第百七話 追憶令嬢17歳
こんにちは。ルリです。
15歳で死ぬはずでしたがもうすぐ18歳になります。
平穏で気楽な生活を目指して謀略を巡らし、念願叶って脱貴族しました。目の前には平穏な生活が広がっているのに時々胸が痛み空虚に襲われます。寂しさを感じるのは我儘です。
村の外れの空き地に来ています。
バイオリンを贈られてから弾いて欲しいと頼まれることが増えました。フラン王国を出てから練習は一度もしていません。呆れるほどに酷い音色は人に聴かせられません。家はギルドの近くにあるため演奏すると迷惑になるので村の外れで練習することにしました。調律をしてディーネのリクエストに答えて演奏します。響く音色にいつも耳を傾けてくれた存在がいないことに胸がズキズキ痛みます。
新しい曲を覚えて披露すると頭を撫でてくれたリオ、一緒に演奏したエディ。私達の演奏をお茶を飲みながら聴いていたセリア、時々笑顔を浮かべて控えて聴いていたシエル、どんどん浮かび上がる大事な記憶の登場人物が恋しくなります。
ディーネが座っている私の膝にピョンと乗り丸くなりました。
ごめんね。ディーネがいてくれるのに寂しいって思って。
気分を盛り上げるために明るい曲を弾いても悲しい音色しか響きません。今までどうやって音を出していたか思い出せません。リオの弾く力強く美しい音色にも遠く及びません。酷い音ですわ。聴くに堪えない音に弾くのをやめてディーネを抱きしめると視界が歪みます。ポタポタと流れる涙が地面に落ちていきます。フラン王国を出てから初めて泣きました。涙を拭ってくれる優しい指がないことがさらに胸が苦しく寂しくなり涙がとめどなく流れます。
「ディーネ、ごめん」
「レティ、やっと泣いた。私は大丈夫。レティが私を大好きなのはわかってる。大事な人を恋しく思うのは当たりまえよ」
ディーネの優しい声に蓋をしてた心が、大事な人達が浮かんできます。
「一緒にいたかった。でも、私のせいで危ない目にあってほしくなかった。あの時ディーネに頼んだことに後悔はしてないの。逃げたことも、でも、」
「私はずっとレティを見てたからわかるわ」
「ディーネ、大好き」
「私もよ。私だけはずっと傍にいるから」
「ありがとう」
ディーネがいてくれて良かった。一人だったらきっと立てなくなっていました。ずっと手を差し伸べてくれた人はいない。抱きしめてくれた人も寄り添ってくれた人も。私にとって大事なものは全て置いてきました。
「ルリ?」
呼ばれる声に驚き涙を拭く。ここは村から離れているのでほとんど人が立ち寄らないとレラさんの恋人のアルクから聞いていました。袖で拭っても涙がまた出てきました。
隣に座る青年は見覚えがあるのでギルドの冒険者でしょう。
「ほら」
ハンカチを渡されました。いつまで経っても引かない青年に諦めてハンカチを受け取るとポンと頭に手を置かれます。振り払おうとするとそっと頭を撫でる懐かしい感触に息を飲む。手の大きさも感触も一番恋しいものにそっくりで思わず顔を上げ視線を向けました。
「どうした?」
目の前にいるのは恋しい色ではありません。ここにいるはずはない。もう会うことはない美しい銀の瞳の持ち主。頭ではわかっているのにさらに寂しくなり顔を背けます。
「ほっといてください」
涙が止まらないので膝を抱えて顔を埋めます。
ディーネが追い払おうとしてくれていますが、抱き上げられあやしている気配がします。
見られたら仕方ありません。涙は止まりませんしここには淑女の嗜みを咎める方もいません。隣の青年は気にせず泣きます。
ディーネをあやしながら時々頭を撫でる手がリオに似ていてさらに涙が止まりません。振り払うべきなのに手を振り払えません。忘れないといけないのに。
「落ち着いた?」
「ありがとうございます」
しばらくしてなんとか涙が止まりました。深呼吸して気持ちを落ち着けてハンカチのお礼を伝えました。隣に座る青年は見覚えはありますが知らない人ですわ。私がギルドで覚えているのはダッドとアルクとレラさんだけです。
頭を掻いている青年に礼をしてディーネを取り返して帰りましょう。
「その顔でギルド行ったらまずいな。シオンだよ」
うん?自己紹介されても興味ないんですが。リオに似た響き。
「しお?」
「シオン。ルリ、名前覚えるの苦手だもんな。いい加減覚えてよ」
「しおん」
「そう。シオン」
シオンの笑った顔にリオの笑顔が重なりました。鮮明に浮かぶ顔にどんどん視界が歪み止まった涙が襲ってきました。シオン…。セリアは元気でしょうか。
「ルリ?」
包まれる温もりと背中を軽く叩きあやす手。小さい頃からいつも側にあった腕が恋しい。心が押しつぶされる前にいつも掬いあげ優しく包んでくれた腕。
「りお」
「うん?」
りお、会いたい。りおは私のことなんて忘れてるでしょう。他の人の隣にいるリオは見たくない。ズキズキと胸が痛むけど会いたい。
わがままだ。大丈夫です。ディーネもいます。私はリオとお別れしました。この腕の主は誰?目を開け顔を上げると映る顔はリオではありませんでした。髪も瞳も違う。銀色の瞳が好きでした。シアって呼ぶ声が恋しい。違います。リオのことは忘れる。せめていつか心からリオの幸せを願えるようになりたい。
村の祠にリオの幸せを願える日がいつかきますように。
いつの間にか抱きしめられていた腕の持ち主の胸を押して離れる。恋しいものではなかった。
「ありがとうございます。大丈夫です」
ディーネが私の腕に跳びつくので受け止めます。
ディーネが舐めて涙の痕を拭ってくれます。くすぐったくて笑みがこぼれます。ここにも涙を拭ってくれる存在がいましたわ。
「ディーネ、心配かけてごめんね。くすぐったい」
「ルリは笑ってるのが一番」
「ありがとう」
「元気がでたなら安心した。送るよ」
私は心配されていたようです。ハンカチも借りましたし望んでませんが受けた恩は返さないといけませんわ。
「しおん、お礼にご飯、ご馳走します」
「気持ちは嬉しいけど、今のルリを他のやつには見せられないよ」
「目が赤いですね。恥ずかしい」
「それだけじゃないんだけど。ルリ、今日のお礼に後日俺に時間をちょうだい」
もう成人するのに泣き腫らした目は恥ずかしいですね。これは人前にでていい顔ではありません。
「わかりましたわ。その時に御馳走しますわ」
「突然、無防備になったルリがかわいい。兄貴、ありがとう!」
「シオン?」
「ごめん。送るよ。行こう」
明るく笑う強引なシオンに送られて帰りました。
誰かと歩くの久しぶりです。隣で話すシオンの話を聞きながら足を進めます。
翌日お礼のためにクッキーを焼きました。ほとんどディーネに食べられてしまいましたが、シオンの分は死守しました。
ギルドに行くとシオンがいました。
シオンはBランクの冒険者です。ギルドでは私の次に若いそうです。
高ランクの冒険者は女性に人気があるのでできるかぎり近づかないようにしましょう。女性に人気の男性には関わりませんわ。お礼だけしましょう。ハンカチも洗って持ってきましたし。
「ルリ!!」
明るく笑顔で声を掛ける様子は女性に人気がありそうですわ。
「シオン、おはようございます」
「名前覚えてくれたの」
「今のところは」
「また忘れるのかよ。じゃあ忘れないように毎回声かけるわ」
真剣な顔で呟くシオン。そこまで自分の名を売りたいなんて必死ですわ。わかりやすいシオンが可笑しくてつい笑みがこぼれました。
「嘘。ちゃんと覚えたから声かけなくても平気です」
シオンの顔が赤くなり固まりました。具合が悪いんでしょうか?魔法を使えるのは隠していますが治癒魔法が必要ですか?なぜかギルドがざわつきました。冒険者は自己管理が一番大事なので高ランクのシオンは大丈夫でしょう。いざとなれば自分で医務室に行きますわね。
「シオン、これお礼にあげます。ハンカチありがとうございました」
シオンにハンカチとクッキーを渡しますが受け取ってもらえません。
「ごめんね。無理しないで」
引っ込めようとした手を掴まれます。
「違う。嬉しい。ありがとう。俺のため?」
真っ赤な顔で笑う顔とあまりの勢いに驚きを隠して頷きます。ハンカチのお礼ですから。
「ありがとう。大事にするよ」
そんなにクッキーが珍しい?
「大事にしなくていいから食べて。手を離して」
「ごめん」
手が自由になると目の前のシオンがいなくなりました。
ギルドの冒険者に肩を組まれていますね。シオンの周りに人が集まっているので人気なんですね。
「シオンおめでとう!!」
「ルリに手を出しやがって」
「やっと認識されてよかったな」
ハンカチも返せお礼も終わりました。人気者なのでできる限り関わるのはやめましょう。ギルドが騒がしいのはいつものことなので気にしません。
掲示板を見て今日の仕事を悩みます。抱いているディーネと相談しながら狩りのついでに定番の採集に行きましょう。生きるためにはお金が必要です。厄介事には関わりたくありません。色恋にも関わりたくありません。ディーネと二人で平穏な生活のために頑張りましょう。




