには砂漠に山に森に海と果てしない長さの道を進むから。報酬の金貨を受け取り部屋を後にする。
「レラ、明日から当分留守にする」
「行ってらっしゃい。気をつけて」
仕事用の笑みを浮かべるレラは全然寂しがってくれない。
ルリ達の二人の世界を見た後だから余計に虚しい。
翌日ルリ達に見送られて旅立った。
子供連れのためゆっくりとした足取りで進むつもりが必要なかった。
「アルク、休んでもいいですか?」
「そうだな。今日はここで野営するか」
ロキが袋の中から紙と石を置くと風に包まれる。結界か。
「どうぞ」
瓶と柔らかいパンと干し肉を渡された。ロキは俺より食料は少ないが瓶が3本ある。
「それは?」
「成長期なので栄養です。成長するために必要なものが詰まってます。アルクに渡したのは弱い回復薬です。疲労を持ち越すのは旅ではいけませんので」
ルリよりもしっかりしている。瓶の中身は無味無臭。飲み切ると体に力がみなぎる。
「寝るまでお嬢様の話を聞かせてくれませんか?」
食事を終えて寝袋代わりのローブに体を包み寝転がり無邪気な顔で強請るロキ。そっと頭を撫でてルリの話をすると嬉しそうに笑って次第に寝息が聞こえた。本当はルリと一緒にいたかったんだろう。子供なのに我慢強いロキにしてやれるのはルリの話を聞かせるくらいだ。
ロキと時間を共にすればするほど優秀さに驚く。
旅慣れしてるし権力も持ってるし、武術の嗜みもある。俺は自分が同行している意味を見失いそうになる。でも子供だけの旅は危険か。美少年は視線を集めているもんな。
よくこの長い道のりをルリが無事に砂の国まで辿り着いたよな。
旅は順調に進み想定よりも二週間も早くフラン王国に辿り着いた。
緑が生い茂り花が咲きほこり優しい風が吹く国。船から降りると馬車が待っておりロキに言われるままに同乗した。
「ロキ様、お帰りなさいませ。お連れ様もどうぞ」
「アルク、どうぞ」
「俺はこれで」
「いえまだ用があります」
馬車を降りて別れようとするも笑顔のロキに押し切られた。
砂の国の王宮よりも豪華な屋敷に通され、案内された部屋は広く高そうなものに溢れている。お茶やお菓子が用意されても高級そうなカップに手をつける勇気はおきない。
「遠慮せずにどうぞ。お酒にしますか?」
「ロキ、お帰りなさい。あら?」
「ロキ様、お帰りなさいませ。これをお願いします!!」
ロキにワインを注がれたグラスを渡されると部屋には綺麗な女性達が入ってくる。ロキに挨拶をして俺に笑いかけ荷物を押し付けていく。美女に美丈夫に役者顔負けの人ばかりだ。
「ロキ、こんなに持ち帰れない」
「これを使ってください。いくらでも物が入るので。お代はいりません。渡してあげてください」
黒髪の美しい女性に渡された袋にロキが荷物を詰めていくとどんどん吸い込まれていく。魔力がなくても使えるマジック袋か。魔力の保有量が少ない俺のマジック袋は容量が少ないから助かる。ロキと二人っきりになったので渡されたワインを口に含むと飲んだことのないほど高級な味がする。
ノックの音にグラスを置くとルリに似た少年が入ってきた。
「ロキを無事に送り届けていただき感謝します。これは心ばかりのお礼です。リオに約束を忘れないでくださいと伝えてください」
ルリに似た少年にずっしりとした重みの小袋を渡されたが断った。報酬はもらっているし過剰なお礼は怖い。中身が金貨だろうと怪しいお金を受け取り厄介事に巻き込まれるのは勘弁してほしい。
誰もルリのことを聞いてこなかった。でも贈り物を届けにきた綺麗な人達にルリが好かれているのはわかる。
ルリ、帰った方がいいよ。お前を好きなやつらいっぱいいる。
誰もお前のことを忘れてないよ。
でもルリが守りたかった気持ちもわかる気がする。
いつかルリが彼らと再会できるように心の中で祈ってみるか。
ロキに一泊するように進められたが辞退した。豪華な屋敷で寝るなんて怖すぎる。
「気が向いたらでいいので手紙をください。これを使えば私に届きますから」
ロキに宛名が書いてある封筒と便箋を渡された。ロキに手紙の報酬ですと俺の旅に必要な物を渡されたのでありがたく受け取り豪華な屋敷を後にすると蜂蜜色の髪を持つ綺麗な青年に出会った。
「こんにちは。ロキをありがとう。これをリオに渡してくれないか?もう一枚は君の村に埋めて欲しい。私の宝を守ってくれたお礼だ。誰にも見つからずに埋められれば自然の恵みが、埋めてからのお楽しみのほうがいいか。絶対に他の人には見せないで。埋めたことも内緒だよ。自然の恵みは欲に溺れる人間には牙を剥くから」
意味深なことを言う青年になぜか逆らったらまずい気がして気づいたら了承し紙を受け取っていた。蜂蜜色の髪の青年に手を掴まれて目を開けると人々が賑わう市にいた。魔法?
「安全な旅路を祈っているよ」
蜂蜜色の青年は笑みを浮かべて消えて行ったけどルリの関係者だろうか?深く考えるのは怖いからやめよう。市は人で賑わっており見たことのないものが溢れていた。
豪華な屋敷では一切感じなかった空腹が襲ってきた。市で適当に食べ物を買って食べると上手い物ばかり。食欲が満たされたのでレラの土産を探すか。
女性に人気の小説を何冊かとルリに似た絵を2冊ほど。ギルド長とリオに売ろう。シオンにはいらないな。
レラとの将来の子供のために絵本も購入するか。田舎の村には本はほとんど置かれていない。こんなに色鮮やかなもの砂の国の首都でも見かけないだろう。
ロキに言葉を教わったのでフラン王国語は話せるが読めないから、ルリに教えてもらおう。
ルリなら村の子供達に物語を語るように俺達にも読み聞かせてくれそうだ。
あとはレラに装飾品を探そう。ギルド長へは酒でも買うか。美女からもらった袋のおかげで買い物し放題なのは助かる。
久しぶりの長い旅を終えてレラの元に帰ってきた。今回は特例で先に報酬が支払われたけど報告書の提出は必要だ。報告書を渡すとレラは仕事用の笑顔で「お疲れ様。お帰り」と言うだけだった。
「レラ、土産があるんだ」
「アルク、お帰りなさい」
近付いてきたルリが俺の手に持つ小説を見て固まった。
「シア、終わった。帰ろうよ。ああ」
階段から降りてきたリオが笑いながらルリの肩を抱く。
「嘘でしょう?ありえませんわ。もしかして題名が同じだけ?」
ルリの知ってる話なんだろうか?いつの間にか俺の手にあった小説はルリの手にある。恋愛小説にルリも興味があるのか。一応年頃だもんな。
「間違いありませんわ!!アルク、こ、これどこで?」
「市だけど?」
「市!?」
ルリが大きく目を開けてまた固まり大人しくなった。肩まで伸びた髪と整った顔立ちは静かにしてれば美人。あの美女達と一緒に育っているはずなんだよな。リオがルリの横で本を眺めて楽しそうに笑っている。
「いずれこうなる可能性もあったよな。母上も面白がって止めなかったのかな」
「もう国には帰れません」
ルリがブツブツ言ってるので宥めるようにリオが頭を撫でている。
「リオ、いくらで買う?」
水の天使と書いてあるらしいルリに似た画集をリオに渡す。
「マルクだな。懐かしいな。相変わらず上手いな」
「マルク!?リオ、それはなんですか?」
「内緒。アルクありがとう。言い値で買うよ」
リオが復活したルリから本を隠すがルリが覗き込んだ。
「これは!?即行処分です。これを持ってる限り家には帰りません」
「どこ行くんだよ!?」
ルリがリオの腕から抜け出したのでリオが慌て追いかける。
ルリはレラに抱きついた。
「レラ姉様、しばらく泊めてください」
「大歓迎よ。一緒に暮らしたいわ」
レラが満面の笑顔を浮かべている。久しぶりのレラの笑顔は眩しいけど堪能する気分は起きない。久々に帰ってきた俺よりもルリなの!?嘘だろ!?
「リオ、それ預かるから連れて帰れ。邪魔だ。これ預かったからうまく使え」
リオから本を取りあげ自分の物を取り出した四次元袋を渡す。リオが中を覗いて笑った。これで今日はレラと二人きりだ!!
短い付き合いだがリオは同志だ。お互い愛しい恋人と二人でいたいからな。
「助かる。シア、ごめん。返したよ。だから帰ってきて」
「しばらくはレラ姉様といます」
「アルクがシアに預かりものがあるって。ほら。この袋、作ったのたぶんセリアだよ」
「セリア!?」
ルリが目をキラキラさせてレラから離れた。レラさん、なんで俺を睨むの?抗議するように睨んだ顔も綺麗だけど。どんな顔をしてもレラは魅力的だよな。
「セリアです」
ルリがリオから袋を受け取り胸に抱きしめうっとりと笑う。確かにこれは可愛い。
周りで見惚れている男達から隠すようにリオが抱きしめた。シオンは顔が真っ赤だけど、まだ諦めてなかったの?ルリに対して純情すぎないか?リオがルリの頬に手を添えて視線を合わせて見つめ出した。
「家でゆっくり見よう。アルクも久々に帰ってきたから譲ってやれ。恋人同士は二人が一番だろう。な?」
ルリの顔が赤く染まった。この二人の世界に動じなくなってきた。
レラが近づいてきた。両手を広げるとレラが俺を通り過ぎた。
俺の所じゃないの?
「リオ、でも、今日は、レラ姉様と約束」
真っ赤な顔でよわよわしい声で呟くルリ。レラがリオを引きはがしてルリを抱きしめている。
「ええ。ルリが私のためにケーキを焼いてくれたの。お礼に夕ご飯一緒につくろうって。ね?」
真っ赤な顔でレラの胸に顔を埋めて胸を抑えているルリが頷く。
ルリに笑いかけるレラが可愛い。男共に見せたくない。
リオが雰囲気を壊されて不機嫌そうだ。
顔は笑ってるけど目が笑っていない。余裕がないのが伝わってくる。気持ちわかるよ。
「レラさん、こないだも来ましたよね?」
「ギルド長もルリの家ならいくらでもお泊りしていいって」
「レラ姉様、今日も泊まりますか?お泊まりセット出してありますよ」
「嬉しいわ。リオ、家賃入れるから住んでもいい?ちゃんとリオのご飯も作るわ」
リオ、レラの手料理を食べてるのか!?
俺でもあんまり食べれないのに。
「俺はシアの料理が食べたいのでアルクに頼んでください」
「私はレラ姉様のご飯、毎日食べたい」
「俺が作るよ」
リオ、ルリを止めろ。お前ら付き合い長いんだろ!?
「リオのご飯も美味しいけどレラ姉様のご飯は一番!!一緒に暮らせたら素敵!!部屋も余ってます。家賃折半ならお金も貯まります」
ルリ、落ち着いてくれ。テンションおかしいぞ。頼むから。
「ご機嫌なシアは可愛いけど、お金の心配はいらないよ」
「いつまでもお金があるとは限りません。仕事もいつまであるかはわかりません。怪我をして働けなくなるかもしれません。リオの金銭感覚信用できません」
ルリが珍しくマトモなことを言っている。
確かにリオの金銭感覚は信用できない。
「俺はシアを余裕で一生養えるくらいの財力あるんだけど。シア、俺は二人がいいんだけど。アルクどう思う?」
もちろん、俺もレラと二人きり希望だ。
「レラ、リオの所に住むなら俺と住もうよ。家賃いらないから」
「許可でないでしょ。それにかわいいルリと一緒にいたい」
「ルリ、俺が旅に出る時、レラと二人の時間を作るの協力してくれるって言ったの覚えてる?」
ルリが固まってしゅんとした。この無防備なルリにレラがはまったのか。
確かに可愛いが。レラに睨まれるけど怒った顔も美人だな。
「ルリに意地悪言うなんて許さないわよ」
これはレラの説得にルリが必要だ。ルリのお願いならギルド長も受け入れてくれるかもしれない。
ギルド長はルリに甘いから。
「ごめん。じゃあルリと俺と三人で暮らそう」
「それなら考えてもいいかな」
レラが前向きに考えてくれたのはじめてだ。ルリが出かけてるときに二人きりだ。
冒険者なんて家にいない日も多いからな。俺、ルリの扱いなら慣れてるしな。
「なぁ、ルリ、家賃いらないから俺のとこおいで、レラもいるし」
「ディーネどうしよう。」
「私はどっちでもいいわよ」
「アルク、ディーネも一緒がいい」
「あぁ。もちろん。寝床作ってあげるよ」
「シア!?アルク、お前、裏切るのか!?」
リオに睨まれる。お前がルリを抑え込めないからだろ。
俺だって二人がいいけど、この際ルリは養女のつもりで引き取る。
将来のための予行練習にいいよな。
「だってこれは二人を抱き込んだやつの勝利だろ?」
「抱き込む?あなたまさか・・」
レラの視線が冷たい。
「誤解だ。俺に少女趣味はない」
「少女趣味?」
不思議な顔をしたルリをリオが抱き寄せる。
「シア、久々に再会したから二人っきりにさせてあげよう。レラさん、泊まっても構いませんがアルクも一緒に連れてきてください。旅の話も聞きたいですし。アルク、仕方ないから泊めてやるよ」
泊まっていいから、ルリとレラを引き離せってことか。仕方ないから酒でつぶそう。
今更だけどなんでルリと住んでるの?
どうやって許可取ったの?
リオの家は大きかった。レラが住むなら俺も住まわせてもらおうかな。
その日は旅の話で盛り上がり、レラは酒で潰して二人っきりしにてもらった。
ルリも食事の後は気をきかせてくれたしな。レラのご飯は世界一だから毎日食べたいルリの気持ちもわかるけど譲れない。
リオに魔法陣を渡したくて探してたらルリの泣き声が聞こえた。
覗くとリオと贈り物を見ていた。
リオが傍にいるなら大丈夫だろう。
ルリが安心して泣ける場所があってよかった。
村の祠の裏に魔法陣を一枚埋めた。
リオに魔法陣を渡したら握り潰していたからあとは知らない。
余計なことに首を突っ込まないのは冒険者の常識だ。
後日、レラを旅行に誘ったが振られてしまった。
休みがとれないって。
一緒にいられればいいか。
とりあえず、リオと一緒に仲の良い互いの恋人を独占する方法を考えるか。
ルリが来てから騒がしい。
レラが喜んでるからいいけどな。




