第2章 その8 エーリクとリトルホークの因縁
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学生食堂でブラッドにパン籠を投げられ決闘を申し込まれたエーリクは、真っ赤になった。
誇り高いやつだ、決闘を受けない理由がない。
しかしとりあえず口に詰め込まれたパンを吐き出そうとはせず、もぐもぐと咀嚼し飲み込んで。
にやっと笑った。「受けて立とう」そういうつもりだったろう。
その前に、おれは靴を脱いだ。
靴下を取ってエーリクの顔に投げつけたのだ。こういうときは手袋を投げつけていたと思うが、手元にないからな。
「エーリク。決闘の相手は、このリトルホークだ!」
歓声が巻き起こる。
固唾を呑んで見守っていた学生たちだった。
「リトルホーク! 決闘は、ぼくが」
言いかけたブラッドを制する。
「ありがとうな、ムーンチャイルドと《呪術師》のために怒ってくれたんだろ。だけど、婚約式こそまだだが、おれは求婚し承諾をもらったんだ。ムーンチャイルドを守るのは、おれだ! 婚約者とその兄の名誉にかけて、おれはエーリクに決闘を申し込む!」
「受けて立つ! 蛮人め、気にくわなかったんだ。後悔させてやるぞ!」
エーリクは立ち上がった。
「それはこっちの言うことだエーリク。勝つのはおれだ。ムーンチャイルドに謝罪させてやるからな!」
「ふん、このエーリク様に勝てるつもりでいるとはな」
なんかキャラ違わないかエーリク。
悪酔いしすぎか?
「日時は、明日の昼。場所はどこか、影響のないところを探して決める」
「それなら訓練場が良いだろう」
さっきまで、精霊の水に酔って寝てしまったシャンティ寮長の世話をしていたミハイルさんが、やってきて、宣言した。
「学園内での私闘は禁じられているが、今回の件は、わたしの判断で許可する。さらに、学長とコマラパ老師にはわたしが報告しておく。……エーリク。注意勧告だ。いたずらに人心を惑わすものではない」
ミハイルさんはエーリクを片隅に引っ張っていって、注意をしていた。
おれの服の裾をブラッドが引いた。
すまなそうに見上げている金髪の美少年。
「ごめん、我慢できなくて。でも、エーリク先輩は強い。学院に編入してきたばかりの君は知らないだろう」
「だからだよ」
「……リトルホーク?」
「ブラッドは得意な魔法で戦うつもりだろう。だけどエーリクは魔法耐性がある一族なんだ。魔法なしの剣戟や殴り合いじゃ、ブラッドには分が悪い」
「なんでそれをリトルホークが知ってるんだ。初めて会ったんだろ?」
ブラッドの親友のモルガンが、いぶかしむ。
始めに初対面のふりなんかするもんじゃないな。
「さっきは黙ってた。すまん、ちょっとした知り合いなんだ。詳しいことは後でな」
「ごめん、ぼくが決闘なんて言い出すから迷惑をかけたね」
我に返ったブラッドが、身を縮めた。
「いや、感謝してるよ。ブラッドは、おれたち紳士同盟の仲間として正しいことをしてくれたんだぜ?」
笑って、怒ってはいないと伝える。
「実はな、故郷の兄が、エーリクとちょっと因縁があって、それで躊躇いがあった。だけどブラッドのおかげで吹っ切れた。婚約者ムーンチャイルドの名誉は、おれが守る!」
エーリクも本当はいいヤツなんだ。
ちょっとひねたのは、おれの兄、リサスのせいなんだろう。
氏族長の娘エンヤに恋していたエーリク。
だけど彼女は、出稼ぎにやってきたリサスに惚れ込んで求婚し、戦ってリサスを倒すことで婿にする権利を得たのだった。
考えてみると気の毒なやつだ。
だが、おれのムーンチャイルドと《呪術師》を中傷していいってことにはならない。
おれは信じている。
《呪術師》本人は、周囲の誰かのために自分を犠牲にするとか、あり得ない話ではないのが心配だが、守護精霊を自称する育ての姉ラト・ナ・ルアと、兄のレフィス・トールが側にいる。
精霊である二人は絶対に《呪術師》に人間が手をだすことを許すわけがない。もしも、不埒者がいただけでも、このエルレーン公国は焦土となりきれいさっぱり焼き滅ぼされていることだろうから。




