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義姉たちが全員重度のブラコンだった。  作者: 個味キノ/藤宮カズキ
各ヒロインルート
44/51

二人っきりの旅行~夏希編~

ifルート:夏希編です

 


「わ、海! 海だよ! 春斗!」

「うお、マジだ。すげぇ!」

 トンネルを抜けたら、なんて言うけど、これは結構感動する。

 車窓いっぱいに広がる海! そして空! 夏って風景が横目に流れていく。


「あー、楽しみだなぁ! ねえ、春斗。どんなとこかな?」

「観光地だし、人は多そう」

「もー、なんでそういうこと言うかな。せっかくの旅行なんだからもっと楽しもうよ! それに、その、……二人きり、だし」

「まあ、そういう旅行だし」

 って、覚悟してたけどこの雰囲気はいたたまれない!!

 誰にも邪魔されないって、こんなに緊張感高いもんなの!?


「お、お弁当食べようか!? さっき買ったやつ!!」

「お、おお。そうしよう! やっぱり旅の醍醐味って言ったら駅弁だよな!」

 醍醐味を知るほど旅なんてしたことないけどね!?

 誰かと二人きりの旅なんてこれが初めてだけどな!?


「お、美味そう」

「ホントだ! あー、私もそっちにすればよかったー!!」

「夏希姉ちゃんのも十分美味そうじゃん」

 と、言った瞬間だ。


「むー」

「……あー」

 夏希姉ちゃんがむくれた。直前までの喜びようはなんだってんだぐらいに、頬を膨らませて。


「呼び方ッ!」

「や、わかってる。わかってるんだ。でもさほら、……照れ臭いじゃん?」

「むーーーーっっっ」

 新手の鳴き声か何かかな!?


「ほ、ほら。これ上げるから。特上牛だってさ」

「ご飯で誤魔化されると思ってるの──ッ?」

 ですよねー……。


「ごめん。──『夏希』」

「ッ!! ううん。いいよ。あ、春斗。これ上げる。交換こしよ!」

 一瞬で超ご機嫌。

 我が義姉ながらわかりやすい。


「んー! 美味しい!! 春斗、食べないなら私が全部貰っちゃうよ?」

「食べるから人の弁当に箸を伸ばすな!」


 この旅行に行く時に決めたたったひとつのルール。

 それが、呼び方。

『夏希姉ちゃん』でもなく、『姉ちゃん』でもない。


『夏希』


 ちゃんと名前で呼ぶこと。それが、旅行に行く前、昨夜ふたりで決めたルール。


 ▼


「畳のいい匂いー」

「だらしないからやめなって」

 チェックイン早々、寝転がらなくても。

 でも、確かにいい匂い。うちがフローリングだから、新鮮だ。


「いいじゃん、二人きりなんだからー」

「や、パンツ見えてるから言ってるの」

「──ッ!?」

「嘘嘘、冗談。そんな焦らなくても見えてないから平気」

「もー! 春斗のバカー!!」

「あはは」

 なんて笑いつつ、内心結構焦ってるのは言わないでおこう。

 だって、紛れもなく二人きりなんだぞ!?

 冬華姉さんも秋ねえもいない。さっきの電車みたいに、言うても誰かがいる、みたいなこともない。

 正真正銘! この部屋には俺と夏希姉ちゃんの二人しかない!!

 ……どーする、俺。


「春斗どーしよ。なんかこのままダラダラしちゃいそう。畳が気持ちいいー」

「わかるけど、せっかくだしちょっとその辺ブラブラしようよ」

「うーん」

 ここまでだらけた夏希姉ちゃんって見たことないかも。

 ……手のかかる義姉ふたりがいないからかな。ていうか、あの二人、俺らがいなくて大丈夫か? あ、やばい。ちょっと心配になってきた。せっかくの旅行なのに。


「夏希」

「──!? な、何?」

 呼ばせてる本人が慌てないで欲しい。こっちも慣れてないんだから。


「外行こう。もったいないよ、せっかくなのに」

「う、うん。そだね」

 素直だ。

 名前呼びの効果絶大。


 ▼


「やっぱりなんか違うね」

「何が?」

「雰囲気っていうか、空気? やっぱりなんか違うとこに来たなーって感じ」

「確かに。旅行感あるね」

「ねー」

 や、旅行感ってなんだよって話だけど、楽しいからいいや。


「わ、見て見て春斗! 観光地によくあるやつ」

 お、マジだ。

 あの、顔の部分だけくりぬいてある記念撮影用の立て看板。


「って、やるの!?」

 え、マジで?

 実際に顔をはめる人は初めて見たぞ。


「楽しいよ。ほらー、春斗も!」

「それ、二人だけでやっても気まずい奴だからね!?」

 周りに冷やかす誰かがいて成り立つやつだよ!?


「確かに。これじゃ自撮り出来ない」

「そういう問題じゃないから!」

 ああ、もう。


「あー、あのすみません」

「はい?」

 俺たち同様に旅行に来てる風の女性二人組に声をかける。


「記念撮影、お願いしてもいいですか?」

「いいよー」

「えー、かわいいー」

 う。ちょっと、というかだいぶ恥ずかしい。


「撮るよー」

「彼氏笑ってー」

 そう言われると余計に笑えなくなります!


「おっけー。撮れたよ」

「ありがとうございます」

「いいのいいの。高校生?」

「あ、はい。そうです」

 義姉さんたちで慣れたと思ったけど、年上の女性って緊張する。


「いいなぁ。私らも高校時代にカップル旅行とかしてみたかったー」

「楽しんでねー。ばいばい」

「ありがとうございました」

 手を振る女性二人組に頭を下げて見送る。


「って、どうしたのさ」

「春斗、デレデレしてた」

「してないからね!?」

 言いがかりじゃない!?


「冗談。ねえ、写真見せて」

「あ、うん」

 ……あの、夏希姉ちゃん?

 冗談って言った割に距離近くない?

 なんでそんな寄ってくるの?

 明らかに嫉妬してるよね!?


「あはは。春斗、変なのー」

「そっちだって人の事言えないじゃん!」

 この撮り方じゃどう頑張っても変になるって!!


「あ、見て見て、地元名物だって」

「お、美味そう」

「見てみようよ!」

 って、そんなに引っ張らなくても大丈夫だから!


 ▼


「なんか、緊張するね」

「背伸びしてる感はある。まあでも、旅行中だし」

 せっかくだからって、夕飯をチェーン店じゃなくしたからか、無駄に身構えてしまう。


「ちゃんとご飯の味わかるかな」

「そんなに言うほど?」

「あはは、冗談」

「浮かれすぎじゃない?」

「だって楽しいから」

 うん。まあ、そう言ってくれるのはこっちも嬉しい。

 来てよかったって思う。


「春斗は何にするの?」

「夏希とは別のやつ」

「えー、なんで?」

「色んな料理を楽しめるから」

「『あーん』ってして欲しいの……?」

 誰もそんなこと言ってないよね!?


「焦った?」

「焦ってない」

 強がりだけど。


「じゃあ、春斗が『あーん』ってしてくれる?」

「……いいけど」

 だから焦ってないからね!?


 とか言ってたら本当に食べさせ合いをする羽目になってしまった……。

 会計の時の店員さんの視線に込められた生暖かさが気まずかった。


「もう夜だね」

「さっきまで明るかったのに」

 夏の太陽も19時を過ぎてしまえば、さすがにその姿は見えない。


「なんかドキドキする」

「普段こんな時間に出歩く事ないからね」

 せいぜいコンビニ行くぐらいだ。

 大抵この時間はリビングで賑やかにしている。


「姉さんたち、大丈夫かな」

「どうだろう。ちょっと心配」

「家に帰ったらしっちゃかめっちゃかになってたり」

「たった一日でそこまでなる?」

「だって、姉さんたちだよ?」

 そして笑い合う。

 夜の空気と旅先の高揚感。

 混ざり合ったそれらが何気ない会話を特別で楽しい何かへと変えてしまう。


「まだまだ暑いねー」

「そりゃ、夏休みだし」

「二学期になったら文化祭だよ」

「忙しくなるの? 生徒会」

「もうすでに忙しいよー」

「うへー」

 ダラダラと続くお喋り。

 行き足にも目的はなく、無意味で、でも大切な時間を歩む。


「ホテルに戻ったら温泉だー」

「お風呂、おっきいらしいよ」

「汗流すぞー!」

「あはは、そんな大声で言う事ー?」

 夏希姉ちゃんの笑い声がこそばゆい。それが、心地いい。


 そしてホテルに戻ってきた俺らはそれぞれに温泉を楽しみ、隣り合って敷かれた布団に潜り込む。


「修学旅行みたい」

「それなら男女別部屋にしないと」

「むー。春斗は私と一緒の部屋は嫌なのー?」

「そんなことは言ってない」

 くすくすと笑い合う。


「ねえ、春斗」

「なに」

「名前、呼んで」

「……。夏希」

 衣擦れの音。ゴソゴソと動く気配。


「何してって、何してんの!?」

「えへへー。春斗の布団ー」

 いやいや、人の布団に潜り込んでくるか普通!?


「暑いよ」

「冷房、もっと強くする?」

「汗、かくよ」

「温泉は24時間やってるって書いてあったよ」

 ……しょうがないか。


「あ」

「……」

 指先に触れれば、応じるように強くなる感触。

 すぐそばで感じる熱と、匂い。微かな息遣い、確かな存在感。


 夏の夜。ここは俺たち二人きり。


 ▼


「あはは……」

「……おはよ」

 いや、気まずっ!!

 寝起き一発目でこの距離感は想像以上に恥ずかしいですよ!?


「朝風呂、入ってくる」

「あ、私も行く!」

 って、当たり前みたいに腕組んでくるのな!?

 夏希姉ちゃんに恥ずかしさとかないの!?


「……えへへ」

 あー。

 それはズルいわー。

 そんな嬉しそうにされたらなんも言えないわー。


 でまあ、お互いひとっ風呂浴びて色々と流して心身共にすっきりすれば、後は再び旅行を楽しむばかりとなる。

 まあ、今日には帰るから、これで最後なんだけどね。


「ねえ春斗、お土産どうする?」

「義姉さんたちに?」

「うん」

「うーん」

 あれ、逆に難しくないか?


「え、あの二人って何あげたら喜ぶの?」

「ね、難しいよね」

「適当にお菓子じゃダメ?」

「秋奈姉さんに『普通だね~』って言われそう」

「旅行のお土産なんてそんなもんでしょ」

 そこまでの特別感を求めないで!?


「あと誰に買っていけばいいかな。生徒会と先生とー」

「大変だな、生徒会長」

「だけど、楽しいよ。春斗もなってみる?」

「うへー、勘弁。俺はもっと気楽な学校生活を送りたい」

「えー、春斗ならいい会長になると思うけどなー」

「無理無理。そんな簡単じゃないでしょ」

 夏希姉ちゃんを見てればよくわかる。あれは俺には無理!


「すー、すー」

 そして堪能した旅行。

 帰りの電車で聞こえるのは、列車が揺れる音と、耳元をくすぐる寝息。


「……」

 夕日を照り返す海の眩しさに目を細めながら、もたれかかってくる重さに心地よさを感じる。


「……」

 温かな体温、甘い匂い。そして結んだ指先の感触。


「……夏希」

「──」


 列車はトンネルに入り海が見えなくなる。

 そうして旅行は終わり、再びいつもの日常へと戻っていく。


秋奈編は1時間後の18時投稿です

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