冒険者の記録 一話前編
俺はアルク。砂の国のAランクの冒険者。
冒険者として各国を旅をしていると運命の出会いをした。
あの奇跡の瞬間は忘れない。
砂の国の辺境の村。いつもなら通り過ぎるのに気まぐれで立ち寄った田舎のギルドに女神はいた。
屈強な男共に囲まれながらどんな時も落ち着いていて凛と仕事をする彼女に俺は一目で恋に落ちた。
冒険者はモテるので女に不自由はしない。俺が惹かれた人は初めてだった。
彼女はレラ。レラの情報を集めて必死に口説くも全然なびかない。唯一の救いはこのギルドには魔法が使えるの俺だけ。だからギルドから依頼を頼まれることもあり話す機会が他の男よりも多かった。レラの好物を貢ぎ、厄介な依頼も快く引き受け、粘り続けて出会って3年目で俺の気持ちに頷いてくれた。これでレラとの蜜月をと思った俺は甘かった。
レラはギルド長の養女。ギルド長に勝てるまでは付き合うことは認めないと言われている。すでに成人しているレラに過保護すぎると思うが余計なことは口にしない。冒険者は能力主義で力があるものが強い。俺は戦闘は得意ではなく、ギルド長には全く力が及ばない。それでもレラとの未来のために鍛え始めた。もちろんレラの周りの害虫駆除も徹底している。レラとは隠れてお付き合いをしているが公認までの道はまだ遠いだろう。ギルド長が強くガードが固すぎる。そしてレラはギルド長を慕っているから反抗することもない。
最近は誰一人特別扱いしないレラにお気に入りができてしまった。
新人冒険者のルリ。
男装していつも使い魔の子猫を肩に乗せている整った顔立ちの華奢な少女。女性冒険者に会ったことがあるがどの女も鍛え上げられた体を持っていた。俺の人生で初めて出会った冒険者らしくない少女である。
なめられないように男装してるんだろうが、無理があるとは本人には言わない。冒険者は全て自己責任だ。
ルリがギルドに初めて登録したいと顔を出した時は誰もが子供のお遊びだと思っていた。いつも冷静なレラでさえも戸惑った顔をしていた。
愉快犯のダッドが勝負を仕掛けた時に多くの冒険者の顔に緊張が走った。華奢な美少女が大柄な男に痛めつけられ血まみれになるのを想像したんだろう。
他人の手合わせに興味がないけど、レラが心配しているのでいざって時は止めようかと野次馬に混ざった。ルリは剣一本で自分の2倍以上も大柄なダッドを一瞬で倒した。
誰一人ルリが勝つなんて思ってなかったから騒然となった。ダッドの親愛の握手に答えた度胸も実力もある男装少女はギルドに歓迎された。
ギルド長所有の離れを与えられる歓迎ぶりには驚いたけど。
屈託な男ばかりのギルドに花が!!と騒ぐ男はうるさい。俺の花はレラだけで充分だ。
レラに目を向ける連中がルリに移ってくれれば俺としては歓迎。
でもルリは幼いし貧相な体をしているから無理かな。大人の魅力に溢れるレラには敵わないよな。
俺の弟分はルリに一目惚れしたけど。整った人形のような顔立ちは村にはいない系統だから仕方ないか。ルリに色んな意味で期待はしていたけど、興味はない。
まさかルリが俺の敵になるとは思っていなかった。
あの日が始まりだった。
雨が降らずにギルド長達が頭を悩ませていた。俺も魔法は使えるけど物を動かす程度で自然を操る力はない。ギルド長は必死に雨乞いできる魔導士を探したが見つからない。そんな魔導士がいれば王族が大金を出してもお抱えにするだろう。偶然雨乞いできる巡礼の旅をしている巫女を見つけたのは奇跡だろう。巫女による雨乞いが行われ雨の恵みに人々が感謝する姿を遠目から見ていた。俺なんかの微量な魔力と違う相当な魔力を持つのは遠目からでもよくわかった。
儀式が終わり出立する巫女は人に囲まれていた。
巫女に護衛がいないのは疑問だが、雨乞いができる魔導士なら護衛は不要か……。しばらくしても巫女は男に囲まれたまま動かない。神殿所有の巫女に手を出すと面倒だから仲裁するか。
「やめろよ。巫女に手を出すと神殿がうるさい」
「お前は」
「相手してやろうか?」
挑発するように笑いかけると村の男は去っていく。
「大丈夫ですか?」
巫女は俺の横を通り過ぎて歩いていく。礼儀正しい巫女が礼をしないのに違和感を覚えると歩く後ろ姿にレラが重なる。身長も同じくらい。
「送りますよ」
巫女を追いかけ声を掛けても反応せずに歩いていく。神殿の巫女は礼儀正しく人の声を無視しないはずである。顔を隠している巫女のヴェールをとると、金髪のカツラをつけたレラがいた。
「黙ってて」
レラは見惚れる俺からヴェールを奪い再び被った。自衛できないレラを一人で歩かせるのは危険なので静かに後を付いていく。隣の村の神殿に入っていくレラの帰りを待ちしばらくするといつもの姿で帰ってきた。
「村までデートしましょう」
レラの珍しい誘いに頷き事情を聞くのは後にすることにした。デートといってもどこかに立ち寄るわけもまくただギルドを目指す道を歩くだけ。それでも俺にとっては至福の時間である。
ギルドに帰るとギルド長のもとに連れて行かれた。
ギルド長から受けた雨乞いの説明は非常識なものだった。
「ギルド長、冒険者として無責任すぎませんか?」
「雨乞いを見世物にしたのはこっちの事情だ。目に見える雨乞いのおかげで住民達の不安は解消された。日照りに襲われた時に救いの手が差し伸べられることはここらの村ではありがたいことだ。アルクにはわからないだろう」
「巫女を偽り、雨乞いできるほどの力の持つ巫女なら襲われる可能性を視野にいれるべきです」
「根回しはした。ルリは巫女という存在も知らなかった。Dランクの新人冒険者に求めすぎだ。雨乞いを引き受ける条件はルリが魔導士というのは秘密にすることだ」
「新人冒険者が条件をつけたんですか?」
「未成年で後見のないルリが出ていくのを止めたのは俺だ」
「アルク、ルリに手を出したり秘密をばらしたら別れるわ」
「制裁はまかせろ。お前とルリを悲しませるやつは消してやる」
ルリの非常識を責める俺の言葉は聞き入れられない。
ギルド長がレラだけでなくルリまで庇護下に入れてることに驚きながらも優秀な魔導士を手放したくないのギルドの事情は理解できるので口を閉じた。
その晩レラをデートに誘うも断られ、雨乞いの話題で盛り上がるギルドで酒を煽った。村人達も久しぶりの雨に浮かれてどこにいっても雨乞いの話題ばかり。
太陽が雲に隠され昼間なのに涼しくシトシトと振る雨。
ルリが現れたことで俺とレラの時間が減った。排除すればレラに嫌われるのでさじ加減に注意が必要だ。
なぜかギルドにはルリの味方ばかりなのが気に入らない。
ルリはマイペースなやつだった。いつも愛想笑いを浮かべながら食事に誘われれば席につく。誰に対しても一定の距離を貫く。普通なら孤立するのに整った顔立ちと子供という理由で可愛がられている。
ルリは俺に嫌われていることに気付いていない。レラに懐いてるのが忌々しい。
依頼帰りに銀髪を見つけた。
嫌な気配に見渡すと熊が鋭い爪でルリを切り裂こうとしていたので慌てて助けに入ろうとするとバタンと音がした。熊が倒れていた。ダッドを倒したから戦闘能力は高いのか。放っておいて帰ろうと思ったが、ルリが熊の心臓に剣を突き立てるのを慌てて止める。
心臓を剣で貫けば熊は爆発する。
「ルリ!!剣おろせ。何してる!?」
剣を持ったルリが動きを止めて首を傾げた。
「ご飯の材料にしようかと」
「依頼内容は?」
「薬草の採集」
「なんで熊、退治してんの?」
「条件反射です」
堂々と話す言葉の意味がわからない。
条件反射で熊を倒すだと?倒れているのは魔力を持つためBランク以上の討伐対象の親熊だ。
ギルド長が雨乞いができるほどの魔導士をDランクからにした理由がわかった気がした。
「この熊は食用には向かない」
ルリが目を大きく開けて固まった。そして長いため息をつき目に見えてがっかりしている。ギルドでは愛想笑いしかしない、レラにさえも向ける顔は同じで愛想の欠片もない落ち着いている少女。すました顔と愛想笑い以外の顔もできることに驚いた。
ルリが剣を鞘に戻した。ルリの周りに魔力が集まり始める。。
「待て!!何する気だ!!」
「食べられないなら、獣が寄ってこないように消そうかと」
「消す?どうやって」
「爆発させようかと。塵も残らないように」
サラリと言った言葉に絶句した。
嘘だろう。お淑やかな顔立ちで綺麗な服を着ればお嬢様と言われても信じそうな外見でこんなに凶暴なのか?
シオン、こいつはやめた方がいい。外見に騙されたら駄目だ。
「必要ない。俺が教えるよ」
「依頼帰りで疲れてるのでは」
「このままお前に任せる方が心臓に悪い」
不思議そうな顔をしていたルリが突然嬉しそうに笑った顔に見惚れたことは墓まで持っていこう。俺に少女趣味はない。俺の女神はレラだけだ。
ルリに熊の捌き方を説明するとすぐに手を動かした。ルリは外見に反して不器用で、想像以上に力がなかった。
熊の毛皮を剥ぐ途中で剣を滑らせ指を切りかける。見かねて交代しようとすると嫌がる。
レラ、これのどこが気に入ってるんだ?凶暴で我儘な奴だよ。
動きを止めたルリはニコリと笑みを浮かべた。突然剣を置いて魔法で毛皮を剥いだ。魔力持ちの熊の毛皮を魔法で剥ぐのは難しい。繊細なコントロールが必要で俺にはできない。魔法使えるの隠したいんじゃなかったか?
「お前、魔法を使えるの隠したいんじゃないの?」
ルリが息を飲み、目を大きく開けた。
「ディーネ、どうしよう。うっかり」
「もうばらしてもいいんじゃない?」
「平穏に暮らしたいからできれば内密に」
「証拠隠滅?」
「記憶操作はできないよ」
「物理でいいじゃないの」
「確かに。さすがディーネ!!」
華奢な少女が子猫と物騒な会話を。その案に目を輝かせるな。この主従危険だ。
俺はルリからレラを引き離したい。ただ情けないがルリに勝てるか怪しい。この熊を瞬殺する実力に雨乞いできる魔導士ってだけで強敵だ。
「言わないから物騒なこと考えるのやめろ」
「本当ですか?」
「本当だ」
ルリの緑の瞳にじっと見つめられる。強い眼力に逸らしそうになるのを冒険者のプライドで耐える。
「レラさんに誓いますか?」
「なんでレラ?」
「レラさんのこと好きですよね?」
「それは……」
言いよどむ俺を首を傾げながら、緑の瞳を細めて桃色の唇が弧を描く。息を飲むほど美しい笑みを浮かべるルリから視線が外せなくなる。
「レラさんからは何も聞いていません。見てればわかりますわ。貴方のレラさんを見つめる視線を見れば一目瞭然です。貴方の大事なものに誓っていだけますか?」
これは逆らったらいけないやつだ。俺の勘が危険を告げている。ルリの肩の上に静かな青い目で俺を見る猫も怖い。
「わかったよ。取引しよう。お前の魔法のことは話さない。その代わりレラとのことは」
「わかりました。よろしくお願いします」
笑みが消え、いつもの顔に戻って頭を下げたルリに力が抜けた。全身に冷たい汗が流れている。
魔石の取り出し方法を教え処理は終わりだ。この時には先程の美女の欠片はなく子供のような様子に戻っていた。
熊の肉の捌き方は力がなく不器用なルリには無理そうなので教えるのをやめた。
その後はルリに毛皮と魔石を譲ると言われたが断る。
魔法を使わずに捌くと意気込み熊を探しに行こうとするルリの首根っこを掴んで無理矢理ギルドに連れて帰った。
わざわざ探してやることでもないし、そろそろ暗くなる。夜の森は危険だ。
ギルドに帰るとシオンに羨ましそうに見られたが、俺の苦労を教えてあげたい。
唯一の救いはルリの面倒を見たことでレラが俺に笑顔を向けたこと。
レラの笑顔は珍しい。ルリは敵だが、面倒をみればレラが笑顔になるなら多少は気にかけてもいいかもしれない。
その夜はレラをデートに誘ったら応じてくれた。話題がルリの話ばっかりなのが不満だったがレラが喜ぶならいくらでも話すよ。ルリ、たまには役に立つな。
しばらくして気づいたことがある。
ルリを愛でるレラは可愛い。レラはいつもは営業用の愛想笑いばかりなのにルリの前だと明るく笑う。
悔しいが俺では引き出せない表情だ。ルリを抱えこめばレラがついてくると気づいてルリを構い始めた。
時々ルリに惚れてるシオンが混ざるが、全く相手にされていない姿に笑える。
村で一番人気の青年が振り回されてる。しかもルリはシオンの名前さえ覚えていない。
あまりにもルリがつれないからシオンは、ディーネの攻略をはじめている。お前がルリを独占してくれればレラとの時間が増えるから是非頑張ってほしい。
ルリはチームでの依頼は受けない。誰に誘われても断っている。
レラが心配しているので、時々狩りに連れ出して面倒を見る。
医療や薬草については詳しいのに他は全然駄目だ。色白の肌と銀髪を持つルリは砂の国の出身でないのは明らかだ。文化の違いもあるだろうが教えなければ日常生活さえもマトモに送れない。
ルリはCランクにランクアップしたので、長期任務の時は荷物の用意も確認してやる。ルリは必要最低限しか持たないから。
武器と非常食と火打石と食器だけ持てばいいと思ってるバカである。
偶然ルリの荷物を確認した時は焦った。準備バッチリ!!ってドヤ顔していたルリにはさすがに説教したよ。調味料が足りない?と呟いたルリがCランクって大丈夫なのか?
レラが世話をやくのはこの危なっかしさゆえ。
年下の少女がレラの周りにいないのもあるか。
最近はルリも俺に懐いた。ルリの家でレラと3人で過ごすことも多くなった。
ルリのおかげでレラとの時間が増えた。情が湧いたのか時々ルリが可愛く見える。レラと家庭を築いたらこんな感じなのかな…。
ルリは敵から妹分になった。レラとルリに嫉妬するのも馬鹿らしいことに気付いた。
何よりルリのおかげでレラは俺に惚れ直してくれた。最近の甘えてくるレラが可愛い。
ルリに教える俺を見て頼もしいと言われた時は可愛くてたまらなかった。
三人で食事を終えるとバイオリンが目についた。ギルドのやつらがルリは楽器が得意と話していたな。
「ルリ、一曲」
「弾くのはいいですがうまくありません」
「期待してない」
「リクエストは?」
「任せる」
席を立ったルリがバイオリンを手に取り音を出している。しばらくしてバイオリンを構えると綺麗な音色が響いた。聴いたことのない曲。明るい曲なのに隣に座るレラは涙を溢しているから肩を抱いて涙を拭う。目を閉じて演奏するルリの足元で丸くなっているディーネ。なぜか弾いてるルリが消えそうだった。
「え?そこまでひどい演奏?練習してないから、」
演奏を終えて首を傾げているルリの頭を撫でると、一瞬だけ泣きそうな顔をしてすぐに笑みを浮かべた。いつも元気なルリらしくない力のない笑顔。ルリは踏み込まれるのを嫌うから見守るだけだ。距離を取るルリを寂しそうに見るレラ。それ以上に寂しそうに空を見上げるルリを見たら怒る気もおきない。
昔の俺ならレラのためにルリを処理したが、今はルリも大事な妹分。明らかに訳ありの冒険者。
偶然見つけた祠の前でずっと祈りを捧げるルリはレラが泣きだすほど痛々しかった。声を掛けると笑みを浮かべて明るく振る舞う。頭を撫でると首を傾げる。こっちの心配なんて気づかずに子供に声を掛けられて一緒に遊んでる姿に痛ましさの欠片もない。
ルリがディーネを肩にのせてバイオリンを持って出かけるのを見つけた。
シオンを見つけて追いかけさせた。シオンがルリの心を支えてくれるかは怪しいがきっかけになればいいと思う。全然相手にされない弟分の恋を応援している。
シオンはうまくやったみたいだ。名前をやっと認識されたと喜んでいた。その段階で喜ぶ弟分に苦笑するしかなかった。
シオンとルリの関係は少しだけ近づいたように見えたが違っていた。最近明らかにルリに避けられているとシオンは落ち込んでいる。認識されたら今度は避けられるとは気の毒に。
「ルリ、シオンを避けているか?」
「女性に人気の男性の近くは嫌。色恋には関わりたくない」
「俺は?」
「アルクは優しくないから人気がないもの」
サラリと言ったルリの言葉に髪をぐしゃぐしゃにすると楽しそうに笑う。楽しそうに笑うルリが尊い。ルリは気付いてないが時々無防備な顔を見せるようになった。俺やギルド長みたいに無理に距離をつめてこないとわかっている人間にだけだが。
シオンは自業自得だ。適当につまみ食いしてたしな。モテるのに本命には見向きもされない。
ルリはシオンのことを嫌ってはなさそうだが。ルリは鈍いから苦労するだろうな。
自分が人気があることに全く気付いてないから。
俺はレラを愛でながら、妹分と弟分を見守っていこうと思っている。




