第八十六話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園の2年生です。
平穏な生活を夢みる公爵令嬢です。
相変わらずマルク様につきまとわれていますが、気にすることをやめました。
言葉を交わすことさえ疲れたので、全部笑顔で流します。一切言葉を発せず、返答しないことに決めました。私の言葉は通じません。それはお話するつもりがないことと捉えました。もう考えたくないです。誰にも咎められないからいいのです。
マルク様とリオは仲が良く、頻繁に取引をしています。マール公爵家は商人が縁を紡ぎたい家なので近づく理由もわかります。もしもリオがマルク様とお話しているなら私はその場を去ります。マルク様の存在は探しませんが、視界に入れば逃げたくなるのは防衛本能だと思います。怖いものには近づいてはいけません。
令嬢に人気がないので味方を増やしたいと思っていましたが躓いています。
長期休暇はお茶会地獄でしたのに招かれるのは夫人ばかりのお茶会でした。
私は久しぶりにステラと一緒にエイミー様とレオ様のバイオリン練習に同席してます。リール公爵夫人から一度尋問を受けましたがそれ以上は聞かれることはありませんでした。
レオ様の美しい演奏に耳を傾けます。演奏が止まったのでレオ様に指導をするエイミー様を眺めます。
楽しそうに指導を受けるレオ様はお友達としてエイミー様を好いてます。レオ様がこちらをワクワクとした顔で見ているので笑みを浮かべて拍手します。
「レオ様、美しい演奏でしたわ。素晴らしいです」
「ありがとう。エイミーのおかげだ」
「いえ。とんでもありませんわ」
レオ様が嬉しそうにエイミー様を見つめるとエイミー様の頬がほのかに染まり教師モードから恋する令嬢になりました。エイミー様に感謝を告げるレオ様とうっとりしながら言葉を返すエイミー様。絆を深めているのが伝わってきます。
「失礼するよ」
扉が開いて部屋に入ってきたのはクロード殿下とエイベルです。驚きを隠して礼をします。挨拶をしたらすぐにステラを連れてトンズラしましょう。
「頭をあげて楽にして。平等の学園だから礼はいらない。レオに用があるんだが、すぐ終わるから席を外さないでいいよ」
頭を上げると穏やかな笑みを浮かべるクロード殿下と真面目な顔のエイベルがいました。
「兄上、お呼びくだされば」
「呼び出すほどではない。これを」
真面目な顔をしたレオ様がクロード殿下に近づきました。
クロード殿下は懐から封筒を取り出しレオ様に差し出します。見覚えのあるチケットは世界を回っている最高峰と言われる音楽楽団のコンサート。この楽団の初日のコンサートは歓迎の意味もあり常に用意されている王族席に国王夫妻と両殿下が揃って座り鑑賞されます。生前はレオ殿下が逃げるので私が殿下の隣で鑑賞しました。
殿下は王族の席で見るから、チケット不要です。クロード殿下は社交の感情を隠した穏やかな笑みを浮かべています。
「レオは欠席と伝えておくから、リール嬢と一緒に見にいけばいい」
「兄上、おっしゃる意味がわかりません」
「リール嬢にはレオがお世話になっているからお礼をしたくてね。今まで不自由な思いをさせてたから、お忍びに行ってきなってことだよ」
「お忍びですか?」
「このコンサートは警備もしっかりしているから。たまには兄らしいことを」
ありえない言葉が聞こえました。
クロード殿下がレオ様を気にかけるなんて初めてです。兄弟として認識しているかも怪しいかと。どんな思惑がありますの?クロード殿下の考えは私にはわかりません。
視線を感じ、周囲を見渡すと正体はエイベルでした。真顔で何か言ってます。エイベルの口唇を読むと「その顔やめろ」と言われています。うっかり令嬢モードが抜け落ちていることに気付いて慌てて淑女の笑みを纏います。エイベル、今だけは感謝しますわ。
レオ様が困惑した顔で殿下を見ています。戸惑う気持ちはよくわかりますわ。
「レオ様、たまには羽を伸ばして遊んできなさいってことですよ。ねぇクロード殿下?」
レオ様に助け船を出した成長したエイベルに感動しました。エイベルが言うなら大丈夫ですか?でもエイベルはポンコツです。殿下の表情も読めないのに果たして信頼できますか?
「あぁ。私もよくするからね」
「クロード殿下は控えていただきたいですが」
エイベルと話しているクロード殿下の瞳にやはり感情の色は見つかりません。無関心な殿下がレオ様のために動くなんてありえますか?
「ルーン嬢、兄心だから心配しないで」
その兄心が信用できません。
「恐れながら殿下、平等の学園ゆえの発言をお許しいただけますか?」
「もちろん。私は君に不敬を咎めることはしない」
「殿下の寛大なお心に感謝申し上げます。恐れながら、なにか思惑がありませんか?」
「妬けるな。ないよ。私は君には嘘をつかない」
「失礼いたしました。殿下のお心を教えていただいたことに心から感謝致します」
穏やかな笑みを浮かべていた殿下が私の顔を凝視しました。美しい金の瞳にじっくりと見つめられ、捕えられました。探られてこまることはないのでそのまま見つめ返します。金の瞳が細められ、楽しそうな色をようやく見つけて嫌な予感がします。
「お忍びしたいなら協力するよ。転移魔法で」
「恐れながら御身を大事にしてくださいませ。私への気遣いはいりません。殿下の御身の安全だけを考えお気をつけて行ってらっしゃいませ」
「残念だ。気が変わったらいつでも教えてよ。用はそれだかだから、邪魔したな」
笑みを浮かべた殿下が去っていくので礼をして見送りました。扉の閉まる音に顔を上げるとレオ様が真顔で固まっています。
「レオ様、大丈夫ですか?」
「レティシア、兄上が俺のためって。兄上は俺に関心がないのに」
私もそう思ってましたが殿下は嘘はつきません。嘘をついたとしても、そんな時は絶対に嘘をつかないなんて言葉に残しません。腹黒殿下の遊びでしょうか?困惑する私とレオ様を楽しんでいるなんてことは・・?でも人の気持ちを弄ぶようなことはしません。
殿下の真意はわかりませんが王族を危険に晒すような仕事を増やすことは絶対にしません。本当に兄心?もしかしてこれがブラコンになるきっかけですか?
下手なことを言い、ブラコンスイッチが入るなんてことは・・。でも人は何をきっかけにおかしくなるかわかりません。軟禁されるの来年ですし…。クロード殿下、私には真意はわかりません。いずれは脱貴族するので私の無礼をお許しください。もし本当に兄心であってもお心が伝わるお手伝いはしませんわ。話を逸らしましょう。
「私には殿下のお心はわかりません。せっかくなので、殿下に甘えてエイミー様といってらっしゃいませ。お忍び楽しいですよ」
アナの真似をしてニッコリ笑顔を浮かべます。
「レティシアもするのか?」
「内緒ですわよ。リオと一緒に時々お忍びします。お忍びはエイベルが得意ですから詳しいことは聞いてみてください」
レオ様が好奇心旺盛の目になりましたわ。
エイミー様に近づき、ずっと淑女の笑みを浮かべている手を取りました。
「エイミー、よければ一緒にお忍びにいかないか?」
さすが殿下!!令嬢への礼儀は完璧です。レオ様の無邪気な笑みをにエイミー様の淑女の仮面が崩れました。レオ様を真っ赤な顔と潤んだ瞳で見つめてうっとりと微笑みました。
「私で良ければ」
見目麗しい二人の美しい光景にステラも見惚れてますね。
さすがレオ様!!これはクロード殿下より女性受け期待できますわ。モテモテも夢ではありませんわ。いえ、一人でいいからきちんとしたお嫁さんを見つけていただければ。できればエイミー様にイチコロされてブラコンにならないで欲しいです。レオ様の思考からクロード殿下が消えるように誘導しますわ。情操教育としてはよくありませんが知らないほうが幸せなこともありますわ。レオ様はブラコンな自分なんて知らない方が世のため人のためになりますわ。でも一応、監禁には気をつけた方がいいかもしれません。
ぼんやり考えていたらレオ様に一緒に演奏しないかと誘われ我に返りました。1曲だけリール公爵夫人の命令で練習していた曲を弾くとエイミー様が教師モードに変わりました。ステラも巻き込まれてピアノの指導を受けています。ステラに巻き込んだことを謝ると愛らしい笑みで許してくれました。
レオ様はお忍びを楽しみにしていますが、レオ様の初のお忍びって大丈夫でしょうか?
エイベルに相談するために面会依頼を出しました。了承の返事を受け取ったので、約束した翌朝にエイベルの部屋を訪問しました。
「ほら、やるよ」
正面に座ったエイベルが私の目の前に2枚のチケットを置きました。
「レオ様が心配で見守りたいって言うかと思って」
エイベルのありえない気遣いに驚き凝視しました。目の前にあるのは入手困難な初日の音楽楽団のコンサート。特に王族の観覧がある日のチケットの倍率はすごいと聞いています。私は殿下のお付きでしか鑑賞したことがありません。
「よく取れましたね。いただいても?」
「俺には不要だ」
「え?一緒に行きませんの?」
「当たり前だろ。婚約者のいる令嬢とお忍びなんてお互いまずいだろ?」
「見つからないと思いますが。でしたら一枚お返しますわ。別行動すれば問題ありませんわ」
「マールと行け。一人で行くのは危険だ」
「お忍び初挑戦ですわ。私は逃げるの得意ですよ」
「俺に勝てるようになったらな。マールと行かないならチケットは譲らない」
「リオは忙しいから無理ですわ。エイベルと違って暇ではありませんのよ」
「は?これはマールに渡しておく」
「1枚は私にくださいませ。リオはレオ様達のことはあまり興味がないので無駄ですよ。わかりました。取引しましょう」
私はエイベルの好きなルーンの回復薬を机の上に置いて微笑みます。
「くださるなら聖水もつけましょう。そこの書類も終わらせて差し上げますわ。エイベル、別行動しましょうよ」
私は悩んでいるエイベルを一瞥して机に積まれている書類に手を伸ばしました。書類仕事が苦手なエイベルはすぐに仕事を溜めます。脳筋なので仕方ありませんわね。
「シア、そろそろ移動しないと授業に遅れる」
ペンを取り上げられ顔をあげるとリオがいました。
「おはようございます。リオ兄様、どうされました?」
「おはよう。ビアードに書類を渡しに来たらシアがいたから。これの手配は俺がするよ。一人でお忍びは危ないから」
リオの手にはチケットがありました。エイベルを睨むと視線を逸らされました。
「レティシア、邪魔だから出て行け」
「酷いですわ。でも今回はレオ様のお友達のエイベルに免じて許して差し上げます。これはチケット代に差し上げますわ」
「感謝する。ルーンは良質だがなかなか」
「取引なら応じますよ。殿下がお疲れなので気をつけて差し上げてくださいませ。では失礼します」
エイベルに礼をしてリオに手を引かれて足早に退室しました。
「シアはビアードと行きたいのか?」
「エイベルは暇ですから。リオ兄様が付き添っていただけるならありがたいですわ」
「俺も忙しくないんだけど」
「あんなにお仕事を抱えてますのに。流石ですわ。でしたらまた訓練に付き合ってくださいませ。今年の武術大会こそは打倒エイベルですわ」
「シア、設定」
「失礼しました」
「この件は俺に任せてよ。外出届だけ書いといて」
「かしこまりました。お任せします。ありがとうございます」
レオ様のお忍びについてはリオが全部手配をしてくれるそうです。リオもコンサートを鑑賞したいと言うのならありがたく甘えましょう。お礼にチョコケーキを用意しましょう。エイベルは少しだけ見直しましたがリオほど頼りになりませんわ。
明けましておめでとうございます。
いつも読んでいただきありがとうございます。
去年の感謝をこめてお正月の三が日は小話を毎朝更新します。
今年も宜しくお願いします。




