第九十四話 追憶令嬢14歳
ごきげんよう。
レティシア・ルーンです。14歳です。
ステイ学園三年生です。
風邪のため2日ほど寝込みました。
体がおかしかったのは風邪が原因ですか?セリアがお見舞いに来てくれました。もう何が現実で夢なのかわけがわかりません。
リオとのことはもしかして夢だったのでしょうか?
シエルの許しが出たので登校すると寮を出てすぐに濃紺の髪色を見つけました。木に寄りかかっているリオが近づいてきました。
「シア、具合は?」
「大丈夫です」
「三日前のこと覚えてる?」
銀の瞳に真剣に見つめられ胸の鼓動が響きます。顔が熱くなっていき恥ずかしくなり目を逸らし下を向きます。
「その様子なら大丈夫そうだな」
頬に添えられた手に顔を持ち上げられると銀の瞳を細めて満足そうに笑う顔に思考が鈍くなり頭がぼんやりしてきましたがこれは現実でしょうか?もしかして妄想?私は頭がおかしくなりました?
「シア、現実だから勘違いしないで」
リオの顔が近づき額に柔らかいものが。きちんとした感覚は現実のようです。うん?額に口づけされいることに気づき、鞄で赤くなった顔を隠すと抱きしめられました。
「シアが可愛くてたまらない」
「リオ、恥ずかしいから離れてください」
胸の鼓動が激しくなり、全身が熱くなっていきます。おかしくなりそうでリオの胸を押します。離れないと命の危険が……。
「いつも自分から抱きつくのに?」
「もう無理ですわ」
「寂しいけど仕方ないか。かわりに俺に抱きしめられてよ」
「恥ずかしくて死にますわ」
「それは困る。仕方がないから今日はここまでな」
楽しそうな声のリオの腕から解放されて、手を握られます。今まで手を繋いでもなんとも思わなかったのに…。
顔がさらに赤くなります。でも恥ずかしいですが嬉しいです。まさかまた一緒にいられるなんて思いませんでした。触れられるなんて思いもしませんでした。心臓の鼓動は速いのに覚えのある手がここにあることが嬉しく安心します。顔が緩んでにやけてしまいそうです。
「リオの手大好きですわ」
息を飲む音が聞こえてリオの顔を見上げると頬が赤くなっています。先ほどまでは普通でしたのに。口元を手で隠す仕草に、気づきました。
口に出てました!!もう駄目・・。
水、水が恋しい。沈みたい。
「その顔、俺の前以外でやらないで。可愛いシアを誰にも見せたくない」
意味のわからないことを言うリオに首を傾げます。
「監禁したい気持ちがわかった気がする」
「リオがずっと一緒にいてくれるなら構いませんわ」
リオが一緒なら怖くないです。リオの腕さえあれば。
腕を引っ張られ抱きしめられてます。
「駄目だ。今までもよかったけど、これはこれで」
「恥ずかしくて死にそうですから離してくださいませ」
胸を押しても腕が解けません。このままだと心臓が、
「リオ様ご機嫌ですね。レティ、おはよう。いらっしゃい」
セリアの声にリオの手が緩んだので抜け出します。腕を広げているセリアの胸に飛び込みます。
「セリア」
セリアの柔らかい体に顔を埋めます。朝から実験したのかほのかに香る薬品の匂いさえ安心しますわ。
リオといたら心臓が破裂するかもしれませんわ。
「セリア、俺の至福の時間を」
「怒ってます」
「それは」
「前のこともですが、今のことも。もう少し手加減してあげてください」
「シアが」
「レティが可愛いのなんて今更です。覚悟してくださいね」
「まさか!?」
「浮気、号泣で文を」
楽しそうなリオとセリアの声に顔を上げると、セリアが綺麗な笑顔で微笑んでいました。
「お前!?」
「私の薬の実験台にならないだけ感謝してください。レティは人気だから次の婚約者はより取り見取りです。レティ、いつでも相談に乗るから」
セリアの珍しい言葉に首を傾げます。セリアから相談に乗るなんて初めて言われましたわ。物騒なことをしようとするのをいつも私が止めていますのに。
「セリア?」
「二股男なんて忘れて次の恋を探せばいいわ」
セリアの言葉にぼんやりした頭が回ってきましたわ。
忘れてました。リオはルメラ様とも。
口づけするの慣れてましたもの。躊躇いもなく、
「シア、信じるな。俺にはお前だけだから」
「レティ、可哀想に」
「シア返せ」
「レティが離れないから駄目です」
「お前…。シア、戻ってこい。な?」
「りお、最低」
腕を広げて私を宥める時の顔で笑うリオに首を横に振ります。
リオの顔が青くなりました。
「シア、俺にはお前だけだから。その目やめて」
「セリア、行こう。リオなんて知りません」
「賢明な判断ね。行きましょう」
セリアの手を繋いで教室へ足を進めます。
慌てて追いかけながら誤解と弁明するリオなんて初めてです。セリアが楽しそうにリオに反論しています。
いつまでも教室に帰らないリオはグランド様が回収してくれました。
久しぶりに授業に集中できたことに安堵しました。全然当たらなかった弓が的の中心に刺さった時は感動してしまいました。ロダ様とクラム様は一緒に喜んでくれました。ニコル様に公爵令嬢と囁かれ態度を改めました。淑女は感情的になってはいけません。慌てて令嬢モードを装備しました。
放課後になるとシエルが火急の手紙を持ってきました。
ルーン公爵家から火急の手紙は初めてです。分厚い封筒の中には大量の書類と一番上には手紙があります。
親愛なる姉様へ
姉様が悲しんでいるのにお傍にいられないことが悲しいですが僕なりに頑張ろうと思います。
姉様はサインだけしてください。後はお任せください。
姉様は僕がお守りするのでずっとルーン公爵家にいてください。
肩身が狭いなら当主の座を譲ります。
僕が姉様を支えるから心配しないでください。
姉様の憂いが晴れることを願っています。
エドワード
エディ?
いつもの挨拶なく書かれている文章に物凄く心配をかけてますが何があったんでしょうか?
同封されてるのは婚約破棄のための書類。ルーン公爵印は押されてませんが形式的な部分は全て記載されてます。私とお父様のサインを入れればルーン側の書類は完璧です。ここまで揃えるのは大変だったでしょうに。
隣で覗き込んでいたセリアが「さすが」と呟きました。
お父様はどうお考えなんでしょうか?
お父様なら手紙でなく直接呼び出しがあると思いますが。
「レティシア様、私達のために!!」
響く声に顔を上げるとふわふわの髪の持ち主がいました。目の前で嬉しそうに笑うルメラ様には気配がありませんでした。
「どうしてマール様の婚約者かはわかりませんが、ようやく私達のために別れてくれるんですね!!」
ルメラ様の手にはエドワードが書いた手紙がありました。セリアが読んでいるのは私は許しますが、
「ルメラ様、人の手紙を勝手に読むのはいかがなものかと」
「早くサインして。レティシア様」
私の机に書類を広げているルメラ様に関わりたくありません。まだ生徒がいるのに誤解を招くことを大きな声で伝えてしまったので誤解をさせないように口を開きます。
「お父様とお話してからですわ。名前で呼ぶのおやめください」
「ひどい。ねぇ、セリア様?」
甘えた声と潤んだ瞳で小首を傾げセリアを見つめるルメラ様。
「私の名前も呼ばないで。うちより下位なら話しかけないで」
「リアナ・ルメラです。リアナと呼んでください」
「自己紹介を求めてないわ」
「ひどい。レティシア様の」
「その涙目、不快だからさっさと消えて。」
セリアが相手にするなんて珍しいです。廊下が騒がしく嫌な予感がしました。
「マール様!!」
扉を開いて入ってきたリオにルメラ様が勢いよく抱きつこうと駆け出しました。リオは横に躱し、私達に近づいてきました。
「セリア様がひどいです」
「セリアがひどいのは今更だ。シア、送るよ」
転んでいるルメラ様に視線を向けないリオが強引に私の手を掴んで立ち上がらせました。クラスメイトの視線を集めています。
この状況で、撤退できますか…?
「マール様、レティシア様が私達を祝福してくださいました」
いつの間にか立ち上がったルメラ様がペンを突き出しました。
「早くサインしてください」
ルメラ様に手を掴まれそうになり、リオに腕を引かれて抱き寄せられました。
「彼女に触るな」
「嫉妬ですか?私の心はマール様の物です」
うっとりしているルメラ様の声が聞こえます。やはり二股?
「時間の無駄だ」
書類と鞄を渡され受け取ると浮遊感がしました。リオの顔が近くにあり抱き上げられてますわ!!歩き出したリオの顔の近さにまた胸の鼓動がどんどん大きくなりおかしくなっていきます。
「リオ様、私も行きます」
「リオ、歩きます。おろして」
「黙ってて」
耳元で囁かれた甘い声にさらに熱が上がります。また顔が赤くなり見られるわけにはいきませんのリオの胸に顔を押し付けて隠すしかありません。そっと頭を撫でる手に落ち着くはずがさらに体がおかしくなります。もう思考できません。
目を開けるとリオの部屋のソファに降ろされました。隣にセリアが座っていました。リオから離れたおかげでおかしい体はようやくもとに戻りました。前に置かれたお茶を口につける懐かしい味に笑みがこぼれます。
「セリア、研究はいいのか?」
「レティ優先」
リオとずっと話していたセリアが研究よりも私を気に掛けてくれるなんて初めてです。感動してセリアに抱きつくと剥がされることなく抱きしめ返してくれました。
「セリア、大好き」
「私もよ」
セリアが挑戦的な笑みをリオに浮かべ、リオが笑顔で手を広げています。
「シア」
甘い声で名前を呼ばれてまた体がおかしくなります。セリアに抱きついたまま首を横に振って拒否します。
「自業自得です。レティ、どうする?サインする?」
「お父様に確認しますわ」
「は?これ、何?婚約破棄?」
リオの声が甘いものではなくなりました。段々胸の鼓動も収まってきましたわ。書類のことを忘れてましたわ。
「エディから早馬で送られてきましたの。リオは事情知ってますか?」
「いや、聞いてない。シア、サインするの?」
リオの真剣な声にセリアの胸から顔を上げて振り向くと真顔でした。
「お父様のお考え次第ですわ」
「シア、俺のこと好きなんだよな?」
それとこれとは別問題です。うまく纏えるようになった令嬢モードを装備し優雅な笑みを浮かべます。
「私はルーン公爵令嬢です。優先すべきはお父様のお考えです」
「リオ様、レティの貴族としての矜持の高さは一級品です。婚約破棄なんて嫌です!!って縋ってもらえると思ったら大間違いよ」
「セリア、シア、返して」
「レティが離れないんですもの。手を出したら許しませんよ。その顔、まさか!?レティ、ちょっと離れて」
セリアにベリッと勢いよく引き剥されました。
「どっちがいいかしら」
セリアが小瓶を目の前に並べてます。ぼんやりしている場合ではありませんでしたわ。
「物騒な物を出さないで。その小瓶、どこから出しましたの!?蓋を開けないで、リオにも使うのやめて」
「レティの頼みなら断れないわ。今はやめてあげます。リオ様、わかってますね?」
「あぁ。わかってるよ。シア、これの対処は俺に任せてもらっていい?俺がルーン公爵家の意向確認するよ」
物騒な小瓶の蓋をセリアが閉めたので一安心ですわ。リオがエディの送ってきた書類を纏めています。お父様はリオがお気に入りですし、両家の問題ですから私よりもリオの方が適任でしょう。もしもエディの悪戯でしたら怒られないように執り成してくれるでしょう。
「わかりました。お願いします」
「レティ、いいの?せっかくだから書いちゃえば?」
「エディの暴走かもしれないから。家のことは慎重に動かないと」
「そう。やっぱり公爵令嬢よね。二股男はおいて、寮に戻りましょう」
「そうですね。では失礼しますわ」
立ち上がりリオに礼をすると見つめられ恥ずかしくなり視線を逸らします。
「シア、本当に帰る?」
「もうすぐ暗くなりますし帰りますわ」
「暗くなっても俺が送るよ」
「リオ様、見苦しい。レティさっさと行きましょう。当分レティは渡しません」
「セリア…」
リオとセリアが見つめ合っています。この二人も昔から仲が良く妬けますわね。いけません。きちんと自制しないと。
「リオ、お仕事頑張ってくださいね。失礼しますわ」
エディの手紙の件はリオに任せます。リオと一緒にいると体がおかしくなります。令嬢モードを纏わないとすぐに顔が赤くなり、胸も…。
アリス様の気持ちがわかりましたわ。
いつか慣れることができるのでしょうか。リオにイチコロされた自分が恐ろしいですわ。




