第1章 その7 酒場で乱闘…しなかったり。
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はんぱに華美な高級っぽい酒場の中。
ぎゅうぎゅう詰め込まれた若者たちの熱気がこもる。
しかもだ。次から次へと、どいつもこいつも純朴そうな若者が、狭い入り口からどんどん連れてこられてる。
「おーい、とりあえずビールな!」
「とりあえずって、なんだよ……」
「はいよお待ち!」
腕っぷしの強そうなおじさんが、泡立つビールが控えめに注がれた、木製のジョッキが運ばれてくる。当然、冷えてないんだろうな。
あとは大きな木の盆に盛られた焼き肉や野菜、パンとチーズ。
最初はもう少し高級そうな葡萄酒とか肉料理だったんだけどな。だんだん内容がしょぼくなってきた。人集めもできてきたってとこ?
※
「面白いことになりそうだなあ」
隠すつもりもないので声に出して、つぶやいた。
すると、テーブルの向こう側に立っていたやつらの顔色が変わった。
「何を言っているのかわからんな」
おれの真向かいに座っていた40代の男が、とぼける。
「それよりあんた、ちゃんと飲み食いしてるのかい。杯が空いてないぞ。ほら、つぐから飲みな」
「いらないよ」
右手のひらで杯に蓋をし、おかわりを注がれるのを断った、おれは。相手の目を、じっと凝視した。
「喉が渇いてないんでね」
「いや、どうでも、飲んで食って貰おうか」
特製のやつをな、と男が、唇を歪める。
「あ~、そっちが素の顔かぁ」
おれはおかしくなって笑った。
「何がおかしい」
「あの女の子たちを捕まえてくれと言っといて、結局は逃がしてた。それなのに、おれに奢るとかありえない。しかも、おれだけじゃあなかった。田舎出の若者を集めて飲み食いさせて、どうしたいんだ」
図星だったらしい。
というのは、テーブルのそばに立っていた、雇い主側のオッサンたちが一斉に動き出し、おれに何かってきた、それと同時に。
たった今まで、陽気に騒いで飲んで歌って食いまくっていた、似たような年頃の青年たちが、突然、ガタガタと盛大にテーブルを崩しながら倒れていったからだ。
十代終わりくらいから二十歳そこそこの、田舎から出てきた若者ばかり。
最初のほうで身の上話をしたやつら。
仕事探してるって言ってたヤツ。
嫁を探すんだって言ってたアイツ。
みんな夢いっぱいだったのに。
幸い、眠ってるだけみたいだ。
起きたらびっくりするだろうな。
どこに連れてかれる予定なんだか。
「へえ? おれたち自身が目的か。でも金かけ過ぎ。変だな。採算とれるの。目をつけた田舎者を、片っ端から攫ったほうがいいんじゃねえ?」
かまをかけてみたら、開き直ったか、責任者らしきおっさんは、椅子に反り返った。
「この国では、誘拐と人身売買は重犯罪だ。だが、飲食の提供を受けた時点で契約が成り立ったことになっている。おまえらは全員、このラゼル商会ご隠居さんの個人的所有物になった。だから商業規制も適用されないんだよ」
急に上から目線になった。
「ご隠居さんて。笑える。へえ、そゆこと。人手不足なんだ? でも、おれは飲み食いしてねえぞ。どうする」
おれは、にやっと笑ってやった。
「いや、したんだよ! そういうことになってるんだ」
挑発に乗ったか。
おっさんたちが飛びかかってきた。
軽く身を躱す。
おれが逃げたのが意外だったのか、おっさんたちは口をあんぐり開けている。
「やれやれ、ご隠居さん。どんだけ簡単な狩りばかりやってたんだよ」
「なんだこいつ!」
「悪い、おれ、身が軽いから」
あらためて酒場の内部を見回す。
おれが何か行動するには、邪魔……っていうか、人が多すぎるな。
倒れてるヤツらも、『ご隠居』側の雇い人も含めて。
この酒場はラゼル商会ってとこの、ご隠居サンのものか。
個人的な趣味?
最初に会ったとき、なんかおかしな目で見てた気がした。
筋肉好きのご隠居さん?
田舎出の若者集めて、どうするんだよ。
「まぁいいや。面倒くさい。おれは逃げるよ」
「逃げられると思うか!」
リーダー格のおじさんが、おれの退路を塞いだ。
あれっ?
おっさん、本気になってる?
仕方がない。おれも本気で行くか。
覚悟を決めた、そのときだった。
《ラゼル商会、先代会長! 及び、従業員に告ぐ! この建物は囲まれている》
高らかな声がした。
酒場の入り口から、眩い光が投げかけられた。
《誘拐人身売買組織の証拠はあがっている。ラウール・アントニオ・ティス・ラゼル。魔道具及び武器を捨て、すみやかに投降しなさい! 抵抗すれば、撃つ!》