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第2章 その13 学園の大浴場(2)


         13


 ルームメイトのブラッドとモルガンと共に、公立学院名物であるらしい温泉施設を堪能していた、おれ、リトルホーク。

「それにしてもどこを見ても男子生徒ばっかりだな。女子は温泉に入らないのか」


「リ、リトルホーク! なんてことを! もちろんお風呂は男女別に決まってるよ!」

 おれの素朴で何気ない疑問に、ブラッドは顔を真っ赤にして答えてくれた。


「へ~。だけど施設を男女で分けるって、もったいなくね? 共用にすれば広く使えるんじゃ?」

 おれはガルガンドでの従軍経験をもとに言ったのだが、どうやらこのエルレーン公国首都シ・イル・リリヤでは、常識は違うらしい。


「なんで? 一ヶ月ごとに場所を交替することになってるし、気分が変わって楽しいぞ」


 顔を赤くしたままのブラッドに代わり、こんどはモルガンが答えてくれる。ちょっぴりドヤ顔だ。


「ここは岩風呂が多いだろ。今月、女子が使ってるほうは、大理石の大浴場とか、木でできた浴槽とか、サウナとかで、趣が違うんだ。ハーブとか花を浮かべた風呂は、同じように備え付けられてる。どっちも源泉掛け流しだから燃料はいらない。管理費はかからないって話だ。場所さえあればいい」


「地熱や蒸気を利用して温室を作ったり、余った熱はちゃんと有効利用しているんだよ」

 ブラッドも言い添える。やっぱりまだ顔は赤い。もともとの肌が白いからか。温泉に入って血行促進されているようだな。


 そんな、たわいもない会話を交わしているときだった。


 大浴場にいた他の男子生徒達がざわめき始めた。


 その原因は、すぐにわかった。

 生徒ではない客が、入場してきたのである。



 一介の平民ではあり得ない、威厳に満ちた、整った、高貴な面差し。

 まさに貴族の血統を体現している、金髪と金茶色の目。


 大公の第二公子。

 フィリクス・アル・エルレーン・レナ・レギオンが。


 厳密に言えば、おれとフィリクス公嗣は、初対面だ。

 けれども、顔を見て、すぐにわかった。

 おれが知っている『宿敵』の顔と、そっくりだった。


 考えるまでもない。血統のルーツは同じだからな。


 それんしても、よりにもよって。

 フィリクス公子は、グーリア神聖帝国初代皇帝ガルデルに生き写しの容貌をしていたのだ。


 彼を見た瞬間、身体じゅうの血が沸騰しそうになった。


 だが、なんとか、こらえた。


 相手は初対面の公子である。

 ガルデルの事件は半世紀ほども昔のことではあるのだが、あまりにも忌まわしい。

 詳細は伏せられているだろうが、元はレギオン王家の親類であるこのエルレーン公国大公家が全く知らないはずはない。むしろ記憶に新しいだろう。

 そんなところへ、公子に対して「おまえ、レギオン王国で忌まわしい儀式を行って大勢殺したあげくに出奔して建国した親戚のガルデルおじさんに顔そっくりだな」なんて言えねー。

 正面切ってケンカ売ることになる。大公家侮辱罪?

 この場合、個人レベルでは済まない。


 おれの身柄を学院で預かることにした学長、レニと、副長のコマラパの顔に泥を塗るにひとしい。

 

 よし、無視だ!

 見なかったことにしよう!


 方針を決めて、だんまり。湯船に首までつかることにした、おれだった。

 しかし災難というやつは、放って置いてなどくれないものだ。


「やあ、君が噂の問題児リトルホークか。とりあえず挨拶しておこうと思ってね」

 爽やかな声が降ってきた。

 不本意だが、目を上げる。

 美丈夫が、そこにいた。


 年頃は、二十代前半くらいか。

 完璧に美しい容貌に、さらに筋肉隆々という逞しさ。

 風呂なので衣服は身につけておらず、覆っているのはそこらの学生と変わりない、腰に巻いた亜麻布一枚だ。

 しかし堂々としてるな。

 裸同然なのに。


 ところで問題児とは、おれのことかと。……言わないでおいた。


「ここは学生専用だと思うのですが、殿下」

 皮肉をこめて言ってみる。

 しかし皮肉なんて通用しなかった。

 大公の第二公子なんて、この国で知らない者が居るはずない。

 初対面の人間が自分のことを知っているなんて、当たり前なんだろう。


「私は特別だ」

 胸を張る。

「この離宮は、数年前、公立学院の設立にあたって私が寄贈したものだ。温泉も、当時、私がコマラパ老師に依頼して源泉を掘り当て施設を整えてもらった。だから時々は「入浴しに来ていいことになっている」


 くそ~、お貴族様め!

 そんなの反則だろう。


「それに今回は、リトルホークという若者に用があったのだ」


「用?」

 初めて、公子の顔をまともに見た。


「我が愛しの恋人に、君を鍛えてやってくれと頼まれたのでね。魔法を使いたいと。魔力だけはあるそうだが、どうせ運用の仕方がわからないのだろう。ガルガンドは名高い『脳筋』だというからな」


 一言も二言も多いな。

 誰が恋人だ。自称するな!


「ここでは互いに素裸。ちょうどいい、君の魔力の質を見てあげよう」


 公子が手を伸ばした。

 繊細だがしっかりと太い指先から、微かに放電されているのを見た。


 悪寒がした。


「おれは頼んでねえよ! やめろ!」


 思わず叫んだ、その瞬間。


 あたりが、凍った。


 物理的な意味で。


 意識をなくしていたのだろうか。

 気がつくと、さっきまで、盛大に湯気をたちのぼらせていた大浴場、全体が。

 いちめんに、巨大な氷に覆われていたのだった。


 あれ?

 ここ、南極?



「すげー……」


 誰かのつぶやきが、静寂を破った。

 モルガン君だった。



 ……おれ、やらかした?



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