幼馴染と夏祭りと花火と、そして……
「春斗ー。こっちだよこっち!」
人ごみの向こう側から優美が声をかけてくる。
「ヤバいな、この人」
「ね。楽しくなっちゃう」
「昔から変わんないな、そういうお祭り好きなとこ」
「とか言ってるけど、春斗だって楽しみなくせに」
「そりゃ、まぁな」
「クールぶってるー」
「うるせぇ」
なんか久しぶりだな、こういうやりとりも。
子どもの頃は町内会の夏祭りに二人揃って駆けだしてたのを思い出す。
「ていうかさ、なんか言う事ないの?」
「馬子にも衣装」
「なにそれー」
冗談にケタケタ笑う優美。
その浴衣姿は新鮮だ。
「似合ってんじゃねぇの?」
「褒めるの照れ臭い?」
「褒めたら照れるのは優美だろ」
「ないない。そんなことない」
「めっちゃかわいい」
「な!? な、なに言ってるの!?」
「照れてんじゃねぇか」
「もうっもうっ」
ていうか叩くな痛いから。
「春斗なんか知ーらない」
「待てっての。そんなに急ぐとこけるぞ」
「べー」
あー、ヤバい。
祭りの熱気に当てられたのか知らないけど、優美が可愛く見えてしょうがない。
あれ、マジで俺の幼馴染か?
「春斗。とりあえずたこ焼きと焼きそばでいい? あ、お好み焼きもある。ねえねえ、どれから買う?」
「うん。お前は間違いなく俺の幼馴染だ」
「? なになに。どういう意味?」
「浴衣着てるのに食い気かよって話だ」
「えー、でも食べたくない?」
「食べたい」
こんだけソースの匂いがしてれば、腹減るに決まってる。
「どうしよ。どれから行く?」
「あんず飴」
「あー」
「何だよ」
「変わんないなぁって思って。昔から好きじゃん、あんず飴」
「みかんのやつな」
「前から思ってたけど、それってあんず飴じゃなくてみかん飴じゃない?」
「そういう屁理屈言う奴にはあげないぞ」
「あー! ウソウソ。美味しいよねあんず飴。だから頂戴ー」
結局食い気じゃねぇか。
「えー、そこで買うの?」
「だってみかんのやつ売ってるし」
「ルーレットじゃなくてピンボールみたいなやつにしようよ」
「あー。優美、あれ好きだもんなぁ」
「楽しいよね、あれ」
「え、でも無くね?」
ていうか、そもそもあんず飴を売ってる屋台が見当たらない。
「ちょっと歩けばきっとあるよ。ほらほら行こー」
「あ、おい。あんまりひっぱるなよ」
「あれー? もしかして春斗ってば恥ずかしいのー?」
「は? そんなわけないだろ。今更優美と手を繋いだくらいで何か思うわけないだろ」
強がりです。内心めっちゃドキドキしてます。
だって、手がやわらかいんだぞ!?
「ふぅん。私はちょっと、ちょっとだけ、恥ずかしい……かな」
「お、おう」
「行こ」
「おう」
──こういう時どうすればいい!?
「あ、見て見て春斗。ラムネが売ってる」
「うわ、今めっちゃ炭酸飲みたくなった」
「ねー。買お」
とかなんとか言ってる間も手は繋いだまま。
「ラムネ飲むならたこ焼きか焼きそばも食いたい」
「あ、いいね! それも買おう」
って言ってる間も手は繋いだまま。
「あ、春斗。私にも食べさせてー」
「いや、自分で食えよ」
「だってだって手が塞がってるんだよ」
そりゃそうだろうよ。
手を繋いだままなんだから!
え、何。何なのこれは、離したらなんか罰ゲームでもあるの!?
「へへ。美味しーね」
「だな」
まあ、いいんだけどさ、別に。
「なんかさ、久しぶりだね。こういうの」
「そうだな。最近はあんまり優美と遊ぶこともなかったからな」
義姉さんたちがいるからな。
「昔に戻ったみたいで楽しいよ」
「だからって手を繋ぐのはやり過ぎな気はするけどな」
「やっぱり照れてる?」
「お互い様だろ」
優美だってさっきから顔真っ赤じゃねぇか。
「春斗って昔からそういうとこは変わらないよね」
「なんだよ、そういうとこって」
「変に意地っ張りなとこ。照れくさいなら離せばいいのに」
「それでお前に泣かれても面倒だからな」
「あー! 何それー!!」
「すぐびーびー泣いたじゃねぇか。号泣しながら写ってた写真もあっただろ、確か」
優美と知り合ってすぐぐらいの時だっけか、あれは。
「さすがにもう泣かないってばぁ」
「どうだか」
いっつも義姉さんたちに色々言われて泣きそうになってるのは誰だよ。
「あ、見て見て春斗。花火!」
「もうそんな時間か」
「場所取り忘れてたね」
「いいだろ、ここでも見れるし」
「人、多いけどね」
「今日はどこも同じだって」
何しろ夏祭りだ。大勢の人が集まってきてる。
「ねえ、春斗。もうちょっと人が少ないとこに行かない?」
「て、言ってもな。どこがあるよ」
「こっち」
「あ、おい」
何だよ、優美のやつ。そんなに引っ張って。
「そんなに引っ張るなよ」
「いいから、こっち」
ていうか、今向かってるのって花火とは反対方向だよな?
どこ行く気だよ、こいつは。
「おい、優美。お前どこまで行く気だよ」
「もうちょっと。あとちょっとで着くから」
いや、さっきからそればっかじゃねぇか。いい加減たこ焼きも冷めてるぞ!?
「春斗」
「いきなり立ち止まるなって」
ていうか、どこだよここ。
こんなビルの合間じゃ花火も見えないじゃん。
「あのね、春斗。今日はその、どうしても言いたいことがあって」
「何だよ、改まって」
「あの、あのねっ」
「いいから一旦落ち着けって。ほら、たこ焼き。冷めてるけど」
「あ、ありがとう。はぐっ、もぐっ」
「いやいや、だからそんなに慌てるなって。そんなに急に食べると」
「食べた!」
「あ、そう」
そこは喉に詰まらせるのがお約束じゃねぇの?
や、いいんだけどさ、別に。なんか拍子抜けた。
「冷めたたこ焼きは美味しくないね」
「お前が言うか」
「確かに」
なんなんだよ、さっきから。
「あ、雨」
「え」
呆ける優美の声をかき消すように、大きな雨粒が徐々に数を増す。
「これ、ヤバくね? 絶対強くなるぞ」
「あー。そっかぁ」
「優美、ひとまず駅まで行くぞ!」
「りょーかい」
ふっと何か息を抜くような返事だった。
俺たちは強くなっていく雨脚に急かされるように駅への道行きを急ぐ。
「春斗」
「何?」
「また今度ね」
「? ああ」
そうして最後は雨に降られて、夏祭りは終わった。