第百四話 追憶令嬢17歳
こんにちは。ルリです。
元レティシア・ルーン、17歳です。
フラン王国を出国して2年が経ちました。
私は魔力を隠していたことと精霊のディーネと契約していることが見つかりました。
裁判は当事者がいなければ魔力の隠蔽は裁けません。それなのでルーン公爵家に迷惑がかかることはないでしょう。
また国王陛下の生誕祭は世界中の権力者が招待されていたためディーネが狙われる可能性も高いです。私が姿を消すのが一番穏便な方法でした。
身分証明書のメダルは倒れているリオの手に握らせたので、レティシア・ルーンは亡くなったことになっていると思います。
フラン王国は国民登録すると住民証として10歳からメダルが支給されます。肌身離さず持つことが義務づけられてます。メダルは亡くなった時にお墓に一緒に埋められます。
あの会場で行方不明になれば事故として処理されるでしょう。念願の脱貴族ですわ。
私は魔石を売って手に入れた路銀を頼りにフラン王国を離れ旅に出ました。
高貴な者の証である髪を短く切り、市で買った旅人の服を着ています。
王宮から拝借したカーテンはディーネに返しに行ってもらいました。
着ていたドレスはリオには申しわけないですが魔法で処分しました。私が生きていると見つからないように。
ルーンの特徴の瞳の色はディーネに頼んで変えているので私の正体がわからないと思いますが念の為警戒はしています。
港に着くと波が荒れて船を出せないと困っている行商人に出会いました。私はすぐにでも出国したいので水流操作を申し出て同乗させてもらいました。
荒れた海はディーネに頼んで沈めてもらいました。「専門外だけど頑張るわ」と笑って承諾してくれたディーネは可愛かったです。
海を越え、いくつかの国を超え、名前しか知らなかった森の国を超え砂漠を越えてフラン王国から遠く離れた砂の国に来ています。
砂の国の言葉は知らないので、少し滞在した森の国の人達に言葉を教わりました。
森の国にも親切な人達がたくさんいました。
「ディーネ、王国からも離れたし少しのんびりしたいけどいいかな?」
肩の上の子猫の姿をしたディーネに話しかけます。
外国では精霊魔法ではなく使役魔法が盛んなので、使い魔に話しかけるのは日常的な風景です。
「私はルリに任せるわ」
レティシア・ルーンは捨てたので今はルリと名乗っています。
リオ・マールから二文字をもらいました。
リオみたいに強くなれますようにと願いを込めて。
もしいつかリオに会って改名を求められたら新しい名前を考えます。
もう会うことなどありえませんけど。感傷に浸ってはいけません。気を引き締めないと。
「一緒に来てくれてありがとう」
「私はルリの親友だもの。ずっと一緒よ」
「ありがとう」
「泣かないで」
肩に乗っているディーネに舐められます。
「泣いてない。くすぐったい」
「ルリは笑顔が一番よ。これからどうする?またギルドで荒稼ぎする?」
フラン王国から離れると魔石を売ってもお金になりません。
身分証明のない私がお金を稼ぐ方法は冒険者しかありません。
冒険者の存在を知っていてよかったですわ。もちろんあの恐ろしいお姫様がいるラル王国には立ち寄っていません。フラン王国の友好国は一切立ち寄る予定はありません。
「砂の国はフラン王国との交流がありません。そろそろ拠点を作ってもいいかなぁ。欲しい物があっても旅の邪魔になるから全然買えない。それにそろそろのんびししたい。水が少ないから・・・」
「私は大丈夫よ。水が豊富な場所より見つかりにくいと思うわ。まだルリを探す人がいるかもしれないし。そろそろ男装は無理があるけど」
「そうかな?」
「納得するまで続けるといいわ」
「ありがとう」
男装は胸さえ隠せばなんとかなると思います。まずはギルドに登録して寝る場所の確保ですわ。
森の国を飛び出してからは野宿ばかりだったので今日はベッドで休みたいですわ。
ギルドは町の便利屋さん。掃除、採集、護衛、討伐など法律違反でなければお金を出せばどんな依頼も請け負ってくれくれます。国によって法律も違うのでギルドの依頼や規則も様々です。
いつもギルドにある規約と国の法律を読んでから依頼を受けることにしています。
砂の国の法律の本は森の国のギルドで知り合った冒険者にいただきました。お金はいらないというので、お礼に魔石をあげました。魔石には体力回復を付与したのでお役に立つといいですわ。
旅をしていると私は自分の無知を知りました。
目の前にある石造りの建物はフラン王国にはないものです。
ギルドと書いてある石造りの二階まである建物の中に入ると受付のお姉さんに声を掛けられました。
「いらっしゃい。今日はどんな依頼かな?」
「ギルドに冒険者登録を」
「お嬢さんにはきつい仕事よ。」
お姉さんが不審な目で見ています。お嬢さん?男装してるのにすでに見抜かれましたの?まぁいいですわ。令嬢モードの優雅な笑顔を浮かべます。
「覚悟の上です」
周囲から囁き声や冷やかしの視線を向けられますが気にしません。視線を向けられるのは慣れてますから。
「嬢ちゃんなら俺が養ってあげてもいいけど」
大柄な男性の手が伸びたので、殺気を飛ばして睨みます。2年間旅をしながら訓練も続けてきたので、殺気も余裕で飛ばせます。
貴族社会も冒険者社会も第一印象が大切です。
舐められないようにしないといけません。立場を下に見られたら終わりですわ。
冒険者は年齢に関係なく、力のある者の立場が強い。わかりやすくてありがたいですよね。
非常識な年上の方々を立てなくていいのはありがたいですわ。
「威勢がいい。俺が相手をしてやるよ。いいよな?」
「登録に必要でしたらお願いします」
ディーネに頬を舐められ気付きました。言葉!!令嬢言葉は色々な厄介事を運んでくるので禁止です。礼儀ができると貴族関係の仕事を斡旋されるので。そしてどの国も貴族は厄介な方ばかりなので関わりたくはありません。体に染みついてるから言葉選びは難しいですわ。
「ギルド登録における冒険者のランク決めは戦闘試験になります。ギルドの階級はS、A、B、C、D、E、と六段階に分かれています。ダッドはBランクですので勝てばBランクに認定されます。認定にいくつか取り決めがありますが試験の後に説明します。ダッド、殺しは禁止です」
「こんな可愛い嬢ちゃんに無体なことはしないよ。現実を教えるだけだ」
「質問があります!!」
ビシっと手を上げます。視線集まりますね。
言いたいことをはっきり主張するのが大事です。
森の国で学びました。黙っていると勝手に勘違いされ物事が進んでいきますので。
「魔法や武器等禁止事項はありますか?」
「ありません」
「私の相棒のディーネも一緒に戦ってもいいですか?」
「おもしろい。構わない。な?レラ」
受付のお姉さんに2階の広い部屋に案内されました。何もないただ広いだけの部屋です。石の壁には傷や焦げ跡がたくさんありここで試合をするんですか。魔法の結界がないと部屋が傷つくので不便ですわね。
「ディーネ、どの程度がいいかな?」
「ルリへの視線が許せないからコテンパン希望。強い方が便利よ」
「わかった。援護よろしくね」
「もちろん。私が叩きのめしたいくらいよ」
「援護だけお願いします」
ディーネが戦えばここは水浸しですわ。そして一瞬で終わるので私の訓練になりません。
方針も決まったので頑張るだけですわ。
戦闘に規則はないのでわかりやすくありがたいですわ。
大柄な青年は大きい剣を構えています。きちんとした筋肉も付いているので力では敵いません。
お姉さんの合図とともに剣を振り降ろされるので、横に躱す。剣筋は単純でわかりやすい。これなら動きを読むのも簡単ですわ。剣の腕はエイベルよりも全然弱いですが油断は禁物です。これなら魔法を使わなくてもいけますわ。冷たい魔力にディーネが速さアップの魔法を付加してくれました。大振りの剣は振り下ろした後に隙ができます。懐に入り振り降ろされる剣を躱して首元に刃先を付き付ける。
「そこまで!!」
響く声に驚きを隠して剣を鞘に収めます。周囲がざわめき拍手が沸き起こりました。見物人の存在は気付いてましたがとりあえず礼をします。
「ありがとうございました」
「嬢ちゃん悪かったな。態度を改めるよ。俺はダッドだ」
「ルリです。よろしくお願いします」
ダッドさんに差し出された手を握ります。
「お疲れ。貴族の遊びだと思ったが腕に覚えがあるなら歓迎だ」
大柄なご老人が近づいてきました。引き締まった体に隙がなくて強そうです。
「ギルド長!!」
ざわめきが収まりました。所属する冒険者はギルドの責任者であるギルド長に逆らうことはしません。目の前に立った大柄なご老人に礼をします。
「ルリと申します。よろしくお願いします」
「ルリ、ついてこい」
ギルド長に連れられ執務机と来客用の机と椅子がある応接室に入りました。
ギルド長の隣にはレラ様が座り私は正面の椅子に座りました。肩の上にディーネを乗せたままだと失礼なので膝の上に降ろしました。
「ルリ、歳は?俺は嘘つきは嫌いだ」
真顔で見られているので嘘をついたら叩き出されますかね。でも言えないことは言いません。
「17歳です」
「後見は?」
「いません」
「未成年なら後見が必要だ」
「わかりました。お時間取らせて申しわけありません。失礼します」
砂の国に拘る理由はありません。後見なしでも受け入れてくれるギルドはあるので別の国に行きましょう。ディーネを抱き上げ立ち上がります。
「待て!!まだ話は終わってない。魔法が使えるか?」
「嗜み程度ですが」
「属性は?」
「水ですが」
ギルド長の目が大きく見開きました。
「雨乞いできるか?」
「できますが」
雨を呼ぶのは高度な魔法です。範囲と期間によっては事前準備が必要ですが私も使えます。
ディーネに頼めば瞬き一つですが。
「事情によっては俺が後見になろう」
物凄く面倒な予感がします。私は別にここに拘っていません。でも水の魔導士への興味は異常です。なにか事情があるなら伺いましょう。
座り直してディーネを撫でます。ディーネはぐっすり寝ています。可愛い。事情は話したくないんですがここでお断りして帰って通報されても困りますわ。話すだけなら・・・。
「できれば内密にしていただきたいのですが」
「レラ出ていけ」
レラ様が出ていきギルド長と二人になります。
ディーネと考えた設定を話します。
「私は貴族の出身です。悪名高い貴族の妾に差し出されそうになったので逃げました。私は魔力もあり、禄な目に合わないことはわかってましたので。できれば国や出身は問わないでいただけると」
「犯罪者ではないか?」
「精霊に誓っても。貴族の役目から逃げ出したことを罪に問われるなら別ですが」
「貴族も大変だからな。これからどうするんだ?」
「できればのんびり生活させてもらえたらと。ずっと逃亡生活でしたので」
「追っ手はくるのか?」
「ここまでは来ないと思いますが」
「わかった。俺の離れを貸してやるよ。その度胸気に入った。俺が後見になってやるよ」
豪胆に笑うギルド長。簡単すぎませんか?でも今日はベッドで眠りたいから今は好意を受け取りましょう。
「ありがとうございます。一つ伺いたいのですが」
「なんだ?」
「男装してるのにどうして女性とお気づきに?」
「その華奢な体系は無理がある」
「やっぱり必要なのは筋肉ですわね」
「嬢ちゃん、嫁の貰い手がなくなるからやめておけ」
「私は生涯この子と二人で生きていくと決めてます」
寝ているディーネを抱き上げます。
リオ、元気かな。
きっともうお嫁さんもらってますよね。モテモテですもの。
「色々苦労してるのか。詳細の説明はレラにさせよう。仕事に慣れるまではDランクからこなしてくれ」
「ありがとうございます。できればお願いが・・・」
視線で先を促されます。雨乞いを私が行ったと知れるのはまずい予感がします。雨乞いができる魔導士で私やディーネを結び付けられたら困ります。
「雨乞いするのは構いませんが、私が行ったことは秘密にしていただけますか。また魔力に目をつけられるのは」
「守秘義務は任せろ」
「ありがとうございます」
「ただ嬢ちゃんに悪い虫がつきそうなのが心配だ。お付き合いする前に俺に紹介しろよ」
「わかりました。よろしくお願いします」
ギルド長という後見兼保護者を手に入れました。
私はDランクの冒険者として受け入れられました。
ギルド長が小さい家を与えてくれたんですが、甘えていいのでしょうか?
とりあえず雨乞いが終わるまではここにいましょう。久しぶりの屋根のある蛇も魔物も出ない家は快適ですわ。




