第1章 その4 首都は危険がいっぱい
4
「エルレーン公国の首都、シ・イル・リリヤ! やっと着いたよ!」
門をくぐるなり眼前に広がった眺めに、リトルホークは目を見張った。
「へ~。どこもかしこも平たいな! それに広い」
都大路と呼ばれている幅の広い通りを、ぶつぶつと独り言を呟きながら、リトルホークは歩く。
人々のざわめきが耳に入る。
老若男女、身なりのいいのやそうでもないの、いろんな服装をした人々が、広い道に溢れんばかりにつめかけている。
「ここはシブヤか?」
リトルホークの呟きを耳に留める者は、いなかった。
「ふ~ん。国籍もいろいろみたいだな。髪の色や肌の色も、みんな、ずいぶん違う」
服装にも、さまざまの傾向があるようだ。
買い物客たちか、観光客か。
しかもよく見ていれば、主人と召使いらしき連れもいるし。
馬車も、通り過ぎていく。
人々でごった返している通りを走っていくというのに、周囲に気をつかった様子は、まったく見受けられなかった。
「なんだアイツ。豪華そうな馬車に乗ってたし、金持ちか貴族? や~な身分制度とか、ばりばり、残ってそ~」
しかし周囲を見てみれば、人々は、馬車をやり過ごすと、何事もなかったかのように、また元通りに動き出した。
地元の人々らしき、買い物に慣れたようすのおばちゃんたちが、籠に山盛りの野菜を買い込んで立ち上がり、足早に歩いて行く。家路につくのだろうか。
「ここは市場かな。何を売ってるんだろう?」
リトルホークは、大路の両側に連なる屋台を見やった。
視線を感じてか、物売りたちが声を張り上げる。
「安いよ! 季節の野菜だよ、果物だよ!」
額に手ぬぐいを巻いた小柄なおっさんが、足下に置いた果物の山を前に、大声で叫んでいた。
となりの屋台では、似たようなおっさんが、丸い筒で地面をバンバン叩く。
「エルレーン名物! 魔物の心臓の串焼きだよ! え、魔物は何かって。あれだよ、山豚の子豚。丸焼きもいいけど串焼きも格別さ」
そのとなりでは、スープを入れた鍋を前にしたおばさんが、満面の笑みを向ける。
「おにいちゃん食べていかないかい? 羊肉のスープだよ、おいしいよ!」
「うん、また今度な」
リトルホークは、きょろきょろと屋台を見比べながら、迷って、何も飼わないで通り過ぎていく。
「このつぎは、あたしから買ってっておくれよ~!」
おばちゃんの声を背中に、リトルホークは足を進めた。
「なんて、人が多いんだ! どんだけ家がある? どんだけの人が住んでるんだ?」
ヒューっと、口笛を鳴らした。
驚嘆して舌を巻いたのだ。
今まで主に田舎に住んでいたリトルホークは、驚くことばかりである。
エナンデリア大陸広しといえども。これほどの巨大な都は他に、ない。比べるなら隣国、レギオン王国も、建国から古い歴史がある強大国だが、商業的に豊かなのはどちらかといえばこの国、エルレーン公国のほうだろう。
首都シ・イル・リリヤは、商業地区、工業地区、聖なる地区。住宅地区。高級住宅地区などなど、幾つもに区分されている。
リトルホークが朝、都に入ってきてから、数刻が過ぎた。
昼時が近づいてきたからか。
食べ物屋が、テーブルと椅子を出しはじめた。
いい匂いにつられてか、多くの人々がやってきて、先を争うように簡易食堂の店先につめかける。
「へえ。ここで食べる人も多いんだ」
リトルホーク自身は、特に食欲をそそられた様子はなかった。ただ、人々が何を食べているのかと興味深い様子で見て回るだけだ。
人々が、うまいものを食って楽しんでいる様子を。彼はニコニコして見て回るだけ。
「そろそろ宿を探すかなあ」
つぶやいた、そのときだ。
前方から、すごい勢いで走ってきたものがいた。
十八歳のリトルホークよりも小柄で歳も若そうな、美少女が、二人、駆けてくる。
はっきり言って、二人とも揃ってかなりの美少女だしスタイルも抜群だ。
超ミニスカートからのぞく膝小僧には目を引かれる。
「……生足だ」
思わずもらした呟きは、彼女たちの耳に入らなかったのは幸いだった。
その後を、ごつい男達が数人、怒りの形相で追いかけてくる。
「うわぁ……」
なぜか嬉しそうにリトルホークは感嘆の声をあげた。
そして、胸の前で握り拳をつくり、
「キタキタキターーーーー! テンプレきた! コレだよね! 冒険ってさ!」
とまあ、はなはだ意味不明な叫びを発したのだった。
冒険への期待に胸を躍らせて。