俺が覚えてない夏希姉ちゃんの思い出
遅れましてすみません!
第25話投稿です。夏希姉ちゃんの思い出に迫ります
「広っ!? え、このショッピングモールってこんなに大きかったの!?」
「あれ、『姉ちゃん』来たことなかったの? てっきり冴川さん辺りと来たことあるのかと思ってたけど」
「ううん。休日とか放課後は出来るだけ春斗と一緒にいたいから、あんまり遊びに行ったことないんだ」
「……微妙に心配になること言わないでくれない?」
夏希姉ちゃんの人間関係、それで大丈夫なの……?
「春斗は心配性だなー。大丈夫だよ。私が春斗のこと好きだって事、みんなわかってくれてるから!」
別の意味で心配の種を増やさないでくれない!?
「あ、見て見て春斗。あれかわいい!」
「え。あ、ほんとだ。『姉ちゃん』に似合いそう」
「ねえねえ、ちょっと試着していい?」
「うん。行こう」
なんて、この時はまだ余裕だったけど、それからしばらくしない内に、行き先をショッピングモールにしたことを後悔する俺だった。
「あ! どう? 眼鏡の私もいいでしょ? ほらほら、春斗もかけてみてよ!」
「俺、眼鏡は似合わないと思うんだけど」
「そんなことないよ! 大丈夫、姉ちゃんが保証するから!」
なんて眼鏡屋を冷かしたり、
「春斗、このマグカップかわいくない?」
「うん。いいと思う」
「どうせならお揃いのやつ買っていかない?」
「秋ねえと冬華姉さんの分も買っていくならいいよ。じゃないと絶対ケンカになるし」
「う~ん、どうしよ……」
なんて雑貨屋で二十分近く首を傾げてたり、
「春斗って意外とピンクとかも似合うよね!」
「Tシャツぐらいなら着れるかな。ピンクのコート着ろとか言われたら無理だけど」
「それちょっと見てみたい!」
「絶対、嫌」
なんて笑いながらアパレルを梯子したりしていた。
夏希姉ちゃんはこの広いショッピングモールに入っている全部のテナントを制覇するつもりなんじゃないかってぐらいの勢いだった。
女性と買い物に行くと一苦労だって話を聞くけど、その一端を見た気分だ。
「ん~、楽しかったー!」
そして夕暮れ時、俺たちはショッピングモールを後にして、大通りを歩んでいた。
「『姉ちゃん』。これどこ向かってるの?」
「着くまで秘密―。って言ってもすぐに着いちゃうけど」
「こんな近所に夏希姉ちゃんとの思い出の場所なんてあったっけ?」
「呼び方~」
「ごめん。『姉ちゃん』」
っとに、耳聡いんだから。
「“私と春斗の思い出”って言うよりは、“私の思い出”だから、春斗はきっと覚えてないかもね」
「そうなの?」
「うん。だってもうずっと昔のことだもん」
「前から思ってたけど、昔ってどれくらい昔なの?」
その問いに答える前に、夏希姉ちゃんはピタリと足を止めた。
「着いたよ」
「え、ここ?」
ここってうちの近所にあるスーパーじゃん。
本当に昔っから通ってるけど、こんなとこに夏希姉ちゃんとの思い出なんてあったか?
「ここが、思い出の場所……?」
「うん。そうだよ」
何の変哲もないスーパーだ。
夕方だからか、買い物に来たたくさんの人が出入りしているけど、こんな光景どこでだって見られるものでしかない。
「さて、ここで問題です! 私と春斗が初めて会ったのはいつでしょう?」
いきなり何か始まった。
夏希姉ちゃんと初めて会ったのがいつか、か。
「親父が再婚する時に、うちに来た時じゃないの?」
「ぶっぶー! 不正解」
まあ、だよな。
じゃなきゃ、こんなところを“思い出の場所”なんて言わないし。
「じゃあ、ここ……? このスーパー?」
「せいかーい!」
マジで?
全然覚えてないんだけど。
「ま、春斗は覚えてないよね。それはしょうがない」
言いつつ夏希姉ちゃんは、スーパーの正面に並んだガードレールに腰掛ける。
「しょうがないって、どうしてさ」
尋ねつつ、俺もそんな夏希姉ちゃんの隣に腰掛ける。
「だって、私が春斗と初めて会ったのは、春斗のお母さんが死んじゃった直後だもん。もちろん、春斗の本当のお母さんのことだよ」
「それって……」
「うん。ずっと昔の話。多分、春斗が小学生になったかなってないかぐらいの時じゃないかな。こーんなに小さいのに、一生懸命スーパーのカゴを持って買い物してたし」
そりゃまあ、あの時はな。
おふくろが死んで、親父も大変だったから、なんとか頑張らなきゃって色々と気張ってた頃だし。
「私たちも昔はこの辺に住んでたんだ。だからね、実は小学校も春斗と一緒だったんだよ」
「え、マジで!?」
なんでもっと早く言ってくれなかったのさ!
「だからね、びっくりしちゃったんだ。私がお母さんと一緒にお買い物に来たら、私よりちっちゃい子がひとりでお買い物してるんだもん」
まあ、普通そうだよな。
「それであんまりにも不思議だったから、思わず聞いちゃったんだよね。『お母さんと一緒じゃないの?』って」
「そう、だっけか……」
正直、あの頃のことはあんまり覚えてない。
俺は俺で、おふくろが死んだってことをどう受け止めればいいのかわからなかったし。
「今思うと無神経だよねー。でも、私もそういうのよくわからなかったし、単純に不思議だったから。でもね、その後のことはよく覚えてるよ」
そう言って夏希姉ちゃんは微笑み、俺の頬に手を添える。
「『お母さんは死んだ』って、春斗はそう言ったの。ちっちゃい体には大きなカゴを抱えて、その中にたくさんの物を入れて。そう言ったの」
見つめてくる夏希姉ちゃんの笑みは優しい。
「私、なんて言えばいいのかわからなくて、お母さんのところに戻っちゃったの。そして振り返ったら、春斗が一生懸命お買い物をしてた。それからもね、何度も見たんだ、そんな春斗の姿を。でもね、なんて声をかければいいのかは結局わからないままだったの」
「そっか……」
まあ、そうだろう。
そんな昔だって言うなら、夏希姉ちゃんもまだまだ子どもなんだから。
「それからしばらくしてね、私たちの本当のお父さんも死んじゃったんだ」
「それは……」
「ああ、ごめんごめん! 大丈夫だよ、今のお義父さんもいい人だって思ってるから!」
「や、こっちこそ。ありがとう。気を使ってくれて」
「ううん」
夏希姉ちゃんは俺の頬に添えていた手を戻し、正面のスーパーを見やる。
「お母さんひとりじゃ大変だから、私も色々とお手伝いするようになって。これまではやらなくても大丈夫なこともやるようになって、そして気づいたんだ。『あの男の子はこんな気持ちだったんだ』って。そしてこうも思ったんだ。『あの子は私よりずっとちっちゃな頃から、こんなに頑張ってたんだ』って」
「そんなに大袈裟なもんじゃないよ。必要だからやってただけ」
何しろ親父は仕事で忙しいし、家事をする余裕なんてどこにもなかったし。
「ううん。それでもすごいよ、春斗は。ずっとひとりで、ずっと頑張ってきたんだもん」
「それは、夏希姉ちゃんもそうじゃん」
一緒に生活をしてればわかる。
秋ねえも冬華姉さんも家事は苦手で、そんな二人の分も夏希姉ちゃんは頑張ってきたんだ。
「一応ふたりのために言っておくと、最初はみんなで色々やってたんだよ? でも、私は姉さんたちよりも家事が好きだったから。あ、それと春斗。呼び方。気を付けてよね!」
「こんな話してる時も、そこはこだわるのね……」
「当然!」
なんか、ある意味たくましいや。
「まあ、そういうわけで! お母さんの再婚相手が春斗のお父さんだって知って、春斗が義弟になるって知った時に思ったんだ! 今まで頑張ってきた分ぐらいは、甘やかしてあげようって! 春斗はまだ慣れないみたいだけどね」
「バレてたか」
「そりゃそうだよ! なんて言っても、私は春斗の『姉ちゃん』なんだから!」
「はは。うん、そうだね。『姉ちゃん』」
「うん!」
大きく頷く夏希姉ちゃん。
彼女は俺の覚えてないところで、俺の頑張りを認めてくれていた。俺の頑張りを知ってくれていた。
確かに夏希姉ちゃんの言う通り、これまでずっとひとりでやってきたから、甘やかされるのにはまだ慣れない。
でも、それでも夏希姉ちゃんが俺のためにそんな風に考えてくれていたのは、単純に嬉しかった。
「これで思い出話はお終い! 帰ろ、春斗!」
「そうだね」
言いつつ差し伸べられた夏希姉ちゃんの手を握る。
それは、恋人同士のような甘い繋ぎ方ではなく、家族がするような優しい繋ぎ方だった。
次話は来週予定です、おまたせしてすみません。




