表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険  作者: 紺野たくみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/64

第1章 その40 この世界にピンヒールはまだ無い。


40


「ふう。おいしかった」

 にっこり笑う、黒髪をきっちりと三つ編みにした、十四歳くらいの可愛い少女。

 おれのグラスを奪って飲み干したのは、ムーンチャイルドだったのだ。


 ああ~……この、小さな花が咲いたみたいな笑顔、たまらない。

 なんか、まわりが明るくなって見えてくるんだよな。

 ほんと可愛い~。むちゃくちゃ愛おしくて……胸の中があったかくなってくるんだ。


 ……じゃなくて!


「な、なんで飲んだんだ! おれの飲みかけだぞ! もしおれがグラスに口をつけてたら、大変なことに……」

 その先を言うわけにはいかない。

 これ、機密事項だから!

 再会してこのかた、あまりに嫁が魅力的だから、ついうっかり、やろうとしてしまうのだが、おれは嫁にディープキスをしたり、口移しで水を飲ませたり、なんてことをしては、いけないのである。

 ……ものすごく残念だけど。


「まだ、ぜんぜん飲んでなかったの、見てたもん。だから平気でしょ?」

 くすっと笑う嫁。ムーンチャイルド。可愛いすぎて困る。


「そっ! ……そりゃ、そうだけどさ」

 見てたって、いつからだよ。


「うふふふふっ」

 蠱惑的に微笑む、幼さの残る美少女。


 この黒髪の少女、おれの可愛い嫁であるルナ……本名であるカルナックからとった愛称だ……(だが、エルレーン公国首都シ・イル・リリヤでは諸事情によりムーンチャイルドと名乗っている)は、いろいろと制約がある存在なのである。


 たとえば。

 カルナックは、幼い頃はレニウス・レギオンと呼ばれていた。

 愛称は、レニ。

 レギオン王国国教である『聖堂』の教王ガルデル・ロカ・バルケス・レギオンの末子として認知されていた子だった。

 それが、ガルデルが起こした事件に巻き込まれたのが原因で、人の世を離れて三十年も精霊の森で過ごしていた。

 その間は生物としての時間は止まっていた。

 つまり成長していなかったのだ。


 5年前、精霊の森を訪れたコマラパと、人間の世界を見聞するために森を出たときには、外見の年齢は、七歳くらいだった。

 一目惚れしたおれがしつこく迫って、いろいろあったんだけど、なんとか精霊様の赦しを得て、婚姻の儀を結んだ。

 精霊様たちから『精霊の森にある根源の泉』と繋がっている不思議な水晶の水筒を賜ったのは、婚姻したおれもまた人間の身体から、精霊に近くなる必要があったのだ。

 

 意外なことが起きたのは、その後だ。

 おれが彼女に口移しで精霊の水を飲ませた。

(理由があってのことだから! キスしたかった口実ってわけじゃないから!)

 結果……

 急に、一歳ほど育ってしまった。


 その少し後、こりないおれが、彼女にディープキスを迫った。

(これは言い訳できない! キスしたかったから!)

 その結果。

 また、少し育ってしまったのである。


 そういう経緯があって、カルナック(ムーンチャイルド)とおれの年齢差は、縮まっていた。おれが十三歳のとき、嫁である彼女は十二歳くらい。

 嫁が逃げたときは、おれは十四歳で。彼女も十四歳くらいだった。


 年齢差がまた縮まってるって?

 ご想像のとおりである。

 おれはまた、やらかしたのだ。

 ディープキス、しちまったんだよ。

 言い訳はしない。

 嫁が、愛おしかったから。


 それにしても、さっきまでは《呪術師》だったのに。


 ということは《呪術師》はどうしたんだろう!?

 姿を消したと騒ぎになってはいないか?


 食堂を見回せば……《呪術師》がいた。

 相変わらず女の子たちに囲まれて。


「お師匠さま~、さっきはどこにいらしたんですか」

「急にいなくなるんですもの」

「ああ、ちょっと急用でね」

 クールビューティーな《呪術師》の姿が、そこにあった。

 左右にサファイアとルビーを従えている。秘書みたいな感じだな。


 こっちは、精霊グラウケーが扮している「替え玉」のほうだ。今では事情を知っているから見分けがつくけど、知らないうちは、おれも気づかなかった。

 いつの間に入れ替わったんだ。

 本物より、かっこよくないか。大人っぽくて男らしいっていうか。


 なんて言ったら、レニは怒るだろうな。


「怒らないよ」

 ムーンチャイルドが、おれに抱きついた。耳元に顔を寄せて囁く。何を考えているか、わかったらしい。

 けれど、かすかに甘い息が「ふうっ」と耳元にかかるから、困った!

 なに考えてんだ!

 おれは紳士じゃないっつーの!


 あまつさえ!

 ムーンチャイルドは、おれの頬に「ちゅっ」と唇をつけたのだ。


 とたんに、どっ、とどよめきが、決して狭くはない大広間に設けられた食堂を、押し包んだ。生徒達の歓声である。

「ほんとだったの、あの噂」

「ムーンチャイルドに求婚したバカがいるって」

「コマラパ老師は承認したの?」

「まだじゃない?」

「あいつ田舎から出てきたんだってさ」


 悪いな生徒諸君!

 もっと尾ひれをつけて噂するといいぞ。

 おれが、これからすることを見て。


「ムーンチャイルド。おまえ、ほんとバカだな……」

「どうして? おまえは、おれに求婚した。おれは承諾した。だから」

「そこじゃ、ねえよ」


 おれは困惑し混乱したまま、ムーンチャイルドを抱き寄せて。

 キスした。

 言い訳はしない。したかったから。


「う」

 ムーンチャイルドは、じたばたもがいた。

 唇を離したら、きっとこう言う。


『何するんだおまえ! わけわかんない!』


 昔から、自分の魅力をぜんぜんわかってない。無防備すぎ!

 誰かが教えてやらないと。


 どかっ!


 次の瞬間、腹に衝撃を受け、すごい勢いで宙を飛んでいた。

 殴られたのだ! 下腹を。


「どこまでも懲りない男だな、リトルホーク」

 駆け寄って、おれを殴るのと同時にムーンチャイルドを、その力強い腕に抱き上げたのは、《呪術師》だった。


 どすん!


 視界がぐるりと一回転して、背中から床に落とされた。かなり痛い。

「あいたたたた!」


 サファイアとルビーが、すかさず、おれの頭と肩を踏みつけて、動けないように抑えた。

「あんたバカでしょ!」

「いっぺん死になさい」


 いや、おれ、前世で十代で死んだの覚えてますから。なるべくごめんこうむりたい。


(この世界にハイヒールとかピンヒールとかが無くて助かったよ)

 ぐいぐい踏まれながら、おれは性懲りも無いことを考えていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作者の他の小説です。もしよかったら見てみてくださいね
この物語の、本編にあたります。主人公はアイリスという幼女ですが、
第4章から、黒の魔法使いカルナックも登場します。
イリス、アイリス ~異世界転生。「先祖還り」と呼ばれる前世の記憶持ち~

本編の 第5、6章だったカルナックの過去の話を独立させました。
黒の魔法使いカルナック
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ