第八十二話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
平穏な生活を夢見るルーン公爵家の令嬢ですわ。
お手紙は全て了承の返事をいただきました。
ノア様から遠乗りに兄も同行させたいとの申し出には了承の返事を送ります。グランド様がいるならリオがいなくても安全ですわ。
ハンナには伯母様達の了承を得てから手紙を書きましょう。
遠乗りのために予定を調整したため予定より二日早いですがお茶会地獄の始まりです。
長期休みに入って初めてのリール公爵夫人主催のお茶会です。
お茶会の後はマール公爵邸にお泊りです。
私は夫人達がお茶をしている中、恒例となったリール公爵夫人のバイオリンレッスンを受けています。昨日練習をしましたが、さぼっていたことはごまかせませんでした。久々に厳しいレッスンに心が折れそうになりました。伯母様から嗜める視線を送られて令嬢モードを装備して笑みを浮かべて耐えました。バイオリンレッスンが終わると、お茶会の席に座り夫人達の話しに耳を傾けます。夫人達の私とリオの妄想話に突っ込みはいれずに、よわよわしく微笑み受け流します。いつも通りのお茶会は滞りなく終わりましたが、リール公爵夫人に残ってほしいとお願いされました。帰りは伯母様と一緒に帰る予定でした。伯母様に伺うと同席してくださるそうです。
リール公爵邸内の客間に案内されます。
優しい色合いの家具で統一されている部屋にはピアノがないので、バイオリンレッスンではなさそうです。案内された席に座るとお茶が用意されました。
リール公爵夫人に時間を作ったことへの感謝を伝えられ形式的なやり取りを終えると人払いをされました。同派閥なので警戒すべき相手ではありません。ですが物凄く嫌な予感がします。
「エイミーは長期休みは社交以外はずっと学園で過ごしています。何かご存知?」
リール公爵夫人の少女のような可愛らしい笑みで問われた言葉に、背中に冷たい汗が流れます。エイミー様は長期休暇は学園でレオ様と難易度の高い曲に挑戦されています。二人からぜひ一緒にと誘われましたが予定が合わずにお断りしました。リール公爵夫人から探られているのがわかり、動揺を隠してよわよわしく微笑みます。私は気弱な令嬢設定ですので。
「申し訳ありません。私からお話できることはありません」
「もちろんエイミーには言いません」
「ご容赦ください。お願いします」
私の情報はお父様の命でない限りは話しません。お父様もお母様も私に学園のことを聞きません。
少女のように無邪気な笑みを浮かべながらも探るような視線を向けるリール公爵夫人に深く頭を下げます。
沈黙が続きますが、諦めてもらうまで頭を上げる気はありません。ルーン公爵令嬢が公式の場で王族以外に、貴族に対して深く頭を下げるのは初めてです。学園は無礼講なので数えません。そして生前も両親と王族以外に深く頭を下げたことはありません。海の皇族は私よりも立場の高い相手なので、数えなくてもいいですよね?あの時の失態は反省しています。私のうっかりで殿下に謝罪させるなんて許されない行為ですわ。もちろんお父様にも報告し以後気をつけなさいとお叱りを受けました。
「リール公爵夫人、もういいでしょう?レティ、頭をあげて。エイミー様がレオ殿下のために学園に残っていることはご存知よ」
沈黙の中響いた伯母様の言葉に驚いて思わず頭を上げます。伯母様の銀の瞳が細められ、私は間違いに気づきました。
「レティ、顔に出てますよ。驚いている様子を気づかせてはいけません」
「すみません。伯母様」
「質問を変えるわ。レオ殿下はどんな方?もちろんここで聞いたことは私達の胸の中に留めるわ」
リール公爵夫人の探られるような視線はなくなりました。リール公爵夫人の無邪気に微笑むお顔が可愛らしくても油断はできません。伯母様も話しなさいと視線を送っています。
きっと学園でのことは、全部調べられてるんでしょう。
リール公爵夫人は私達を見守る会の生徒と連絡を頻繁に取っています。レオ様とエイミー様の逢瀬を目撃している生徒も多い。伯母様はリオから報告。
それでも私の口からは二人について話したいことは一つだけ。そして説得するためにはある程度の情報を口にしないといけません。
「ルーン公爵令嬢ではなくレティシア個人としての言葉でも構いませんか?よろしければお二人を信じてお話します」
微笑みながら静かに二人を見つめると頷かれました。これでこの場の発言とルーン公爵家は関係ないものになります。
「レオ様はお優しい方です。昔から離宮でサラ様と二人きりで過ごされていたそうです。そんなレオ様は学園でお友達が初めてできて、嬉しそうに過ごされています。将来は王族ではなくなるから、同じ立場で接してほしいと言うのが口癖です。
エイミー様の指導のもとバイオリンを練習しているのは、サラ様を喜ばせるためです」
リール公爵夫人が優しい顔をしました。敵意も悪意も感じません。
「レティシア様はレオ様がお好きなのね」
「恐れ多いですが、大事なお友達です。小さい頃からサラ様のためにお一人で頑張っていたレオ様には幸せになってほしいと思います。レオ様はエイミー様をお友達として大事にしてます。決して人を利用しようとする方ではありません」
後ろ盾が目的でないと伝わるように直接的な言葉を選びました。貴族は遠回しな言葉を選びますが、心に響くのはわかりやすい言葉。これはアナ達と接して知りましたわ。
レオ様はエイミー様を利用しようとなんてしてません。
権力や立場を利用する方でもありません。一番利用価値のある私が利用されてませんもの。私とリオとエイベルの家を味方に付ければ継承権はなくても反乱を起こして王位を狙えます。でもそんなこと微塵も考えてません。王族としての資質は感じられません。でもそれはレオ様に碌な教育をしなかった王家の教育の所為です。今のレオ様は変態には見えません。大事な人のために一生懸命になれるレオ様は人として大事なものを持っています。民を一心に思えなくても、クロード殿下の邪魔にならないように考えて動いています。これはレオ様と触れ合わないとわからないこと。二人が気にするのは後ろ盾としてエイミー様を利用しようとしないかということだと思います。
「その心配はしてません。ありがとう。充分よ。エイミーに貴方のようなお友達がいて安心したわ」
「私のほうがエイミー様にいつも助けていただいてますので」
「これからも仲良くしてあげて」
リール公爵夫人に見送られ馬車に揺られマール公爵邸に向かいます。果たしてあの答えで大丈夫だったのでしょうか。公爵夫人は感情を見せません。
「伯母様、良かったのでしょうか」
「充分よ。レティは優しいわね。今日はゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます。晩餐の後、お時間を作っていただけますか?できれば伯父様もご一緒に」
「わかったわ。旦那様も今日は帰りが早いから伝えておきます」
「ありがとうございます」
伯父様が帰宅されるのは運が良いですわ。
マール公爵邸に着いたら次はリオの説得ですわ。
リオの部屋に向かいます。ノックすると了承の返事が来たので中に入るとリオは書類をさばいています。
「ごきげんよう。お忙しいですか?」
「すぐ終わるから座って待ってて」
侍従が用意したお茶を飲みながら待ちます。
説得と意気込んでいましたが、よく考えると必要ありませんわ。
リオは忙しそうですし、グランド様が一緒なら安全です。
正面に座ったリオを見て考えます。
「待たせたな。どうした?」
「遠乗りのお願いを取り消しますわ」
マール公爵邸にお泊りして出発すれば、お父様から遠乗りの許可もらわなくていいと思いました。伯父様達にお願いして説得してもらいましょうか。
「友達と遠乗りに行くんだろう?俺なしならシアの遠乗りの許可がおりないと思うけど。誰と行くんだ?」
「それは…。リオはお忙しそうですし、グランド様がお付き合いしてくださるので。乗馬もお上手と聞きますし、お父様も許してくださると思います」
「サイラス?忙しくないよ。長期休みにシアと過ごせる貴重な時間だ。遠乗りの場所も目星はつけてあるし楽しみだよ。それとも俺と一緒は嫌?」
いつもの笑みを浮かべてお茶を飲んでるリオ。空気が冷たいのは気のせいですか?でもリオと一緒ならお父様の説得はいりません。もしかして、リオもグランド様と一緒に遠乗りに行きたいのかもしれません。確かに私もリオとセリアが二人で遠乗りに行けば拗ねますわ。
「いいえ。リオ兄様の都合がつくなら是非。ご一緒できるなら嬉しいですわ」
「変な気は回さなくていい。相談あるんだろ?」
リオはなんでもお見通しですわ。リオが同行してくれるならきちんと話さないといけません。
「内緒にしてほしいんですけど、」
「フウタ、結界を」
アリス様の片想いとマートン侯爵夫人の妨害と遠乗りについて説明するとリオが噴き出しました。
珍しく物凄く楽しそうに笑っているリオの笑う要素がわかりません。
「辻褄が合ったよ。協力してあげたいけど、マートン令嬢のうちへの訪問と宿泊は駄目だ」
「私と一緒でも?」
「全員にとっての醜態になる。当日に迎えに行くよ。シアの心配している遠乗りの許可は俺が叔父上からもらうよ」
「ありがとうございます。アリス様はどうすれば」
「ルーン公爵邸に泊めればいいだろ?」
「マートン侯爵令嬢ですよ。お父様達が許可してくれるとは」
「シアが母上に頼んで説得してもらえばいはい。後輩とお泊りしたいって」
「敵対派閥ですわよ?」
「母上に任せれば大丈夫だ。」
「エディがアリス様と仲良くできるとは思いませんわ」
「シアがエドワードの側にいれば大丈夫。心配ならエドワードはうちで預かってもいいけど。本邸でなく別邸使う手もあるけど」
「リオ兄様が遊んでくれるならエディは喜びますわね。駄目ですわ。エディの予定も詰まってますわ」
その晩、アリス様のお泊りについて伯母様達におねだりしました。驚くほどあっさりお父様達を説得していただくことになりました。敵対派閥の令嬢と仲良くすることも淑女の嗜みだそうです。
ハンナにお願いの手紙とアリス様宛の暗号で書いた手紙を同封し送りました。きっとハンナなら了承してくださると思いますわ。遠乗りの手配はリオがしてくれるので、驚くほど簡単に遠乗りの準備が整いました。
久しぶりのマール公爵の私の部屋には新たな服とドレスが増えていて驚きました。伯父様の旅の話を聞いて、久しぶりに楽しい時間を過ごせました。
明日はお茶会と夜会です。せっかくなので用意していただいたドレスを着ると伝えるとリオも同行することになりました。エドワードも参加するのでエスコートはいりません。リオが好きな弟が会えれば喜ぶのでリオには申し訳ないですが甘えましょう。身内に甘い従兄に感謝ですわ。




