第百十一話 追憶令嬢18歳
おはようございます。ルリこと元レティシア・ルーンですわ。
Cランクの冒険者です。
私はBランクの依頼の幻の花を探しに来ています。
目が覚めるとリオの腕に包まれていて驚きました。あまりの近さに胸の鼓動が速くなり恥ずかしくなります。規則正しい寝息とゆっくりとしたリオの鼓動に耳を傾け気持ちを落ち着けます。冒険中に油断は禁物です。リオと再会したのは夢ではなかったみたいです。もらった言葉の幸せを噛みしめ眠っているリオの体に抱きつく。幸せでたまりませんわ。また自分がおかしくなりそうなのでリオの腕から離れようとするとやつれた顔と目元の隈が目に入りました。そういえば人の気配に鋭いリオがよく寝てますね。リオの目の下の隈をそっと撫で、リオの胸に手を当てて治癒魔法で体を調べると疲労が貯まってます。優秀なリオであっても巡回使は大変だったんですね。体力回復の魔法をかけ、やせたリオに栄養のある物を食べさせるために狩りに行きましょう。リオの腕から抜け出します。
周囲はリオの結界で覆われています。食器等は綺麗に片付けられ火も消えてますわ。私が後回しにしたことは全てリオがしてくれましたわ。狩り道具とマジック袋を持ってリオの結界から抜け出します。
リオは熟睡してますが結界の中は安全なので心配はいりません。いざとなればフウタ様もいますわ。
空を飛んでいる鳥を見つけたので、弓矢を構えて魔力を纏わせた矢を放ちます。魔力のある動物は魔力を纏わない武器は効きません。見分けるのは面倒なのでいつも魔力をまとわせた武器を使っています。落ちてきた鳥を水で包み受け止めます。羽を落として血抜きをして捌きはじめます。捌いた物はマジック袋に入れて、木の上にある果物を見つけたので収穫しましょう。あら?木の上に登ると遠目に薬草の茂みを見つけました。運がいいですわ。果物に薬草に森の恵みをマジック袋に入れていきます。この森は薬草の宝庫ですわ。せっかくなので心ゆくまで採取しましょう。
あら?魔法の気配に剣に手を置き周囲を見渡すと風が吹きリオが空から降りてきました。自由自在に空を飛べるのは羨ましいです。私の前に降りたリオの手が伸び抱きしめられました。
「シア!!」
「おはようございます。どうしました?」
「起きたらいないから、またいなくなったと」
不機嫌そうな声に胸から顔を上げると拗ねた顔をしています。あまりにもらしくないお顔にふっと笑いがこみあげてきました。私を慌てて探しに来たと言うリオに荷物を置いて背中に手を回します。
「もう離れませんわ」
「離れたろ!?」
「朝ごはんを狩りに来ただけですわ」
「そんなの俺が行く」
「私も狩りが上手になりましたのよ」
「なら一緒に行く。俺から離れないで」
「一人の時間も欲しいでしょ?」
「いらない。シアとずっと一緒にいる」
拗ねてるリオに弟を思い出します。可愛いいリオに笑いが止まりません。
「わかりました。今度は起きるまで待ってます。ゆっくり休めました?」
「久々に眠れた。起きたらシアがいないから夢かと思った」
「心配性ですね」
「前科があるだろうが。俺がどれだけ」
「もうリオから離れませんので安心してくださいな」
「信用できない」
「ひどいですわ。でしたら安心できるまで傍にいてくださいな」
背伸びをして子供のようなリオの頬に口づけます。拗ねたお顔がいつもの顔に戻りましたわ。リオに可愛げを覚える日がくるとは思いませんでした。髪を梳かれる手が気持ち良くリオの覚えのある笑う顔にようやく笑いが収まりましたわ。
「あざとい。髪、切ったんだな」
「男装してましたので」
「こんな可愛い美少年は無理があったな。もう伸ばさないの?」
「私を可愛いと言うのはリオだけですわ。似合いませんか?」
「可愛いよ。でもシアの髪が好きだから昔みたいに俺が結いたい」
リオは髪を結うのが得意です。
器用なので大体のことは苦労なくなんでもできます。よく結んでもらいましたわ。髪の乱れは心の乱れですから。パーティーの時も時々リオがシエルの役目を奪っていたのが懐かしいですわ。
「男に見えた方が都合がいいんです。筋肉と身長さえあれば」
「もう俺が側にいるからいつものシアに戻っていいよ」
「我儘でリオ兄様に頼ってばっかりの?」
「ああ。俺の可愛いシアならいつでも歓迎だ。綺麗になった今のシアもいいけどな。こんな綺麗なシアが一人で生活してたなんてゾッとする」
「平凡な私に惹かれる人なんて中々いませんわ。ディーネがいたから一人ではありません」
「ディーネは男避けにはならないだろう」
「リオみたいに異性に人気はありませんわ。それに私はどこでも距離を取ってましたわ。ですからそんな心配はいりませんわ。好かれてません、いえむしろ村の女性には嫌われてますわ。リオが村を訪ねればさらに嫌われますかね」
「そしたら旅にで出ればいい。俺が潰してもいいけど」
「物騒なことはやめてくださいませ。それによくしてもらったので、きちんと恩返ししたいです」
「律儀だな」
「村の女性は積極的ですわ。浮気しないでくださいませ」
「ありえない。俺にとって女性はシアだけだ。記憶に残るのも、残したいのもシアだけ。他の女の顔なんて全部同じに見えるよ」
「それもどうかと思いますが、いつまでも私だけのリオでいてほしいですわ」
ギルドで話すように軽口を叩いているとリオの瞳が甘くなりました。危険を感じて離れようとすると額に口づけを落とされ、必死に平常心を保つと瞼に頬にと口づけの雨が降ってきました。どんどん胸の鼓動が大きく速くなり、体の熱が上がっていきます。何も考えられなくなると唇が重なり、熱と甘さに力が抜けます。
「シア、愛してるよ」
甘く熱の籠った銀の美しい瞳と甘い声に抗うのはやめて身を任せます。力の入らない体はリオが抱き上げてくれるので大丈夫ですわ。ぼんやりとリオの熱に甘えて気付いた時には口元に肉を当てられていました。リオの用意した食事をディーネと一緒に食べ終わる頃にはようやく思考が回復しました。
食事を終えてもリオが離れないのでこのまま幻の花探しに出発ですわ。もう仲間の元に返すのは諦めました。
「幻の花か。紫色を持つ花はこの辺りだと珍しい。紫を至上とするものもいるけど、俺の至上には敵わない。やっと」
瞼に優しく口づけされて胸が高鳴りました。いけません。リオの胸を押して腕から離れます。リオに抱っこされながら依頼書を見せましたがこれは危険ですわ。
「冒険は危険です。集中力が乱されるのでやめてください」
「シアの念願の脱貴族だからもう我慢しなくていいだろう?真っ赤なシアも可愛い」
甘く微笑み頬を撫でる指に自分がおかしくなりそうです。令嬢モードで笑みを浮かべて動揺を隠して見つめ返す。顔が赤いのは諦めますわ。
「し、淑女でなくてもモラルはあります。時と場合を考えてくださいませ」
「さっさと終わらせるか」
地図で洞窟の場所を確認したリオはニヤリと笑いました。貴族らしくない顔ですが気にしません。
リオが私を抱き上げたまま立ち上がると風に包まれ体が浮きました。初めて空を飛ぶ感覚に興奮しました。空の散歩は楽しくモンスターにも遭わず三日はかかると思っていたのに半日で洞窟に到着しました。
洞窟には水の気配が漂っています。洞窟の中に入ると水の魔力が漂い体に力がみなぎります。砂の国に来てから水の魔力に触れるのは初めてです。フラン王国よりも質は劣りますが久しぶりの漂う魔力が体に吸い込まれていく感じがたまりません。ディーネも上機嫌に笑い洞窟の中を歩いています。可愛い。少し進むと澄んだ泉を見つけました。泉に顔をつけて覗くと紫色の花が咲いています。花は泉の底なので潜らないといけません。顔を上げると上着を脱いでいるリオを止めます。これは私の仕事です。
砂の王国の風や砂埃が強いため冒険者服は丈夫で厚い生地で作られています。服が重たいため水に潜る時は邪魔になります。防護服代わりの靴と靴下と上着とズボンを脱ぐ。服の重さがなくなり体の軽さに笑みを浮かべて泉に飛び込みます。
「ちょ、シア!?」
リオが慌てていますが気にしません。この泉は気持ちが良く魔力が体に馴染みます。
「ディーネ、行こう」
ディーネと一緒に泉の底に潜ります。この泉の魔力が美味しくうっとりしてしまいますわ。澄んだ水は水の魔導士には栄養源。先ほどまでの重たい体が嘘のように軽くなりふわふわとした気分になります。気持ちがいいな。ずっとここにいたい。
「レティ、泉の魔力に魅入られないで。魅了効果があるから長く浸かっちゃだめ」
ディーネの声に正気を戻しさらに泉の中に潜ると紫色の綺麗な花がたくさんありました。10本ほど土ごと包んで水の魔法で閉じ込めます。花を包んだ水球を胸に抱える。
「ディーネ、もう少しここにいたいんだけど駄目かな」
「駄目」
「ここ気持ち良い、え?」
体が重たくなり目を開けると泉の外でした。そしてリオに抱き上げられています。
「リオ、レティを乾かして。その水球とりあげて」
「シア」
手を伸ばすリオの手を払って水球を抱きしめます。
「やだ。これは私が持つ」
「ディーネ?」
「泉の魔力がレティ好みみたいで魅入られて酔ってるわ」
リオが風魔法で私の水球を包みました。酷いことをするリオを睨みつけます。
「リオ、やだ。これ私が持つ。とらないで」
「これは俺が持つよ。な?」
「いや。きもちいいの。ふわふわするの。とらないで。おねがい。りお」
「しんどい。ここがシアと二人だけなら」
「リオ」
「わかってるよ。ディーネ、怒るなよ。これはシアのためだからな」
水球を取り上げようとするリオの顔が近づいてきました。身の危険を感じて離れようとすると唇が重なり、強引な口づけを。どんどん深くなる口づけに体がゾクリとしました。水の音が響いてどんどん体がおかしくなり、体の力が抜けていく。ふわふわしていき意識を保つことさえできずに……。
目を開けると見覚えのある天井が見えました。
「起きた?」
恋しい声に視線を向けると美しい銀の瞳がありました。髪を撫でる優しい手に笑みがこぼれます。あら?私は家に帰った記憶はありませんわ。
「リオ、なんで」
「俺以外に魅入られないでほしいんだけど」
甘い声と近付く顔に胸の鼓動が大きくなります。熱の籠った甘い笑みに頭がぼんやりします。
「レティ!!いつも言ってるでしょ。水の魔力の誘惑に弱いんだから。むやみに水の魔力があふれるところに入らないの!!」
怒っているディーネの声にリオの動きが止まりました。
「ごめん。でもディーネだって」
「私はいいの。途中で止めたでしょ」
「ごめん。次こそは気を付けます。怒らないで」
「気を付けてよ」
「ありがとう。ディーネ。大好きです」
子猫姿のディーネを抱きしめるとリオの手が離れました。リオの顔が離れたのでとりあえず大丈夫ですわ。胸のうるさい鼓動も落ち着くはずです。腕の中のディーネがかわいいですわ。
「フウタ、ディーネは俺のこと嫌いなのか?雰囲気台無しなんだけど」
「精霊は主や契約者が一番だから。僕が主を優先するのと同じだよ」
「フウタはディーネを押さえられるか?」
「ごめんね。ディーネ様には敵わない。でもディーネ様は話を聞いてくれるよ」
「俺次第ってことか」
「うん。レティが幸せなら見逃してくれるよ」
「フウタは俺の味方?」
「もちろん」
「いつもありがとな」
「レティのおかげで元気になってよかった。もう大丈夫?」
「ああ。心配かけたな」
胸の鼓動は落ち着きました。ディーネを抱きしめていたおかげで思考する力も戻ってきましたわ。依頼の花はどうしたんでしょう?
「ディーネ、花は?記憶がないんですが」
「全部リオが悪いわ。お詫びにリオにここまで運ばせて花も保管してもらったわ。花はあそこよ」
風魔法に包まれた花が浮いてます。さすがリオですわ。依頼が早く終わるのはいいことですわ。ギルドに行かないといけません。ベッドから降りると肌着しか身に付けていないので外出用のシャツとズボンを着ます。暗くなるまでには帰ってくるので軽装で充分ですわ。
顔を赤くして固まっているリオに声をかけます。
「リオ、ありがとう。ギルドに行ってきます。ここは自由に使ってください」
「シア、お前、いや、いい。俺も行くよ。挨拶するよ」
「挨拶?」
「シアがお世話になっているならきちんと挨拶しないと。花は俺が持っていくよ」
「必要ありません。花も私が持っていくから休んでてください」
「離れないって言っただろう?それにあんなシアを誰にも見せたくないから譲って」
「レティ、リオに任せましょう。ずっとここにいるんだから紹介しないと。害虫駆除もしてくれるでしょ?」
「任せろ。ディーネ、今までありがとな」
「リオも要注意人物ってことを忘れないでね」
リオとディーネが仲良く話し合ってます。
「畑を手伝ってくれるんですか?」
「もちろん。畑は詳しくないからシアが教えて」
「それなのに害虫駆除ができるなんて凄いですね」
「そこは得意だから任せて」
「さすがリオ兄様。頼りにしてますわ。ディーネ、リオが手伝ってくれたらできることが増えますね」
「レティが頼めばギルドの男がいくらでも手を貸してくれるのに」
「そんなことはできません。でもこれからは少しだけ仲良くしてみようかな」
「レティに任せるわ。リオが邪魔なら私が追い出してあげるから」
「ありがとう。ディーネがいるから心強い」
「離れないからな」
リオの腕が伸びてきて優しく抱き寄せられました。家の中なら安全ですわ。背中に手を回すと微笑む顔に胸の鼓動が大きくなります。今は恋しかった温もりに身を委ねます。
もうすぐ夕方になるのでギルドも依頼帰りの冒険者でにぎわう時間帯です。リオは賑やかなギルドを見たら驚くでしょうか?離れたくないと言う言葉が嬉しくてたまりません。数多の令嬢をイチコロする愛しい人。きっとどれだけ時が経っても私をイチコロするのはこの腕の持ち主だけですわ。色恋に関わりたくありませんが、抗えないものがあるなんて私に教えてくれる唯一にきっと勝てることはないでしょう。恋とは惚れたほうが負けですもの。




