第1章 その3 首都入りするリトルホーク
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「そ。おれは『リトルホーク』だ。これから冒険者として、いっぱつ派手に売り出す予定のさ!」
「はははは! そりゃ大きく出たな!」
エルレーン公国首都の門番、ケインは、声をあげて笑った。
「なんだい。そんなに笑うことないだろ」
「リトルホーク。あんたみたいな野心のある青年が、毎日、毎日、大勢、この門をくぐるんだよ。あと数刻で開門だ。茶でも出そう」
笑顔のケインが小さな通用口の扉を開け、リトルホークと名乗った青年を招き入れた。
椅子と机の他には必要最低限のものしかない狭い部屋だ。
「狭いと思うが、こっちは詰め所なんだ。入都審査をするのはもっと広い場所で、大人数でやるが。夜番の仮眠所みたいなもんさ」
「もしかして、ケインさん、暇だったりする?」
思わず突っ込んでしまったリトルホーク。
「ははははは! いやいや、そんなことはないって!」
気のせいで無ければ、ケインの顔が少し赤くなっているようであった。
「酒は出せないんだ」
と言いながら、杯を二つ、パン、チーズの塊を持ってきた。
それと陶器の瓶に入った葡萄酒。
「あれ? 酒は…」
「葡萄酒なんで酒じゃないよ。飲み水がわりさ」
夜番をしていると夜間、明け方の冷え込みがきついんだとケインは笑った。
「おれ、酒は絶ってるんだ」
リトルホークは、葡萄酒に手を出さなかった。
この世界では、未成年だから酒は飲まない、ということはない。飲み水の質が悪い土地も多いし、アルコール度数の低い酒は、子どもも含めた食卓にも並ぶ。
しかしリトルホーク青年は、葡萄酒を飲まないという。
それにどうやら食もずいぶん細いようだった。
酒のかわりにと、リトルホークは荷物の中から、茶色い陶器の瓶を取りだし、中身を注ぐ。
「おや、それはなんだい。透き通った酒? 蒸留酒ってやつか」
「いや、ただの、水だよ」
リトルホークは中身を少しだけ注いで飲み、黒っぽい干物のようなものを取り出して、かじる。ケインが興味を持っているのを察して、差し出した。
「食ってみる? ピミーカーンって言ったかな。北方のガルガンド名産の、干した肉と果物を固めた携行食だよ。日持ちするんだ。喉が渇くから気をつけて」
「どれどれ。ほう、なかなか面白い味だなあ」
リトルホークは、出されたものには手をつけていない。しかしながら自分が持ってきたものは気前よく分け与えている。
実は、それらの対応、リトルホークという青年の物腰、人となりを、ケインは門番としての鋭い目で観察していたのである。
それを知ってか知らずか、リトルホークは、屈託無く世間話に興じた。
近頃の国々の情勢、戦争が起こりそうか、そうでないか。彼はガルガンドに兄がいるといい、そこで「鍛えてもらってた」と笑う。
「ほう。それで、都にきたのは、冒険者になりたくて?」
「うん。それと……人捜しだ。しばらく会ってない知り合いが、首都にいるって聞いたからさ」
そのときだけ、リトルホークの表情が、かげった。
これは仇か、それとも、女か?
いやいや、それには、この青年はまだ若い。
ケインが考えを巡らせていると、リトルホークは、言った。
「おれの故郷はすげえ田舎でさ。人が少ねえの。だから、この大陸で一番賑やかな都に、嫁をさがしにきたんだよ」
「ははは! そういうことか!」
ケインは心の底から笑った。
人の少ない田舎から、結婚相手をさがしに上都してくる。
非常にすっきりとした動機で、腑に落ちた。
※
「じゃあな! リトルホーク。頑張って名を上げて、嫁さん見つかるといいな!」
「ありがとう!」
ケインに見送られ、手を振って、リトルホークは首都シ・イル・リリヤの北門から入っていった。
朝の開門には、大勢の人間が集まってきていた。
リトルホークは、「朝一番にやってきていた」というケインの取りなしもあって、手続きに手間取らず、すぐに都に入ることを許された。
それに、この青年は、北方の、清廉の民と名高いガルガンド氏長国の、身分証明書を所持していたのだった。
証明書には、こう記されていた。
名前:リトルホーク。(レギオン王国語に翻訳)
職業:職業軍人、傭兵。
特記事項:精霊枝族スノッリ・ストゥルルソンの親戚。
犯罪歴のないことを、ガルガンド氏族長スノッリが証明するものである。