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リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険  作者: 紺野たくみ


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第2章 その12 学園の大浴場(1)

         12


 ここはエルレーン公国立学院の寄宿舎、大浴場。


 浴場の扉を入った瞬間、おれは、思わず、茫然として言った。


「なんでやねん」


 そこにあったのは、『温泉』だった。


 かなり広い、大浴場。

 ほとんどが岩風呂だ。

 岩盤を掘削したのか、一つにつき十人は余裕で浸かれそうなプールみたいな区画が、十はあるか。ずらりと並び、もうもうと湯気を立てている。


 壮観だった。


 おまけに、なんていうのか。

 硫黄の匂いのする風呂。薬草の束が浸してあって何やら茶色い湯船。かと思えば柑橘っぽい黄色い果物がぷかぷか浮いてたり、ハーブ風呂や、サウナ!? おいおいバラ風呂まであんのかよ。


 しかし、なんといっても極めつけは、アレだ。


 ライオンみたいな獣をかたどった石彫りの口から、湯がどばどば出ているのだった。


 どこの観光地の温泉だよ!


「驚いた?」

 満面の、癒やし系笑顔のブラッド。


「驚いただろ! っていうか驚け!」

 得意げな、脳筋モルガン。

 二人は上半身裸で腰に麻でできたタオルみたいな細長い布を撒いている。


「この設備は『おんせん』っていうんだって。学院の設立当時からあったんだ。コマラパ老師様の腹心の同志で構成されてる『おんせん開発班』が地面を掘ると、絶対に熱い湯が噴き出るんだって、有名な話だよ」


「へ、へぇ~。すげえな」


 ちなみに脳筋モルガンは長い話をしない。

 ニコニコして事情を話してくれるのはブラッド少年だ。


「それにしたって、絶対に、湯が湧き出る? そんな奇跡みたいなことあるのか」

 前世の記憶では、温泉を探してボーリング調査をしてもなかなか、うまくいかなかったような。


 するとブラッドは、あたりまえのように、さらっとすげえことを言った。


「コマラパ老師の『おんせん開発班』は特別なんだよ。水と火を操れる、アール師とイルダ師っていう竜神の加護持ちの人たちがいるから。もちろん、コマラパ老師もだよ」


「なにぃ! 竜神の加護だって! めったに得られないだろそれ!」


「だから、奇跡なんだよ♡」


 もう驚くのにも疲れてきたよ。


 この際だ。

 ブラッドとモルガンと一緒に、この温泉施設を堪能しよう。


 しだいに他の男子生徒たちもやってきて、施設内は賑やかになってきた。


「この学院って、いいところだな。温泉、久しぶりだ」


「なんだいリトルホーク。『おんせん』って知ってたのか」

 もっと驚くと思ったのにとモルガンは不服そうだ。


「おれの故郷は北のはずれだが、火山があって、自然に熱い湯が湧き出てるところがあってさ。訓練で疲れてるから、湯につかるの楽しみだったんだ」


「訓練?」

 モルガン君。なんでおまえはそういう脳筋指向なんだ!


「軍にいたから」

 隠す意味もないのでおれもさらっと言えたのだった。


 というわけで、おれとルームメイトたちは温泉を堪能した。

 つまりだ。

 いろんな種類の浴槽に、片っ端から入る!

 はしゃいでるみたいだけど、初めて『おんせん』を見た学生はみんなそうなるってモルガン君から聞いたし。まぁいっか!


「いいな~ おんせん。くつろぐわ~」


「いろいろ大変だったんだって? 事件の証人って……ああ、いけない、これは聞いてはいけないことだったね」

 気遣ってくれるブラッド。


「いいじゃん話せば。で、何がどーして、この学院に?」

 あえて切り込んでくるモルガン君。


「わかった。その件は後だ。風呂では、誰が聞いてるかわからないだろ」

 おれは言葉を選んだ。


 振り返るにしても何から話す? よく考えないとな。

 じっくり遣って、心もほぐして……。


 自分に言い訳しながら、変わった風呂に、端から端まで順に入ってみたり、結局はぞんぶんに『おんせん』を堪能している、おれだった。

 見るがいい!

 つやつやピカピカの茹で卵肌を!


 わいわい言いながら、おれは、心のどこかに引っかかっているささくれを、追い出そうと努めていた。


         ※


 そのときだった。

 あいつが、やってきたんだ。


 浴場にいるパンピーな生徒達が、ざわめいた。

「おい、あれ」

「殿下!?」

「なんで」

 ざわめく生徒たち。

 おれは、ひと目でわかった。

 理解した。


 パンピーではあり得ない、威厳に満ちた、整った、高貴な面差し。

 まさに貴族の血統を体現している、金髪と金茶色の目。


 大公の第二公子。

 フィリクス・アル・エルレーン・レナ・レギオンが、現れたのだった。




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