第1章 その9 ムーンチャイルド
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「待てよ! おれはリトルホーク。この国では、だけど。おまえは、おれの」
足首まで覆う漆黒の長衣に、黒いローブ。艶やかな長い黒髪を、背中のあたりで一つの緩い三つ編みにした、背の高い美人が、振り返り。
凍り付くような眼差しを向けた。
「知らんな」
鋭く吐き捨てた。
「お師匠さま。あいつは誰か知り合いと間違えているのでは」
かたわらに立っていた、魔法使いらしいローブをまとった少女が言う。
「私には見覚えが無い顔だ。ま、犯罪者に知り合いなどいるはずもないが」
冷たい声が、再びおれを暗闇に突き落とす。
そんな。やっと会えたと思ったのに。
※
「……リトルホーク?」
耳元で声がした。
懐かしい、可愛い声が。
はっとして、飛び起きた。
「あれ? ここはどこだ?」
小さな部屋だった。
窓も無いし、なんの飾りも無い。
だが、こぎれいな部屋だ。犯罪組織の一員という嫌疑がかかっている人間を、置いておくような場所でもなさそうだな。
他の、一緒に捕まったご隠居も、オッサンたちも、ここにはいないようだ。
鎖につながれているわけでもない。
してみると嫌疑は晴れたのか?
それなら無罪放免してくれてもいいはずだよな。
あいかわらず捕らわれているようだが。
小部屋の真ん中に清潔そうな麻生地のクッションが敷いてある。そこにおれは寝かされていた。
「ねえ? リトルホークっていうんだって? おまえ」
胸が、ぎゅっと締め付けられて、おれは、声の主を見る。
ま、まさか、まさか!
この声は。
「おまえがそう? リトルホークか?」
それはクッションの端に、ちょこんと座っていた。
色白の、きょとんとした表情の、小さないきものが。
水精石色の、淡い水色の目が。
おれの顔を、まじまじと、穴が開くほどに見つめている。
十四歳ほどのきれいな少女だ。
いや、少女と言い切るのは躊躇われる。愛くるしいなかに、凜とした雰囲気のある顔立ちで、何より女の子にしては、無防備すぎるし。
「おれは、そう……ここでは、ムーンチャイルドって呼ばれてるんだ。ほんとのなまえは違うけど」
人差し指を口元に立てて、笑う。
自分のことを「おれ」という子なのである。
「そっちは秘密だよ」
まるで小さな男の子のような、いたずらっぽい笑みだ。
長い黒髪を一つにまとめ、きちんと三つ編みにして、飾り紐で結んでいる。
纏っているのは、純白の衣とローブ、それに、三角に折ったショールで肩を覆っているのだが、そちらは毛織りで、少し古びていた。
同じように白い、材質のわからない軽くて柔らかな布でできた小さな斜めがけのポシェットをしている。
その蓋が、急に少し持ち上がり、中から何か小さな生き物が出てきた。
山ウサギだ。
体毛は、純白だった。
ちょこちょこと動いて、可愛い少女の膝に乗り、のびあがって、少女の頬に届くくらいに立ち上がる。すると、少女は、楽しげに笑う。いとおしそうに、ウサギを抱きしめて、かわいがって。
「リトルホーク。おまえ、おれの待ってる人に似てる。匂いもだ。名前も似てる。でも、あいつは、もっと幼い」
「別れたのは四年前だろ」
おれは、ようやく、かすれた声を絞り出した。
「おれだよ。おれの《……》。もう四年たってるんだ。おれは育った。なのに、なんで、おまえは別れたときの姿のまま、なんだ」
「え?」
小首を傾げるしぐさが。
最高に可愛くて、おれは。……困った。
「おまえが悪いんだぞ」
ひとこと、言って。
華奢な手をつかんで引き寄せた。
「え? なにを」
「まったく、なんでそう……相変わらず、無防備なんだっ」
驚いたように目を丸くしている、キレイな顔を、動かないように片手でとらえて。
ごくり。
喉を鳴らしてつばを飲み込む。
顔を寄せていく。
この可愛い少女の唇を。その柔らかさを。
おれは、知ってる。