第1章 その26 リトルホーク、身分を明かす
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おれは驚いていた。
4年ぶりに会った嫁ルナの父親コマラパは、どす黒い笑顔をするようになっていたからだ。昔は純情でロマンチストで、とにかくピュアな、大森林の賢者様だったんだけどな。
苦労したんだな、お義父さん。
こう呼んだら全身全霊で否定しそうだが。
「彼の名はリトルホーク。ガルガンド国軍、遊撃部隊の小隊長だ」
あ、やめて。ガルガンドの遊撃隊って、傭兵部隊のことなんだ。小隊長っていうのも、数名で一隊として動いてただけで、班長みたいな? 兄きの婿入り先の、舅っていうの? おれも、そこん家の養子になってるから義父。に頼んで身分証を書いてもらったんだけど、『おう、適当にかっこつけといたぞ~』のノリだった。
「現在は休暇をとって、この国に観光がてら、やってきた。カンバーランド卿はまだよく理解しておられぬようだが。彼はガルガンド国民で軍属。身分証の保証人は、ガルガンド士族長スノッリ・ストゥルルソン。というのも士族長の縁戚で、現在は養子になっているのでな」
なあ?
とコマラパに同意を求められて、おれは頷くしかなかった。
「士族長の縁戚だと。養子だと? 馬鹿げたことを」
カンバーランド卿は、鼻息を荒くした。
「ほんとです」
仕方なく、おれも認める。
「おれの兄貴が士族長の一人娘のとこに婿入りして、総領になると決まったので。ついでに弟のおれも養子にしちゃおう……みたいな」
「あの国で総領と言えば、士族長より上だろう」
やめてコマラパ老師。煽らないで。
これって、おれが偉いわけじゃ無いですよ。
兄が有名人で、問題に巻き込まれたり犯人に間違われたりした弟が、困って兄の名前を出すんだよねって……どこかの国の、とある名探偵みたいな。
「そんなバカげたことが!」
憤慨するカンバーランド卿。この人も妙な性癖を出さなければ、そして黙っていれば、巨体は目立つけど貴族的な顔自体は整っているんだし。行動を慎めば、という条件は必要だけれど。
「まあ、そういうことだ。なに、エルレーン公は忙しい方ですが、すぐに対応してくださると思いますよ。たぶん。では、裁判までは軟禁させて頂きます」
これまで茶番を見守っていてくれたのであろう《呪術師》が、カンバーランド卿に、おざなりな笑顔を向けた。
カンバーランド卿は、一見、なんの拘束もされていないようだがその実《呪術師》の目に見えない鎖に縛られているのだという。
ようやく諦めがつき、カンバーランド卿は、警官に伴われて中庭を立ち去った。
去り際に振り返り、ムーンチャイルドの姿をみとめ、目に焼き付けるかのように、じっと、長い間、見つめていた。
恋は恋、なんだろう。相手のことを考えてなくても。それでも純粋に、カンバーランド卿は、ムーンチャイルドに恋していたのか。
かといって許す気は絶対無いけどな。
「では、学生諸君は、昼休憩も終わる頃合いだ。解散とする」
コマラパが手を叩いて、宣言した。
ブラッドたち、仲良くなった生徒たちが、手を振った。
「リトルホーク。おまえには、学院に入って学ぶ必要があるな」
「えええ!? 今さら年下の子にまじって~」
「期間限定で、寄宿生活でもしなさい」
「そりゃないよ!」
「同じ学舎で過ごせたらうれしいな」
ぐっとくることを言う美形、つまりブラッド。嬉しくないとは言わないよ。男だけどな。
ブラッド、大丈夫かな。そんなに無防備で。
おれの嫁に似てる……世間知らずぶりが。
くすくすと笑って、《呪術師》が、意外に優しい表情を、おれに向けた。
初めてじゃないか?
「私も種明かしを、とまではいかないが。リトルホークには、我々のことを、いろいろと知っておいてもらうほうがいいな……私とコマラパは忙しい。ラト、レフィス。リトルホークに、いろいろと話をしてやってくれ」
コマラパ、学生達、《呪術師》が、相次いで退場していく。
残ったのはラト・ナ・ルアと、レフィス・トール、そしてムーンチャイルドだった。
「さて、じゃあ遠慮無く。久しぶりね。大きくなったわねえ!」
銀髪に水精石色の目、黙ってさえいれば、とてつもない美少女のラトが、にやりと、笑った。そしてレフィス・トールは。
やれやれ、と、肩をすくめたのだった。
「4年ぶりよね。つもる話もあるわ。あたしたちも場所を変えましょ。学院関係者しか来ないとはいえ、邪魔が入ったらいやだし、《呪術師》の書斎にしましょう」
「え、そこ、いいの? 後で怒られたりは」
「ばかなのクイブロ?」
ラト・ナ・ルアは、おれの昔の名前を出して、くすっと笑った。
「あたしたち精霊を誰が怒れると思ってるの。さあ、カルナック。安心して。彼も一緒よ、行きましょう」
「ほんとう? うれしい!」
ルナ(カルナック)が笑う。
急に、周りが明るくなったみたいに感じた。
ああ。なんて、可愛いんだろう。
この笑顔を、曇らせない。
ずっと守っていきたい。
おれは、あらためて、そう心に決めたのだった。