第1章 その17 サファイアとルビー
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おれに押し倒されて、激しくもがく、ルナ。
唇はキスで塞いでいるから、声は、出ない。
少し残念だ。きっと、ものすごく……愛らしく、喘ぐだろうに。
「ん! んん! んぅ」
おれの腹といわず背中といわず、華奢な手が、ドンドンと叩いて、懸命におれから逃げようとしてる。
長い口づけをむさぼったあげくに、少しだけ唇を離した。
「ルナ。おれの可愛い嫁。こんなとこまで一人でくるなんて」
「バカ! やめろ離せ!」
乱暴な口調だが、顔は真っ赤だし目は潤んでるし、抗いきれてないぞ。
「いやだね。おれたちは伴侶なんだ。らしいこと、しようか?」
「やだやだやだ!」
「そんな子どもみたいに。わかってるよな。伴侶らしいこと、って意味が」
おれはルナの首筋に、顔を寄せた。
そっと、口を押しつける。
「やぁっ!」
「おまえも、おれのものになりたいんだろ?」
この言葉に、ルナはぴくっと身を震わせた。
「いや……ま、まだ、ダメぇ!」
「まだって、いつだよ。今は時間もあるみたいだし、ゆっくり楽しむか……」
我ながら悪ノリして、つい悪役みたいなことを言ってしまった。
とたんに、ルナは怯えてしまう。
少し後悔した。
「あ、ごめん、そんなつもりじゃ……」
「いや! 助けてぇ!」
ルナが、高い悲鳴を放った、そのときである。
おれの首筋を、ひやりと冷たいものが掠めた。
一瞬の後に、それは、ガツッ! と床板に突き立ち、ビィンと震えた。
投げナイフが飛んできて、おれの顔を掠めて床に刺さったのだ。
続いて、もう一本。
おれは身をよじり、ルナを抱き寄せて床の上を転がった。
「ちっ! よけやがった」
「やりすぎよルビー。ムーンチャイルドに怪我させたらどうする気だったの」
二人の少女の声がした。
おれは意外な思いで、振り返った。
カルナックは、他の人間には来させないと言っていたのに?
「やっぱ男ってサイテー」
「こんな小さいムーンチャイルドを襲うなんて、あきれた!」
そこに立っていた人物を見て、二度驚いた。
赤毛の巻き毛の少女と、鳶色の髪の少女の二人連れ。
おれがここに軟禁される原因を造った、少女スリたちだったのだ!
「どうして、おまえたちがここにいるんだ」
「うふふん。悪いわね」
赤毛の美少女は、胸を張った。
「あたしたちは魔導師協会に所属する潜入捜査官なのよ」
「そゆこと!」
鳶色の髪の少女も、同意するように大きく頷いた。
「あたしはルビー」
「あたしはサファイア」
それぞれに名乗りをあげた。
「名前の意味は知らないけどさ。かっこいいでしょ。黒の魔法使いさまが直接、あたしたちに、付けてくれたの」
「ルビーは、フェードラ。サファイアっていうのはスーリヤのことだよ」
腕の中にルナを抱いたまま、おれは二人を、挑むように見上げた。
「なんでここに?」
「なんでとはご挨拶ね。だって、あたしたち、ムーンチャイルドの護衛でついてきたの。コマラパ老師のご命令でね」
自慢げに主張する。
「…パパ!」
叫んで、ルナはおれの側から抜け出していった。
同時に、背後から凄まじい威圧感が襲ってきたのだった。
振り返らないでも、わかった。
ルナの父親がわりであり、その実、本当の父親だということがわかって、親子の名乗りをあげたコマラパ老師が、憤怒に燃え、ごつい姿を現したのだということを。
「相変わらずだな小僧。少しは成長したかと思えば、そのざまか」
低く、太い声を響かせた。
……あっ。やばい。
すげえ怒ってる。
だよなぁ……。