第2章 その6 この世界はバーチャルゲームだってエーリクは言う
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エーリクの酒の入った告白を聞いた、おれは。
どうにも信じられなかった。
だって、この世界はバーチャルゲームだってエーリクは言うんだぜ。
前世の記憶を、許婚に婚約破棄を賭けて戦いを挑まれボロ負けして意識を失ったときに思い出したのだと。
自分は22世紀の地球に生きていてゲームが好きだった。すっごい課金してやり込んでたって。転生したことに気づいて、しかも世界が、はまっていたゲームそのものの舞台や基本設定だったって。
「それを思い出した直後はゲームに入り込んだのかなとか考えたんだけど。しばらく生活していたら、わかったよ。ここはゲームの中じゃないってことは。だって『ステータス』も、『スキル』も見えないし!」
憤慨したように主張する。
バーチャルゲームをしていなかったおれには、よくわからない部分だ。
「へ~」
おれは呆然として答えるしかなかった。
「確かにおれも転生した記憶を最近になって訓練で死にかけたときに思い出したけどさ。前世でそんなにゲームやってなかったし、21世紀だったし。22世紀になると、すっごい技術が発展してたんだ?」
「私も死ぬかと思ったときに前世を思い出したからね。仲間だね『小さい鷹』。ところで、この世界を舞台にしたゲームのことは、ほんとに知らないのかい? 君もプレイしてたら面白かったのに」
「残念だけど、プレイしたことない。時代も違うよ。あの頃って、5年、10年もたてば科学技術は飛躍的に進歩してただろ。そうか~、そんなにリアルに知覚できるゲームシステムが開発されたのか~」
確証はないがおれはエーリクを信じた。
おれひとりに、そんな嘘をついて、エーリクが得するとも思えなかった。
「でね。気がついたらゲーム中のエルフみたいな外見だったし、驚いたよ。そういえばマップの北部にガルガンド氏族長国連合って、あったな~って」
「人物は? 知ってるキャラとか、いた?」
「オンラインゲームだったからね。魔王を倒すとかミッションクリアしたら終わりっていうストーリーはない。その世界に没入して、なりきりで楽しむものだから」
「へ~。じゃあ、エーリクはすっごい強かったんだろ? あ、その世界って、最終ボスとか強い敵はいた?」
人間たちに干渉するセラニス・アレム・ダルや、唆されて肉親全てを『魔の月』に捧げて不老不死を願ったガルデル、現グーリア神聖帝国皇帝のことを、エーリクは知っているだろうか?
「ん~。手強いのは『魔眼の王』だったな。闇の神がバックについててさ。気まぐれに不老不死なんてプレイヤーに与えたことがあって、そいつはゲームのバグだって説明があって、しばらくしたら居なくなってたよ。デバッガーに処理されたんじゃないかな」
「そうか……だと良かったなあ……」
「なに? まさか、そいつ、この世界にはまだいるのか?」
エーリクが顔色を変えた。
おれは無言で頷く。
「そんな! ヤツは反則っていうくらい無茶強くて、誰も倒せなかったんだよ。あれが居るなら、すげえ困るな」
「そっちのしゃべりが素か?」
「あ。せっかくエルフみたいにロールプレイしてたのにな。でも、許婚に捨てられるとか、ひどいよね。そう思ってくれるだろ?」
「……ごめん。なんかすみません。うちの兄が」
「リサスのせいじゃない……私を捨てたのは、エンヤだ。かっこつけて、バカみたいって前から思ってたって。リサスは正直者だから好きになったって……だから私の自業自得なんだよ……ひっく。うううう……」
しばらくするとエーリクは鼻をすすりだした。
泣いてる。
泣き上戸か?
どれくらい飲んだ?
ないわー、小さい酒樽、二人で空けてる。
実は故郷の村で迎えた『成人の儀』で、氷河峰に宿る『銀竜』様に毒とか酒に酔うとか状態異常になりにくい『加護』を貰ってるから、おれは酔ってないんだ。
べろべろに酔ったエーリクを見ながら、思った。
人に言えなくてたまっていたらしい不満を吐き出したエーリクは、緊張がとけたように熟睡していたので、あながち、おれと酒を酌み交わして話し合ったのは、悪くなかったかもしれない。
もしかしたらこの世界は。
人の数だけ少しずつ違っていたりするのかな?
セレナンは、《世界の大いなる意思》は、おれに告げた。
かつて、滅亡に瀕した故郷を離れ、虚空を越えてやってきた人間達に、彼らが心の中で望んでいた世界を創造して、この惑星に用意しておいたのだと。
もしや、これも、セレナンの思考実験の一環なのだろうか?
昔、カルナックを嫁にしたいと望んだおれに、保護者であった精霊の姉ラト・ナ・ルアは、教えてくれたことがあった。
さまざまなヒトの望み、欲望、喜び、哀しみ、怒り。それらの、人間ならではの感情の揺れ動きを、自らには無いものとしてセレナンは観察することを欲していた。
すべては、そのために。
そして世界は、カルナックを欲している。
愛しいと思い執着している。
けれども、愛しているはずのカルナックにさえ、その感情の移り変わりを経験させて楽しみを感じているふしがあると。
『忘れないで。油断しないで。《世界》は決して人間の味方じゃないわ。それはカルナックに対してもそうなの』
信じがたいことをラト・ナ・ルアは、告げる。
『あたしたちの希望、『小さい鷹』。あなたがカルナックを守って。あたしも、全力であの子を守る。盾になる。けれど、あたしは所詮、精霊だから。《世界の大いなる意思》から逃れられない。完全に世界の意思に逆らえば、《世界》に還元されてしまう……人間で言うところの『死』よ。身体は分解して大地や空気に戻る。魂は精霊火となって彷徨い、あの子のまわりにまとわりつくわ。けれど、もう、あの子に、この手で触れることはできなくなるの。語りかけることも……』
そんなことにはさせないと、おれは誓ったのだ。
カルナックを、嫁を守るのは、おれだ。
精霊のラト・ナ・ルア姉さんやレフィス・トール兄さんに、『死』に繋がるほどの無理はさせられない。
二人が『還元』されてしまったら、カルナックは、どんなに嘆き悲しむだろう。
そんな嫁を、とても、見ていられない。
「……頑張らないとな」
思わず独り言をつぶやいた、おれなのだった。
※
「リトルホーク? だいじょうぶかい?」
気がついたら心配そうな顔でブラッドとモルガン、おまけにエーリクまでが、おれの顔を覗き込んでいた。
「心配事でも思い出したのか? 途中から、放心してたぞ」
「……そうだね。これは、私が悪かった」
エーリクが、滅多に無いことだが真顔で、頷いた。
「私が口を滑らせた。リトルホーク。また話し合おう。君と私の故郷は近い。また酒でも飲み交わそう」
「ずるい! おれもっ!」
モルガンが声を上げる。
「おまえはだめだ」
「なんでだよ!」
「未成年だから」
おれは、くすっと笑った。
「だから、うまいものでも食おう」
「しょうがねえな。それで手を打とう。な、ブラッド」
「そうだね」
モルガンとブラッドは笑顔に戻る。
「そういうことなら、いいものがありますよ!」
突然、話に入ってきた人物に、その場に居た全員が、驚いた。
「あれ? 寮長?」
「シャンティさん? それにミハイルさんも?」
「みんなで美味しいものを食べて交流する! それはとてもいい提案です」
満面の笑みをたたえたシャンティさん、ミハイルさんは、大きな籐のバスケット……というか、トランクを持っていて。
広いテーブルの上で、蓋を開いた。
とたんに、ほかほかの湯気につつまれた皿、器、杯などが出てくる。
うまそうな匂いも!
学生達は期待に満ちた歓声をあげた。
「差し入れですよ、リトルホーク」
ニコニコ顔の寮長、シャンティさんが、次々に、温かい料理を取りだしていく。
熱いスープ、茹でた野菜サラダ、レアステーキ。
スパイスの薫り高いフライドチキンにポテト、アスパラガスとアボガド入りのグラタン、ピッツァ。
クリームコロッケ。鮭とブロッコリーのパスタ。チキンのコンソメゼリー寄せ?
それに、これは……故郷のアティカ村で祝いの席に出す、土のかまどオルノで焼いた羊肉やジャガイモ、サラ・ラワというポタージュ。季節の野菜ナボス・ワチャ。
懐かしすぎる!おれの胃袋がっつり掴んでる!
それに、これ、何十人ぶん、あるんだ!?
「誰から?」
こう聞いたのはモルガンだ。
おれは尋ねなくてもわかっていた。
「ムーンチャイルド……」
おれの、恋しくてたまらない嫁が。
普通の料理を食べても胃にもたれ、消化できにくい身体になっているおれのために作ってくれた、特別製の、手料理の数々なのだった。
エーリクにとっては。
もしかしたらヒトの数だけ望みがあって。その数だけ世界はある?
ものを見るのは、脳。