第1章 その6 青年よ、うまい話には気をつけろ
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おれ、リトルホークは、運の悪い男だ。
母ちゃんの言うことじゃ、生まれつきらしい。
まず生まれたときに産声をあげなかった。
息をしていなかったのだ。
しかし村の産婆さんは、経験豊富な婆さんだったから、あわてなかった。
身動きもしない、おれを取り上げてすぐに逆さにひっくり返して、尻を叩いてくれた。
それで息をして、『火がついたみたいに』激しく泣き出した。
おかげで命を取り留めたわけだ。
しかし、生まれてしばらくの間、呼吸が止まっていたのだから、その分、運が悪いのかなと、おれは思っている。
ぶっちゃけ、おれは前世の記憶持ちだ。
だけど、生まれたときから前世を覚えていたわけじゃなかった。
ほんの時々、夢みたいに、記憶の断片が浮かび上がってくることは、あったけれど。
本当の意味で前世を思い出したのは、十六歳のとき。
生まれた村はひどく辺鄙な山奥にあった。だからたいがいの男は、二十歳までには村を出て、働き先を見つける。
おれには兄がいる。
北の国ガルガンドの族長の家に婿入りした兄だ。
その伝手で、ガルガンドで働くことになった。
強くなりたいという大きな目標があったから、がんばった。
そして。
戦闘訓練を受けている時に、氷河に落ちて。
死にかけた。
いやきっと死んでいた。
その臨死体験のせいか、おれは、思い出したのだった。
いくつもの前世を経験していたこと。
その中でも最も強烈な記憶。
21世紀の東京都武蔵野市に生きていたということを。
おれの前世の名前は、沢口充。
死んだとき、高校三年生で。
彼女と迎えるつもりだったクリスマスを目前に、交通事故死したことを。
「思い出すの遅すぎ」
おれは思わずもらした。
なんでもっと早く思い出せなかったんだ。
手遅れだよ。
彼女に、もう会えない。
気がついたのは軍の病院で、助けられてから丸三日昏睡していたと、見舞いにきた兄ちゃんから聞かされた。
「おれこうしてられない!」
飛び起きようとしたおれに、兄ちゃんは意外に優しく、
「落ち着けよ、愚弟」
そう言った。
兄ちゃんは、おれを、母ちゃんの後を継いで村長になる予定の、うちの姉ちゃんと同じ呼び方をする。
「今さら焦ったってしょうがない。これから、取り戻すしかないだろ?」
その言葉に違和感を覚える。
「あれっ? 兄ちゃん? なんで? いや、もしかして……兄ちゃんも!?」
「そうだよ、充」
兄貴が、笑った。
「おれは生まれたときから前世を覚えていてな。苦労したんだぞ。前世の記憶持ちなんて知られたくなかったからな」
だから、普通より早く村を出ていったのだ。
「充って言った? まさかの知り合い!?」
「まだ気がつかないのか。おれだよ、幼なじみの……」
それからいろいろあった。
やらなければならないことを整理して、身体を鍛えて。
「冒険者というものになるといい」
そう忠告してくれたのも兄ちゃんだ。
「エルレーン公国とかレギオン王国みたいな大国がいいだろう。義父に、推薦状を頼んであるから」
旅立ちの手はずを整えてくれたのも兄ちゃんだ。
当分、頭があがらないな。
そして、おれは、ガルガンドを退役して、エルレーン公国にやってくることに決めた。
そのはずなんだが。
どうしてこうなったかな?
※
「さあさあ、どんどん食って飲んでくれ! 雇い主からの奢りだ~!」
「太っ腹な雇い主で良かったな!」
「お~!!!!!!」
「ありがてえ! 腹へってたんだ、金を盗られて」
「ありがとうございます!」
「いいってことよ! こちらのお方はこの首都で一番の商会を営んでおられるラゼル家の、ご隠居さんでな。若い者が苦労しているのが気の毒だとおっしゃるんだ。遠慮しねえで飲んで食ってくれや!」
(おかしいな。なんでこうなった。)
ここはエルレーン公国の下町にある、ちょっと華美な酒場。
高級店じゃなさそうだが、そこそこ金のかかった内装に、出てくる酒や料理も、それなりに高そうで、ボリュームもたっぷりだった。
(おかしい話がうますぎる)
路上で二人組のスリ(美少女)に財布を盗られたおれに、働かないかと声を掛けてきた中年男がいた。
言っておくが、おれは断ったのだ。
盗られたのは小銭しか入ってない財布だったし。
なのになぜか無一文になったかのように同情されて酒場に連れてこられ、同じような境遇の若い男たちに混じり、もう、飲めや歌えや食えやの大騒ぎ。
大事なことなのでもう一度言う。
なんでこうなった?
周りの田舎者丸出しの青年たちは早くも腹一杯食って飲んで、泥酔してるヤツが続出してる。
しかし、おれは酒を飲んでいない。
料理にも手をつけていない。
みんな、無防備すぎるだろ。
純真なおのぼりさん青年の団体を招待した、自称雇い主と、その取り巻きたちは。
おれたちとは別の器に用意された料理を食べて、別の瓶から注がれた葡萄酒を飲んで、こちらの様子を、虎視眈々とうかがっている。
そのようにしか、おれには、見えないのだ。
さあて、どう出るのかな。
さっきの二人組の美少女スリも、雇われてたのかな。
「面白いことになりそうだなあ」
隠すつもりもないので声に出して、つぶやいた。
すると、テーブルの向こう側に立っていたやつらの顔色が変わった。
どうするつもりだろ、ほんとにこいつら。