第1章 その22 はた迷惑な、恋?
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「紳士同盟?」
耳慣れない言葉を、聞き返したおれに、ブラッドは柔らかな微笑をたたえて、わかりやすく答えてくれた。
「もちろん名称などはどうでもいいことです。僕をはじめとして、ここにいるのは、皆、ムーンチャイルドを全身全霊をもって守ると誓っている、志を同じくする有志。よければ君にも同盟に加わっていただけないかなあと思っているわけです」
光輝く笑顔だ。
清廉潔白。一点の曇りも無い貴公子。
そんな言葉が、おれの頭に浮かぶ。
ブラッドも、人の良さそうな班長タイプの筋肉にいちゃんも、その他大勢の学生たちも、真摯に応えなくてはいけない相手だ。
彼らは皆、十四、五歳ってところか。見かけの年齢はムーンチャイルドも同じくらいだから、十八歳の傭兵上がり、田舎者のおれより、お似合いなんだろうな。
なんて思ってしまったのだが。
しかし、ここは負けられない。
貴公子然としたブラッドを真っ直ぐに見る。身長の違いで、見下ろすような形になってしまったが、わざとじゃ無い。
「おれも、あの子を守る。そう心に決めている」
「そうでしょうね」
嘘くさくない、綺麗な笑顔で。ブラッドは右手を差し出してきた。
「仲間になってください」
「ムーンチャイルドを守るためなら」
つられて頷いてしまったが、これは、応じてよかったのか?
「うむむ」
おれたちの横で、コマラパが、どうしたものかと迷うように唸るので、対応に失敗したのかと、不安が頭をもたげてきた。
ブラッドは安心したように、ほっと息をつく。
「僕らは学生ですから。学院の中ではムーンチャイルドを守ることができる。その他の場合でも……できる限り、全力を尽くします」
「その他の場合って、なんだ」
ブラッドは、おれより数段、賢いんだろう。
はっきり具体的に言ってもらわないと、おれにはわからないぞ?
「もうじき、来ますよ」
思わせぶりな貴公子。
その言葉が何を意味するのか、おれはじきに知ることになった。
遠くから、何やら叫び声が聞こえてきたのである。
「姫! いま参りますぞ~!」
だみ声だった。
ブラッドと紳士同盟のような青少年ではないのは明らかだ。
……いやな予感がした。
「おお! 銀月の姫君。ここにおわしましたか」
純白のマントを翻して大股で駆けつけてきた巨漢がいた。
ムーンチャイルドを抱えたコマラパの足下に、大げさな仕草で、跪く。
「今日も、あなたさまのご尊顔を拝し、我が輩、幸福の極みにございまする」
だれだ、こいつ。
暑苦しいおっさんだ。
ゆっくりと顔を上げる。
意外に、顔立ちは貴族的で上品だった。
ただ、身長も幅も人並み以上に大きいのだが。
蜂蜜色の金髪に、青い目。口ひげも金色だ。
唇は薄く、下品なところはない。
身につけている服の素材も仕立ても、見るからに超高級。
貴族か!
お貴族様なのか!?
それとも成金か……。
跪かれたムーンチャイルドは、コマラパの首にすがった腕に、力をこめた。
何も言わないけれど、迷惑に感じているに違いない。
コマラパも、歓迎してはいない様子だ。それにサファイアとルビーも、コマラパの両脇に立って、無言の威圧を放っている。
「カンバーランド卿。何のご用かな。この中庭は当学院の学生たちにのみ開放している。成人の方には立ち入りをご遠慮頂いているのだが」
慇懃無礼に対応するコマラパ。
ここまですごい仏頂面は、コマラパを五年前から知っているおれも、初めて見る。
しかしカンバーランドと呼ばれた……『卿』とつけたのだから貴族か。熊みたいなおっさんは、くじけるどころか。
「なんのそれしき。我が姫への想い、純なる恋心の前には障害になりませぬ」
言い切ったよ……。
……って。
恋!?
誰が、誰に?
ひょっとしなくても、この巨漢が、ムーンチャイルドにか!?
「はぁ!?」
おれは気の抜けた声を発してしまったが、ともかく、焦ってコマラパとムーンチャイルドの前に駆け寄り、貴族風味の金髪おっさんの前に立った。
ふと気がつくとブラッドたちも、そうしていて、おれと学生達は盾のように立ちはだかったのだった。何も口に出さなくても通じる思いは共通だ。
「これかよ……」
思わずつぶやいたおれに。
「これは、ほんの一例ですよ」
ため息とともに、貴公子ブラッドは答えた。




