二人っきりの旅行~冬華編~
ifルート:冬華編です
「こんな時間に出ないでも、朝一に電車で行けばよくない?」
「春斗君は社会人というものをわかってないです。いいですか、時間というものは有限なんですよ」
「だからってそんな恰好じゃなくてもよかったんじゃ……?」
それ、明らかに仕事帰りだよね。
「変でしたか? 春斗君が一緒ですし、さすがにジャージはあれかと思ったんですが」
「よく似合ってる。ばっちり。何の問題もない」
「そうですか? ふふ、気合入れて正解でした」
喜んでるとこ悪いけど、つまり普段はジャージで出退勤してるってことだよね?
いいの? 年頃の女性がそれでいいの?
「あ、春斗君。酔い止めいります?」
「もらっとく」
まあ、冬華姉さんが楽しそうだし、野暮なことは言いっこなしで。
「そうだ。春斗君」
「なんでしょう」
改まれると、悪い予感しかしないよ!?
「その、旅行中は私のことを、『冬華』と呼んでくれませんか……?」
「……わかった」
「やった」
幸せがやっすいなこの女!?
その程度でそんな嬉しそうにしてんじゃないよ!
って、俺はこの人のオカンかよ。……確かに手はかかるけど。家事出来ないし。
「あ、春斗君。そろそろ出発するみたいですよ」
「そうだね」
「むー」
えー、何むくれてんのこの人。
「そこは“わかったよ、冬華”って名前で呼んでくれるとこじゃないんですか?」
「……」
「あ、今“めんどくせーな、この女”って思いました?」
「いいえ。全くこれっぽっちもそんなことは思ってません」
建前では。
「旅行だからってあんまりはしゃいじゃダメですよ」
「はしゃいでるのは冬華の方だろ」
「──ッ!? ♪」
だから幸せが安すぎない!?
名前呼んだだけでそんなに瞳を輝かせないでッ!!
▼
やばい。冬華姉さんってこんなにチョロい女だったの?
旅館に着いてすらいないのに、すでに旅行を堪能しまくってる。
俺に名前を呼ばれるという、たったそれだけで。
例えば、
「待ってください春斗君。サービスエリアに寄ったのに、トイレに行くだけなんですか?」
「この時間のサービスエリアで他に何するのさ」
外に出てたケータリングが閉め切ってたの見たよね!?
「ふふふ、甘いですよ。サービスエリアのグルメはケータリングだけにあらず! さあ、売店に行きましょう!!」
「ちょっ、手を引っ張らないでって! 冬華!」
「あ。えへへ」
なんて満面の笑みを浮かべたり。
もしくは、
「春斗君。眠くなったら私にもたれていいですからね」
「半分寝てるのはそっちじゃないか。疲れてるなら寝る?」
「うぅん」
「いや、肩に額をぐりぐりされてもわかんないかな」
これはもう眠らせる気ないよね!?
冬華姉さんの匂いがするせいで、逆に目が覚めたけど!?
「疲れてるなら寝なよ」
「でも、春斗君との旅行ですしぃ」
「着いてからいっぱい楽しめばいいだろ」
「でもぉ」
「いいから。ほら、このままもたれていいから。着いたら起こすし。冬華は寝てな」
「あー」
「何?」
「名前、呼んでくれましたぁ。えへへ~、春斗君~。すー」
華麗過ぎる寝落ち!
えー、その流れで落ちるの!?
俺のこの色々と持て余す感じはどうすればいいの!?
とかな。
まあ、つまり。
着くまでですでに色々と大変でした。
▼
「到着ー」
「ああ、ずるいですよ春斗君。私も畳に転がりたいのに!」
そこ競うとこ!?
「和みますねー。やはり日本人にとって和室は癒しですねー」
「うちもリフォームする?」
「いいですねー。あ、でも和室になったら春斗君の大奥って感じなっちゃいますね」
「待って、それは意味わかんない」
「そうすると今は後宮でしょうか?」
「余計に意味わかんないから」
だらけきったバカな会話だ。
「もう何もしたくありませんー」
「とか言いつつなぜ抱きついてくる?」
「疲れた義姉には義弟が一番の癒しなんです」
「怪しい健康商材みたい」
「春斗君は怪しくないですよー。私の特効薬なんですから」
抱きつかれるのは秋ねえで慣れた気がしてたけど、気のせいでしたね。
ていうか、胸! 胸が当たってるから!!
なんて言うのも、最近はなんだか今更な気がしてきてます。
「ねえ、温泉行かない?」
「混浴ですか?」
「いえ、男女別です」
「何でですかー。混浴でもいいじゃないですかー」
そんなこと言われても知らないからね!?
旅館に聞いてください!
「ほら、行くよ」
「じゃあじゃあ、入浴後の牛乳は一緒に飲みましょうね。私はフルーツ牛乳がいいです」
「俺はコーヒー牛乳かなー」
「あ、いいですよね、コーヒー牛乳。私も好きです」
フルーツ牛乳はどこ行った。
「それじゃあ、絶対に先に部屋に戻っちゃダメですからね!?」
「はいはい。わかってますよ」
とか言いつつ別れたはずなんだけどなあ。
それがなんで、
「春斗君。いいお湯ですねー」
「あー、そうだねー」
壁越しで話してんだろうね!?
「すごいです。貸し切りですよ」
「そりゃこんな時間だしね」
まだ7時前だし。誰もいない。
「着いて早々に温泉に入って正解でしたね」
「そうだねー」
まずい。体があったまって逆に眠くなってきた。
「春斗君。今日の予定はどうしましょう?」
「のんびりしようよ。冬華も疲れてるでしょ」
「あ、あ。春斗君!」
「何ー?」
「名前! また呼んでくれましたね!!」
……。呼びましたが!?
もしかして名前呼ぶたびにこんなやりとりするつもり!?
「ちなみに春斗君」
「なんでしょうか、冬華さん」
「あ、その呼び方もいいですね。いつか採用します」
お好きにどうぞ。
「ところで春斗君。私はそろそろ眠くなってきました」
「奇遇だね。俺も眠くなってきたところです」
「上がりましょうか」
「だね」
「あ、フルーツ牛乳飲むんですから、先に戻っちゃダメですよ?」
こだわるね、そこ!!
ということで風呂上がりのいっぱいを楽しんで部屋に戻ってきたわけだけど、
「春斗君」
「何?」
「どこにも行きたくないです」
「見ればわかる」
畳の上にぐでーっと伸びた冬華姉さん。
「温泉でふやけたの?」
「おっぱいはぷるぷるしてますよ」
「そこは聞いてない!」
「興味あるなら触ります?」
「あんた本当にフルーツ牛乳飲んでた? 酒じゃないよな?」
「失礼ですねー。お酒飲んだらもっと色っぽくなりますよ、私は」
「誰も聞いてないからね!?」
ああ、やばい。
このぐだぐだした感じ、超楽しい。
「春斗君」
「……んー?」
「寝てましたか?」
「ちょっとだけ。ごめん、起きる」
「いいですよ、そのままで。よしよし」
「……何してんの?」
「春斗君を抱きしめて頭を撫でてます」
うん、それはわかってるっていうか、もう何でもいいや。
とかなんとかやりつつ、ぐだぐだしては温泉に入り直して、温泉に入ってはぐだぐだしてを繰り返してたら、すっかり日が暮れていた。
「だから言ったじゃないですか。お酒飲んだらもっと色っぽくなるって」
「あー、はいはい。わかったから」
あれー? 冬華姉さんってこんな絡み酒だった!?
ていうか、食堂でそんなに飲んでた!?
「もー、春斗君ちゃんとこっち向いてください」
「この体勢でどうしろと!?」
「そんなこと言う子はおしおきですー」
「って、危ない!」
いきなりこっちに倒れ込んでこないでくれない!?
「んふふー。春斗君、大好きですよー」
「冬華姉さん!?」
あ、これヤバい流れだ。
「そんな呼び方しちゃダメですよー」
「ちょっ、わかったから体の上からどいてって」
「嫌ですよー」
のしかかってくる重さ、温泉とお酒と、そして汗の香り。
それらに包まれた瞬間の甘い陶酔感。
「春斗君」
「冬華」
そうして名前を呼び合う頃には、部屋の電気は消えていた。
▼
「何て言うか。普通に観光地だったんですねー」
「それなー。昨日はずっと旅館だったから気づかなかったー」
二人揃ってアホ丸出しなことを言いつつ、温泉街を散策する。
「定番の温泉饅頭は外せませんね」
「そんなに食べて帰りのバス大丈夫?」
「大丈夫です。ほら、行きも酔わなかったじゃないですか」
「そりゃそうだ」
半分以上寝てたからね!
あーあ、そんなに食べて。俺知らないぞ。
「お土産、どうしましょう?」
「秋ねえと夏希姉ちゃん?」
「それと、学校ですね」
「あー、先生たちか。ばら撒きお菓子でいいんじゃない?」
職場のお土産ってやっぱり気を遣うんだろうか。
「見てください、春斗君。このキーホルダー!」
「なにこれ」
え、マジでなにこれ!?
ね、猫? 犬? あ、狐……? わからない。
「かわいいですね!」
「そのセンスはわからないわー」
かわいい? これが?
「かわいいですよ。よく見てください」
「いや、よく見たからこその発言なんだけど?」
「春斗君、もっとセンスを磨かないとダメですよ」
「そのセリフ、そっくりそのままお返しします」
これをかわいいと言うセンスは俺にはないわ。
「よし! 秋奈と夏希にはこれを買って帰りましょう!」
……マジか。
何言われても知らないぞ。
▼
「春斗君。ちょっと目をつむってていいですか?」
「ほらぁ、だから言わんこっちゃない」
案の定酔ってるし。
「うう、こんな姿を春斗君に見られるとは」
「安心して、もっとすごい姿見てるから」
普段、自分がどれだけだらしないか自覚した方がいい。
「春斗君」
「え、何。なんでそんなに睨んでるの?」
「それはセクハラです」
「え、あ。いや、ちがっ」
そういう意味じゃないから!!
「春斗君。また来ましょうね」
「そうだね」
そうしてバスは帰路を進む。
ここからまた共通ルートに戻っていきます。
日曜日か月曜日に投稿予定です!




