第百一話 前編 追憶令嬢15歳
ごきげんよう。
レティシア・ルーンです。平穏な人生を目指す公爵令嬢ですわ。
ステイ学園3年生です。
リアナ・ルメラ男爵令嬢の部屋が荒らされた事件の犯人を調査していますが誰も見つかりません。
本人に危害もなく何も持ち出されていません。不思議ですが怪我がないのは喜ばしいことでしょう。リオが私の容疑については対処してくれると頼もしく笑うので全てをお任せしました。もしも罪に問われて投獄されるならその前に絶対に助けてくれると言うので信じてこの件は忘れることにしました。
畑の件も解決したおかげでラウルが元気になりました。
全てを穏便に収めてくれた生徒会に感謝ですわ。たくさん動いてくれたリオに感謝してチョコケーキを贈りました。ラウルは成績優秀で誠実、そして器用です。研究に使う機材を修理しているラウルは私の壊れたオルゴールも直してくれました。エイベルにもらったオルゴールからは明るい音が響き笑みがこぼれます。お礼をしたいですがラウルは受け取ってくれません。ラウルの研究室に寄付でもしましょうか。セリアにラウルの研究に役に立つものを聞いてみましょう。
私は幸せに浸らせていただきたいんですが、現実は甘くありませんでした。
どうして私の机の前に違うクラスの生徒がいるんでしょうか。早く先生が来て授業が始まればいいと現実逃避しています。
「レティシア様聞いてますの!?」
「おはようございます。どうされましたの?」
今日も元気に挨拶もなく名前を呼ぶのはルメラ様です。私はオルゴールの幸せに浸りたいんですが。
「私は素直に罪を認めてもらえればいいんです」
「私に認める罪などありません」
リオのおかげで証拠不十分で私は無罪ですわ。私が寮に帰ってきたことを見た令嬢が証言をしてくれました。そして第二寮に私の目撃情報はありませんでした。殿下からの言質もリオがきちんと聞いてくれてます。詳しいことは知りませんがリオに全て任せてあるので問題はありません。
「権力でもみ消そうとするなんて酷い!!」
「私は殿下の判断に従います」
「レティシア様、それは?」
生徒会の調査結果に不満を持っているルメラ様がオルゴールを見たので嫌な予感がします。ルメラ様に見えないようにオルゴールを胸に抱き寄せます。
「お詫びにくださるんですか。そんな」
ルメラ様の手が私の手に伸びるので椅子から立ち上がり距離を取ります。可愛らしい笑みを浮かべるルメラ様。
「それで手を打ってあげます」
「私は貴方に許してほしいことなどありません」
「決闘です」
「はい?」
「負けた方が相手に謝罪して命令を聞く。簡単でしょう?」
「貴方と戦う理由がありませんわ」
「逃げるの?」
意味がわかりません。
どんな理由でも男爵令嬢が公爵令嬢に命令なんて不可能ですわ。
逆なら簡単ですが。平等の学園で権力を持ち出すのはよくないですが。
眠りが浅く寝不足気味だからでしょうか。頭が痛くなってきましたわ。ルメラ様は私の言葉は聞きません。話し合いには歩み寄りが大事ですが、一応詳しく聞いてみますか?
「貴方が私と戦いますの?」
「まさか。私は野蛮なことはできません。私のお友達達とです」
意気揚々と言う内容ではありませんわ。
卑怯ですよね?達ってなんですか!?
「1対複数も自分が戦わないのに申し込むのは非常識ですわ」
「みんなが私に戦ってほしくないって」
弱々しく微笑まれても困ります。私はイチコロされたりしませんわ。
どうしよう・・。
きっと私の言葉なんて聞きません。
「俺はレティシアに戦ってほしくないから参戦しても?」
「クラム様、レティシア様が私の大事な物を」
「そのオルゴールはレティシア嬢の大事な物だよ。レティシア嬢が一人で君の友達と戦わないといけない理由を教えてほしいな」
「ニコル様」
クラム様とニコル様が登校されました。いつの間にかクラスメイトが増えましたわ。
ルメラ様がうっとりとニコル様の可愛らしい笑顔に見惚れています。クラム様よりニコル様が好みとは知りたくありませんでしたわ。
「レティシア様が私と決闘したいって。負けた方が勝った人間の言うことを」
ルメラ様の瞳から涙がこぼれ、甘えた声でニコル様を見つめています。
私は一言も了承してませんわ。
「私は戦えないから」
「私は戦いたくないんですが」
「私の勝ちですか?」
満面の笑みを浮かべられても譲りませんわ。
公爵令嬢が男爵令嬢に負けるなんてお母様に知られたら大変です。
スパルタコース、それ以前に醜聞です。お母様の怖いお顔を想像したら寒気がしましたわ。
「ありえませんわ」
「決闘します?」
「どうして決闘したいんですか?」
「辞退するなら貴方の負けです」
やはり言葉が通じませんわ。また頭が痛くなってきましたわ。
頭の痛みは気の所為ではありませんでしたわ。ズキズキする頭にルメラ様の声が響きさらに痛みが酷くなります。
「条件の確認をしようか。公正に。1対複数は不公平なので人数合わせをしようか」
ルメラ様が泣きながら騒いでいらっしゃる中にニコル様の声が聞こえました。
ニコル様どうして笑顔で仕切ってますの?
私は決闘を受けるつもりはありませんわ。両者の同意なく決闘が始まることはないはずですが。決闘は大事なものを賭けての戦いで、代理戦もありますが身分に関係なく両者の同意ありきのものとエイベルが話してましたわ。
「レティシア様のために戦う人なんていないから可哀想です」
「心配してくれてありがとう。君は違うクラスだから知らないだろうけど、ちゃんといるから心配しないで」
「公爵家に脅されて無理やり参戦させられる方が可哀想」
「君より僕のほうがレティシア嬢の交友関係に詳しいから。権力で従わせるようなことはしないから安心してよ」
「ニコル様は私の味方ですか?」
「今回は僕は中立で」
頭が痛いです。ルメラ様は話が通じませんし、誰か止めてくれませんか。セリアは隣の席で設計図を書いてます。一切興味なさそうだから無理ですわ。ロダ様は笑顔で頑張ってって手を振ってくれました。応援ではなく助けてほしいんです。クラム様はニコル様を止められない。絶望的ですわ。
「そんな!?公爵家に脅されてますの?」
ルメラ様の響く声に現実に戻されました。
脅さなくても男爵家と公爵家が対立するなら伯爵家は迷うことなく公爵家に味方しますわよ。私を酷いと涙ながらに訴える声にさらにズキっと頭が痛みました。
「気にしないで。人数は何人にする?」
「いっぱいいます」
愛らしい笑顔で自信満々に恐ろしい言葉を言っているルメラ様は意味がわかっているんでしょうか?大人数で私を袋叩きにしようとしてましたの?それは決闘とは言いませんわよ。確か袋叩きでしたっけ?
「怪我人が大量に出るのも大変だから3人でいい?」
「わかりました」
「武器と魔法はなんでもあり?」
「野蛮です」
野蛮と思うなら決闘なんて言い出さないでいただきたいですわ。もう突っ込む気力もありません。頭が痛いですわ。
「素手よりもいいと思うよ」
「わかりました」
「1対1?3対3?」
「え?」
「時間がもったいないから3対3にしようか。武術大会と同じルールでいい?戦闘不能、場外で失格。殺しはなしで。日付と場所は後で連絡するよ。じゃあ約束を忘れないでね。授業が始まるからもう戻った方がいいよ」
ルメラ様はニコル様に促され帰っていきました。こんなに簡単に追い返せるなら早く対処して欲しかったですわ。
助けていただいたのはありがたいのですが、決闘を勝手に受けたニコル様に抗議の視線を向けます。
「ここは僕に任せて。レティシア嬢は被害者のフリを。理不尽に決闘を持ちかけられて困ってる設定ね。弱気な令嬢の本領発揮だよ。今回は令嬢らしく大人しく守られてて」
設定?
今更ですが私の弱気な令嬢作戦のこと笑っているニコル様に話してません。そういえばグランド様も知っていました。通じてませんの?
それは後ですわ。置いときましょう。
楽しそうなニコル様を見てため息を我慢できませんでした。
決闘は決定なんですか・・・。もう諦めるしかありませんのね。抗う気力もなくなりましたわ。
「こんなくだらないことに巻き込んで申しわけないんですが三人って…。ニコル様が出ないと私とクラム様と」
「レティシア嬢は戦わないよ。悲しそうに無事を祈って観戦してる役目」
「人を巻き込んで自分が出ないのはちょっと…。それに3人って、他に誰が・・」
「候補者はたくさんいるから安心して。ね?シオン嬢」
「ええ。人数が多すぎて数えるのも嫌になるくらい。せっかくだからあのうるさいのを黙らせましょう」
「セリア・・」
顔を上げたセリアが綺麗な笑みを浮かべました。珍しくセリアが好戦的ですが研究の邪魔されて怒ってるんでしょうか。そういえばラウル達の研究にセリアも関わってましたわ。
「スワン様に任せておけば大丈夫よ。レティは傍観者」
「巻き込んでごめんなさい」
「気にしないで。お昼休みか放課後にリオ様に面会依頼だけとってくれる?」
「リオにですか?」
「うん。会場の手配とか相談しないと。そんな嫌な顔しても報告するからね」
「最近忙しそうだから仕事を増やしたくないんですけど」
「自覚ないよね。リオ様はレティシア嬢案件に部外者にされる方が面倒になるよ。たぶんこの件を報告しなければ怒られるんじゃないかな」
ニコル様の言葉はいつも正しいです。ニコル様の忠告を無視すると必ずリオのお説教が始まります。
内緒にしたらお説教かもしれません。いつも相談しろって怒られます。
仕方ありません。決闘する時点でお小言がありますわ。リオの長い疲れるお話が・・。覚悟するしかありませんわ。
私、悪くないのに。
「わかりました。お任せしますわ」
リオは昼休みに教室に顔を出したので面会依頼する必要はありませんでした。
リオはニコル様が事情説明するとあっさり了承してくれました。
お小言を覚悟していましたのに大丈夫でしたわ。
手配するから任せてと頼もしい笑顔で請け負ってくれましたが本当に任せていいのでしょうか。
私は思考を放棄して謎の決闘のことはリオ達に任せてお昼を食べましょう。
食欲がないですが、シエルが心配そうに見ているのでプリンに手を伸ばします。シエルのプリンは栄養満点。リオが気付く前に食事をおえましょう。
「シア?」
ニコル様とのお話が終わったリオに令嬢モードの笑顔を作ります。
「おかわりですか?」
「シアは?」
「もう頂きましたわ」
リオの手が頬にあてられます。こ、この距離で見つめられるのは恥ずかしい。
リオと見つめ合うのが恥ずかしくて目を閉じます。
浮遊感?なんで抱き上げますの。降ろしてくださいませ。恥ずかしいからやめてほしい。心臓が…。
「リオ、降ろして、お願い」
「シアは体調不良で早退させる。あとは任せた」
セリアとリオが見つめ合ってます。
「わかりました。手を出したら許しませんよ。レティお大事にね」
「勉強は俺が教えるから心配するな」
リオに耳元で囁かれ胸の鼓動が大きくなり、体が熱くまたおかしくなっていく。思考ができなくなり頭を撫でる優しい手と揺れに眠気を襲い、耐えられずに意識を手放しました。
目を開けると、頭の上で書類を読んでいるリオがいました。頭の下にはリオの膝があります。髪が解けてますがどんな状況ですか?
「まだ寝てて」
優しい声とともにリオの手が振ってきて頭を撫でられます。気持ちが良くて力が抜けます。眠気に誘われ瞼を閉じました。
優しい夢を見ました。伯父様と伯母様と一緒に眠って起きたらリオ兄様達に遊んでもらう夢を。目を開けるとスッキリとしています。久しぶりによく眠れましたわ。
目を開けると、髪を撫でる優しい手はまだ夢の続きでしょうか?
あら?でも制服を着ているので違いますわ。
どうして私はリオの膝を枕にしてますの?
起き上がるとふらりと視界が歪みリオに抱き寄せられました。優しい顔で覗きこむリオの手が顔に添えられ親指で目元を撫でられます。
「大丈夫か?」
「え?はい」
「食欲は?」
「あんまり・・」
視線を逸らすと笑ったリオが侍従を呼んで命じると机の上にはバスケットとケーキにお茶が置かれました。
リオが手を伸ばしフォークで一口サイズに切ったケーキを私の口元にあてました。
学園の甘いケーキを食べたい気分ではありません。首を横に振ってもリオは笑顔のままフォークをどかしてくれません。仕方なくため息をついてケーキを口にいれます。予想とは違うほのかな甘さが口の中に広がりました。また口元にあてられるケーキを食べます。美味しい。王都の砂糖がたくさん使われた甘すぎるケーキではありません。これ蜂蜜ですわ。食べさせられるままにケーキを味わいます。
「リオ、ありがとう。もういらない」
「俺はいらないから食べて。ほら、口開けて」
リオの言葉に甘えてリオの分のケーキも口にいれます。幸せですわ。蜂蜜は貴重なので中々手に入りません。
ケーキを食べ終わったので、渡されたお茶を飲むと幸せが倍増しさらに力が抜けます。
「シア、これあげるよ。これなら食べられるだろ?」
バスケットには蜂蜜のお菓子の詰まっていました。
「こんな高価なものもらえません」
首を横に振るとリオが企んだ顔をしました。
「シアのために取り寄せたからもらってもらえないと捨てるしかないな。俺、こんなに食べられないし、蜂蜜好きじゃない」
リオがバスケットを捨てようとするので慌てて奪い取りました。
「リオ、ありがとう!!」
「そうそう。シアは素直に俺に甘やかされてればいい。眠れなかったら寝かしてやるから俺のとこおいで」
「どうして?」
「顔を見ればわかるよ。シアを安眠させるのは俺の特技だから任せて」
リオはなんでもお見通しですね。
それから寝不足の日は放課後リオの部屋にお邪魔して寝かせてもらうことにしました。
おかげで頭痛が治りました。怖い夢も見ません。
リオの膝を枕にして頭を撫でられるとぐっすり眠れるのは幼馴染だからでしょうか?知りませんでしたわ。理由はわからないので気にするのはやめました。
最近リオは餌付けをするようにニコニコしながら私にお菓子を食べさせます。蜂蜜のお菓子を食べさせてもらえるのは嬉しいんですが、希少なものをどうして常備してますの!?
気にしてはいけませんね。甘く微笑まれると何も考えられなくなるので、ここは頼りになる年上の幼馴染に甘えましょう。余計なことを考えるのはやめましょう。私は気を抜いてリオを見ると赤面するのをなんとかしないといけませんわ。




