第2章 その10 誰がコーチ?
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やっほー久しぶり!
おれだよ、おれ。
リトルホーク・プーマ・ストゥルルソンだ。
北方の脳筋種族と名高いガルガンドの三氏族長の一人、スノッリの末の息子。
実のところは氏族長に婿入りした実兄リサスのコネで養子にしてもらっただけで、生まれたのはエルレーン公国の外れ、万年雪に覆われたイルミナス火山系の雪渓レウコテアの山腹にあった『欠けた月の村』っていうところ。
ああ、地図を見ても載ってないよ。この村は、公式記録では、4年前に火山の噴火に巻き込まれて消滅したことになってるから。
って、
しばらく更新してなかったけど忘れてないよな?
(誰に言ってるんだろうか、おれは)
現在、おれがいる所は、ここ。
ここはエルレーン公国首都シ・イル・リリヤにある、公国立学院。別名魔法使い養成所、男子寄宿舎。その、学長室である。
学長はレニウス・バルケス・ロルカ・レギオン。
レギオン王国国王の兄にして『聖堂』の最高権力者である『教王』ガルデル・バルケス・ロカ・レギオンの末の息子。……ということになっている。
王侯貴族だの大商人だの地方領主や豪族だのの様々な利益や思惑が複雑に絡み合う公国に、外からやってきた者が学校を創設するにあたって、仰々しい聖なる血筋に連なる者であるほうが都合が良かったのだ。
おれが勝手に学内でエーリクに決闘を申し込んだことで、おれとエーリクは学長であるレニにたっぷり怒られた。
決闘騒ぎから目をそらすためと、娯楽とガス抜きを兼ねて、一週間後から校内勝ち抜きトーナメント戦を始めることにするというのだ。
「学長命令だ」
ニンマリ笑って(今にもおれの首を絞めて殺しそうな笑顔で)このひとこと。
急な話だから、参加者は希望者のみ。
出るのも見るだけなのも自由だと。
もっとも、おれとエーリクは強制的に参加することになってる。
一般の生徒も参加するのなら、一週間後じゃなくてもう少し準備期間が欲しいとお願いしてみたら、意外にも通った。
試合の開始は二週間後に、伸ばして貰ったのだ。
「それにしてもおまえバカホーク! 臭い靴下なんか投げつけやがって。決闘申し込むのに、なんで手袋じゃないんだ」
「おれがそんな気の利いたもん持ってるわけないだろ」
「黙れ足くさ男! おれが懸命に学長依頼に従ってたってのに台無しだ!」
「はぁ!? この下手くそ! へたれエーリク!」
「トーナメントまで待てるか! いまここで勝負を決めてや」
「やめろバカ者ども! ……私の失態だな。二人とも骨の随まで脳筋か! バカだった。あてにはならんな」
「えっ」
「ごめん! 真面目にやる! やりますから!」
エーリクがいてよかった。
でないとおれは「だから捨てないで」と、レニに懇願してしまいそうだったから。
「……二人とも今後は真面目に『演技』をやってくれ。仲は悪いほうが、周囲も油断するだろう」
「かしこまりました」
エーリクは打って変わって神妙な表情で答えた。
「リトルホーク。実際に、無責任な噂をしている者はいる。おまえも耳の穴かっぽじってよく聞いておけよ」
「エーリクもたいがい口が悪いな~」
おれと違ってガルガンドのれっきとした氏族長の実兄なのに。
こうして、おれと今後の共闘を約束したエーリクが、先に学長室を出る。
「じゃ、おれも部屋に帰るわ……まだ荷物解いてないし」
「待て」
扉に向かおうとしたおれの肩を、レニが、つかんだ。
そのまま勢いをつけて引き寄せられた。
「聞かなくていいのか? 誰を、おまえのコーチにつけるのか」
近い! 顔が近いぞレニ!
「今日学校に編入したばかりのおれが名前を聞いたってわかるわけないだろ」
「名前を知っている相手、だったら?」
息がかかるほど、近づいて。
熱っぽく抱きしめられて。
「……誰、だよ。コマラパじゃないよな。武闘派じゃなかっただろうし忙しいし。まさかレフィス兄? いや、グラウケー……だったり」
「はずれ」
唇を塞がれた。レニの唇で。
長い時間が過ぎた後で、レニは、厳粛に告げる。
「フィリクス・アル・エルレーン・レナ・レギオン。エルレーン公国大公の次男だ。公式に大公の公子なのは長男のほうだが」
「それって……おまえの後援者……!?」
「……というよりも」
レニは首を振り。
「恋人だ」
頭をガツンと殴られ心臓を叩き潰されたかのような衝撃。
※
その後、おれは、どうしたのだろう。
記憶がない。
意識が戻ったのは、寄宿舎の、自分に割り当てられた部屋の前だった。
おれは放心して、足を踏み出すこともできずに立ち尽くしていた。
しかし、やがて、ドアがゆっくりと開いた。
おれが帰ったことを、どうやって察知したものか。
ルームメイトの二人が廊下に出てきたのだった。
「リトルホーク! よかった無事に帰ってきたんですね!」
純粋培養な美少年ブラッド。
「おお! 待ってたんだぞ、荷物の片付けとかいいだろ、手伝うから。それより風呂に行こう! 疲れが取れるぞ。なんと、学院の風呂は大風呂で温泉掛け流しなんだっ!」
太陽みたいなモルガン君の笑顔。
二人を見た瞬間、おれは、その場にがっくり膝を折って倒れそうになったが、かろうじて踏ん張った。
大切なルームメイトで純真無垢な二人に、心配は掛けたくなかった。
それに。
どうせ、しばらくしたら例の学内対抗トーナメント戦のことで驚かせてしまうのだ。