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第4話 これでも勇者だしね

 見るも無残にボロボロになった男が、部屋の隅っこに転がっていた。

 言わずもがな、勇者の師匠・ケインである。


「あが……」


 微かに零れる呻き声。

 どうやら生きてはいるようだ。


「まぁこんなところでしょうか。さすがに殺してしまうと、あの子が帰ってきたときに悲しみますからね」


 セルアはケインを見下ろしながら呟く。


「ですが……」


 それから腰を下ろしてしゃがみ込むと、ケインの耳元で囁いた。


「……次に何かあったら確実に殺しますから」

「~~~~っ!」


 ケインの身体がビクビクっと痙攣するように震えた。


「それと、今日のことは誰にも言わないでくださいね?」


 ぶんぶんぶんと、ケインは必死に頭を縦に振るのだった。






「さて。予定より少し遅くなってしまいましたね」


 気を失ってしまった(というか気絶させた)ケインを家の裏にゴミのように捨ててから、セルアはようやく村を出発する。


「まずはあの子に追い付かなければいけません。……ま、まさかこの短い間に魔物に、なんてことはないと思いますけど……ああでもっ、最近、魔王のせいか魔物がどんどん狂暴になってきてますし……!」


 急に不安になったセルアは、息子を追って山道を全速力で駆けた。

 その速度は人間離れしており、途中、通りすがった行商人が「人狼ウェアウルフか!?」と勘違いして腰を抜かしたほどだ。


「っ! あの子の匂い……!」


 しばらくすると、彼女は息子の匂いを嗅ぎ取った。

 もちろん普通の人間では絶対に分からないほど微かな匂いである。

 なぜならこのとき彼女とリオンの距離は、まだ一キロほどあったのだから。


 さすが母親である(棒)。


 やがて、セルアは息子に追い付くことができた。

 その後ろ姿を発見して、彼女は心の中で叫んだ。


(ああああああっ! リオンちゃん! 会いたかったですぅぅぅっ!)


 まだ別れて一時間ほどしか経っていないのだが、どうやらすでに禁断症状が出つつあるらしかった。


(このままあの子に抱きついて再会を喜びたいっ! でもダメ! それはダメなのよ、セルア!)


 欲望を必死に抑えて、セルアはリオンに見つからないよう草木の陰に身を潜める。


(だってあの子は勇者なんですもの! ちゃんと強くならないと……)


 助けるのは簡単だ。

 だがそれでは息子のためにならない。

 そう自分に言い聞かせて、セルアはぐっと堪える。


「本当ならあの子の訓練だって、わたしがやりたかったんです」


 なにせセルアの方が、あのクズ師匠よりよほど強い。

 それでも彼に任せたのは、自分では息子を甘やかせ過ぎてしまうだろうと自覚していたからだった。


 だからこそ師匠役を譲ったのである。

 ……ただしずっと傍で見守ってはいたのだが。


 一度も気がつかれることがなかったのは、完璧に気配を絶っていたからだ。

 もちろん今もそうしている。


「それにわたしのスキルは()()()()()()に特化していますし……こんな穢れたものをあの子に教えるわけにはいきません」


 ちなみに今回も彼女は、可愛い息子のことを近くで見守るだけに留めるつもりだった(見守るだけとは言っていない)。


「それにしても一人でここまで来るなんて……。昔はお母さんと少しでも離れるとすぐ泣いていたのに……」


 一人山道を降りていく息子を隠れて見詰めながら、昔を思い出して懐かしむセルア。

 と、そのとき。


「っ……魔物が近づいてきていますね……」


 彼女は魔物の接近を察知した。




   ◇ ◇ ◇




 村を出発して三時間くらいは経ったと思う。

 僕は順調に山道を進んでいた。


 僕が生まれ育った村は辺境も辺境にあって、一番近くにある街に出るだけでも丸一日はかかってしまう。

 その途中はずっと険しい道が続いている上に、魔物だって出る。


 だから人の行き来は滅多にない。

 時折、行商人が村に来てくれたりするくらいだ。


 僕も過去に数えるほどしか街に行ったことがなかった。

 もちろんそのときは腕に覚えのある村の大人と一緒だった。


 だけど僕も少しは強くなった。

 師匠の訓練はすごく厳しかったけれど、この辺りに出る魔物なら今はもう一人でも後れを取ることないはず。

 実際、すでに何度か魔物に遭遇したけれど、難なく対処することができていた。


「……これでも勇者だしね」


 そんなことを考えていると、周囲から危険な気配がした。


 魔物だろう。

 しかもこの感じ……気配で何となく分かるんだけど、たぶんゴブリンだろう。


 ゴブリンはこうした山や森なんかによく棲息している魔物。

 青い皮膚と醜い顔が特徴的で、体長はせいぜい人間の十歳児くらい。


 あまり頭は良くないけれど、群れていることが多いので、その数次第ではなかなか厄介だ。

 武器を使うこともあるし。


「グギェェェッ!」


 突然、近くの草むらの陰から二体のゴブリンが同時に飛び出してきた。

 どちらも錆びついた剣を持っている。


 奇襲のつもりだったのだろうけれど、生憎と僕はちゃんと予測していた。


「はっ!」


 ズバズバッ!


「ギャッ!?」

「ギョッ!?」


 僕が素早く剣を二閃すると、悲鳴を上げてゴブリンたちの首が仲良く泣き別れた。

 血飛沫が舞い、二つの頭部が地面を転がる。


「……っ」


 僕は思わず顔を顰める。

 幾ら魔物でも、その命を奪うのは気持ちのいいことじゃない。


 師匠から剣を習い始めた頃なんて、僕はなかなか魔物にトドメを刺すことができず、何度も怒られたっけ。


 だけど殺らなければ殺られるんだ。

 そう自分に言い聞かせることで、僕はどうにか魔物を殺すことができるようになった。


 それからさらに何体かのゴブリンが襲い掛かってきた。

 でも今の僕にはゴブリン程度、どれだけいようと敵じゃない――というのはちょっと言い過ぎかもしれないけど。


「……」


 ゴブリンを次々と切り倒しながらも、僕はそいつの存在を察知していた。


 木の上だ。

 そこから僕を狙って弓を構えているゴブリンがいる。

 弓を扱える個体は珍しいけれど、いないわけじゃない。

 例えばゴブリンリーダーとか言われているゴブリンの上位種なら、弓を習得するくらいできるだろう。


 まず気づいていないふりをして、相手が矢を放ってくるのを待とう。

 それを躱してから、次の矢を番える前に一気に距離を詰めて――


「え?」


 なぜかそのゴブリンが勝手に地面に落ちていった。


「……?」


 何があったんだろう?

 僕は警戒しながらゴブリンが落下した辺りへと近づいていく。


 するとそこにいたのは、首にナイフが突き刺さって事切れたゴブリン。


「自分で刺した……なんてことはないよね?」


 頬を嫌な汗が伝っていった。


 今この近くに、ゴブリンをナイフで殺した第三者がいる。

 しかも明らかにその腕は超一流。

 もし僕のことも狙っているとしたら……。


 直後、僕は全速力でその場から逃げ出したのだった。


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