第1章 その5 美少女は災難のもと!
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前方からリトルホークが立っている方に向かって、全力疾走の勢いで駆けてくる美少女二人。
たぶん年齢は十六歳くらい。
はっきり言って美少女だ。
二人とも背中の半ばまで届くくらいの長い髪をしている。
赤毛の巻き毛と、柔らかく波打つ鳶色の髪。まだ、目の色が判別できるほど近づいてはいない。
膝小僧がむきだしのスカートは、艶のある柔らかそうな皮で、その上に亜麻の短いチュニックを着ている。
素足に紐を編み上げたサンダルで、つま先は土を被っていた。
鳶色の髪の少女は背中に、あまり荷物の入っていなそうな山羊皮か魔物の皮のリュックを担ぎ、赤毛の少女は亜麻製の小さなポシェットを肩から斜めがけにしていた。
リトルホークは、少女の斜めがけのポシェットを見やり、「ここはやっぱ女の子のほうに味方するよね」と呟いた。
追いかけてくる男達は年齢も人種もバラバラ。共通するのは屈強で武器を携えていて強そうだということだ。
「おい、誰でもいい、そいつら捕まえてくれ!」
「そう言われても」
リトルホークは、やや呆然として立ち尽くしていた。
それにしても都の大通りに買い物客は多いのに、誰も、この追いかけっこに関わろうとはしていない。
しかし周りに視線を移したのは失敗だったかもしれない。
その間に、驚くべき速さで二人の美少女は距離を詰めてきていて。
リトルホークが目線をまっすぐ前方に戻した瞬間。
二人は、目の前に居た。
「邪魔よ!」
赤毛の少女が叫び、リトルホークを突き飛ばした。
そのとき、鳶色の髪の少女が、にやっと笑った。
そして彼女たちは駆け抜けていった。
「おい、あんた大丈夫かい」
少女達を追いかけていた男、四十くらいの痩せた男が、心配そうに声をかけ、突き飛ばされて地面に尻餅をついたリトルホークの手をつかんで引き起こした。
「災難だったなあ。捕まえてくれなんて頼んで,悪かったよ」
「いや、おれは…」
捕まえようとしたわけではないのだと言おうとして、リトルホークは思いとどまった。
何も、親切そうに声を掛けてくれている男に、喧嘩を売ることはない。
「ありがとう、転んだっていっても擦り傷もしてない」
礼を言ったのだが、相手の男は、気まずそうに、応えた。
「大丈夫かいっていうのは、あの子等に、何か盗られてないかってことなんだ」
「…え?」
思わぬ指摘を受け、リトルホークは身体じゅうをパンパンと叩いたりポケットや物入れを確かめてみた。
そして。被害に気づいた。
「……やられた。財布が一つない」
そっちのテンプレかよと小さく呟いたのは、親切な男の耳には聞こえなかった。
「気の毒に。あの子らはスリ、かっぱらい、置き引きの常習犯でね。都の警察に届け出はしてあるんだが、ぜんぜん取り締まってくれない」
「へ~、そうなんですか。おれ財布やられちゃいましたよ」
「弁償してあげたいんだが、あいにくと、おれも持ち合わせがないんだ」
「いや、いいですよ! おれが不注意だったんですから。それに、すられたのは、小銭しか入れてない財布だったから、被害はそれほどじゃないんですよ」
他の男達も、やがて追いついてきて、それぞれ、荒い息を落ち着かせようと立ち止まり肩で息をしたりと、くたびれたようすだ。
「あんた都は初めてだろ。世慣れてない感じがするがね」
小太りの、五十がらみの男が言う。
「はあ、まったくその通りです。田舎から出てきて。北のほうに住んでる兄のところで二、三年、見習いをやってまして、そろそろ独り立ちしようと思って、今朝、都入りしたばっかりなんで」
「ほほう。ところで歳は、おいくつかね」
「十八歳です」
「なるほど、お若い! ふむ、いい身体つきだ。細身の筋肉か~ ほれぼれするねえ」
「……はい?」