第1章 その34 転校生、リトルホークは誓うのである
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数日間、留め置かれていた、窓の無い部屋から、転移魔法陣というもので連れ出されたおれ、リトルホークは。
まったく事情がよくわかっていなかった。
転移した先は、古い趣のある建物で、とにかくだだっぴろい。
今日から、おれが通うことになっている、このエルレーン公国首都にある魔法使い養成学院なのだ。
これが、学長室?
無垢の樫材であろうと思われる、重厚な扉がゆっくりと開いていき、内部から透明な光が差した。
案内人である赤毛のルビーと鳶色の髪のサファイア。二人の美少女にせき立てられて、学長室に足を踏み入れた。
「ようこそ、リトルホーク。きみも今日から、我が学院の生徒だ。外国からの留学生も、きみの他にもいる。仲良くやってくれたまえ」
学長の机につき、穏やかに微笑むのは。
おれの、《呪術師》だった。
かつてのレギオン王国にいた『聖堂』の最高権力者だったガルデルの末子レニウス・レギオン。おれにとっては、4年ぶりに再会したカルナックの成長した姿だ。
「私が、この魔法使い養成学院の代表を務めるレニウス・レギオンだ。呼び名は《呪術師》でいい。最初に説明しておこう。そこに座りなさい。ルビーとサファイアも、すまないが、もう少し立ち会ってくれ」
「はい、お師匠さま」
「ここに控えておりますわ」
おれの前では憎まれ口を叩く二人が、しおらしく答え、ドアの脇に退いた。
「さてリトルホーク。学院の中は、ほぼ初めて見るのだろう。どうかな、この建物はエルレーン公国公子フィリクス殿から寄贈を受けて使用しているので、箔がつく。さも由緒がありそうだろう?」
「ええ、そう見えますね」
おれは頷いた。
コマラパとレニウス・レギオンがこのエルレーン公国首都シ・イル・リリヤにやってきたのは4年より以前ではないことを、おれはよく知っているのだが、ルビーとサファイアが同席している場面でそれに言及するのは、まずいかもしれない。
「実際には、学院の設立は4年ほど前だ。まだ卒業生はいない。学生の身ながら抜きんでた能力を持つ者には、時折、仕事に関わってもらっている。このルビーとサファイアのように。彼女たちは非情に優秀なんだ」
学長の《呪術師》が褒めると、彼女たちの顔が赤く上気したのが、気配で察知できた。すごく、わかりやすい。
「先日、摘発した連続誘拐事件に巻き込んでしまったことは、すまないと思っている。謝罪させてくれ」
「そんな、あんたが謝ることは」
ない、と。言いかけたのだが。
「ダメです! お師匠様が謝罪するなんてあり得ません!」
「こんなバカに!」
おれの言葉を遮ったのは、ルビーとサファイアである。
一般的な礼儀には反するのだろう。しかし《呪術師》は、彼女たちを強くたしなめることはしなかった。
「ルビー、サファイア。ありがとう。きみたちの気持ちは嬉しいよ。だが、彼に謝ることも大切なんだ。今後、ラゼル商会のご隠居を裁判にかけるときには重要な証人になるのだからね」
「…はぁい」
「わかりました」
二人は、しゅんとしておとなしくなった。
「では改めて。リトルホーク。今日からきみは当学院の生徒だ。学院の中を見て回るといい。後で寄宿舎にも案内させる」
「お師匠様。案内って、あたしたちがですか?」
すごく嫌そうに、ルビーが言う。
「心配には及ばないよ」
《呪術師》が、くすりと笑うのと、同時に。
学長室の扉をノックする音がした。
「お呼びでしょうか、お師匠様」
涼しげな声がした。
「入りたまえ」
学長である《呪術師》が答えると、閉じていた重そうな扉が、すっと開く。
「失礼します」
そこに、姿を見せたのは。
絹糸のごとき黄金の髪を肩までのばした、色白の少年だった。
ほっそりとした気品のある面差し、瞳は光を宿す金茶色。
ブラッド・リー・レインと、昨日おれに名乗った生徒だった。
おや。
ここに呼ばれたということは。
もしかして、彼が?
「うむ。呼びつけてすまないね、ブラッド。だいたいの事情は聞き及んでいると思うが。彼はリトルホーク。留学生だ。きみと同じ部屋に入寮する。寄宿舎まで連れて行ってやってくれないか」
ブラッドは、さすがにお育ちがいい。
学長からの申し出に驚かなかったし、どこの馬の骨ともしれないおれと同室になるというのに、嫌悪も示さなかった。
呼ばれたときに事情は聞かされていたのだろうけれども。
むしろ驚かされたのは、おれのほうなのだった。
「ブラッドと同室!? でも、おれ平民だし! 彼は貴族なんじゃないのか」
「今さらそれを、リトルホークが気にするのかね?」
面白そうに、《呪術師》が笑う。
「問題ない。ここはエルレーン公国立、魔法使い養成学院。正式には、公国国立学院というのだ。平民も貴族も、身分の別なく平等に学べる場所。私と、父、コマラパが、そしてフィリクス公子殿下が作りたかったのは、そういう組織なんだよ」
「今日からよろしく、リトルホーク」
ブラッドは、まぶしいくらい清らかな笑顔で、おれに、右手を差し出した。
「こちらこそ、よろしく。ブラッド」
おれは、その手を握り返す。
昨日、中庭で初めて会ったときの握手は、お互い探り合っていたから、力比べみたいになってしまったのだった。
だが、今回の握手は。
心からの親愛を示す、友好的な挨拶になった。
「でも」
ブラッドは笑顔のまま、握手に、力を込めた。
「きみがもしムーンチャイルドを悲しませるようなことをしたら、ぼくは、決してきみを許しません」
金茶色の瞳は、曇りのないままに、罪人を裁くだろう。
だけどな、ブラッド。
おれも、はんぱな気持ちじゃないんだ。
「そんなことはしない。この世界の大いなる意思に誓って。おれは必ずムーンチャイルドを守り、幸せにする」
互いに握った手に、熱がこもる。
おれとブラッドは、真摯に向き合う。
彼には、嘘もごまかしも通用しないな、と、思わされる。
「それならば良いのです。きみが彼女にふさわしい行いをするなら、ぼくと、ぼくら紳士同盟は。心から、きみとムーンチャイルドを祝福し、応援すると誓うよ」




