二人っきりの旅行~秋奈編~
ifルート:秋奈編です
「なぜ……?」
「はる君~、出国ロビーはこっちだよ~」
「なぜ……???」
どうして俺は空港の、しかも国際便の出国ロビーを目指しているのです?
「急がないと飛行機に間に合わないよ~」
そして秋ねえがそんな俺の腕を引いているのはなぜ?
「はる君のパスポートはこれ~」
「なんで秋ねえがそれを持ってるの!?」
「はる君が忘れそうになってから~」
「そっか~、じゃなくて!! なにこれ!? なんで俺は秋ねえと海外に行こうとしてるの!?」
「ん~? だって~、はる君と旅行に行くんでしょ~?」
「そうだけど! 確かにそう言ったけど!!」
今聞きたいのはそこじゃない!!!
「百歩譲ってパスポートはいいとしよう。でも費用は!? お金は!? さすがに海外旅行に行けるほどのバイト代は入ってないよ!?」
「私がはる君にお金出させるわけないじゃん~。全額私持ちだよ~」
「マジで!?」
「ぶい~」
そりゃ得意げにピースされるわ!
いや、じゃなくて!!
「元々俺が旅費を出すって話だったじゃん!」
「その話長い~? ちょっと急がないとまずいよ~」
「納得出来ないままに駆けだすこの感じ。モヤモヤする!」
「はる君は繊細だな~」
そういう問題じゃないと思う!!!
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「で、結局飛行機に乗ってるし」
「楽しみだね~」
「どうしてこうなった……」
しかもここ、エコノミーじゃないし。
え、なにこれ。俺が考えてたのはもっと気楽な旅行だったはずだけど!?
「着くまで時間かかるから寝てた方がいいよ~」
「って、ひとりでさっさと寝る体勢に入らないで!」
「もっとお話しする~? でも~、11時間ぐらいかかるから~、寝てた方がいいよ~」
「何それ聞いてないよ!?」
「あはは~。おやすみ~」
だから寝るの早いって!
「到着~」
本当に来てしまった。本当に外国だ。聞こえてくる言葉がまるで馴染みないし……。
「ていうかさ、秋ねえ。ここどこ?」
今更過ぎる質問。
でもしょうがなくない? 秋ねえってば機内はずっと寝てたし!!
「タヒチだよ~」
「どこそれ!?」
「ハネムーンのメッカ~」
……なんだって?
▼
「ということで~、ホテルは水上コテージ~」
「すげぇ。テレビで見たことあるやつだ」
「日本の海よりきれいだよね~」
ていうか、さっきから気になってたけど……。
「秋ねえって海外よく来るの?」
「たまに~。学会の発表とか~」
……マジか。なんか違う世界の話をされてるみたい。
「はる君も~、パスポート持ってたじゃん~」
「一回だけ親父の海外出張についていったことがあるだけだよ」
たまたまゴールデンウイークだったしな。
「さ~てと~」
って、何いきなり脱ぎだしてんの!?
「秋ねえ!!」
「ん~、何~?」
「着替えるなら言って! 外出るから!!」
おっぱいが! 秋ねえのデカい胸が!! 目の前に!!!
「あはは~、いちいちいいよ~。お風呂も一緒の入るんだし~」
「……は?」
「それとも~、はる君は温泉の方がよかった~」
「いやいや、そういう問題じゃないから!! え、何。風呂一緒?」
「そりゃそうだよ~。コテージだよ~、ここ~」
確かに。
って、納得してる場合じゃないから!!
「今更慌てても遅いよ~」
「笑いごとで済ませていい問題じゃないからね!?」
ていうか、よくよく考えたらこんなワンルームみたいな部屋で秋ねえと過ごすの?
なんか色々ヤバくない?
「ほらほら~、はる君も着替えて~」
「いつの間にこんなものを」
「頼んどいたの~」
なんか、なんか。秋ねえのスケールってすげぇ!!
「ていうか、秋ねえって引きこもりじゃなかったの?」
それとはかけ離れたアグレッシブさじゃない?
「やりたい事なければ~、そりゃ~、引きこもるよ~」
さいですか。
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「のんびりしてていいよね~」
「未だに外国に来た衝撃が抜けないんですが」
「はる君って意外と繊細だよね~」
「こんな強引なことされたら誰だってこうなるからね!?」
俺が特別みたいに言わないで欲しい。
「じゃあ~、来なければよかった~?」
「そうは言ってない」
「素直じゃないな~」
「せめてもの当てつけだよ」
何しろこれだけきれいなビーチを散策しているんだ。
文句は早めに言っておかなければほだされてしまう。
「まだ日が高いし~、市内の方行ってみる~?」
「土地勘ないから任せる」
「私も初めて来たんだけどね~」
「……不安になるようなこと言わないでくれない?」
「あはは~。大丈夫~、なんとかなるよ~」
本当だろうな!?
「やっぱり日本と全然違う」
街並からして外国って感じだ。
「タヒチって~、フランス領なんだよ~」
「あ、だから標識とかもよくわかんないんだ」
英語表記はまだ読めるけど、他は全然意味わかんないし。
「あれは~、フランス語とタヒチ語~」
「秋ねえ、読めるの?」
「フランス語はね~」
「……マジで?」
「あと~、ドイツ語と~、中国語と~、韓国語ならわかるよ~」
「…………マジで?」
「はる君~、同じ反応になってる~」
そりゃなるでしょうよ!?
「え、待って。なんでそんなにわかるの?」
「ん~? 暇だから覚えた~」
「ごめん。その感覚が理解できない」
え、暇だから? 暇だとそれだけの言語に精通出来るの?
ホント、なんでこんなにすごい人が家でゴロゴロしてるんだか。
「タヒチって~、真珠が名産なんだよ~。知ってた~?」
「知ってたも何も、タヒチの存在を知ったのも今さっきだってば」
降り立つまでそんなとこがあることすら知らなかったからね!?
「じゃあ~、罰ゲーム~」
「まさか、真珠をプレゼントしろと……?」
いくらするのか存じませんが、そんな持ち合わせはございませんよ!?
「そこまでは言わないよ~。私に似合う奴を選んで欲しいだけ~」
「で、選んでどうするの?」
「私が買う~」
「それはちょっと男として情けなくない……?」
「私を侍らせてるだけじゃ不満~?」
「侍らせてるって、それはまたちょっと違う気がする」
どっちかって言うと、こっちが従者みたいな気分。
秋ねえはワガママお嬢様。
あ、しっくり来た。
「も~、はる君はもっと楽しんでいいんだよ~」
「って言われてもね。庶民には中々ハードル高いっすよ」
「大丈夫~。今回で慣れてくれればおっけ~」
「今回でって、次があるの?」
「まだまだたくさん行きたいとこあるの~。それに~、ハネムーンも来るし~」
「え……?」
「言ったでしょ~? ハネムーンのメッカだって~」
何その予行演習。聞いてない。
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「ご飯美味しかったね~」
「食べたことない料理ばっかだった」
リゾート! って感じの料理が勢ぞろいしてたのは圧巻だった。
「お酒も飲みたかったな~」
「あんたまだ未成年でしょうが」
「はる君ってば真面目だよね~」
「ええ、ええ。そうですよ、それが取柄ですからね」
「知ってるよ~」
って、皮肉のつもりで言ったんですが!?
なんで頭を撫でてくるの!?
「きれいだね~」
秋ねえだってきれいだ、とか言えればいいんだろうか。
まあ、無理ですけど!
海外の夜のビーチでっ、美人の義姉と二人きりっ!
そのシチュエーションだけでもういっぱいいっぱいだっての!!
「いい風~」
「……うん」
髪に遊ばれる長い髪。月明りにぼんやりと浮かび上がる整った顔に、身に纏ったサンドレス。
なんか、やっぱり秋ねえって美人だ。
「静かだね~」
「夜だし」
「波音って落ち着くね~」
「砂の感触もね」
静かなやりとり。
喧騒の少ない海辺の神秘的な空気。心がすうっと穏やかになっていく。
「秋ねえ?」
「な~に~?」
「や、別に」
だから、秋ねえがすっと腕を組んできても、違和感はない。
「なんか、いいね。こういう雰囲気」
「気に入った~?」
「うん」
「へへ~、よかった~」
コテージへと続く桟橋を歩く。星をちりばめたような海が周囲に広がる。
「ねえ、はる君~」
「何?」
「ううん~。なんでもない~」
「何それ」
小さく笑い合った声が、波音に紛れる。
そうして穏やかな時間が心に染み渡る中、気づけば俺と秋ねえはコテージからぼーっと海を眺めていた。
「帰るのやめちゃおっか~」
ぽつりと呟かれた言葉に返すことが出来ず、ただ波音に耳を澄ませる。
▼
「ていうか、四泊もするなんて聞いてなかったんだけど!?」
「堪能したくせに~」
「そりゃ、帰りようがないんだから楽しむしかないでしょ!」
二日目の夜からは半ばやけくそだからね!?
「楽しかったね~」
「そうだね!」
「も~、はる君ももっと余韻に浸ろうよ~」
「今の状況を考えてから発言して貰っていい!?」
そんな余裕ないから!
「大丈夫だよ~。飛行機には間に合うって~」
「全力で走ればね!」
「待って~、荷物が重い~」
「そんなに買い込むからでしょ! ああもう! ほら貸して。半分持つから!!」
「お~、男らしい~」
緊張感ないなぁ、もうッ!!
なんで旅先から帰る時ってこんなにバタバタするんだろう。
どうにか落ち着いたのも、飛行機に乗ってからだし。
「あ~あ、帰っちゃうのか~」
「そりゃ帰りますよ。夏休み空けたらまた学校だし」
「え~、やだ~。こっちでのんびり過ごしたい~」
「あんた日本でも十分のんびりしてるでしょうが」
四六時中寝てるのは誰さ。
「次来る時は~、もっとゆっくりしたいね~」
「行く前からね。全く今回みたいに突然連れてくるのは勘弁してよ」
「わかった~。二年後まで覚えとく~」
「なんで二年後?」
「だって~、二年後にははる君も結婚できるようになってるでしょ~?」
「サラッとそういうこと言わないでくれます!?」
年数が具体的過ぎて逆に怖いわ!
「次来るときは~、初日の夜に言ったことも~、ちゃんと考えてね~」
「……」
それに関してはノーコメントで。
『帰るのやめちゃおっか~』
波音と共に聞いたその言葉は、しばらく封印で。
真面目に考えるには、ちょっと色々と早い気がする。
「それとも~、はる君的にはその後の方が思い出深いかな~?」
「その後って、──ッ秋ねえ!」
ここ、飛行機の中だから!!
「またしようね~」
ちゅ、と頬にキス。
そして飛行機は一路日本を目指す。
冬華編は1時間後の19時投稿です