義姉さんたちとの家族旅行。二日目! ~朝は夏希姉ちゃんと~
36話投稿です
「うっわ、ひでぇ」
目を覚ますと、昨夜のゲーム大会が盛り上げりすぎた代償が目の前に広がっていた。
「ぅん……」
「す~、く~」
「……これは、見なかったことにしよう」
冬華姉さんも秋ねえも、雑魚寝するにするにしても、もうちょっと年頃の女性らしさがあってもいい気がする……。
「あ、春斗。起きたの?」
「夏希姉ちゃん」
「呼び方ー。二人とも寝てるし、今は私と春斗のふたりっきりだよ」
「寝起きぐらい勘弁してよ、『姉ちゃん』」
さすがは夏希姉ちゃん。
ふたりと違ってしゃっきりと目覚めている。
「って、どこか行くの?」
服もちゃんと着替えている。このワンピース姿はきっと、全校男子がイメージする“志木夏希”の姿なんだろうな。
「早起きしちゃったから、ちょっと散歩でもしてこようかなって思って。春斗も来る?」
「行く。着替えてくるからちょっと待ってて」
「うん。わかった」
二階に上がり、部屋へと入る。
ていうか、昨日部屋決めでひと悶着あったのに、結局ここで寝なかったな。
「お待た──」
せ、という言葉が途中で途切れる。
なぜって?
目の前の光景に目を奪われてしまったから。
朝日を浴びてきらめく海を見つめる夏希姉ちゃん。
夏らしいワンピースに、どこか遠くを見つめる眼差し。強い日差しによって描かれるコントラストが、夏希姉ちゃんの存在感をより一層際立たせる。
一枚の絵画のような情景が、そこにはあった。
「春斗? 降りてきてたらな声かけてよ」
「あはは。ごめん、ちょっとボーっとしてた」
「? まあ、いいや。行こっか!」
「そうだね」
見惚れてたってのは、秘密にしとこう。
「ふたりは大丈夫かな?」
「子どもじゃないし、平気だよ! ほらほら、早く!」
サンダルをつっかける夏希姉ちゃんを追いかけ外に出る。
その瞬間、夏が俺を出迎えた。
「夏だねー」
「うん。夏だ」
蝉時雨に陽炎が揺らめくアスファルト。木々が濃い影を落とし、粘り気のある空気に負けたように草花が頭を垂れる。薄ぼんやりとした青空の中、白い雲だけがくっきり象られている。
紛れもなく、夏だ。
「でも、風が気持ちいい」
「海っぺりでよかったよね。親父にも感謝しなきゃ」
「ね。ふふ」
「どうしたの?」
「ううん。冬華姉さんと秋奈姉さんだったら、こんな会話しないだろうなって思って。多分、ふたりとも踵を返して、コテージに戻ってるんじゃないかな。『クーラーがないと死んじゃうー』とか言いながら」
ああ、確かに。その光景は目に浮かぶようにイメージ出来る。
「確かに暑いけど、私は好きだな。夏」
「名前にも入ってるし?」
「うん!」
どこを目指すわけでもない。ただ延びる道を歩いていく。
「お、こっから上に登れる」
「ホントだ」
ひび割れた階段を昇れば、そこは堤防の上。
道路沿いを伝うそこから見る海は、生ぬるい風と共に潮の匂いを運んできてくれる。
「気持ちいいねー!」
「うん」
前を歩く夏希姉ちゃんの髪が揺らめく。
その後ろ姿は、なんだか眩しい。
「春斗、どうするつもりなの?」
「どうって、何が?」
「誰と一緒に旅行に行くか。──決めてるの?」
「全然」
「そっか」
背中越しにかけられた言葉。
夏希姉ちゃんがどんな表情をしているのか、俺にはわからない。
「私はさ、春斗が自分で決めたんなら、それでいいと思うよ」
「『姉ちゃん』が相手じゃなくても?」
「そりゃ、一緒に行きたいに決まってるじゃん! でも、だからって無理矢理するつもりはないよ。もちろんチャンスは逃さないけど」
夏希姉ちゃんはゆっくりと歩く。蹴り出すように一歩一歩を踏みしめながら。
「でもね、私が本当に嬉しいのは、春斗に選んでもらったっていう事実。なんとなくそうなったって言う曖昧なものじゃなくて、春斗が私と一緒にいたいって思って選んでくれたなら、それが一番嬉しいな」
「わかった。ちゃんと決める」
「よろしくね。そのために、あんなルールにしたって、私は信じてるから」
……なんでバレたんだろう。
「今、『なんでバレたんだ』ってそう思ってる?」
「図星だって事に気づかれてるのにも、戸惑ってる」
「普通バレるよ、あんなの。『姉ちゃん』って一番呼ばれるかどうか、なんて。そんなの春斗の気持ち次第でいくらでも変えられるし」
はい。まさしくその通り。
これがゲームなら、ひどい欠陥だろう。
「多分、冬華姉さんと秋奈姉さんも気づいてるよ」
「それでも義姉さんたちは強引に来ないんだね」
縛り上げられて無理矢理に呼ばせようとしてくる、ぐらいは覚悟してたのに。
……いや、さすがにそれは言い過ぎか。
「きっと二人も私と同じなんじゃないかな。『春斗に選ばれたい』。それだけだと思うよ」
「責任重大だ」
「そうだよー。女の子の気持ちに応える以上に、女の子の気持ちを斬り捨てなきゃいけないんだから」
「プレッシャーを強くするのやめない?」
「それぐらい跳ねのけてよ」
「そんなに簡単なわけないじゃん。義姉さんたちとのことなんだから」
「──ッ。ふふ。あはは!」
どうしたんだ、突然笑い出して。
「うふふ。ありがと、春斗。私たち姉妹のことを大切に思ってくれて!」
「……お礼を言われるようなことじゃないし」
「いいの! 私が嬉しかったんだから!」
表情が見えなくてもわかる。今の夏希姉ちゃんは、きっと笑ってる。
「あーあ、なんか満足しちゃった。本当ならこのまま春斗を連れてどっか行こうと思ってたのに!」
「そんなこと考えてたの?」
「そりゃそうだよー。せっかく二人になれるチャンスだもん! でも、春斗がそういう考えならしょうがない。帰ろっか!」
そうしてくるりと振り向いた夏希姉ちゃんは、やっぱり想像通りに笑顔を浮かべていた。
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そして、オチ。
「まだ寝てるとは思わなかった」
「秋ねえはともかく、冬華姉さんまで」
けれど、そんな二人の姿すら微笑ましく、俺たちは互いに笑みを交わした。
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