私、デキるの
長かった。
延々と履歴書を書いて送り続ける手間暇にも、職務経歴書に目を通したとは思えない面接官からの下らない質問にも、だんだん投げやりになってきたハローワーク職員からの強引なマッチングにも、もう関わらなくても済む。
決めたのだ。
自分を選んでもらおうなんて考えるから、無駄に卑屈にならざるを得ない。私が会社を選んでやれば、会社側は感謝こそすれ、尊大な態度などとれなくなるはずだ。
卑屈にならなくてはならないのは、自分ではなく相手のほうだ。
何故なら、私のような人材は、この会社には勿体無さすぎるから。
私が関わってきた職場には大体同じパターンがあった。
良く言えば自発性を重んじた、悪く言えば丸投げな職場に当たるたびに、この部署は今までどうやってやってきたのだろうかと疑問を持ち続け、そしてやっと理解した。
誰も何もやっていないのだ。
定期的に巡ってくる人事異動を当てにして、必要最低限の事すらろくすっぽやらず、文句を言ったり愚痴を垂れたり言い訳することで勤務時間をやり過ごしている。
本当にしなければならない仕事は、雇い止めに怯える派遣か契約社員に回しておく。
上司は社内における成功者であるが故に他者の努力なんか認めようとはしないのに、地道な仕事に苦労する意味などどこにあると言うのか。どうせ異動になってしまえば役に立たなくなってしまうスキルを、引き継ぎなんて全く受ける気のない後任に教えたところでどうなると言うのか。
正社員は人脈だけ築いておけばいい。アウトソーシングされるだけならともかく、AI化の対象にされてしまうような業務に真剣に取り組んだって、マトモに評価されるわけもない。
スキルアップに躍起になるより、めぼしい人物にゴマをすって存在感をアピールした方がずっと手っ取り早い。
そういう発想が世の不景気に正当化されて定着していて、企業は結構引き返せないところまで来ている。
そして大企業になればなるほど、この傾向は強い。
所謂コネクション入社が結構な幅を利かせているから、脳みそをろくすっぽ使ってこなかった権力持ちが、プライドの赴くままに勘違いした「効率化」を推進した賜物だ。
近年大企業がいきなり崩壊してしまう遠因はここにあるのではないかと私は密かに思っている。
私は立ち止まり、目の前にあるビルを見上げた。
派遣をしながら取得してきた、数々の資格と業務スキル。
それらを活かす? …とんでもない!
今日から私はこの会社の正社員なのだ。
正々堂々と、正社員らしく働かせてもらうまで。
そう。正しい正社員の働き方で。