第六話 追憶令嬢6歳
ごきげんよう。レティシア・ルーンです。
6歳になりました。時が経つのは早いですわ。今日も将来の平穏な生活のために頑張りますわ。
「お嬢様、大丈夫ですか?」
ぼんやりしてましたわ。カップの中身は空なのにずっと抱えたままの私に呆れた声がかけられ気付きました。私は厨房にいます。いつの間にかできていたお嬢様席に座っております。私専用の小さいテーブルの上にはお茶とお菓子が常に用意してあります。
厨房見学を始めて、数か月経ったので料理人の皆様とも随分仲良くなりましたわ。
「私も手伝います」
「お嬢様にやらせるわけにはいきませんよ」
「将来お料理ができずに、旦那様に捨てられたら恨みますわよ」
「そんな日は永遠に来ませんよ」
「先のことはわかりませんわ。どうすれば料理を教えてくれますか?」
「シエルと料理長の許可が出れば、いくらでも教えますよ」
「いじわる。その許可が出なくて、困ってるの。何かいい方法を思いつきませんか?」
「過保護の二人の許可がでるのは想像できませんね。拗ねないでください。そんな目で見ないでください」
私が睨んでいる呆れた声で話す赤毛の青年の視線はジャガイモ。
目の前で大量のジャガイモの皮をすごい速さで剥いてるのは、料理人見習いのケイト。
彼の遠慮のない物言いが気に入ってますの。周りに人がいない時や仕込みの時間に作戦会議に付き合ってもらっています。最初はケイトの不躾な態度に周りが困惑してましたが、彼の人柄なのか最近は誰も気にしません。敬語が時々抜けてもシエルでさえも何も言わなくなりました。私の前ではですが。
「俺の教えたおねだりしても駄目だったんでしょ?首をかしげて、上目遣いで見上げるやつ」
「あれ、効果ありませんわ。リオにも試しましたが無理でした。一瞬動きは止まりますが、即答却下ですよ」
「お嬢様、効果は出てるよ。大事なのは結果だけじゃありませんよ。マール公爵家でお願いするのはどうですか?日頃の感謝をこめてとか、」
「すでにしましたわ。リオに目的は何?って聞かれましたわ。あと気持ちだけで十分って論破されましたわ」
「リオ様まだ9歳なのに末恐ろしい。学園の第二寮なら合同調理場あるけど、お嬢様お貴族様ですもんね。それにシエルが絶対させないよな。料理上手な奥様やお菓子作りが趣味な令嬢に友達はいませんか?」
「私のお友達はケイトとダンだけですよ。しかもそんな令嬢の噂は聞いた事ありません」
「お嬢様、友達いないんですね。かわいそうに」
「社交デビュー前ですから。貴族のお友達は必要ありませんわ。疲れますもの。厨房の料理を見て覚えようかと思いましたが、難しすぎて諦めましたわ。孤児院にお手伝いに行こうとしましたが許可がおりません」
「当たり前です。社交デビュー前に視察は無理でしょう。それにお嬢様が行ける範囲の王都周囲の孤児院は世話人がいるから手伝いは不要です。自給自足してるのは、貧しい領の世話人の少ない孤児院。お嬢様、何、初耳みたいな顔してるんですか」
「知りませんでしたわ。自給自足の生活を覚えたくて、孤児院に行きたかったのに。無駄足ですわ。ケイトは料理はいつからできましたの?」
「平民は子供の頃から家の手伝いするから、自然に。気付いたら、スープを作ってましたよ」
「ずるいですわ。かんたんお料理教室開いてください。どうすれば料理ができるようになりますの!!」
「お嬢様落ち着いて。ほら、お菓子食べて」
「ごまかされませんわ。うちの書庫にも料理の本なんて見つかりませんし。手詰まりですわ」
「お嬢様、今は野菜の名前も覚えたし、最初のころより全然マシですよ。ほら、可愛い顔が台無しですよ。シエルが戻ってくる前に顔戻してください。俺が怒られます。」
仕方がないので拗ねた顔はやめてお淑やかなお顔に戻します。ケイトは私の心配じゃなくて、自分の心配してたんですね。やっぱり現金ですわ。お淑やかな顔に戻してすぐにシエルがきました。ケイト、どうしてわかりましたの?
「また来ますわ」
昼食をすませて、今日も馬車に揺られてマール公爵家に向かいます。乗馬を覚えたので馬車は不要ですと伝えたらお母様に、はしたないと怒られました。馬の方が速いですが移動は馬車が淑女の嗜みですって。ルーン公爵令嬢が乗馬で移動はありえませんと。生前は乗馬はできませんでしたので、その常識は知りませんでしたわ。二度目の人生なのにやはりお母様のお説教は恐ろしいですわ。
伯母様が簡単な護身術をもう少し成長したら教えてくださるそうです。6歳は体が小さく成長途中なので武術をはじめるのはまだ早いそうです。
今日は重要な相談があるんです。もちろんお土産のブーケとお菓子も完璧です。ブーケは一人で作れるようになりましたのよ。少しずつですができることは増えてます。
「ごきげんよう。伯母様」
「いらっしゃい、レティ。お茶にしましょう」
「伯母様、二人でお話がしたいんですが」
「わかりました。いらっしゃい」
公爵家には隠れ部屋がいくつかあります。隠れ部屋は魔力を登録したものが許可しないと入れない特別な部屋。伯母様が鍵に魔力を流して開錠しています。ルーン公爵家にもありますよ。私が知っているのはルーンの直系しか入れないルーンの魔力を持つものしか入れない部屋。生前にお父様に治癒魔法を習った部屋です。ルーンの魔法の継承を行う神聖な部屋でルーン公爵家が信仰する水の精霊ウンディーネ様の像がある部屋ですわ。
「レティ、いらっしゃい」
「伯母様、いいんですか?」
「もちろんよ」
中に入るとテーブルにソファに本棚。思ったより簡素ですわ。個人の隠れ部屋には初めて入りましたわ。
「寂しいでしょ?驚いた?」
「初めて入りました」
「レティがお部屋をもらうのは、まだまだ先ね。座りましょう」
ソファに座るとなぜか伯母様が隣に座ります。
「どんな相談かしら?ここは内緒話をするには最適よ」
「伯母様、不敬罪にあたり、呆れるような非常識なお話しなんですが」
「ここなら誰にも聞かれないわ。力になれるかわからないけど、レティの話しを聞いて失望なんてしないわ。もし間違っていたら、教えるのが大人の仕事よ」
私の肩に手を置いて優しく微笑む伯母様は優しいです。これからする話を両親にすれば確実にお説教が待っているので絶対にできません。
「ありがとうございます。王妃様主催のガーデンパーティのことですが」
「王子殿下と年の近い令嬢を集めて交流を深めるのよね。気が早いと思うけど・・。まだ社交デビューしてない令嬢も含めて集まるなんて心配よね。無礼講と言われても、王家主催で失態はできないわ。無謀すぎて、頭が痛いわ」
確かに非常識なパーティなので伯母様が頭を悩ませるのはよくわかります。でもアリア様が非常識なところがあるのは知っているので驚きませんが、額に手を当てて首を振っている伯母様が心配です。穏やかなお顔ではない伯母様は初めて見ましたわ。
「伯母様、大丈夫ですか?お話は今度でも大丈夫ですよ。お休みを」
「ありがと、レティ。大丈夫よ。続けて」
伯母様に言葉を遮られたのでまた続きを話しましょう。
「私は王子殿下の婚約者候補に選ばれたくありません。何かいい方法はありませんか?」
「レティの立場は確実に婚約者候補に選ばれるわ。王子様とアリア様に気に入られないようにすればいいけど、さじ加減が・・。当日、目立たないことが一番だけど、きっとレティは絡まれるから難しいかしらね」
やはりそうですよね。フラン王国には毎年国王陛下が決める序列制度があります。この序列に沿って家格が決まります。今年は序列一位はマール公爵家、次点がルーン公爵家、ビアード公爵家と続きました。
建国から常に序列三位以内を維持しているのはルーン公爵家だけです。そしてマールにもビアードにも娘はいないので、一番身分が高い公爵令嬢は私です。歴史も権力もあるルーン公爵家は確実に婚約者候補に選ばれます。というか、だから生前婚約者に選ばれました。
何か不吉な一言がありませんでしたか?えっと、
「絡まれる?」
「将来の最有力婚約者候補で自分より若くて可愛い令嬢なんて、潰そうとする令嬢も現れるわ。女の闘いは壮絶なのよ。貴方のもう一人の伯母さんのローラも興味がないのに巻き込まれていたから」
女の戦いなんてごめんですわ。学園の令嬢達は恐ろしかったですわ。
私は気付いたらクロード殿下の婚約者に決まっていたので女の戦いには混ざってませんもの。正直、婚約者に選ばれる前の記憶は覚えておりません。
「挨拶だけして、隠れていればいいでしょうか?」
「隠れたら余計に目立つわ。難しいわね。レティに婚約者はいないし。殿下以外に好きな人がいますって公表するのもいいけど、年齢的にまだ早いものね。レティ、恋人になりたい人はいる?」
「恋人?」
恋人ってあの恋人?
「まだ難しいわよね。思い切ってリオと婚約する?将来有望よ」
「リオ兄様に即答で、拒否されますわ」
「そんなことないと思うけど、まぁいいわ。奥の手は、側妃様と親しく過ごすかしらね」
「サラ様?」
「第二王子殿下は将来臣下に下ることが決まっているから、令嬢達に人気はないわ。
第二王子殿下の婚約者候補になる可能性もあるけど、第二王子殿下なら公爵家の力で対処できるわ」
サラ様ってあのサラ様ですよね?
公務をしないで離宮に籠り、会えばクロード殿下に冷たい視線を浴びせ、思い出したら寒気がしてきました。トラウマが・・。でも伯母様が勧めるなら危険な人物ではない?
「サラ様はどんな方でしょうか?」
「シオン伯爵家の姉君。薬学に長けていて、研究者として有名だった方よ。シオン伯爵家は研究一族だから、どこでも生きていけるようにあらゆることを、教えこまれると噂があるわ。サラ様は刺繍の腕が素晴らしく、穏やかな方よ」
穏やか・・?
もしかしたら私の知るサラ様とは別人かもしれませんわ。もし伯母様のおっしゃるように穏やかな方ならサラ様は私が求めていた人材ですわ!!
奇跡ですわ。
有名な研究者を輩出すると言われているシオン伯爵家は確か有名なご令嬢が一人いたような。思い出せません。もしもシオン伯爵令嬢とお会いできれば仲良くなりたいですわ。
変態王子には関わりたくないですが、サラ様は変態ではありませんもの。怖い方でしたが、話は通じましたし、気持ち悪い思考の持ち主ではありませんでしたわ。
「レティ、できるだけ第一王子殿下とアリア様には関わらないようにね。最低限の挨拶だけよ。たぶんアリア様達の好みのタイプだと思うの」
「よくわかりませんが、わかりましたわ。できるだけサラ様の傍にいますわ。サラ様は出席されますか?」
「途中退席されるかもしれないけど、出席はするはずよ。ガーデンパーティの日はうちに泊りなさい。作戦会議をしましょう。お母様には私が伝えるわ。パーティが終わったら迎えに行くわ」
「伯母様ありがとう」
「なかなか名案は思い付かなかったけどね」
「そんなことありません。パーティ、頑張れそうです」
「ほどほどにね。リオは自室にいるから遊んでもらいなさい」
パーティは気合を入れないといけません。王族と関わらない未来のために頑張りますわ。
伯母様との作戦会議が終わり、リオの部屋に向かいます。
ノックしても無言です。試しに声を掛けてみましょうか。
「リオ、入っていい?」
「シアか、どうぞ。座って、ちょっと待ってて」
「わかった」
リオは何か書き物をしている。作業しているリオは珍しいです。
リオと婚約すれば殿下の婚約者にならなくてすみますかね・・。
「リオ、婚約しませんか?」
「は!? え、な・・・うわっ!!」
「冗談です。そこまで嫌がらないでください」
顔を上げたリオが書類を落として拾おうとすると腕に当たってインクの瓶が倒れました。書類が真っ黒ですわ。
「珍しいですね。大丈夫ですか?」
書類を駄目にしたのが悪かったのか、リオは口をきいてくれませんでした。
お菓子を渡しても無視。目も合わせてくれません。冗談でしたが、そこまで嫌がられるとは思ってませんでしたわ。
私は可愛くないから仕方ありませんね。伯母様、やっぱりだめでしたわ。
チョコケーキをお土産に持ってくれば許してくれますかね。初めてリオに無視されましたわ。
酷い冗談を言ってドン引きさせて書類を駄目にしたなら怒っても仕方ありませんね。悪いのは私ですもの。
ただ今度会う時は、リオを気遣う余裕があるかわかりません。
変態王子怖い。腹黒王子と変態王子って王家の血筋って大丈夫ですの?
同じ地属性でもダンはまともですのに。ガーデンパーティが憂鬱ですわ。
でも私は令嬢達の中で中身は一番大人ですし、社交も経験ありますもの。
16歳の公爵令嬢の力の見せどころですわ。打倒王家ですわ!!




