夢の男&ラン・ホース・ライト
『夢の男』
女は眠りにつくと、毎晩同じ夢を見た。それは、異国の地で理想の男が現れる幸せな夢だった。
初めの内はとても幸せな気分だったが、女は次第に悲しみに暮れていく。いつも同じところで夢が途切れて、最後まで見ることが出来ないからだ。
毎晩同じ男の夢を見ている内に、女は夢の中だけに出てくる男を愛するようになった。忘れることも出来なくなっていった。
いっそのこと夢を現実にと、女は夢で見る異国の地を自ら旅して回ることにした。
真新しくも夢で見たままの懐かしい印象を与えてくれる異国の地は、徐々に女の心を癒やしていく。
ある時、女は遂に夢の男にそっくりな男を見つけた。
まさか本当にそんなことが起こって彼に出会えるなんて。女は目の前の現実に驚きながらも、勇気を振り絞って男に声をかけた。
女に声を掛けられた男の方も、何か驚いた様子だった。
よくよく話をしてみると、驚いたことに男の方も毎晩夢で見る女を探して、この異国の地に訪れていたのだという。
その夢に出てくる女があなたにそっくりなのだと苦笑したあと、男はこう付け加えた。
「よかった。これで悪夢から解放される。実は私、結婚しているのです」
その日から、女は男の夢を見ることはなくなった。
『ラン・ホース・ライト』
薄暗い路地の中、中年の男が伏し目がちでヨロヨロと立ち上がる。
突然降り懸かった恐怖に、男はその身を震わせていた。
体中から脂汗が吹き出し、流れる。口の中も、みるみる乾いていく。
足がもつれてバランスを崩し、またその場に倒れ込んだ。
男は思った。まるで生きた心地がしない。
普段はよく耳にする何気ない雑音も、今の男の思考回路には全く届いていない。
代わりに男の頭の中にあるのは、死に繋がるという発想。不吉な感覚が様々な連想を生み、不安と一緒に男の身体を駆け巡った。
こういう時、人は走馬灯のように過去の出来事が頭をよぎるとよく言う。だが男の頭をよぎったのは何もない真っ暗闇だけだった。
そんな悪夢のような自分の人生を、男は誰よりも呪う。
だがその時、絶望の中に一筋の光明が差し込んだ。
男は落とした愛用の杖をやっと見つけることが出来たのだ。
何よりも大事な杖を男は愛おしそうに撫でた。
慣れた手で杖を器用に使うと、フラフラとした調子で暗い路地から抜け出していく。
そして通りに出て明るい街灯の下に辿り着くと、男はその顔を上げた。
今も昔も男の盲目の眼には何も映ることはなかったが、その時だけは街灯の明かりが爛々と映り込んでいた。
『夢の男』は極力描写を省いた星新一さん風ショートショートという趣の作品です。
文量は少ないですが、構成的には何段階かの重層化を行い、集束する形になってます。
二次創作な様で二次創作では無く、星新一さんの作品として有りそうで無いだろうという。似せる事と似せない事の拮抗にも技巧を凝らしてみました。
改編が某サイトの掌編賞で北野勇作賞を頂いた本作。賞品は京都の大福セットで美味でした。
『ラン・ホース・ライト』は昔初めて書いたショートショートです。
当初ショートショートというジャンルは、僕の中で古臭い様な印象がありました。そこから旧時代的雰囲気が出て来て、座頭市や按摩さんのイメージに近くなりました。
劇中に無いですがイメージはキーワードに入れてます。発想自体は「盲目だと思ってたけど実は見えてた」というのはよくあるので、逆に「実は盲目だった」という叙述トリックになりました。