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バトルのある悪役令嬢ものを書こうとしたら何かよくわからないものになってしまった短編

「あら、このていどの技すらかえせないだなんて。これだから平民は嫌だわ」


 いま、わたしはお尻をつきだすような姿勢でいる。


 とても学園で女の子がする格好じゃない。そんなことはわかっているし、わたしだってこんなはずかしい格好なんてしたくない。


 でもやめられないのだ。だって体を動かそうとするとすごく痛い。体の向きを変えようとしたら首やわき腹がミシミシときしむのだ。


 周りにいた人たちはきっとわたしを見ているだろう。バカにしてるかもしれないし、さげすんでいるかもしれない。相手の顔が見えないから余計にはずかしくなって顔がカーっと熱くなる。


 顔をあげられないわたしは下をむくしかない。

 視界に入るのは床にしかれた赤いじゅうたんと、わたしの顔の横でプラプラと揺れている女の子の白い足。シミひとつない肌は同性のわたしが見てもドキっとするほどキレイ。


 ものがたりのお姫さまはきっとこんな感じなんだろうな。でも、ものがたりのお姫様とちがうのはその筋肉。見ただけでわかる鍛え上げられたふくらはぎは儚さとは無縁で健康的。


 それがわたしの頭を押さえているんだから首が動かなくてあたりまえだ。


 彼女の足はとっても高そうな靴をはいている。平民のわたしでは一生買うことのできないような靴。


 ……ああ、そういうことか。


 ようやくわたしは理解できた。これは貴族の不興を買ってしまった罰なんだ。


 でも納得はできない。


 だって前からきた女の子に挨拶しようとしただけのなにが悪いの?


「エリザベートさま、さすがです」


「惚れ惚れする技の冴えですわ」


「これで平民も身の程をわきまえることでしょう」


 キレイな足の子のまわりにいた人たちが彼女をたたえている。この学園には貴族しかいないので、彼女の存在は貴族のなかでも別格のようだ。


「芋くさい顔の子がレッドカーペットをまっすぐ歩いてくるからどれほどの者かと思いましたが、まったくの期待はずれですわね。技から抜けだす気力もなさそうですしこれで終わりにしましょう」


 その言葉とともに、首や腰にかかっていた力がゆるんだ。


「へぶっ」


 支えがなくなったらこうなるよね。

 ううう、鼻とおでこが痛い。


「まあ。受け身もとれないだなんて」


「まともな教育をうけてこなかったのかしら」


「ほんと。よくそれでこの学園に入学できたものね」


「「「おほほほほ」」」


 取り巻きたちの言ってる意味はよく分からないけど、バカにされていることだけはさすがの私にもわかる。とりあえず、このままじゅうたんに倒れているとさらにバカにされちゃう。はやく起き上がらないと。


「うふふ、みずから技のかけやすい体勢になってくれるだなんて。殊勝な心掛けだわ」

「え? 」


 声はすぐ近くから聞こえてきた。


 具体的にいうと私の脇の下から。どうしてそんなところに頭を突っ込んでいるんだろう。私にはわからない。わかりたくないよ。お腹にがっちりと回されている両腕とか意味不明。


「わあああ」


 空を飛ぶってこんなかんじなのかな。すべての重さから解放されて自由になるのって気持ちいいんだね。私、生まれ変わったら鳥になりたいなー。


 ◇


「いったいこれは何の騒ぎだ? 」


 一人の少年が階段を降りてきた。ホールにいた生徒たちは彼の姿を目にとめると一様に姿勢を正し、道をゆずる。そのなかで唯一、自然体のままでいたのは、たったいま平民の少女を投げ飛ばしたエリザベートだけである。


「いえ、この学園のルールというものを新入生に教えてさしあげていただけですわ」


 ブリッジした体勢から起き上がり、学生服の汚れを手で払う。


「それにしてはやりすぎではないのか? 彼女はまだこの学園のことをよく知らないはずだ」


「ですから、この私――エリザベート・ラタトゥイユが直々に教えて差し上げたのです」


 肩にかかる金色の髪をかきあげながらエリザベートは言う。


「もちろん、ちゃんと手加減はしましたわ。でもあそこまで素人ではあまり効果はなかったかもしれませんが」


 いまも仰向けの状態で目を回したままの少女を愉快気に眺めている。


「……はあ。この少女は俺が医務室につれていく。かまわないな? 」


「カイル王子がそのようなことをせずとも、しばらくすれば勝手に目を覚ますのでは?」


「そのあいだ他の者たちがいらぬちょっかいをかけないとも限るまい。彼女は平民だからな」


「お好きにどうぞ」


 ◇


「う、ううん」


「目が覚めたか」


「? 」


 顔をむけると男のひとが椅子に座って本を読んでいた。


 学生服を着ているからこの学園の生徒なんだろうけど、物腰や雰囲気から一瞬、先生かと思った。

 その男子生徒は本にしおりをはさみ机のうえに置く。きっとわたしが運ばれてきてからずっとそばにいてくたんだろう。しおりの位置はかなり後半だ。


 だとしたらもしかして寝顔を見られていた? いびきとか掻いてたらどうしよう。


 なんか無性にはずかしくなって、ベッドから起き上がろうとしたんだけど。


「いたた」


 頭のうしろがズキズキと痛んだ。手でさわってみると大きなタンコブができていた。


「無理はするな。医師は骨に異常はないと言っていたが安静にしているべきだろう」


「あ、ありがとうございます。えっーと……お名前は」


「ああ、すっかり忘れていた。そうだな名乗らないとふつうは分からないものだよな。 俺は三年のカイルだ。この学園の生徒会長をしている」


「せ、生徒会長!? わ、わたしは……」


「自己紹介なら不要だ。すでに知っている。学園長におまえのことを推薦したのは俺だからな」


「え、ええええええ。そうだったんですかあ!? でもどうしてわたしを」


 カイルさんはそこでわたしから視線を外すと、


「ひと月ほど前だったか。俺は老婆を助ける女を見かけた。そいつは壊れて動けなくなっていた荷馬車のかわりに、山のように積まれていた荷物を一人で背負っていた。あとで調べさせたらそこから一キロも離れた取引先へ歩いて持っていったらしい」


「あっ……」


「覚えがあるだろう。その女がおまえだ。俺はその異常ともいえる肉体に惹かれた。こいつは強くなると」


「まさかわたしの体が目的だったなんて」


「そうだ。だが超人的な肉体があってもそれを活かす技を身につけなければ宝の持ち腐れだ。そこでおまえを鍛えるため生徒会の書記に任命する。ちなみに拒否権はないからな」


「あの、肝心なことを聞きたいんですけど、どうして強さが必要なんですか?」


「まだ説明してなかったな。なあ、貴族がたしなむものはなんだと思う? 」


「えーと、ダンスとかですか? 」


「世間一般の認識はおおむねおまえと同じだろう。我が国でもひと昔前は、毎日のように舞踏会が行われていた。しかしいまは違う。役に立たない踊りは廃れ、格闘技こそが貴族の修めるものとなったのだ」


「ええええええ」


「貴族の子弟がかようこの学園でもそれは同じだ。強き者が上にたつ」


「じゃ、じゃあもしかして生徒会長は……」


「最強であらねばならない」


「そして次期生徒会長におまえをすえようと思う」


「ええええええ」


「当然、それを阻止しようと多くの刺客がおまえの元に現れるだろう。だが案ずるな。おまえの肉体に俺の技をしこめば有象無象など敵ではない。ハハハハ」


「ええええええええ」


 こうしてわたしは拳力闘争に巻き込まれるのだった。

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