第七話 前編 追憶令嬢6歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。王家と関わりたくない公爵家令嬢ですわ。
王家のガーデンパーティが近づくたびに憂鬱になります。気が重いですわ。
伯母様と話して対策は立てましたが、欠席したいですわ。お母様が絶対に許してくれません。アリア様からの招待を断るなんて絶対に許していただけません。
階段から落ちてみようかと思いましたが、シエルの責任問題になりますのでやりませんわ。
黒魔術が使えれば呪いをかけたいですわ。精霊魔法と違い人の命を代償に使う黒魔術は禁忌です。
黒魔術に携わればどんな理由があっても即処刑です。残念ながら黒魔術は使えませんけど。
「お嬢様、お嬢様」
現実逃避していました。いつもの日記を書く気力もありませんわ。
「お嬢様、俺の顔見てため息つかないでくれる?また何かやらかしたの」
今はケイトの遊びに付き合う気力もありません。ガーデンパーティはとうとう明後日です。
すでにドレスの準備も終わり、あとは時を待つだけです。時が止まりませんかね。
「料理手伝う?」
物凄く興味の惹かれる言葉が。ケイトを見上げると赤よりもオレンジに近い色の瞳を目が合いました。
「反応した。冗談だけど」
「ひどいですわ。傷つきましたわ」
「お詫びにこれあげますよ」
意地悪したケイトを睨むと紙の束を渡されました。
ボロボロの紙。まとめてありますが、冊子?表紙にはかんたん料理と読みにくい文字で書いてあります。
ページを捲ると、料理を始める前の心得。手の洗い方、服装、野菜の洗い方、包丁の持ち方、卵の割り方、怪しい料理人の見分け方-。
これは、私が、きっとこの下手な絵はケイトが、
「ケイト!!」
「元気になりましたね。シエルと料理長に内緒な。読んでてわからなかったら聞いてください。辺境伯に嫁ぐことになっても困らないでしょ?え、泣くの、勘弁して」
ケイトの優しさに涙がこぼれました。落ち込んでいた気持ちが嘘のようです。
変態王子に殺され、婚約者にも必要とされなかった私にこんな優しさをくれるなんて。
可愛くないし、優しくないし、女性として全く魅力がない。
冗談だったのにさすがにリオにあそこまで拒絶されるのもショックでしたわ。もう忘れましょう。目の前の優しさだけに。嫌そうな顔のケイトが実は物凄く優しかった。
「だって、だって嬉しくて。いつも、適当、だった、から、私の話、本気にしてくれないと思ってたから」
「失礼しますよ。お嬢様」
ケイトが手を洗って、膝をつき、視線を合わせて不器用に頭を撫でてくれます。
あのケイトが!?
「お嬢様がいつも本気なのは承知です。ただまだ子供だから、考え方が極端なんですよ。俺はお嬢様のために、頑張ったからご褒美に笑ってください」
この胸の温かさをどう感謝すればいいのでしょうか。精一杯の笑みを作る必要なんてありませんわ。素っ気ない意地悪な本当は優しいケイトの顔を見れば自然に笑みがこぼれます。
「ありがとう。ケイト。大好きですわ」
ケイトが勢いよく立ち上がり、後ろを向きました。
「お嬢様、将来悪女になる才能ありますよ」
「失礼ですね」
ケイトの優しさが嬉しくて顔が緩んでしまいますわ。こんなの初めてですわ。嬉しくて、にやけているだろう顔が戻りません。不安でいっぱいですが、今世は幸せ。
「お嬢様」
シエルが迎えに来ましたわ。私の前に膝をついて顔を覗き込み心配そうな顔をしています。
「どうされました?目元が、ケイト、何したの?」
シエルのケイトに掛ける声のトーンが落ちました。
振り返ったケイトが意地悪する時の顔をしてます。
「お嬢様が手伝いたいって言うから断ったんだよ。そしたら泣くから、あやしてたんだよ。大人っぽく見えてもまだ子供なんだよな。泣かせたの、俺っていうかシエル達だろう?仕事に戻っていい?」
「お嬢様、本当ですか?」
ケイトが後ろで口パクで何か言ってます。頷けですかね?ニヤける顔を我慢して唇をキュッと結んでコクンと頷く。
「そんなに、思い詰めて・・」
ケイトがニヤニヤしています。シエルが心配そうな声を、
「検討させていただきます。申し訳ありません。お嬢様がそんなに思い詰めていたなんて」
ケイト、すごい!!今までで一番、なんとかなりそうな気がします。ありがとう!!
目元はケイトが治癒魔法をかけてくれたので、お母様には泣いたことは知られずにすみました。
今日のケイトの頼もしさに感動しましたわ。ケイト、この御恩は一生忘れませんわ!!
そして、その次の日にシエルと料理長の許可が出ましたわ。
ただし一人ではやらないこと、火と刃物には近づかないことが条件です。
そして初めてお菓子を作りました。
シエルは卵を割るのもダメって言いましたが、ケイトのおかげで解禁されましたわ。
この御恩も一生忘れませんわ。
もしケイトがなにか粗相をしても精一杯庇いますから安心してください。
無礼な態度でクビになったら私のお小遣いで雇ってあげますよ。
友達とはすばらしいものですね。私の中でケイトが頼もしい友人に代わりました。
とうとうこの日が来ましたわ。
正妃であるアリア様主催のガーデンパーティですわ。
豪雨に襲われ中止になればとも思いましたが快晴です。私がこっそり魔法で雨を降らしても王宮魔導士が結界で覆えば無駄なので諦めましたわ。
目標はアリア様に気に入られない。サラ様と仲良くなる。シオン伯爵令嬢と親しくなるです。
クロード殿下はできれば視界にいれたくないですわ。でもクロード殿下が誰かに恋するように仕掛けたいですね。殿下の好み・・・。仕事を増やさないこと。素直で可愛らしいルメラ様。ルメラ様のような令嬢は見た事ないから難しいですわ。
今回は見送りましょう。殿下の婚約者よりも保身が大事ですわ。
久しぶりの王宮です。
生前はよく通い懐かしい気がしますわ。
正直ルーン公爵邸で過ごすよりも王宮で過ごした時間の方が長い気がしますわ。
ガーデンパーティはお母様も参加されると思っていたら、子供のみです。
大人のいない場での子供達の様子を観察。アリア様も策士なのできっと思惑がありますわ。
お父様、パーティ案は否決して欲しかったです。アリア様の思い付きを止められるのは国王陛下だけですから無理ですわね。国王陛下は穏やかな方なので全て許してしまうので期待できませんわ。
会場は王宮で一番広い庭園。
いくつかテーブルが並べられお菓子やジュースが用意されています。
立食形式は驚きませんが、会場の作りがおかしいです。
パーティ会場には上座に必ず王族の席が用意されています。王族の席には特別な結界が施され御身に危険がないように配慮されています。
王族の席さえ用意されてないのはどうゆうことですの?
怠慢?
アリア様主催のパーティに手落ちはないはずですわ。あったとしてもこんな当たり前のミスを?
これがうっかりなら確実にクビですよ。
隅に椅子は置いてありますが、あんな簡素な椅子に王族は座りません。
アリア様の思惑がわかりませんわ。
私は今はクロード殿下の婚約者ではないので気にするのはやめましょう。王宮の侍女が大量にクビになっても関係ありませんわ。
王家の庭園はいつ見ても、華やかで美しい。アリア様好みの赤くて大きな薔薇が見事ですわ。きっとこの庭園も毎日庭師がきめ細やかに手入れしていますのよね。見事な庭園をダンにも見せてあげたいですわ。
ルーンの庭園も美しいですが、王宮の優雅で豪勢な庭園はまた違った味がありますわ。私はルーンの庭園のほうが好みですが。
「姫様、御気分が優れませんか?」
入口付近で立ち竦んでいたので、執事に声をかけられました。
子供?給仕も子供なんですの!?
見渡すと大人の使用人も控えてます。驚きましたわ。
「お気遣いありがとうございます。見事な庭に見惚れてしまっただけですの。失礼しますわ」
社交の令嬢モードに切り替えて立ち去ります。違和感を感じ会場の奥に足を進めて、少年執事を見るとやはりなぜか見覚えがあります。庭園を散策しながら、見つからないように執事の動きを目で追う。動きもおかしいですわね。
ふと、脳裏に懐かしい記憶が浮かびました。
生前のクロード殿下はいつも突然現れる方でしたわ。
「やぁ、レティ、礼はいらないからね」
「ごきげんよう、殿下」
「婚約者なんだから、もっと打ち解けてほしいんだけど」
「殿下に不敬は許されませんわ」
「私のお姫様は真面目だなぁ」
覗き込まれた時の瞳の色・・・。
あの執事、クロード殿下ですわ。瞳が王家の金色でしたわ。
髪の色は違いますが。すっきりしましたわ。
違いますわ!!殿下、何してますの!?
殿下に近づこうとして足を止めました。私はもう婚約者ではありません。お諫めする権利はありません。
条件反射が怖いですわ。気をつけないといけませんわ。
よくわかりませんが近づかないようにしましょう。王家とは関わらない。作戦を思い出して冷静になりましょう。
パーティが始まる前から不安しかありませんわ。
「あら、あなたは」
令嬢が近づいてくるのに気づきませんでした。
私に話しかけてくるなら、公爵家?
ですが私より家格の高い年頃の令嬢は存在しませんわ。無礼ですけど、子供だから仕方ありませんかね。青い色の髪に薄い青い瞳の令嬢の後には五人の令嬢。ドレスの感じですと伯爵家あたりでしょうか?もう取り巻きがいますのね。
家格の低い者は家格の高い者には話しかけられません。ここで無視しても許されますが目立ちますわね。
言葉を止めて私を見つめる背の高い青い髪のご令嬢は言葉を止めて微笑むだけ。仕方ありませんね。簡易の挨拶をしましょう。
「はじめまして。レティシア・ルーンと申します」
「上手に挨拶できますのね。アナベラ・パドマですわ」
パドマ公爵令嬢!?その返答は無礼ではありませんか?
子供ですし大人げなく咎めるのはやめましょう。
確か今は10歳?
パドマ公爵家はルーン公爵家の政敵なので昔はよく意地悪されましたが、報復する前にパドマ様は学園から姿を消しましたわ。お顔を忘れていましたわ。
一応は大人として対応しましょう。
「パドマ様、よろしくお願い致します」
「ええ。レティシア様、何をなさっていますの?」
「見事な庭園に見惚れていましたわ」
パドマ様が青い目を細めて美しい笑みを浮かべ、突然困った顔をされました。
「まぁ!?花を手折ろうとされるのはいけませんわ。ここはルーンのお家ではなく、王宮ですよ」
パドマ様の大きい声に視線が集まります。
え?花?触ってませんが。
ここで、私を貶めたいのですね。
パドマ公爵家とルーン公爵家は政敵ですものね。
「レティシア様、王宮の花は王家のものですよ。まだ幼いからと言え許されませんのよ。私だけなら、見て見ぬ振りもできますけど。他の皆さまの目もありますしね、ねぇ?」
取り巻きの令嬢が同調します。
「アリア様には、私が一緒に謝ってあげますわ。お優しい方ですから許してくれますわ。お家も咎められたりしませんわ」
嵌められましたわ。一人でいるべきではありませんでしたわ。
私を咎めるよく響く声に周りの視線がさらに集っています。仲裁してくれそうな方もいませんわ。
反論しても無駄ですよね。
空気はパドマ様に支配されてますし、もしも論破してパドマ様を言い負かせば目立ちます。
私は目立ちたくありません。
悲しむフリをして無言で立ち去る?
会場から抜け出して、迷ったフリをして、身を隠す?
今日は無礼講との仰せだから、ルーン公爵家への咎めはないはず。
アリア様達の席がないなら、慣例通りの挨拶もない。一番先に挨拶をしなければいけない私がいなくても気付かれませんかね。
幼い少女が空気に呑まれて、挨拶にいけなくても状況的に仕方ない。
アリア様も優しい方だから、きっと許してくれます。
アリア様の中で私の評価は下がるけど大歓迎です。決めましたわ。
ルーンらしく利用できるものは全て利用して自分の利にかえますわ。
「レティシア様は知らなかったのですもの。レティシア様だけが悪いわけじゃありませんわ」
遠回しにルーン公爵家の教育を責めてますね。
私がいなければ、アリア様に無礼な子供を優しく諭す令嬢の演出はできない。トンズラしましょう。
トンズラは逃げることですわよ。ケイトに教わりましたわ。
パドマ様の思惑通りになんてさせませんわ。
伯母様ごめんなさい。レティは作戦通りできませんでした。
ケイトに教わった悲しそうな顔をつくり、優しい顔でルーン公爵家を責めるパドマ様から視線を逸らし下を向く。
「失礼します」
礼をして足早に立ち去ります。
「レティシア様、お待ちになって」
パドマ様の掴もうとする腕をさっと躱し、出口に向かいます。
いつアリア様や殿下がくるかわからない状況で追ってはこないはずです。
無事に会場を出ると、柱の陰に執事仕様のクロード殿下がいます。
気付かないフリをして立ち去ります。
「姫様、どうしてパドマ令嬢に何も言い返さなかったんですか?」
立ち去れませんでしたわ。
殿下、使用人は見知らぬ令嬢に話しかけませんわ。
私が問題を起こしても貴方の仕事は増えませんから、尋問はやめてくださいませ。どうして私を姫様と呼びますの?
「無駄ですもの」
「このまま帰って、公爵に泣きつくの?」
ルーン公爵家とパドマ公爵家が揉めないか心配されてますのね。うちは王家に仲裁に入っていただかないといけないような愚かなことはしませんよ。子供の喧嘩ですもの。
「しませんわ。私がパドマ様とうまくお話しできなかっただけです」
「もしこの件が大事になっても平気なの?」
「大事になったら考えますわ」
無礼講のガーデンパーティですから大事になりませんわ。本当に庭園の薔薇を踏みつぶしたとしても礼儀知らずな令嬢と言われるだけですもの。
「このまま出て行っていいの?正妃様や殿下に挨拶したくないの?」
「醜態をさらした私には、そんなことできませんわ」
「殿下の婚約者になりたいのに?」
「私よりも綺麗で賢い皆さまにお譲りしますわ」
「君の方が綺麗なのに」
「ありえませんわ」
「きっと将来誰よりも素敵な令嬢になって殿下の目に留まるんじゃないかな」
「ご勘弁願いたいですわ」
「え?パドマ嬢にいじめられて、泣かなかった君に免じていい場所に案内してあげるよ」
「使用人とはいえ殿方と二人になれませんわ。失礼しますわ」
これ以上、関わりたくないので立ち去ります。
不敬ですが、使用人姿だから不敬罪にはなりませんよね?休憩室に行きましょう。
パーティも始まってますし、ほとんど人はいないはずですわ。
殿下も早く着替えてガーデンパーティで婚約者探しを頑張ってください。




