後編 巡回使の記録
リオ・マールです。
俺はレティシアを探すため巡回使になった。
単独行動を希望したが許されなかった。反論して取り消されても困るので巡回使との待ち合わせ場所に行くと同じフラン王国の紋章入りの制服を着た小柄な金髪を見て目を丸くした。
「ロキ?」
巡回使の制服を着て剣と袋を腰に下げ笑顔で俺に礼をしたのはロキ。メイル伯爵家次男で海の皇国の皇族の一人。
「兄上と殿下とルーン公爵の許可はもらっています。よろしくお願いします」
どこから突っ込むべきだろうか。
「おかしいだろ。未成年がなんで」
「手回ししてもらいました。リオ様が腑抜けたままなら一人でお嬢様を探しに行くつもりでした」
「10歳だろ?」
「はい。力不足の部分もあると思うのでよろしくお願いします。基本の魔法操作や武術はご指導いただいています。まだまだ未熟なので時間がある時にご指導お願いします」
訓練?俺が学園にいる間に仕込まれた?
でもたかがしれてるよな…。ようやく動き出せるのに子供の面倒なんて勘弁してほしい。
「足手まといはいらないんだけど」
「他の巡回使よりも足手まといにならない自信はあります。僕はエドワード様や奥様に鍛えてもらいました。最近は兄上にも。エドワード様よりリオ様は信用できないと頼まれてます。僕を外したらリオ様の巡回使任命も撤回されますのでよく考えてください。巡回使の除名は宰相閣下の領分ですから」
シアがロキは天才って騒いでいたよな。
ロダもロキのこと褒めてたけど本当にこの小さい体で長旅をするのか?
ロキはエドワードとそっくりな笑顔を浮かべているけど、叔父上も一枚噛んでいるのか?つい先程認めてくれていたはずだが。叔父上よりもエドワードのほうが強いのか。
とりあえず連れて行き、いざとなったら国に送り返そう。
外国に渡れば俺の任命を取り下げられないだろう。別に取り下げられても困らないけどルーンの情報が手に入らないのは不便だ。
場合によっては姿を消そう。
「わかった。よろしく」
「ご納得いただけて良かったです。よろしくお願いします」
防音の結界の中でロキと情報のすり合わせをする。
レティシアの魔石を手に入れた行商人を辿ると売られたのは生誕祭の夜。生誕祭の日は王都でも祭りが行われていたので夜遅くまで店は開かれていた。
それ以上の目撃情報はなかった。
すでにレティシアは王国にはいない。
国外に出るとフウタの力が弱まるので広範囲での捜索はできないらしい。
王都など小範囲なら魔力を探れる。それだけでもありがたい。フウタと契約しておいて良かった。
「リオ様、海の皇国に行きましょう。伝手があります。海の皇国は貿易が盛んで冒険者も多くここよりも情報が集まりやすい。船の手配もすんでます」
海の皇国のそんな情報を俺は知らない。ロダが教えたのか。
フラン王国の情報はエドワード達が集めている。フラン王国ではシアは生死不明の行方不明。捜索はルーン公爵が断ったため打ち切られた。
フラン王国は国防の見直し等で慌ただしい。
俺とロキの目的は他国の文化調査。
陛下の生誕祭の事件で、世界一と奢っていたうちの魔法水準が海の皇国に劣っていることが明らかになったため、他国の魔法水準の調査という名目だ。
シアの捜索をしているのは極秘。一部バレているが俺は殿下にしか公言していない。そのあたりはエドワードがうまくやるだろう。
海の皇国に渡ってもシアの情報はない。シアが消えてすでに半年。
ロキは宿屋で休ませて酒場に足を運ぶ。ロキはしっかりしているけどまだ子供。途中で倒れられると迷惑なので食事と睡眠はしっかリとらせている。エドワードが俺がロキを丁重に扱わないといずれシアに言いつけると脅してきた。そしてルーンの情報はロキ経由で届けられるので送り返せない。救いなのはロキはセリアの道具を持っているから何かあっても自分で対処できる。人の気配に敏感で、叔母上仕込みの先手必勝方針なので一人にしても平気だ。絡んでくる暴漢を俺が助ける前に捕えている。シアよりもしっかりしている。
酒場は情報の宝庫だ。巡回使の制服を脱いでシャツとズボンの軽装で行商人に人気の酒場で一人酒をしながら聞き耳をたてる。兄上が喜びそうな情報があっても俺の欲しい情報はいまだに当たらない。味のしない酒を口にしながら恋しい青を思い浮かべる。
「俺は海の天使様に出会った!!」
「またその話か」
「お前の空想の天使の話しは聞き飽きたよ」
興奮している青年に呆れる声がかけられる。
海の天使?初めて聞く言葉だ。
話題に混ざるか。青年に笑みを浮かべて近付く。
「詳しく教えてくれないか?」
「兄ちゃん、聞きたいか!?」
「兄ちゃん。酔っぱらいの戯言だぜ」
「構わない。奢るから聞かせてくれないか?」
「若いのに気前がいいな!!あの有名なフラン王国にいた時の話だ。ほとんど海が荒れないと有名なフラン王国で海が見たことないほど荒れていた。海が荒れて海の皇国行きの船を出せずに途方に暮れていた時のことだ。大事な取引があったからなんとしても出航しないとやばかった。俺が船乗り達と話していたら肩に猫を乗せた銀髪の天使様が現れたんだ」
「いつの話でどこの港だ?」
「半年前だ。港はフラン王国最大の港」
「そうか。あそこの海はあまり荒れないと有名だよな。銀髪の天使様?」
フラン王国で一番大きな港は王宮から馬車で半日かかる。そしてマールの魔導士が管理しているから出航できないほど海が荒れることはない。海が荒れて風を操るためにレイヤ兄上が駆り出されていたのは生誕祭のしばらく後の日だったはず。俺を行かせようとするカナト兄上から庇って代わってくれたんだよな。マールの優しさはレイヤ兄上に全部引き継がれたと思う。
「髪に太陽の光が反射してキラキラと輝いてた。顔立ちもこの世のものとは思えないほど美しかった。天使様は水魔法で水流操作をするから一緒に船に乗せてくれないかって頼まれた。水の結界も作れるから嵐であっても安全な船旅を約束すると微笑まれた。俺達は一刻も早く帰らないといけなかったから天使様の提案に乗った」
水魔法に銀髪…。シアは魔石を使った結界が得意だ。難易度の高い治癒魔法を無詠唱で操るほどのセンスの持ち主。水魔法で結界を作るなんて簡単だよな。
「半信半疑で船を出すとすぐに波が穏やかになった。嵐に襲われても天使様の歌声で波は静かなものに。結界に覆われているから風の影響も受けない。方角さえ指定すれば船は勝手に進みオール漕ぎさえいらなかった。14日かかるはずが7日で着いた」
興奮する男の話に相槌をうちながら、フウタに念話で問いかける。
「フウタ、ディーネの力でできるか?」
「ディーネ様なら海を穏やかにするなんて簡単。嵐だって自由自在だよ」
幼い頃にルーンの滝に飛び込んで遊んでいたシア。渦を巻こうと波が荒れようが楽しそうに泳いでいたシア。無意識に水流操作をしているのかしら?と母上が呟いていた。雨乞いできるシアなら水流操作も簡単だろう。
「天使様は船に乗せてもらうだけじゃ申しわけないって手伝いを申し出た。俺達は断ったんだが天使様の可愛い笑顔に負けてな。普段は美しいのに時々子供のように愛らしい笑みをされた。天使様は人間界に慣れないのか不器用でな。魚の捌き方を覚えさせるのは大変だった。不敬かもしれないが乗組員達は天使様に骨抜きだったよ。教えて欲しいと言われればなんでも教えた」
淑やかな外見に反してシアは叔母上に似て不器用なんだよな。
訓練で鳥を初めて一人で捌いた話を聞いて奇跡だと思った。簡単なはずの鳥と兎の捌き方を教えるのも大変だった。運動できるのに、なぜか手先は…。
「海の皇国に着いて天使様がお金がないからと魔石をくださった。俺達は天使様から代金なんて取る気はなかったんだが、折れなくてな。代わりに俺のとっておきをプレゼントした。天使様が俺の贈り物を持っててくださるなんて」
「その魔石を見せてくれないか?」
「やらないよ。見せるだけだ」
男の掌の上にある青くて美しい水の魔石に触れる。冷たく体に広がる魔力はシアだ。間違いない。
生きてた。死んでなかった。懐かしい魔力に手が震える。半年経ってようやく掴めた手がかり。
「兄ちゃん、大丈夫かい?」
「あぁ。ありがとう。天使様の行先は知ってるか?」
「天使様だから空に還られるだろう。兄ちゃんも天使様に会いたいのか?」
「この上なく。天使様はどんなお姿だ?」
「天使様は肩よりも短い輝かしい銀髪で、大きな緑色の瞳に人形のように整った顔立ちで色白の肌に薄桃色の」
「兄ちゃん本気にするなよ」
「お前、信じてないのか。悲しい奴だな」
信じていない男達から邪魔が入るが瞳の色以外はシアの外見にそっくりだ。髪は切ったのか・・。ディーネの外見は同じ。身元を隠したいなら特徴的なルーンの瞳は隠すよな。十分な情報も手に入ったしそろそろ引き際か。髪の色は染めてないのか。
「いい話を聞かせてもらった」
懐から銀貨を1枚取り出し、男の前に置く。
「兄ちゃん、多い」
「お礼だ。有意義な時間だった。懐が温かいから遠慮なく」
驚く男に笑みを浮かべる。
ここの酒はピンキリだ。銅貨でも十分に酔えるだろう。周りの男達と一緒に思う存分飲んだら俺のことなど忘れるはずだ。この男以外は天使様の存在を信じていないから大丈夫だろう。
酒場を立ち去り宿に戻る。
シアが海の皇国にいたのは間違いない。出航した日時も魔石も特徴も。
生きてた。まだ間に合う。
全然情報がなかったけど絶望しないで良かった。
翌朝、ロキにシアに似た存在の目撃情報を見つけたと話すと海の皇国のギルドを目指すと提案された。海の皇国の冒険者ギルド。シアは冒険者の存在を知っていたからお金を稼ぐなら立ち寄るかもしれない。銀髪の冒険者の情報を求めると守秘義務のため口を割らない職員。どう聞き出そうと思案しているとニコリと笑ったロキが書状を見せた。海の皇族の皇子の任命書だった。
「これを。逆らう覚悟はありますか?」
ロキ、なんで海の皇国の皇族証持ってるんだ!?使う意味わかってる?権力を使うと生じる義務を知ってるのか?ロダ、本当にどんな教育したんだよ・・・。俺はロキを送り出したことにも非常識だと思っているよ。
職員の態度が一変し跪かれて別室に案内される。そしてロキの質問にスラスラと答えた。
海の皇国は冒険者も多くギルドの規制が緩く未成年でも仕事を請け負える。身分証明も不要。
三カ月前に三カ月ほど子猫をつれた銀髪の少年が荒稼ぎをしていた。海の魔物の討伐や採集、海関係の依頼を片っ端から片付け相当な報酬を受け取ったらしい。
フウタがディーネ様って呟いていたけど、まさかディーネも好戦的な性格なのか?
好戦的な二人で旅って…。
生きてたのは嬉しいが不安が押し寄せる。俺、シアの教育間違えたかな…。
銀髪の少年はお忍びでギルドに訪問した少年趣味の貴族に目をつけられ姿を消した。
ロキがエドワードそっくりな顔で笑ったからその貴族は不幸が襲うだろう。もちろんギルドの職員には俺達が人を探していることは口止めしてある。ロキが有能すぎる。足手まといかと思ったが連れてきたのは正解だった。三カ月前にここを発ったのか。兄上に厳しく言われても学園なんて卒業してる場合じゃなかった。
兄上の依頼をこなすついでに国の文化調査の報告書を書いて送っている。
時々シアではない銀髪を見つけてしまうこともあるが仕方ない。
シアが消えてから食事の味がしない。見つけた銀髪の少女が寄ってくるが全然その気もおきない。
銀髪を見ると心が動くけど、顔を見た途端に一気に熱は冷めて気持ちは霧散する。シアでないなら意味はない。ロキはシア探しと俺の監視のためにつけられている。エドワードはずっとシアをルーンに置いておきたい。シアと婚約が決まった俺に抜け駆けと怒り、相応しくないなら容赦なく破棄すると脅してきた目は本気だった。
俺が不誠実なことをすれば容赦なく排除にかかるだろう。ルーンは愛人を認めてもターナーは認めていない。シアを溺愛している直情型の潔癖の叔母上は俺がシア以外に手を出せば物理的に排除にかかるだろうか。まぁシア以外に手を出したいと思う存在はいないから問題ないけど。
エドワードは俺にシア探しを頼んだけど信用されていない。だからルーン公爵家に心酔しているロキを俺につけた。ロキなら必ずエドワードにシアの情報を渡す。俺がシアを見つけて、雲隠れしないかも疑っているんだろう。可能性は否定しないけど。エドワードが優秀すぎて恐ろしい。
シア探しを始めて2年が過ぎた頃に森の国を訪問した。
フラン王国を離れれば離れるほど魔石の価値が下がっていく。使う魔法の系統の違いなのか魔石を売ってもお金にならない。この辺りは魔石には装飾品の価値しかない。
未成年が後見なくお金を稼ぐにはギルドが一番。定住しないなら尚更。
大きな冒険者ギルドを持つ森の国にはフラン王国にいない魔力持ちのモンスターが多い。
最近は情報が途絶えた。
シアに魔力持ちの魔物の狩り方を教えておけば良かった。
フラン王国より森の国は危険なモンスターが生息している所為か魔法も武術も水準が高い。
兄上に頼まれていることがあるので、森の国に滞在を決めてギルドを訪ねた。
森の国のギルド職員も冒険者も一切口を割らない。俺もロキも切り口を変えても見事に躱される。今まで訪れたギルドで一番曲者揃いだった。
仕方がないからギルドに所属し依頼をこなした。
森の国のギルドの依頼はおかしい。討伐もあるけど貴族の家庭教師、嫁探しなど討伐以外は訳のわからない依頼ばかり。ギルド長に貴族の家庭教師の依頼を頼まれたが断った。討伐以外に受けるつもりはなかった。ロキの修行をしながらギルドの依頼をこなし、警戒心の強いギルドの職員や冒険者と打ち解けるのに半年もかかったのは予想外。
「可愛かったな。儂の肩を優しく揉んでくれてな。ここにいればよいと言ったのに」
「男装していたけど美少女だったもんな。あれほどの美少女はいない。どこ行ったんだか」
酒に酔わせたギルド長達の話に耳を傾ける。
森でモンスターに襲われたシアは保護され、ここのギルドに滞在していた。襲われたのが蛇って・・・。討伐方法を間違えて大量に増殖させたらしい。ここにも数か月滞在していたのか。ここで待っててくれたら再会できたのに・・。
「人攫いから子供を救って賞金首の盗賊を倒してたよな。しかも子供に泣きつかれて主犯の貴族の屋敷に買い取られた子供を救助してきた時は驚いた」
「懐かしいな。駆けこんできたもんな。必死に頼むから張り切って盗賊も貴族も重罪で裁かせたな。問題なのはあのあとか」
「助けた子供に貴族の令嬢が混ざっていたとはな。強引に服を用意され男装して夜会に参加させられて令嬢に結婚迫られて死んだことにしてくださいって詳細と手紙だけ残して消えた」
「そんなの幾らでももみ消してやったのに。あいつのためなら暗殺してやったし、うちなら」
シア、何やってんの?
無事なのは安心するんだが、人をたらしこみすぎじゃないか・・?
貴族の屋敷に乗り込むとか…。
今更か。育て方間違った。叔母上の物騒な血がこんなに濃いなんて知らなかった。助けを求められたから助けて、対処できなくなって逃げるって。
ありえないと信じたいけどシアの隣に男がいたらどうするか。取り返すからいいか。邪魔なら消せばいい。
上等な酒に酔わせてシアの情報は手に入れた。
シアに横恋慕しているギルド長の息子は叩きのめすか。俺が会えないのに仲良く他国の言葉を教えたり、一緒に食事をしたりとシアに近づいていたことに苛立ってつい手を出したわけじゃない。単なる手合わせだ。
ボロボロのギルド長の息子が寝ている頃、ロキが行商人から話を仕入れてきた。
雨が少ない砂の国に最近よく雨が降る。きっかけは祠に祈りを捧げはじめてから。シアは祠を見つけるといつも清めて祈りを捧げてた。
地図を広げて思案する。
シアはここで砂の国の言葉を教わっていた。怖いものに襲われたシアは遠くに逃げる。森の国と砂の国は交流はない。森の国の貴族から逃げたいなら絶対に交流がない場所を選ぶ。今までの足取りでフラン王国と交流があったのは海の皇国だけ。海の皇国が友好国になったのはシアが旅だった後だからシアは知らないかもしれない。
シアの行き先はわからないが、砂の国が一番可能性が高いかもしれない。
「リオ様、大丈夫ですよ。回復薬をたくさんいただいています。旦那様とセリア様から」
「無理ならすぐに言う」
「はい。無理はしません」
砂の国に行くには砂漠を越える。過酷な道中になるがロキが了承するならいいか。フラン王国は遠すぎてロキを送り返せない。ロキが大人しく送られる気がないのが一番の難点だ。何度か帰国を促したが全て断られた。
砂漠を越えて数か月経ち無事に砂の国に辿り着いた。
頻繁に休憩を取り、セリアの薬でロキと馬の体力を回復させながら進んだ。
シアを探し始めて3年か。シアも成人しているからフラン王国にいれば結婚して・・。
人の賑わう砂の国の首都。フラン王国にはない物が溢れる市を見たらシアの目は輝くんだろうな。呼ばれる声に視線を向けると市を見物しに行ったロキが駆けてきた。珍しく嬉しそうに笑って絵本を掲げている。エドワードに似た可愛らしさのカケラもないロキの無邪気な顔は珍しい。絵本を買ったの初めて見たけどナギにお土産か?
ロキが興奮して渡す本の一冊を開く。
題名はアメフラシの天使様。
金髪に青い瞳の巫女が日照りの村を救い天使になったというおとぎ話。
いつも空に祈りを捧げていた金髪の青い瞳の美しい巫女がいた。村が日照りに襲われ、巫女は灼熱の太陽のしたに跪き、両手を組んで一心に祈りを捧げた。
親愛なる女神様、どうか恵みの雨を。慈悲の心をと。
巫女の願いを聞いて雨が降り、美しい女神が舞い降りた。
女神を祀る祠に祈りを捧げれば、真の願いであれば私の心に届くだろうと。
そうして女神を祀る祠が建てられ、巫女が願うと恵みの雨がもたらされる。
命が尽きる巫女を迎えに来たのは太陽神。美しい巫女は太陽神の伴侶となり世界を見守った。そして巫女の子孫が教えを守り日照りの村は雨の恵みの村と名前を変えた。
祈りを捧げる描写…。祠を祀る神託。後半は貴族の思惑が入っているか。
興奮しているロキの頭を撫でる。
「エドワード様にこの本を届けます」
ナギ用じゃないのか。
ロキはシアが魔法を使えるのは知らないはず。
事情も知らずによくこの物語とシアを連想できたな。
この13歳、末恐ろしい。俺の子供の頃より絶対に優秀だ。シアがロキは天才って言ってたのは事実だった。
雨乞いが行われたという絵本の舞台となった村を探すことにした。砂の国で日照りの村は珍しくない。
天使が生まれるのは首都や自領であってほしいという貴族の思惑が絡み正しい情報が中々掴めない。雨乞いが行われたのは実話と囁かれている。アメフラシの天使様を探している貴族もいるが消息は掴めていない。もしも雨乞いをした美しい少女が存在するなら養女にして王族に嫁がせるだろう。砂の国は太陽神を祀っている。そして王族は太陽神の末裔。雨乞いは他国の魔導士に頼っているこの国なら雨乞いができるだけで王族として迎え入れられる可能性が高い。アメフラシの天使様の絵本は他にもたくさん出ている。空から落ちてきた雨乞いができる天使様が王子様と結ばれ幸せになる話。姿を見せれば王族に迎え入れると公言している気がしてならないのは俺だけか?この絵本を発行しているの国なんだよな。
宿屋で兄上への報告書を書いているとロキが駆けこんできた。
「リオ様、これ」
エドワードからの手紙の裏には暗号が綴られている。
リール嬢の従兄が辺境の村で弓と魔法のたくみな銀髪の少女に助けられた。
バイオリンを渡すと従兄が感動するほどの腕前。
少女の住む周辺の村の地図まで同封されてる。村がたくさんありどの村かわからないが全部当たればいいだろう。
「ロキ、発とう」
「駄目です。もう暗い。明日の早朝に。距離があるので準備が必要です。やっと会えますね」
「ああ。長かったな」
旅の備品を買い足す。早朝出かけるために休もうとしたが眠気はないので魔法を使う。シアが消えてから魔法なしだと眠れない。
やっと有力な情報が手に入った。
同封された地図の村を一つ一つ訪ねても銀髪の少女は存在しない。
最後の村にはギルドがあるからもしかしたらそこかもしれない。
村に入るとすぐに出会った男にギルドに案内された。ギルドで話を聞くが銀髪の少女はいないらしい。
期待が大きかった分脱力感が…。シア、どこにいるんだよ。
唯一の救いは雨乞いの行われた村ということ。雨乞いに関する情報を集めるためにしばらく滞在を決めた。
「主、レティの魔力の気配がする」
肩に乗っているフウタの言葉に力が湧いてくる。
ロキを宿に残し、フウタに気配を辿らせるために部屋を出ようとすると気配があった。見張られてる。
よく考えるとおかしい。
俺は巡回使いの制服を着ている。村に入って案内されるならまずは村長の家だろう。
要請もなくギルドに案内され宿屋まで送られるか?
銀髪の少女のことを聞いたときに誰一人銀髪の人間を見ていないといないと即答した。これだけ冒険者がいるのに誰も銀髪を見たことがないのは不自然だ。
シアの気配があるなら、まさか隠されてる?雨乞いできる魔導士を抱えていたいのはギルドも同じだろう。
魔法で見張りを眠らせ、部屋に転がし鍵をかける。巡回使の制服を脱ぐ。
気配を消しながらフウタに魔力を辿らせると小さな家があった。庭には芽が生えており明らかに人の手がかかっている。
「ディーネ様の結界がある。レティ、いない」
シアはこの村にいた。今度こそ間に合ってほしい。
「フウタ、シアの魔力探せるか」
「うん。わかる」
フウタに頼み、シアの気配のもとに案内させる。
村を抜けて森に入る。
「主、いた。あれレティ」
遠目に木蔭に隠れている銀髪を見つける。
気配を殺して近づき、肩に猫を乗せている記憶より大きくなったシアを無防備な背中から抱きしめる。肩に顔を埋めると間違いない。ようやく会えた愛しい温もりに泣きそうだ。振り向いた顔を見ると緑の瞳を大きく見開いている。探し求めた青い瞳はないが間違いない。俺はシアだけは絶対に間違えない。一度腕を離して正面から抱きしめなおす。
やっと見つけた。もう離さない。
無事で良かった。今度は守るから。伝えたい言葉はたくさんあるのに何から口に出していいかわからない。腕の中にある愛しい存在にずっと冷えていた心が歓喜する。
ロキには悪いけどしばらくこの幸せに浸らせてくれ。
シア、もう逃がさないから覚悟して。




