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第14話 そこに息子がいるからです

 王宮メイド長のエリザベスは、今にも胸を突き破りそうな心臓の鼓動をどうにか押えながら、その場所へとやってきていた。


 仕事の悪魔とすら言われる彼女にとって、職場である王宮の外に出ることなど滅多にないことである。

 しかし忙しい仕事の合間を縫ってでも、今日は必ずここに来なければならなかった。


 幸い王宮からほど近いところにある飲食店である。

 貴族御用達の高級店だ。


「エリザベス様でございますね、お待ちしておりました。二階の個室へご案内いたします」


 ボーイに連れられて二階へ。

 確かにこの店の個室であれば、誰かに秘密を聞かれることはあるまいと安心する。


「こちらのお部屋となります」

「……ありがとう」


 エリザベスは扉の前で数度、深呼吸してから、意を決して中へと入った。


「こんにちは、エリザベス様」

「っ……」


 エリザベスをにこやかな笑みとともに迎えたのは、驚くべきことに見ず知らずの女性だった。

 しかもまだ()()

 恐らく()()()()といったところだろう。


 端整な顔立ちに、見事なプロポーション。

 それに姿勢がよいため、立っている姿まで美しい。

 浮かべる笑みも、思わず見入ってしまうほどに魅力的だ。


 美女揃いの王宮メイドであっても、果たしてこれほどの逸材がいたかどうか。


 だが今はそんなことよりも。


「……あ、あなたですわね? この手紙をわたくしに寄こしたのは……」


 言いながら、エリザベスは震える手で懐から手紙を取り出す。

 そこにはこう書かれてあった。



『あなたが王太子殿下と不義の関係にあることを知っております。この秘密を守り通したければ、明日の午後三時、以下の場所にお越しください』



 明らかな脅しだった。


 最初は殿下に相談することも考えた。

 しかし彼をこのようなことに巻き込むわけにはいかない。

 どうにかして自分の手で秘密裏に解決してみせると、エリザベスは決死の覚悟でこの場へと臨んだのだった。


「……一体、どうやって知ったのですか?」

「そうお訪ねになるということは、すなわち、ここに書いてあることは事実として認めるということですね?」

「……っ」


 墓穴を掘ったことに気づき、エリザベスは臍を噛む。


「いえ、今のはあくまで確認のためですので」


 すると本当か嘘か、相手は余裕たっぷりにそう言ってくる。

 このままでは完全に向こうのペースだと、エリザベスは焦りを覚えた。


「……何が目的ですの?」


 それを見せないようにと必死に努めるが、しかし自分でも分かるくらい声が強張っていた。


「わたしの望みはただ一つです」


 謎の女性はそう前置きしてから、なぜかその場でくるりと一回転する。

 するとどんな魔法か、彼女は黒と白のエプロンドレス姿へと一瞬にして着替え終わっていた。


 それはエリザベスにとって、物凄く見慣れた衣服で。


 そう。

 王宮メイドが身に着ける正式な衣装だったのである。


 そして彼女はスカートの端を軽く摘まむと、



「わたくしをぜひ王宮メイドとして雇っていただきたいと思いまして♪」



 エリザベスが今までに見たどのメイドたちのお辞儀よりも完璧なお辞儀とともに、そんなことを言ってきたのだった。







 もちろんエリザベスを喫茶店に呼び出し、自らを王宮メイドにしろと迫ったのは勇者の母、セルアだった。

 ……まさかエリザベスも、勇者の母親が故郷の村からここまで付いてきたとは思ってもみないに違いない。


 ちなみにセルアは化粧によって見事な変身を遂げていた。

 元から若く見られてはいたが、今や実年齢より十歳、いや、十五歳は若く見えるだろう。

 事実、エリザベスはセルアのことをまだ十代だと思ったようだ。


(ふふふ、お母さんがこんなに若くなっちゃったら、さすがにあの子だって分からないでしょうね?)


 店内に備え付けられている鏡をちらりと横目で見ながら、セルアは悪戯っぽく微笑む。

 さらに髪を染め、髪型を変え、あまつさえ声までも変えてしまえば、きっとバレることはないだろうと、彼女は自分の変装を自画自賛する。


 そう。

 この親バカ、王宮まで押しかけて、すぐ間近で息子のことを見守るつもりなのである。


 そのために厳重な警備を掻い潜って王宮内に侵入し、王太子とメイド長のスキャンダルを入手してみせたのだった。


「あ、あなたを王宮メイドに……?」

「はい。そうしていただければ、今回の件はわたしの心の中だけに仕舞っておきますので」

「……」

「心配なさらないでください。王宮に侵入して何か悪事を働こうというわけではありません」

「では、一体なぜ……?」

「そこに息子がいるからです♪」

「はい?」

「いえ、何でもありません」


 勇者の母親だと話したところで、信じてもらえはしないだろう。

 むしろかえって警戒されてしまうかもしれない。

 セルアはそう考えて、


「詳しくは言えませんが、愛する人のため、といったところでしょうか」


 予想外の返答に、エリザベスは面食らったようだった。

 それからしばし悩んでいたが、やがて苦々しげに頷く。


「わ、分かりましたわ……。……では、あなたはわたくしの親戚の娘ということに致しましょう」

「ふふ、よろしくお願いします」


 だがそこでエリザベスは目つきを鋭くすると、メイド長としての最後の矜持とばかりに告げたのだった。


「……ただし、やるからにはしっかりと()()()()()()()()()()で仕事をしていただきますので、それだけは覚悟してください」



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