第一話 前編 追憶令嬢の過去 追憶令嬢15歳
「ありえませんわ!!誰か私の話を聞いてくださいまし」
これがレティシア・ルーン15歳最後の記憶である。
「お嬢様、お嬢様、朝ですよ。起きてください」
幸せのまどろみに負けずにうっすらと目を開けるともう会えるはずのない彼女がいた。
久しぶりのふかふかのベッドでも、眠気は一気に吹き飛び、驚いて起き上がる。
「シエル!?どうして」
「どうされました?お嬢様?」
「シエル、私は貴方を守れなかった。貴方だけはうわーん!!」
「お嬢様!?」
記憶の中の侍女のシエルは穏やかなお顔と笑顔ばかり。最後の時は・・。
シエルに飛びついて抱きしめると不思議そうな顔をするも、優しく背中を撫でられ涙が止まらない。しばらく泣き続け、ようやく涙が止まりシエルの顔を見上げると
「お嬢様、こちらで冷やしてください」
濡れたタオルを目元にあてられました。
シエル、濡れたタオルなんてどこから出しましたの?私の万能侍女は優秀なので突っ込んではいけませんわ。
目元を冷やしますが、号泣したため腫れはひきませんわね。このお顔を人に見せるわけにはいきませんわ。常に優雅で感情を出すことは許されませんので、確実にお説教が待ってますわ。
「お父様とお母様には気分が優れないので、食事はいりませんと伝えて」
「かしこまりました。軽食もお部屋にご用意しますね」
「ありがとう」
シエルは私の意図を察して笑いながら出て行きました。
泣き腫らした顔では部屋から出られませんわ。
お父様もお母様も私に興味はありませんが、礼儀に厳しい方なので泣いたと知られれば恐ろしいお説教は確実ですわ。お母様の恐ろしいお説教を思い出したら寒気が・・。
さて、私は閉じ込められていたんですが、どうして自室にいるのでしょうか?
申し遅れました。私はレティシア・ルーン。
フラン王国ルーン公爵家長女として生を受けました。
フラン王国は精霊の加護により自然豊かな魔法が盛んな穏やかな国です。広い世界の中でも医療と魔法はトップクラスと言われ一目置かれる国です。
父のルーン公爵は宰相。
ルーン公爵家は宰相一族。建国から王家に仕えており歴史もあり、領地も広大、王太子の後ろ盾に申し分なく私は第一王子殿下の婚約者に選ばれました。
私は王妃にも殿下に興味はありませんでしたが、貴族の務めとして王妃教育は真剣に受けましたわ。
周りの令嬢からは羨望の眼差しで見られ、殿下とも友好な関係を築いていましたわ。あの時までは・・。
12歳から18歳まで全寮制のステイ学園に通います。
貴族と魔力持ちは義務ですが、平民も能力やお金があれば入学試験さえ受かれば通うことができますわ。
ステイ学園を卒業すると一人前の成人貴族として認められます。法律ではありませんが慣習です。貴族の世界は慣習ばかりです。
貴族についての話は長くなるのでやめましょう。
私が3年生の時にリアナ・ルメラ男爵令嬢が転入してきました。
ルメラ男爵夫人が亡くられてすぐに後妻とリアナ様は引き取られました。
ルメラ男爵と愛人の娘のリアナ・ルメラ様は平民生活が長いためか貴族としての意識が欠けておりました。
出会いを思い返すと今でも頭は痛くなりますわ。
私は学園では婚約者である第一王子クロード殿下と共に過ごすこともありました。
クロード殿下と廊下を歩いていると、ドンと背中に衝撃が走り腰を引っ張られました。
「レティ!!」
クロード殿下の手が腰にまわり、支えてくださったおかげで転ばずにすみましたわ。転ぶのは淑女としてはしたないので、感謝を告げる前に後からバタンと音が聞こえました。
「きゃぁ!!痛い」
大きな明るい声に振り返ると後ろには座りこんでいるリアナ・ルメラ男爵令嬢。
「いたたた、あ!?ごめんなさい。大丈夫ですか?」
貴族は下位の者から上位の者に話しかけることはありえません。
廊下を走るのも淑女の嗜みとして非常識です。そして王族には礼をして道を開けるのは幼子でも知っている常識ですわ。
「ルメラ様、不敬ですわ」
「レティ、構わないよ。学園では平等だろう。大丈夫?」
クロード殿下がずっと座っているルメラ様に手を貸し助け起こすと、殿下の手を両手で握りじっと見つめられました。
「ありがとうございます。殿下はお優しいのですわね」
クロード殿下に可憐な笑顔でお礼を言われ、立ち去られていきましたわ。礼もしませんの!?
クロード殿下はルメラ様の背中を見つめ、周りの殿方も見惚れております。
殿方は頼りになりませんわね。
「殿下、学園は平等とはいえ社交の場でもありますわ。ルメラ様の態度は許されませんわ」
「彼女はまだ慣れていないだけだよ。それに学園では平等だ。王族も貴族も関係ない。学園にいる間は自由にさせてくれないか」
穏やかに微笑むクロード殿下に私は呆れを隠して得意の令嬢モードの淑やかな笑みで微笑み返します。
「わかりましたわ。余計なことを申しましたわ。申しわけありません。殿下はどうぞ羽を伸ばされてくださいませ。邪魔者は退散致しますわ。失礼致します」
「え!?レティ、待って!!」
殿下の声など聞こえませんわ。学園で平等とおっしゃるなら、私の行動も許されるでしょう。王宮ではありえませんが。
これがルメラ様との出会いですわ。
ルメラ様は平民育ちのためか感情を素直に表現されます。
ふわふわの髪にくりっとした大きな瞳を持ち可愛らしく、いつも殿方に囲まれていらっしゃいますわ。
シエルいわく、殿方は素直で可愛い女性に弱いらしいです。
ニコニコと笑顔で褒め立て、上目遣いで見つめられればイチコロと黒い笑顔で教えてくれましたわ。
シエル、あなたの過去に何があったかは聞きませんわ。
そんなルメラ様にイチコロされたのか、殿下もよく一緒にいらっしゃいます。
もし殿下がルメラ様を側室にお望みなら、私がしっかり教育致しますわ。
殿下はルメラ様の無礼を許していますが、私は許しません。
ルメラ様の無礼を見つける度にお教えしてきたのですわ。
ふさわしくない貴族には指導するのは上位貴族の務めですもの。
例えば・・・。
ルメラ様がモン伯爵令息と腕を組んで庭を散策されています。
婚約者でもないのに腕を組み二人っきりで過ごすなど淑女としてありえませんわ。特にモン様には絶対に許されない理由がありました。
「ごきげんよう。ルメラ様」
「あら、レティシア様。ごきげんよう」
「ルメラ様、私は貴方に名前で呼ばれるほど親しくありませんわ」
「リアナと呼んでください。レティシア様」
「私は貴方に名前を呼ばれることを許していませんわ」
「どうして?私達はお友達でしょう?」
私はニコニコと笑うルメラ様と友達になった覚えなどありませんことよ。
この方のペースに飲まれたら負けですわ。そして湾曲した言い回しは通じないので、きちんと伝えないといけません。
「ルーンとお呼びくださいませ。私は貴方と友情を深めるつもりはありませんわ」
「ひどい!!私はレティシア様と仲良くしたいだけなのに」
上目遣いで見つめられても、無駄ですわ。ルメラ様に腕を抱かれて頬を染めているモン様には効果ありそうですがね。
私達は家として利のあるお友達しか作りません。そして教養も礼儀もない者を側におくことはありません。
「ルメラ様、モン様とは何をされていましたの」
「綺麗な花を見せてくれるって!!だから、一緒に」
「殿方と二人で会うことや触れることはいけませんわ。淑女として、何よりモン様の婚約者に失礼ですわ」
「レティシア様、ひどい。また私にいじわるを言うんですか」
ルメラ様の瞳から涙がこぼれました。
きっとまた取り巻きが集まってきますわね。
「無礼をお許しください。ルーン令嬢、嫉妬でリアナを傷つけるのは、おやめください。
リアナの愛らしさに殿下も心変わりされるのは、ご自身に理由があるのでは?」
モン様がルメラ様を背中に庇いましたわ。モン様、意味がわかりませんわ。
彼はサード・モン伯爵令息。
遅くにできた子のため、モン伯爵夫妻に溺愛されて育ったとの噂です。
伯爵家が公爵家に口答えなどありえませんけどね。そして発言を許していないのに話すことも。これで社交デビューしているなんてありえませんわ。
「モン様も不謹慎ですわ。婚約者のいる身でありながらルメラ様と二人きりに、」
「レティ!!」
クロード殿下の声が聞こえ、私とモン様は礼をとります。
「殿下!!」
ルメラ様が嬉しそうに叫ばれました。
無礼ですわ。貴方、先ほどの涙はどうしましたの?
「楽にして、王宮じゃないから」
「殿下、レティシア様を責めないでくださいませ。私がいけないのです」
ルメラ様がモン様の背中から抜け出し、殿下の腕に抱きつきました。王宮なら近衛に斬られる行為ですわ。嫌がる様子もなく殿下は私の前に立ち、穏やかな顔で見つめられました。
「事情を教えてくれないか」
「殿下、私は大丈夫です」
うるっと涙をためて殿下を見上げるルメラ様。
「私はレティに話を聞いている」
「レティシア様を怒らせてしまう私がいけないのです」
ルメラ様がポロポロと涙を流し、殿下がハンカチを差し出しましたわ。
モン様もルメラ様の傍に行き肩を抱いて慰めはじめました。
私はこの茶番に付き合わないといけませんの?
貴族の務めとして不敬とお伝えすべきかしら?平等の学園ですし、殿下がこの度重なる不敬を咎めませんし、殿下の幸せを見守るのも臣下の務めですよね。
「殿下、私は失礼致しますわ」
「レティ、待って!!離してくれないか」
私がルメラ様に貴族の務めをお伝えすると、よく殿下がルメラ様の傍に現れます。
殿下は影でも使っているのかしら?
影とは王族に使える方々ですわ。
護衛、情報収集と王家の手足であり隠密部隊。殿下の護衛として影を学園にお連れしているのは知ってますがお会いしたことはありません。
ルメラ様に貴族としての教えをお伝えするとすぐに涙を流され取り巻きや殿下に止められてきちんと指導できません。
「レティシア」
「マール様?」
「人避けの結界で覆ったから、いつも通りでいい」
「珍しいですわね。どうしましたの?」
結界の発動に気付きませんでしたわ。
リオ・マール公爵家令息。
マール公爵夫人は私の伯母にあたり、リオは従兄妹兼幼馴染です。
マール公爵は外務大臣。マール公爵家には、珍しい物が多くよく我儘を言って入り浸りましたわ。マール公爵がよくお土産にくださり、優しい両親と珍しいものに囲まれるリオを羨んだこともありましたわ。
リオとは学園に入学してからは距離を置いています。貴族の世界では、男女の友情は理解されず、下世話に解釈されます。王太子の婚約者に醜聞は許されませんので、火消しですわ。
シエルいわく、リオはエセ紳士ですが、外面、外見、家柄の三拍子が揃っており令嬢達の憧れの的ですわ。婚約者がいないため令嬢達のアピールは凄まじいですが、気付かないフリをしてサラッとかわすリオは、相変わらず性格が悪いです。
リオいわく、性格が良かったらお前の傍にはいられないからな!!失礼ですわね。
「前にも言ったがリアナ・ルメラには関わるな。あいつは危険だ」
「ルメラ様はこのままでは、貴族としての示しがつきませんわ。もし殿下が側室に望むのなら尚更ですわ」
「それはない」
「リオ、気遣いは不要ですわ」
「俺の話を聞いてくれ!!お前の勘違い暴走癖変わらないな」
「失礼ですわ。お子様には難しいと思いますが、私は殿下の気持ちをお見通しですわ。殿下の幸せを叶えるのは、臣下の務めです」
「殿下の幸せを思うなら、殿下の話をしっかり聞いてやれ。
まぁ、今はいい。お前の気持ちもわかるが、リアナ・ルメラには関わるな。あと第二王子にも。最近きな臭い。シエルにも探らせるな。あれはお前の手に負えない。お前が力不足だからじゃない」
「事情は教えてくれませんのね」
「確証がない。俺はお前の味方だ。シア、わかってくれるよな?」
「シア、久々に呼ばれましたわ。仕方ありませんわ。リオがルメラ様を好きでも私は殿下の味方ですわよ」
「それはないから。俺は可憐な花より凛とした花が好みだ。リアナ・ルメラと取り巻きには近づくなよ。第二王子殿下にも」
「わかりましたわ。リオ兄様も、無理はしないでくださいね」
「俺は優秀だから心配するな」
「昔から自意識過剰なところは変わりませんわね」
「お互い様だ。結界解くよ」
「髪をくしゃくしゃにしないでくださいませ」
「懐かしいなぁ。じゃあな。くれぐれも気をつけろよ」
私の頭を優しく撫でて爽やかに笑うと、パチンと結界が解除されたので顔を引き締め穏やかな顔を作ります。
リオは去っていきましたが、きっとすぐに令嬢達に捕まるでしょう。
モテる殿方は大変ですわ。
フラン王国王太子クロード・フラン殿下。御生母の正妃アリア様はマール公爵の妹君。
第二王子レオ・フラン殿下。御生母は側妃サラ様はシオン伯爵の姉君。
ご成婚後アリア様に御子が中々できなく多産で有名なシオン伯爵家よりサラ様を側室に迎えました。
そのあとしばらくして、アリア様の妊娠が発覚致しました。
正妃と正妃の子は王宮で育ちますが、側妃は離宮で過ごします。
レオ殿下は生まれた時から、臣下となるために教育されてきました。
国王陛下は派閥争いを避けるため継承権は正妃の子のみとされました。
正妃に子ができない時は特例で側室の子に継承権が与えられます。クロード殿下が産まれた時点でレオ殿下への継承権はありません。
陛下はサラ様達に不自由がないようにお心を砕かれていましても正妃と側妃、王太子と王子では差ができてしまうのは当然の事。
サラ様達がクロード殿下やアリア様を疎んでいると社交界で囁れています。
サラ様がクロード殿下に当たりが強いのは事実ですが王家のことは口に出してはいけないので、社交界では話しません。後宮のことが噂になっていること事体おかしいですが、王家が火消しを望まれないので私は沈黙を貫きます。貴族社会は情報戦。安易に情報を与えないように厳しく学んでおりますわ。
アリア様もサラ様がお嫌いですがこれも口に出してはいけませんよ。
「お嬢様、探りますか?」
「シエル、必要ないわ」
「余計なことを。失礼しました」
「ありがとう。貴方がいつも私のために動いてくれることに感謝してますわ」
「勿体ないお言葉です」
常に私に付き添うシエルに笑いかけると慌ただしい足音が聞こえました。
「ルーン公爵令嬢!!」
シエルが私を背に庇い、駆けてくる少年を静かに見つめました。
「無礼です」
「申し訳ありません。殿下がお呼びですのですぐに来ていただけませんか」
「殿下といえども、急に呼び出すなんて非常識です」
「お許しください。ですが殿下の命ですので」
シエルが側使えの少年と押し問答してます。
側使えの少年が小柄なせいか、シエルがいじめてるように見えてしまいますわ。
シエルは美人で背も高く見目麗しいですが、クールな所が勘違いされやすいですわ。
いつかシエルを着飾って遊びたいですわ。現実逃避している場合ではありませんわね。
「殿下には先ほどお会いしましたが、ご用件は?」
「無礼をお許しください。殿下がお話したいことがあるのでお連れしろとの仰せです。
用件は存じませんが、殿下が待っているので一緒に来ていただけませんか」
殿下が私を呼び出すなんて、おかしいですわね。
あの方は突然現れますし、待つより会いに行くほうが早いってタイプですわ。得意の転移魔法でいつも自由に飛び回ってますもの。
「シエルが一緒でもかまいませんか?」
「もちろんです」
「友人もお連れしていいかしら」
「殿下がお待ちなので、ご勘弁願います。あまりお待たせするわけにはいきませんので」
側使えを焦らせるなど殿下らしくないですわね。この子は顔に出すぎですわ。
王家の側使えにしては、違和感があります。
使用人は笑顔か無表情です。腹の探り合いが盛んなこの世界で素直なことは欠点にしかなりません。
側使えの教育も必要かしら。
「わかりましたわ。参りますわ」
「お嬢様!?」
「ありがとうございます!!ご案内します」
少年に満面の笑みを向けられました。尻尾があればブンブン振っていそうな子犬のような方ですわ。
私の弟にもこんなに可愛らしい時がありましたわね。エドワードは元気かしら・・。
少年の案内のもと歩いていると庭園を抜けました。サロンに向かっているのでしょうか?サロンも通り過ぎ、
「どちらに向かうのですか?」
「もうすぐですので、ご辛抱ください」
サロンを通り過ぎ、演習場も通り過ぎると離れが見えてみました。
このような場所に離れがあるとは知りませんでしたわ。
離れに近づくと違和感を感じ、足を止めました。
私は女の感は優れていると自負していますのよ。
「どうしました?あちらの離れで殿下がお待ちです」
「殿下には、手紙を書きますわ。後日にしてくださいませ。失礼しますわ」
「お待ちください!!」
私の言葉に逆らうとは、おかしいですわ。王宮なら辞職案件ですわよ。それに殿下は私に無理を強いる方ではございません。私が踵を返そうとすると新たな足音の主に息を飲みました。
「待っていたよ、レティシア嬢」
扉から第二王子、レオ・フラン殿下が現れました。
殿下ってそっちですか!?