第7回 駐在リーマン 山本孝治
山本孝治38歳は知っている。コーヒーのコマーシャルのように違いの分かる男と自負があるのである。孝治は子供の頃から一流を歩いてきたのだ。慶応大学を卒業し、商社に就職をし、同期のなかでも早めの出世をしてきた。ロンドンに赴任し3年が経ったが今も一等地のSt Johns Woodのフラットで妻と一緒に一流の生活をしている。もちろんワインは10ポンド以下のものは買わない。自分のことを島耕作にダブらせて日常生活を送ることが彼にとっての楽しみなのだ。
さぁ、とうとうと言う感じだが、今回は山本孝治を紹介していきたい。英国リーガリアンのなかでも駐在員という王道を行く彼らは日本では優秀な『一流を歩いてきた男たち』だ。2500ポンド程度の家賃補助を受けながら、更に月3000ポンド近いお給料を稼ぎ出す、正にエリートサラリーマン、歩くプライドの塊である。しかし、この英国という土地では彼らのそのプライドをことごとく打ち砕いてしまう事件が起こるから恐ろしい。自分のなかでは島耕作だが、どっから見てもミクロ系の孝治たちは英人から馬鹿にされることが多々あるのだ。パブでもなかなか注文をとってもらえず、日本ではトップクラスのサービスを受けていた彼らにとって何かにつけて英国人の対応はありえないものに映る。しかもそれを抗議しても取り合ってももらえないのだから切ないこと極まりない。
そんな彼らも自分のプライドを取り戻せる場所がある。そう、それは現地の日系業者の提供するサービスである。週に3回は日本食レストランに行き、自分の威厳を保ちながら食事をとる。注文して10分待たされるなどということがあれば、もうお会計を払わないととり合えず喚いてみる始末である。「こんなサービスじゃ、食欲すら失せるよ。」と言いつつも、週に3回は通い続けるから更に切ないのである。
そして、英語はそこそこ喋れる孝治だが、彼らは決まって日経不動産業者を使って物件を借りている。私の友人のH嬢:日系不動産会社勤務の話では、孝治の趣味は重箱の隅を突くこと。自分の過失は絶対に認めずH嬢の仕事のやり方や英国の賃貸のシステムにプロフェッショナルでないと文句をつけるのだそうだ。
「自分が物件でタバコ吸って、カーペット焦がしといて家主から30ポンドの請求がきただけで、2時間も苦情の電話してくるのよ。しかも3日連続で!! 私に文句言われたって困るわよ。」とH嬢。
30ポンドは彼らにとって小額だが、貴方の責任なので払ってくださいと言われたことでチョモランマより高いプライドが傷付き、延々と苦情を述べるのである。
「30ポンドでグチグチグチグチ。アー嫌だ。そのくらいだったら私が払ってあげるから、電話かけてこないで欲しい。」と更にH嬢。・・この言葉を聞いたら孝治はきっと気絶することだろう。
ちなみに孝治は英人の家主と直接話してくれと言うと、途端におとなしくなってしまうのだと言う。
日本では一流を歩いてきた『違いの分かる男』孝治。英国で無理やり日本で受けていたサービスを強要する姿を見ると、コーヒーやワインの違いは理解しても日本と英国の文化やシステムの違いは理解しないのかと、ふと寂しい気持ちにさせられるのだ。




