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第1章 その20 シ・イル・リリヤも平穏とは限らなかった。ライバルは貴公子


          20


「リトルホーク。大目に見てやれ。みんな、喜んでいるではないか」

「しょうがないな……」

 口では承諾したおれだが、内心は穏やかでなかった。


 可愛い嫁と再会して、焦って迫ってしまったせいで怯えさせてしまった。後悔してる。けれど、それでも懲りずにルナはおれのところに、また、やってきてくれた。


 おれとルナはこのシ・イル・リリヤで初めて出会い、交際を始めたということにしろと、コマラパが言う。5年前に、おれの田舎の村ですでに結婚していたというより、その方が、周囲に納得させやすいからと。

『おつきあいしてるって、みんなにも知ってもらいたいんだ』

 ルナも、こう言ってるし。


 というわけで、おれとルナは、魔導師協会本部、中庭での初めての『でえと』にこぎつけた。


 おれとの『ぴくにっくでえと』のためにルナ……この都ではムーンチャイルドと呼ばれている……が作ってくれた特製ランチなのに。

 魔導師協会本部に併設された、魔法を学ぶ学院の生徒たちが、うまそうな匂いをかぎつけてか、何人も押しかけてきてしまったのである。

 

 ルナの作ったランチを嬉しそうに食っているやつら。

 どう見ても、みんなルナに惚れてる。

 こいつら、全員、おれの恋のライバルかよ……!


 全員が、ルナのランチを堪能して満ち足り、がっつくのをやめた頃、コマラパは集まった生徒達を見回した。


「みんなに紹介しておこう。彼は、リトルホーク。つい最近、ガルガンドからやってきたものでな、都の事情には詳しくない」

 おのぼりさんであると、柔らかく言い換えている。

 ムーンチャイルドはランチの後の包みや食器をきれいに片付け……大気中のエネルギーに還元してしまい、サファイアとルビーに両脇をはさまれてちょこんとベンチに腰掛けている。


「魔導師志望の学生なんですか?」

 一人が、尋ねた。

 大勢居る生徒たちの中で一際目立つ華やかな容姿だ。

 すらっとした、なかなかの美男子である。

 成人ではないので美少年か。

 お育ちもすこぶる良さそうだ。貴族か、大きな商家の跡取りだろうか。

 黄金の絹糸のような髪って、ほんとにあるんだと、驚いた。男子だけど。

 目の色はキャッツアイみたいな光の差した金茶色。肌色は、日に焼けたこともなさそうなくらいに白く、美しい。貴公子さまみたいだな。


「僕はブラッド・リー・レイン。魔法学実践科の二期生。失礼だが、君は? 見たところ、保有魔力が感じられないのだが」

 凜として上品な問いかけの底に、苛立ちと怒りが感じられる。

 やっぱりこいつもルナ狙いか~。


 おれのルナ、ムーンチャイルドは、おれと貴公子ブラッドを交互に見ているのだが、ブラッドを嫌うそぶりはまったく見せなかった。少し妬ける。

 おれだけの嫁でいてほしいのに。

 4年の間、どうしていたんだろう。

   

「……」

 しかし、おれにはブラッドが口にしたのが何の呪文やら皆目わからず、言葉を返せずにいると、コマラパが口を挟んだ。

「リトルホークは学院の生徒ではない」


「え、ではなぜ」

「なんでムーンチャイルドにランチ作ってもらってんだよ!」

「そーだそーだ!」

「田舎者のくせに」


 ごほん、とコマラパは咳払いをする。

「リトルホークは、我が知人の子。このコマラパと同郷の出でな。ガルガンドで働いていたのだ」

「あの、北の果てですか……我々とそう変わらぬ年頃で、働くとは」

 上品な貴公子ブラッドは、感心したのか、態度をやわらげた。

 悪ガキどもも、なぜか静かになった。

「ガルガンドだってよ。働くって、まさか傭兵とか」

「んな訳ねーだろ」

 そのまさかなんだけど。自慢話でもないし、言うこともないか。


「うむ。わしをたずねシ・イル・リリヤを訪れたところ、折悪しく、連続大量誘拐事件に巻き込まれての。彼には、裁判において証言をしてもらうことになっている。それまでの間、この魔導師協会本部で身柄を保護することにしたのだ。証人を消そうとするやからもいるだろうからな」


「さもありなん」

 貴公子は言った。ブラッドは、おれの中ではすっかり王子様である。


「ではリトルホーク殿。これからよろしく。裁判までこの魔導師協会本部に滞在されるのは良し。ここは、精霊の森と同様の聖域なれば、心安んじてくださいますよう」

 時代がかった物言いである。

 右手を差し出してきたので、おれも右手を差し出して、ぎっちりと固く握手した。


 ぎゅううううう。

 あいててててて。


 おいおい全力で握ってくるのかよ。

 おとなげない。

 ああ、いや、青少年だもんな。


「安心しろ。ブラッドも言ったがここは聖域だ。もちろん始めからそうだったのではない。ここには、ムーンチャイルドがいて、この子を守るために、精霊の兄姉が、付き添っているからな」


「ええ!?」

 さすがにおれは驚いた。

「ラト姉とレフィス兄がここにいるの?」


「ああ。あの二人以外にも精霊の幾人かは常駐しておるよ。気がついたかも知れぬが、中庭の上空は、吹き抜けに見えるだろうが実は素通しではない。常人には見えない屋根に覆われている。それはむろん……」

 コマラパが、声を落とした。

 何も知らないであろう生徒達に配慮したのか。


「あの赤い魔女めの『魔天の瞳』の走査スキャンをごまかすためだ」

 と、おれには、はっきりと聞こえるように、告げた。


 うわあ。

 なかなかに、エルレーン公国首都シ・イル・リリヤも、剣呑スリリングなようだ。





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