第2章 その1 男子寮の新入生
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「ようこそリトルホーク! 我が魔導師養成学院、男子寮へ!」
エルレーン公国首都シ・イル・リリヤ、魔法使いを育成する学院。
ここに、おれ、北方の小国ガルガンドから来たリトルホークは、編入してきた。
冒険者になるつもりだったんだけど、いろいろ事情があってこうなった。
それに、この国にやってきた第一の目的は果たせたし。
四年前に逃げた嫁が居ると友人のアルちゃんに聞いて、エルレーン公国首都シ・イル・リリヤにやってきたおれなのだ。
それは叶った。
故郷で結婚した、おれの嫁は、ここエルレーン公国国立学院の魔導師養成学部というところにいる。(学院の名前は、うろ覚えである。まちがってるかもしれない)
出迎えてくれたのは、同じ宿舎のルームメイト、ブラッドとモルガン。
ブラッドは、おれは密かに『白い貴公子様』と呼んでいるのだが、色白で華奢で、黙っていれば美少女とも間違えそうな綺麗な顔をしている。
肩に掛かる、黄金の絹糸のような髪の毛は、柔らかそうでサラサラ。
曇りのない瞳は金茶色で、純真そのもの。
歳は十四歳ほど?
おれの嫁ムーンチャイルドの見かけの年齢と同じくらいだ。
もう一人のルームメイトは、対照的に、筋肉鍛えてます系。
赤錆みたいなごわごわの赤毛に、キャベツみたいな緑の目をした、日に焼けた少年で、モルガン・エスト・クロフォード。
年頃はブラッドと同じくらいだが、あからさまに細マッチョなボクサータイプの筋肉質。目つきは鋭い。
二人ともランチを一緒に食ったし、おれとは友好的な関係を築いている。
できれば仲良く楽しく暮らしたいな。
ささやかな願いである。
まず連れて行ってもらったのは、学院とは別棟になっている寮の建物。
おれは驚いた。
「すげえ、でかいな!」
学院も大きいが、寮のほうも同じくらい、立派な建物だった。
相当、金かけてるな。
そうだよな。後援者がエルレーン公、その人なんだもんな。
「建物は大きいですが、空き部屋も多いんですよ」
おれを振り返り、にこっと笑う、ブラッド。
「そのうち生徒も、もっと増えるって、《呪術師》様は、おっしゃってた」
《呪術師》というのは、この公国立学院の学長であるカルナックの呼び名である。公式には、レニウス・バルケス・ロカ・レギオン……レギオン王国の王家に連なる者としての名前で通している。学院設立にあたって、箔を付けるためだと、不本意なのだろうが、そういうことにしたのだという。
モルガンは《呪術師》様、と口にするとき、いつも少し顔が赤くなる。自覚はしてないようだが……恋してるんだろうか。
学長は、二十歳くらいにしか見えない美人だもんな~。
建物を入ってすぐの部屋で、入寮の受付をする。
そこには見知った顔があったので、おれは二度、驚いた。
「プリーストさん!?」
「お話は伺っています。ガルガンドから編入してこられた、リトルホーク・プーマ・ストゥルルソン君」
明るい金髪に緑の目をした青年が、穏やかに微笑んだ。
「学院長から聞いたときは驚きましたが。ようこそ、我が学び舎へ。わたくしは寮を預かるプリースト・シャンティ・アステル。ご存じでしょうがアステル王家の第八王子です。ここでは身分は関係ないですけどね」
寮長は立ち上がり、近づいてきて、おれの手を握った。
「大きくなりましたね! いや、失敬。驚いたものですから」
「おれもですよ。ここにおいでとは驚きました」
おれも握り返す。失礼にならないように。
プリーストさん自身は、とても気さくな人だけど、入り口に居る護衛のミハイルさんが、ちょっと怖い。
今も、無言でビシバシ威圧してる。
敵なんていないのに。
「コマラパ老師から招聘されましてね。我が『聖堂総本家』と、この学院の親密さをアピールするためですよ。レギオン王国では羽振りをきかせているようですが、歴史の新しい『聖堂分家』などに干渉はさせません。安心して、学業に専念してくださいね」
この人の立場は古王国アステルの『聖堂教会本部』所属の司祭。
常々レギオン王国の『聖堂』の態度が大きいことに不満を漏らしていた。
おれも同意見だ。あいつらは五年前、コマラパ老師を捉えて異端審問にかけるつもりだったと聞いているからな。
扉の脇には護衛のミハイルさんが控えている。滅多に口を開かないが、プリーストさんの失敗には、かなり怒る。
「歓迎しますよ、リトルホーク」
プリーストさんが、おれの耳元で囁いた。
「待っていましたよ。クイブロ。カルナックの孤独な心を支えてあげられるのは、この世に、あなた一人しかいないのです」
それを聞いた、おれは。
別れる前のカルナック……《呪術師》との、つかの間の逢瀬を思い出してしまって、顔が赤くなったのが、自分でもわかった。
まずいまずい。
いやらしいことは全然していないのに、なんか最悪感があるのは、なんでだろう。
早く、この都でなんとか実績を作って、婚約式にこぎつけたい!
「おまえ、すごいな! 寮長さんと知り合いだったなんて」
モルガン君は、輝くような笑顔で、おれを見上げる。
彼はほんの少しだけ、おれより背が低いのだが、きっとすぐに追い越される気がする。
「ああ、田舎にいたときに会ったんだ。あの人は全国を巡って伝道してたから。親身になって相談にのってくれて。お世話になったんだ」
「寮長は、本当に親切な人ですね。ぼくら学生も、何かと助けてもらっています」
ブラッド君は、にっこり微笑む。
入寮の手続きを終えて、おれは二人のルームメイトと共に、長い廊下を歩んだ。
他の生徒の数は、まばらだ。
授業の後も、部活に打ち込む生徒が多いという。
「着きましたよ」
自室になる部屋にやってきた。
ルームメイトがブラッドとモルガンだけあって、部屋は大きかった。
そう、この二人は、隠してはいるが貴族らしいのだ。
ベッドはちゃんと三つある。
三段ベッドとかじゃなくて独立した、天蓋付きの(天蓋はいらないんじゃないかなと思うけど)立派なやつ。
それに洋服掛けだの衣装ケース、書き物机、個室トイレ?
ここはホテルのスイートかっ!?
「驚いたでしょう、リトルホーク」
ブラッドがニコニコして言う。
「狭い部屋ですからねえ」
「いや、ここが狭いなんて、おまえらどんだけ実家でかいんだよ」
二人のリッチぶりに呆れた、おれのツッコミ。
「は?」
モルガンは、間抜けな声を発した。
「狭いだろ! だって調度品もないし壁に絵も飾ってないし! タペストリーとか、暖炉も無い! 床に毛皮も敷いてないじゃないか!」
「おまえの基準もおかしいよ、モルガン」
やれやれ。
王侯貴族と一般庶民、ことに、おれなんかは僻地の生まれで、そこを出てからは北の果てガルガンドで軍隊だったからな~。
きっと、おれも一般的ではない。
そんな気がする。