第七十九話 追憶令嬢13歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンですわ。
ステイ学園の2年生です。
平穏な生活を夢みる公爵令嬢です
リオとの特訓のお蔭でマートン様達の攻撃を避けられるようになりました。
ありがたいことに泥だらけになった頬に傷のあるルーン公爵令嬢のことは噂になりませんでした。ルーンの薬の効果もあり3日で擦り傷は綺麗に消えました。
あの傷では社交にでれないので助かりました。そして淑女としてありえない姿にお母様のお説教が怖いので見つからずにすんだことにほっとしました。
月に一度の朝礼では生徒会長からの言葉があります。珍しく殿下が魔法の使用について私的な発言をされました。魔法の使い方について。地の魔導士として安易に成長を早め命を縮める方法は取って欲しくないと。枯れてしまった木は殿下にとって思い入れのある木だったようです。知りませんでしたわ。
今後は正しい魔法の使い方を覚えていってほしいと思います。人に嫌がらせをするための低俗な魔法を使うなど同じ王国民として恥ずかしいと思います。精霊様への信仰心はないのでしょう。
私は魔法の授業中は常に先生の視界の中にいることにしました。
卑怯と言われましたが気にしませんわ。マートン様との喧嘩は続いてますがいつものことなので気にしませんわ。
でも因果応報でしょうか。魔法の授業でマートン様達は底なし沼に落ちました。すぐに救出されましたが泥だらけになりました。私が押したと言いたそうでしたが私は先生の傍にいたので潔白ですわ。転んで落ちたのに人の所為にするなんて失礼な方です。誰かが落としたと騒いでいる姿は淑女としてありえませんわ。生徒会が調査をしましたがやはり犯人は見つからず事故として処理されました。クラム様はお腹を抱えて笑い、ニコル様に嗜められてました。セリアは底なし沼を見て閃いたみたいで綺麗な笑みを浮かべていました。泥まみれは淑女としてありえないと思ってましたが、もしかして泥まみれはよくあることなのでしょうか?
まぁ気にするのはやめましょう。
最近、悲しい日課ができましたの。
全然平穏に過ごせませんわ。生前との違いの多さに心がついていけません。
放課後になると必ずある生徒に見つかります。付けられている気配はないんですが……。
「レティシア様、お願いします!!」
リナのおねだりでバイオリンを弾いた時に出会ったマルク様。1年1組の生徒でアイアン商会の跡取りです。
アイアン商会は貴族ではありませんが貴族相手にも商売を広げています。
マルク様が私の名前と顔を知らなかったのが不思議ですが理由を聞いたりしませんわ。
「マルク様、お断りしますわ」
「まだ何も言ってません」
「ルーン公爵家に相談してくださいませ」
天使を広めて商売をするのに私の力が必要とのことです。
市井でのコンサート、私物のオークション、絵姿の販売などわけのわからない提案をされます。
お金を稼ぐことは興味がありますが、内容が・・。
それに公爵令嬢の私がお金稼ぎに興味があるなんて醜聞になります。
「私はレティシア様と御一緒したいのです!!」
「急ぎますので失礼しますわ」
「傍に置いて頂けるだけでいいのです」
マルク様に心酔したような視線で見られています。寒気がして苦手です。ついてこれない場所・・。寮は遠いですし、図書室は駄目。生徒会は危険ですし、エイベルの部屋?預かっている鍵を思い出しました。リオの部屋に逃げましょう。
足早にリオの部屋を目指しました。
ノックしようとすると勢いよく扉が開きました。ドンと額にぶつかりました。木にぶつかり、扉にぶつかり、今世は運が悪いんでしょうか。
「え!?シア!?」
「レティシア様!!」
驚いた顔のリオとマルク様の悲鳴が聞こえました。避難が優先ですわ。
「いえ、大丈夫ですわ。リオ、忙しいですか?」
「大丈夫。入るか?」
リオの視線がマルク様で止まります。
「お初にお目にかかります。マルクと申します。お近づきの印にどうぞ」
マルク様が礼をして鞄を開いて冊子を渡しています。
リオが冊子を受け取り中を見ています。私には見えませんが笑っているので気に入ったみたい。
「ありがたく頂戴するよ。料金は?」
「これはサービスなのでお気になさらず」
「さすがアイアン商会だな」
微笑み合う二人に嫌な予感がします。
どうして仲良くなってますの!?二人の世界を作っているリオの袖を掴みます。
「あぁ。悪い。どうぞ」
微笑んで私達を招き入れようとするリオの掴んだ袖を強く引っ張ります。
「リオ、二人っきりがいいですわ」
「え!?」
「お願いです」
リオが珍しく固まってます。マルク様は危険ですのに固まっている場合ではありません。
「マール様、こちらで失礼しますね。ご用の際はお声をお掛けください」
「あぁ、悪いな。シアどうぞ」
マルク様が立ち去りました。
今日は追い払えましたわ。力が抜けてソファに倒れこみます。行儀が悪いですが気にしませんわ。シエルもいませんもの。
「シア!?頭か?大丈夫?」
リオの声が聞こえますが答える気力がありません。
マルク様しつこいです。これがロンの言うしんどいと言う感覚でしょうか。初めて出会うタイプの方ですわ。
浮遊感がして抱き上げられてます。
今世はよく抱き上げられます。
「保健室は必要ありませんわ」
リオの首に手をのばして、ギュっと抱きつきます。落ち着きますわ。現実に立ち向かうのが辛いですわ。
抱き上げてもふらつかない細いのに逞しい体に笑みが溢れます。
回復しましたわ。今日はもう大丈夫です。顔を上げるとリオの顔が真っ赤。額を合わせると熱はありません。
「リオ?」
銀の瞳を見つめても暗くない。リオの胸に顔を埋めて集中して魔力を探ると乱れはありません。体の異常はないですわ。最近頻繁に訓練に付き合っていただいので疲れでしょうか?ゆっくり休んだ方がいいですわ。
「おろしてくださいませ」
そっと降ろされ床に足がつきました。邪魔をしないように帰りましょう。今日は気配を消して寮を目指しましょう。
「今日はこれで失礼しますね。ゆっくり休んでくださいませ」
「シア?」
「仕事もほどほどにしてください。失礼します」
礼をして退出して玄関を目指します。後の気配に足を止め振り返ると赤い顔のリオでした。
「送る」
「もう帰らますか?」
「いや、送ったら戻るよ」
「まだ明るいので一人で大丈夫ですわ。今日はありがとうございました。お仕事はほどほどにして早く休んでください」
優しい笑顔を作ります。リオの顔が赤く様子がおかしい。体に異常がないなら心の問題です。私の話は聞かないですがグランド様の言葉なら聞きますか?リオのことはグランド様に任せるのが一番ですわ。危険ですが非常事態なので気配を消して探しにいきましょう。
「お体を大事にしてくださいませ。失礼しますわ」
リオと別れて気配を消して5年1組に向かいます。グランド様がいらっしゃるといいんですが。教室を覗くとお友達と楽しそうに話してます。邪魔をするのはいけませんが緊急事態です。グランド様の服の袖をそっと掴みます。さすがに先輩方のお話中に口を挟む勇気はありません。
「ルーン嬢!?いつの間に?」
「お話し中に申しわけありません。グランド様を少しお貸しいただけませんか」
話が止まったので口を開きました。グランド様のお友達にお願いしますが無言です。平等の学園では私のお願いを聞く必要はありません。年上用のお願いは…。
ケイト直伝ですわ。じっと見つめた後によわよわしく微笑みます。
年上の方はこれで、ひごよく?がそそられるそうです。
ケイトの説明はよくわかりませんが、対象と方法さえ覚えればいいのです。視線を逸らしたらいけません。
「ルーン嬢、それやめようか。お願い。行くから!」
グランド様の焦った声が聞こえました。これは成功ですか?
「どうぞ。ルーン嬢。いくらでも、むしろ俺が」
「おい!?」
「ありがとうございます」
了承をいただきましたので笑みを浮かべて礼をします。顔を上げるとグランド様にそっと肩を押されて廊下に行きました。ケイト、これは成功したと言えますの?
「ルーン嬢、もう少し考えて行動して。リオが荒れるから」
「私はよく考えてますわよ。リオが大変なんですの」
グランド様の表情が呆れた顔から真面目な顔になりました。先を促されます。
「様子がおかしいんですが、休んでもらえないので説得していただけませんか」
「ルーン嬢が頼んだほうが」
「駄目でしたわ。もし説得が無理なら一人で倒れないように傍にいていただけませんか。私ではリオを運べません」
「具合悪そうな感じなかったけど。わかったよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
グランド様に頼んだので大丈夫ですわ。
気配を消して寮を目指しましょう。
マルク様、苦手ですわ。
どうしたらいいんでしょうか・・。
平穏な生活ってこんなに苦労するものなのでしょうか?




