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第2章 その5 エーリクはバカだ


          5


 エーリク・フィンデンボルグ・トリグバセン。

 こいつはアホだ。


 なぜかと言えば。

 今だって出身を「ハイエルフ」だなんて、この世界に居もしない架空の部族にしておいて、名前はフルネームで本名あかしてるとか、ありえないだろ。


 おれは不機嫌を声にあらわす。

「ハイエルフ? そんな種族いたんだ」

 前世で読んだファンタジー小説やRPGになら、居たけど。


「そうだよ、あまり知られてないかな。北方の森林地帯に、外界との接触をほとんどしないで住んできたし、人口もさほど多くはないからね。その点では、極地に近い土地にいるガルガンド氏族も似たようなものだ。彼らはエルレーンと公には国交していない。そのガルガンドから留学生が来たと、早速、校内で噂になっているよ」


「だから確かめに? 見物に来たってわけか?」

 相変わらずの噂、いやゴシップ好きのエーリク。

 客観的にみればイケメンだ。

 プラチナブロンドに青い目で色白、長身で。楽しげな笑みを浮かべていなければ冷たい印象さえ与えかねない整った美貌なのである。


 しかしこいつ、本国を留守にしてもよかったっけ?


「ハイエルフってのも大変そうだな。エルレーン公国に留学するなんて、家族を説得しなきゃいけなかったんじゃないか?」


 ものすご~く遠回しに聞いてみる。

 エーリクは氏族長の身内だ。なのに本国を出るなんて。

 ガルガンド氏族長国連合は、極北近くに位置する、小さな氏族長の集まりからなっている国だ。エーリクみたいな明るいブロンドに青い目とか、白い髪で赤い目とか、茶髪に緑の目や、果てはスノッリ・ストゥルルソンみたいな黒髪で黒目の人間まで、渾然一体となっている連合国だ。それぞれの氏族国は互いに状況を探り合いつつ、いざ外敵など来ようものなら一丸となって共闘することも辞さない。

 戦士の一族なので、おれの育った『#欠けた月__アティカ__#』の村とも、相性はよかった。

 毎年のようにアティカ村から若者が出稼ぎに行っているのも道理なのだ。


 さて、エーリクどうする?

 見物人が集まってくるぞ。

 ここは食堂で、夕食にありつこうとやってきた数十人の生徒が聞き耳を立てている。

 だいいち、このテーブルにはおれの、なりたてのルームメイト、ブラッドとモルガンの二人も同席しているのだ。


「そこは大丈夫だったよ。失恋の傷心旅行に出たいと言ったら、二つ下の妹が、すっごい同情してくれてね」


 エーリクの妹、ティーレは、ガルガンド氏族長連合の一つ、フィンデンボルグ氏族の長である。

 氏族長たちの間でも、非常に評判が良い。……ガルガンドの価値観では。力こそ全て、すなわち正義だからね! つまりティーレはエーリクより強いのだ。


「初耳です!」

 食いついたのはブラッド。

「おれも初めて聞いた! 振られたのか!? 相手はどんな!」

 モルガンも食いつき激しい。

 さすが、息が合う親友同士である。


「えーと、そんなこと口にしていいのかい?」

 一応、尋ねておく。

 エーリクの表情から推測するに、間違いなく、誰かに言いたくてたまらない。


「故郷で、生まれたときに決められた許婚がいたんですよ。彼女は、とても美しく、女神のように慈愛深く、そして強い人でした。ですが儚げな美貌でもあって。伝承の、恋仇に殺されてなお、蝶になって転生した少女のごとく」


 それ、前世のアイルランド伝承だよね?

 エーリクも地球からの転生者『先祖還り』なのである。しかし妹のティーレはそうではないようだったな。


 いつの間にか周囲に学生達が集まって来ていた。

 衆目を集めながらエーリクは許婚の女性の美しさについて、とうとうと語り続ける。

 さながら吟遊詩人である。


「で、どうなったの」

 エーリクが息継ぎをしたとき、初めて聞く少女の声が、先をうながした。


 振り返って見ると、ちょっと気の強そうな美少女と、彼女を見守るように側に居る、そっくりな少年……先ほどまで奥のテーブルにいた、第一期生だとブラッドが教えてくれたルース・デ・ルナルとエルネスト、赤毛に緑の目をした双子がいた。

 彼らも、エーリクの話を聞きに近寄ってきていたのだった。


「あなた、これまでは自分のことなんて話していなかったわ。どういう風の吹き回しか知らないけど、吟遊詩人の語る恋物語みたいで面白いわよ」

「ルース、失礼だよ。彼は僕らより目上の人なんだから」


「これはこれは、ルースお嬢さま。興味を持っていただけるとは光栄ですね」

 エーリクは余裕の笑みで答える。


「では、続けましょう。悲しい恋の終焉を。わたしは彼女を恋しく思っていたのですが、彼女からは、思われていなかったのです」


「温度差があったんだ?」

 ルースは不敵に笑った。

 そんな挑戦的な微笑みをする必要、ないだろうに。気の強さがうかがえる。


 しかしエーリクは、聴衆に囲まれることに慣れているふうに、ゆったりと微笑み。

「まさに温度差でしたね。彼女のほうは、わたしを幼なじみにしか思っていなかった。結婚したいと願っていたのは、わたしだけだった。そして、彼女は。新しく外国からやってきて、彼女の父親に仕えた青年に、心奪われてしまったのです!」


「えー!」

「気の毒に」

 女生徒たちの声には同情が籠もっていた。


「ところで我々ハイエルフ族には、慣習がありましてね。契約を結び直したいと思われる事態が持ち上がったときには、腕で。剣を交えて決めるのです。どちらの主張が認められるべきかを」


「え、戦ったの?」


「さようです」

 エーリクは声を落とした。

「私は彼女に決闘をしかけられ……いさぎよく敗れました。それは、恋しい人を傷つけるなど、とうてい、できなかったからなのです」


 うまいこと逃げたな。

 懸命に戦おうとしたものの、完膚なきまでにボロ負けだったと、おれはスノッリの親父から聞いてる。


「そして彼女は、我が女神は。新しく現れた、彼女の思い人にも決闘を申し込み……勝利して、夫と成したのです」


「え?」

 抜けた声をあげたのはモルガンだった。

「あんたの元許婚が勝った? エーリクとも、新しくやってきたっていう誰かさんとも、両方と戦って」


「はい。実は、相手方のほうも最初は状況に戸惑っていまして。私同様、彼女にたたき伏せられて負けたのです」

 エーリクは肩をすくめた。

 もう、吟遊詩人のふりはやめたのか。素で話している。


 おれは、ものすごく居心地が悪い。

 というのはこの話、おれの兄リサスと嫁、エンヤのことなのである。


 リサス兄は出稼ぎ先のガルガンドで、スノッリ・ストゥルルソン氏族長の一人娘エンヤに一目惚れされ、一方的に決闘を申し込まれて負けた。

 そのために婿入りすることになったのだった。


 エーリク、根に持ってる? うちのアニキがすみません、というべきか?

 でも、リサス兄も、もしかしたら被害者なのでは。


 結婚から数年経って、おれはエンヤさんに会った。

 そういう決闘とか申し込んで男を倒すなんて意外に思えた、ほっそりとして優しげな女性だったなあ。酒に強くて快活なのはスノッリにそっくりだったけど。

 夫婦仲はいたって良好みたいだった。


 しかしながら嫁に倒されて負けて結婚したわけだよ。

 実力は妻より下だと、ガルガンドでは全員が周知しているのである。

 恥ずかしいよな……。


 リサス兄はメンタル強いから、どんな噂を立てられても、飄々としていた。

 そこを更にスノッリが気に入り、氏族の総領にと取り立てた。

 その兄のリサスの伝手でガルガンドに就職した弟のおれまで養子にして身元保証をしてくれたのである。ガルガンドには返せないくらい恩義がある。


「そして私、エーリクは、故国を離れ、ここエルレーン公国首都で開かれた学院の噂を聞きつけ、懇意にしていた『聖堂本家』の司祭シャンティ殿を通じて、留学を願い出て許可されたのですよ。おかげで、今は心穏やかに過ごしています」


 やっと終わった。

 しかし。

 モルガン君、鋭いな。

 この国に何かを調べに来た人間がいるとしたら、それは、おれ、リトルホークじゃない。エーリク・フィンデンボルグ・トリグバセンに違いないのだ。

 何しろ本物の氏族長の兄なんだから。

 しかもガルガンドの氏族ではなく架空の部族名「ハイエルフ」ということにして。

 きなくさいったら、ないね。


 そして、もう一つ。

 こいつとは、スノッリ・ストゥルルソンが開催した氏族長会議のときに出会って酒など飲み交わした結果、腹を割って話し合ったことがあるのだ。


 エーリクは打ち明けた。

 彼は22世紀の地球からの転生者であり、ここは自分がかつて熱心にやり込んでいた、バーチャルゲームの世界にそっくりだと、衝撃の告白をしたのだった。


 ……うそだろ?


 

「カイウスはばかだ」という児童文学を昔読んだのですが、舞台が古代ローマで、そこの学び舎に通う少年達が主人公である推理ドラマという変わった設定が面白かったです。

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