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リトルホークと黒の魔法使いカルナックの冒険  作者: 紺野たくみ


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第1章 その37 カフェテリアでお茶を


          37


 そこはカフェテリアだった。


 エルレーン公国立学院、エルレーン公より寄贈された由緒正しい建物である、ここには、大きな食堂があった。


 案内してくれたブラッドの話によると、学院には、百人を越える生徒が在籍している。最上級生たちは国家警察や重要な部署に出向していることも多々あるそうなので、ここに毎日、昼食をとりにやってくる生徒は百人には満たない。


 それにしても全員が集まれば、相当賑やかに違いない。

 だから昼食時の前に、二人で茶でもどうかと、ブラッドは誘ってきたのだろう。


 おれとしても今日からルームメイトになるブラッドとは親しくなりたい。

 腹を割った話もしたいと思っている。

 というわけで、学生食堂(前世のおれは高校生だった。懐かしい響きだなあ)に入ったのである。

 昼時の少し前だが、一歩入れば、うまそうな料理のにおいが漂ってきた。


 エルレーン公の夏の別荘として使われていた頃は、晩餐会が開催されていたという大広間には、多くの席が設けられていた。


 そこはカフェテリア。

 最初にトレイを持って、料理が置かれたカウンターの前に並ぶ。

 好きな料理や飲み物を、好きなだけ取っていいというのだ。


「すごいな」

 料理の数々に圧倒された。

 サラダにスープ、パンも黒パンや柔らかい白パン、デニッシュ。

 卵もスクランブルもポーチドエッグもありベーコンもついてくるしソーセージやローストビーフまであるのだ。

 デザートは果物。

 いや、ケーキもある!


「ここでしか食べられない珍しい料理が揃っています。ぜんぶ学院長が直々にレシピを監修されたのですよ。レギオン王国特有の料理もありますが、誰も知らなかったようなものをどんどんお考えになられて、いつも驚かされます」


 学生達の胃袋をがっつり掴んでいるのはムーンチャイルドも《呪術師ブルッホ》も同様だな。


「これはいくらなんだ。定食か? 均一料金なのか」

 どこにも、値段は書かれていない。

 思わず庶民なことを口に出してしまった。


 しかしブラッドは、鷹揚に微笑む。

「リトルホーク。ここは無料なんですよ。寮も、学費も消耗品も、全て」


「はぁ!? そんなわけないだろう? この料理だけでも、相当な金がかかってるはずだ」


 つい熱くなってしまった。

 というのは。

 ガルガンドの軍にいた間、糧食はみんなの懸案だった。


 精霊に愛された子、カルナックを嫁にもらったおれは、婚姻の儀を結んだ後は、水だけ飲んでいれば生きられる身になった。

 だが、しかし、いつも腹をすかしている戦友たちと軋轢が起こるのを危惧し、そのことを周囲に知られないよう気を配らなければならなかったのだ。


「エルレーン公は、教育に力を入れておられるのです。優秀な人材が育成できれば、費用は問題ではないとおっしゃられました」

 なんというピュアな微笑を浮かべるのか、おれのルームメイトのブラッドくんは。


「へええ。すげえ大公様だな」


 それは、ありがたいことだ。

 ありがたい、けど。

 おれは困る。


 肉体が精霊に近づいているとはいえ、5年前までは普通に育ったおれは、普通の食べ物を口にできないカルナックに比べれば、まだ、凡人である。

 食おうと思えば、できるのだ。


 ただ……胃にもたれそうなんだよなあ。

 精霊の森の水と、ムーンチャイルドが作るような『高エネルギー』そのものを成形して整えた特製の『料理』なら、胃に負担はないんだが。


 しょうがない。

 まずは飲み物だ。

 ミントとレモングラスかな。緑のハーブを詰め込んだガラスのティーポット、こいつは容器自体が高価なものだろう。おれは大きなマグカップに、ポットから薫り高いミント茶を注ぎ、なんだか、おれたちの村でサラ(トウモロコシ)と呼んでいたものに似た香りのするポタージュと、ガレットか? 固い焼き菓子をとった。


「リトルホークは、けっこう小食なんですね」

 その華奢な細っこい身体のどこに入るのか、トレイに焼き肉とソーセージと黒パンとチーズを山盛りに乗せたブラッドが、儚げに笑う。


 おかしい。

 ほんとに、どこに入るんだよ。


「お茶でも、っていうから」

 ほんとは胃にもたれるからなんだけどさ。


「そうでしたね。つい、おいしそうで」

 にこっと笑った。

 育ち盛りだな、少年。


 こうして、おれとブラッドが席についたときである。


「お、いたいた、間に合ったな」

 遠慮の無い、快活な声が響いた。


 その声の主はと見てみると、昨日、中庭にいた生徒の一人。班長タイプだなと感じた、わりと体格のいい少年が立っていた。


「モル! 授業はどうしたの」

 ブラッドの問いに、


「自主早退。腹が痛いって言って。どうせ昼時までに、あと一時限だったしな!」

 にかっと、白い歯を見せた。


「お、よろしくな。俺はモルガン・エスト・クロフォード。実は、俺も、同室なんだ!」


「え!? 三人部屋か!?」

 驚きはしたが、瞬時に、おれは理解した。


 モルと呼ばれたこいつは、ブラッドの護衛なのだろうと。



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